セブンスドラゴン2020・ノベル

チャプター8 『洞穴探査B・俺様もう戦わない』
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BGM:セブンスドラゴン2020「某月某日、新宿にて」(サントラDisk:1・02)



 ハァ〜イ、みんな元気だったかしらぁん?
 今一番輝いてるとびっきりのアイドル、牧シンイチロウことシンちゃんでーす!


 笑顔はプリティ!

 スタイル抜群!

 出るトコは出て、引っ込んでるトコは引っ込むビッグバン級プロポーションが自慢の乙女…。

 そんな美の女神でさえ土下座したくなるような理想的なプロポーションを持つ絶世美女系男子なアチキなんだけど、実を言うと…元々は渋谷を根城にしていた森林と喜びの美しき花竜ちゃんなのよ〜!

 ああん、待って待って! いくら猥雑(わいざつ)で淫靡(いんび)な歌舞伎町裏通り育ちのダンサーだからって、踊り子さんに触れたらア・ウ・ト。せっかち君は嫌いだわよん。やめて、そんな欲情した目で見ないで? ノンノン! タッチはダメだってば! ダメって言ってるじゃない?


 さわんじゃねぇぞゴラァ!!

 …コホン、いやだわアチキったら。たまに男の子が顔を出すのは愛嬌だから多めに見てね!

 そんな賞賛と賛美、そして男気を独り占めしまくり継続中の花竜様に対して、人間がつけた名前がスリーピー・ホロウ。なかなかおシャレな名前でちょこっと気に入ってるのよね。これだけは、ちょっぴり毛ナシのお猿さんを褒めてもいいわ。
 アチキこそ美の結晶、こうしてここに存在するアチキは究極の美そのもの。
 シンちゃんとしても完璧、花竜としても最高、これ以上の素敵を手に入れたら困っちゃうわ!

 …だけど、愛しの彼ってばこんなアチキに見向きもしない。
 彼は、タケハヤって男は本当に罪作り…。ここまでアチキを惚れさせて、どうしてくれるっていうの?

 嗚呼、残念だわ、無念だわ。
 恋焦がれて数千年も経った気分よ。んもーーー、寝ても醒めても彼の事しか考えられない!!


 今は離れて暮らしてるけど、でも待っててちょうだいアチキの愛しい人。
 あなたの重荷はアチキが背負ってあげるから。
 どんな苦難も乗越えて、きっとバラ色生活をエンジョイするんだから!



 …そんなわけで、ここから先が本編よ。

 え? いまの前置きは必要だったのかって?
 馬鹿! このお馬鹿ちゃん! 大事な基礎知識になんて事いうの!?


 いるに決まってるじゃない! いらないなんて言う奴は馬に蹴られて脳漿(のうしょう)ブチ撒けてくたばっちまえ!

 この前置き気に入ってるから、今後毎回入れるけどいいわよね?
 い・い・わ・よ・ね・?














 さぁてと、…まずは状況報告が必要だわね。


 とりま、アチキはいま車に乗ってまーす! 側面をぶつけてヘコみが出来てる紺色の中古車。その辺で拾ってきたポンコツちゃんって感じ。その後部座席の窓際で外気を感じながら目的地到着までのんびりしてる状態よ。

 窓から吹き込むのは夏の熱気を残した風。
 頬を打ち付けるそれはカラリとしていて湿気がない。季節は秋へと向かっているわ。秋はいいわねー。


 現在時刻は13:00ってトコかしら?

 甘ぁ〜い恋に生きる乙女風男子であるアチキの乗る車が目指しているのはJR新宿駅南口よ。ニュース番組のTV中継なんかでよく映る場所よね。個人的には身近すぎてピンと来ないけど、でもまあ主要インフラの一つってわけ。

 アチキらは、ここから地下鉄の線路へ潜るそうなのよ。
 ほら…、ここって都営地下鉄各線にも連絡通路が多々あるから。地下に潜るのにも最適ってわけ。

 地下鉄の線路っていうのは、当然ながら地上の道路に比べて路地が少なく、目的地まで一直線に行く事が出来るのに加え、地上よりも比較的に竜や魔物が徘徊していない、という事に目をつけたのが魔物討伐機関ムラクモの総長・日暈ナツメ。
 彼女が自衛隊を使って補給路の開拓を行ってたそうなのよ。


 そしたら自衛隊のお兄さん達が勝手に迷子になったらしくてさ、それで近場にいたアチキらムラクモに救出要請が出たってわけよ。なんとも迷惑な話だと思わない? 自衛隊が起した不始末なんだから、自衛隊で解決すればいいじゃないのよねぇ。(言わないけど)

 自衛隊の隊長、…堂島ってお嬢ちゃんがこの場にいたなら、意地張ってでも自己解決を目指したでしょうけど、あいにくと彼女は品川方面で起こった”トラック強奪事件”で出払ってるわ。コッチを部下に任せて、飛ぶような速さで向かってたんだって。

 でもまさか、こっちでも問題が起こるなんて彼女も思ってなかったんじゃない?
 あの強気なお嬢ちゃんは今頃は現地でしょうけど、さぁて…どんな顔をしているのかしら? 拝んでみたいもんだわ。


 …それにしても、トラック強奪事件ねぇ…。

 こんなご時世にも泥棒が居るって、人間っていうのは面白いもんねー。
 まあ、竜同士でも獲物の奪い合いなんて日常茶飯事だから珍しくはないか。

 ちなみに、なんでその強奪事件が発覚したのかというと、トラック自体に発信機がついてたそうよ。
 竜や魔物との遭遇を早急に感知するため全車両に取り付けてあるんだって。

 それに犯人逃走時に足を撃たれたって自衛官も、竜に襲われながらも無事だったそうで、彼らも腕時計型通信機を身に着けていた事で救助要請をし、なおかつ犯人の特徴も筒抜けになったんだって。


 ホンットに馬鹿な犯人よねー。どこに逃げたってバレバレだって気づいてないんだもんね。
 なんでそういう事に気が回らなかったのかしら? ホント馬鹿。

 そういう無計画さを見ていると、小物臭くて笑っちゃうわ。たまたま上手くいったから気分が大きくなっちゃったっていうのかしら? 身の程を知れっての。ププッ…。


 そういうわけで、アチキらは地下鉄道の遭難者らを助けに行くって状況なのヨ。話によると、そのマヌケな犯人ってヤツも新宿方面に向かってたみたいだから、そいつとも遭遇するかもしれないわね。

 紫のスーツを着た鋭い目の男だそうだけど…、見つけたらチョッチ遊んであげちゃおうかしら。














 はい、到着〜。ここがJR新宿駅の南口〜。

 なだらかな坂道を登り切った先にあるその駅改札口は、竜が強襲を仕掛けて来るまで人の絶える事もない、待ち人も多い賑わいの中心だったとシンイチロウの記憶は伝えている。人間の頃のシンちゃんはこの近くの歌舞伎町が職場だったから、通勤に使ってたせいか、よ〜く知ってるのよね。

 でも、いまここに残っているのはただの廃墟。

 構内は無残に荒れ果てている、というより異様というべきかしら。破壊されているのはもちろんなんだけど、自動改札は踏み潰されたのか地面にめり込んでるし、券売機は中心に大穴があいてるし、駅へと降りるエスカレーターなんて弾けたように中身が飛び出してるし、屋根も当然のように穴だらけだわね。

 きっと新宿に降り立った竜が人間を捕食するために暴れ回ったって事なんでしょ。おかげで今のここは駅ではなく、辛うじて原型を留めているにすぎない屋根付きの何か。ただの朽ちた建物が生命を失い横たわっている、とでも言うべきかしら。

 あの名所がこうなるなんて、東京の人間の、いいえ、日本の人間の誰が想像したでしょうねぇ。
 ここから中継したら全国のお茶の間の皆さん、ビックリしちゃうかも!?


 …ああ、ごめんごめん。
 生き残ってTV見てる人なんて、そもそも居ないか。───てへっ☆ どんまいアチキ!


 もちろんだけど、見渡してたって生きてる人間なんて一人もいない。賑わいどころかアチキと他数名のみが乏しく動くだけ。あとは動かぬ屍がちらほら。…まあ、一ヶ月以上も経ってるんだから、こうもなるわよね。人間ってば大変だわ。まあ、見知らぬ猿がどうなろうと関係ないけど。

 そんなセンチメンタルなふりをして人間っぽさを楽しんでるアチキは、乗ってきた白のワゴン車からヨッコラセと降りると、やれやれといった表情で、その車の屋根を見上げる…。


「ねー、ちょっと竜ちゃん! 着いたわよ。早く降りてらっしゃいな」
「なんだ、もう終わりか? ちぇ〜」
 期待感で瞳を輝かせながら車の屋根に乗っている、このわんぱくそうな少女は竜ちゃんよ。アチキの幼馴染みで、元々はこの新宿地区を支配していたウォークライと呼ばれる指揮官竜。アチキと再会するより先にユカリって人間の女の子の身体に入って生き延びてたみたい。性格は相変わらずチンプンカンプンだけど、まあ脳筋には変わりないわね。

 で、いまや竜ちゃんの保護者と化したムラクモの同僚、雨瀬ちゃんの話によると、竜ちゃんはいたく車の屋根がお気に入りらしくて、車で移動する時は屋根に乗るのが基本になっているとの事。

 …まったく子供だわね〜。


 そんな彼…外見は彼女なんだけど彼は女子学生の制服姿で、いまどきの女子高生らしく、やけに丈の短いスカートを履いている。だけど、竜ちゃんってば下着が見えるのも気にせず飛び降りちゃう。

「とりゃあ〜!」
 …という掛け声でとっても楽しそうに着地。まあ、なんとも嬉しそうな表情。

 あ〜あ、まったく…、一応さぁ、身体は女の子なんだから…、そういうの気にかけて欲しいのよね。
 同じ男女として。

「ダメですよ先輩、下着が見えちゃいますから、飛び降りる時はスカートは押さえましょうね。いいですか?」
「んむー。めんどっちいなー」
 雨瀬ちゃんは完全に竜ちゃんの世話係(竜だから飼育係の方が正しいかも)になってるけど、それにしてもあの竜ちゃんがやけに懐いてるのよねぇ…。まあ、あの雨瀬って子は元々が世話好きなんでしょうけど、それにしても付きっ切りだわ。

 う〜ん、これってアチキ的にあんまり面白くはない状況かも。
 …少し考えておこうかしら。

 で、アチキらの車に続けてその他の人員、自衛隊らの乗る車が二台停車する。運転手を含めて六名が下車し、さらにムラクモ最強の戦士・臥藤(ガトウ)までもが降りてきた。あの人、全身包帯だらけの半死半生みたいな大怪我だっていうのに無茶して付いてきたのよね。しかもなぜか機嫌悪いし! なんだか竜ちゃんを見る目が怖い気がするし!

 気のせいなんかじゃないわ。真剣そのものの顔で竜ちゃんに視線を送ってる。そりゃもう射抜くみたいに真っ直ぐに。


 はっ! もしかして…、もしかすると…っ!!

 竜 ち ゃ ん に 恋 し ち ゃ っ た ! ?


 熱愛? 熱愛って事なの!? 臥藤ちゃんに春が来ちゃったわけ!? もう、いやだわ! あのロリコン! 鬼の目にもハートってやつ? 竜ちゃんってば隅に置けないんだからぁん!



 それはともかくよ?

 今回の作戦はどうやら自衛隊が主導みたいね。新宿都庁はほぼムラクモが、実質はナツメ一人が実権を握っているから、てっきり今回のもムラクモが仕切るのかと思ったけど、一応は自衛隊の指揮下で作戦遂行って話になってるみたい。

 …う〜ん、やっぱり、軋轢(あつれき)の問題かしら?

 先日の会議でもそうだったけど、国防大臣の真壁氏は”自衛隊を自由にさせる政治力”はあるけど、実務を知っているわけじゃないから、作戦では幅を利かせられない。所詮は外の人。
 でも、ナツメにだけ自衛隊を使われると、事情はどうあれ私設軍隊みたいになっちゃうから政治家さん達からすれば面白くないわけね。(真壁氏個人としては自衛隊の顔を立てたかっただけなんでしょうけど)

 …だから、たまにこうやって自衛隊がメインで動く作戦も入れておく。そうでもしないと自衛隊の隊員らも不満が噴出しちゃうからね。ムラクモ新人のアチキから見ても、ムラクモと自衛隊って仲良くはない感じだし。

 きっとこの捜索だって、ムラクモには手を出して欲しくはなかったってのが本音でしょうね。でも、プライド以前の人命優先はあるし、堂島ちゃんら主力が抜けてるから致し方ない、と。

 この期に及んで…、人間って面倒な生物ね〜。
 状況だけなら面白くはあるけど、それに巻き込まれてると思うと、実に馬鹿馬鹿しい気がするわ。


 …しばらくして機材などの搬送と設置が終わったのか、集合の合図がかかった。竜ちゃんやアチキらも無駄話を終えて集まる。現場を指揮っているのは自衛隊の副隊長で、…えーと、誰だったかしら。

 まだ三十代らしき男性で中肉中背、とてもじゃないけど屈強とは程遠い極々普通の男性で、顔も普通に平凡な感じのお兄さん。…え〜と、名前が出てこないわ。こういうモブの顔って覚えない性質なのよね、アチキ。

 そのように首をひねっていると、彼は真剣そのものの顔つきで状況報告を始めた。


「当作戦の指揮を担当します生駒(いこま)です。ムラクモの皆さんには緊急の要請を───」
「前置きはいい。時間がないんだろ、さっさと始めろ」

 そうだったわ、生駒ちゃんだったわね、このモブ。
 いきなり臥藤にねめつけられてるけど…、なんか押しに弱そうな感じがヒシヒシ感じるのよね。イジリたい人…みたいな。

「で、…では、現状を確認させていただきます。地下鉄内探索にて当方の隊員三名が行方不明。蒲池(かまち)、千葉、流石(さすが)らは探索チームの十二名のうちの逃げ遅れであり、ドラゴンに襲われたチームを逃がすために残ったという隊員からの証言を得ています」

「つまり、この内部には精鋭チームでも撃退不能な強力なドラゴンも入り込んでいる事を念頭に置いていただきたい。そして取り残された彼らには時間もない、という事をご承知いただきたいのです」

 あらら、じゃあ残った三人は死んでも止む無しって事じゃないの? 無駄足くさい仕事だわね。


「なお、蒲池、千葉、流石は逃亡時に散会し、敵戦力を分散させた事で危機を脱したのですが、それにより三人が孤立した状況となっております」

 なんだ、自爆じゃん。
 でもまあ、そういう面倒に逃げるしか出来ない人間の弱さが致命的なんだと思うけど。

「また、前回七日前の調査により、地下鉄とは違う新たな洞穴が出来上がっているようなのです。そのためこれまでの地形データを使うことができず、正確な位置特定ができなくなっております。そのため救出難易度が跳ね上がっているのです」

 そんなになってるんなら最初から用心すればいいじゃない。何やってるのよ、この間抜け猿ちゃん達は。


「しかしながら、彼らは銃器を携帯しておりまして、それにより特殊信号弾の発砲が確認されております」

「これは通常火薬とは違い、地面に打ち込む事で、人の聴覚では感知できない超音波を発生させる効果があります。自衛隊が今回の作戦において、連絡手段途絶状態に陥った場合に使用を決めていたもので、その震動波より彼らの位置をある程度まで絞り込む事が可能です」

「そして彼らよりの定期的な特殊弾の発砲が確認できている。…つまり彼らは生きている事です」

 ふーん…、面白い機械を使ってるのね。それで場所の特定もある程度はできる。だからそれで救出したいけど、でも強い敵がいるからムラクモにヘルプって事か。そんなに話は簡単でいいのかしら? それ以外の思惟的(しいてき)な何かはないと思っていい?

「ようするに現状では道がわからなくて、強いドラゴンが徘徊してるから自衛隊にはお手上げ、って事?」
 アチキは総評とばかりにこれまでの話を総合してみる。もちろん自衛隊側の反応も見ておきたいのが本命だけど。しかし、アチキの問いに、生駒ちゃんはそれに対して首を横に振った。


「いえ、それだけなら我々と本部のサポートにより解決できた問題でした」

 そうよね。だから、それ以上の何かがある、と。
 生駒ちゃんはケーブルがついたたままのノートパソコンを持ち上げ、画面を指刺した。そこには波形のような表がリアルタイムで更新されている。

「この表はその探査結果をグラフで示したものですが、この結果によると、銃弾や魔物とは違う巨大生物の固有振動を捉えており、これが以前に出現した帝竜のものである可能性が高いのです。ムラクモに作戦参加を願ったのは、実はこの面が大きいという事を頭に入れておいていただきたいのです」

「帝竜で…巨大生物?」
 そんな雨瀬ちゃんの呟(つぶや)きに答えるように、生駒ちゃんは生唾を飲み込むように慎重な面持ちで頷(うなず)く。間違いない、とばかりに。…場に流れるのは張り詰めた空気。


 …え、ちょい待ち!! ちょっと待ってよ?


 地下の帝竜…、指揮官竜ってさぁ、もしかして…地竜様の事?






 うげーーーーーーーーっ! マ ジ で ? !


 じょ、冗談キツイどころの話じゃないわよっ!!

 タケハヤへの鮮烈なる愛のために全指揮官竜の討伐を目標に掲げているアチキでも、地竜様だけは敵に回すわけにはいかないと思ってるくらいよ!?

 だって! アレだけは戦うとか、そういうレベルの話じゃないんだもの! まったくもって次元が違う、っていうか天災みたいなもんじゃない! 帝竜だとか指揮官竜だとか、そういう規模を超えてるんだもの!


 アチキはこの星に来てから一度だけ見た事があるのよ。
 夜中にたまたま地上に顔を出したのを見ちゃったのよ!

 地中から、のっそりと巨大な何かが首をもたげている図。わかるこれ?

 ベックラこいたわ!! 顔でかっ! 胴ながっ!!
 その時のアチキの竜の姿はおおよそで十メートル級だったけど、地竜様は軽く見積もってもその二十倍以上…。

 十倍じゃないのよ? 二十倍よっ!? ぶっちゃけ二百メートルよ!?

 例えるならアチキの竜としての大きさは電車の一両の半分くらい。電車一両の横の長さはちょうど二十メートルくらいだもんね。それが十両編成の電車くらいあるって事よ?

 そりゃまあ十両編成って言うのは簡単かもしれないけど、駅のホーム先端で先頭車両から最後尾まで眺めてみなさいよ。どんだけ長いか分るでしょ? あんなのが地下に蠢(うごめ)いてんのよ?


 そんなのが突進してきて勝てると思う?

 ただ二十倍ってんじゃないわ。その二十倍を軽く越えた総合能力がどれだけのものだと思う?
 竜ちゃんタイプのパワー系ドラゴンが二、三十匹の群れで襲い掛かったって、一瞬で潰されるわ。

 …全長約二百メートルってのは、ただの長さじゃない。
 それだけの重量、質量、それに想像を絶する圧倒的なパワーが込められている、という事。


 どんだけ…差があると思ってんのよ? 無理に決まってんじゃないのよ。





 もし、そんなのが暴れたらどーすんの?
 電車が意思を持って暴れ回ったら勝てると思う? …それと戦うなんて、どう考えても無謀でしょ。

 あ〜〜、くっそーー!
 でも行かないワケにもいかないか、最終的には地竜様も倒さなきゃだし…。

 くっ、こうなったら、竜ちゃんのパワーに賭けるしかないわ! 確かに脳筋だけど、あれでも肩書きは一応、王だもの。マジボロ不安で非常に頼りないけど、どうにかして竜ちゃんに倒してもらうしかない。


 はぁ? アチキに頑張れって?

 ふざけんじゃねーぞドチクショウが! アチキがどんだけひ弱だと思ってんのよ!
 アチキの貧弱さをナメテんじゃねぇぞオラァ!!

 ああん、もう!! 立ちくらみしちゃうじゃないの! 怒鳴らせないでよ。貧血よ貧血ぅ!

 こんなひ弱なアチキに出来ること、それは竜ちゃんが勝つ事をただすこやかに祈るのみ…。
 クソニアラみたいな神じゃなく、せめて人間の神様、どーかアチキを地竜様と出会わないようにして。このとーり。


 アチキは貧血気味のか弱い身体をふらりふらりと揺らし、千鳥足のまま竜ちゃんへと声を掛ける。

「はあ…、気が重いわ。とにかく地竜様が出て来たらさー、竜ちゃん頼むわよ?」
 顔面蒼白、今にも倒れるんじゃないかとフラつく身体をなんとか保ちつつも、なんとか笑顔で注文。



「んむ?? 何言ってんだ? 俺様行かないぞ。もう戦わないんだ」

 その言葉を耳に受け呆気に取られた。耳がおかしくなったのかと思った。アチキはもちろん、雨瀬ちゃんに包帯まみれの臥藤、それにその他大勢の自衛隊各員ら…、その誰もが予想外の表情を浮かべて竜ちゃんへと視線を向けている。
 当の本人である竜ちゃんは、周囲からそういう視線を向けられ、”何かおかしい事でも言ったか?”とでも言うような顔をしながら、可愛らしく目をパチクリさせていた。














「なんだお前ら。俺様なんかおかしい事言ったか??」
 遅れてきたこの子の言葉は表情そのまんまのものだった。まーた何にも考えてなかったって顔だわね。

「ちょっと竜ちゃんさぁ。ここまで来て駄々こねてる場合じゃないでしょーに。アンタここに何しに来たの?」

 またこの子ってばワケわかんない事を言い出して…、相変わらず予想外もイイトコだわ。戦ってもらわなくちゃ本気で困るのよ。いつもは暴れ回ってグハハハ笑ってるだけの脳筋が、何を知恵だしたような寝言ほざいてるの?

 そんな困惑アチキの問いに答える前に、自衛隊の……、ええと、さっき説明した、なんとかってモブが問いかける。


「ユカリ君、頼むよ。ムラクモとしての君の実力さえあれば彼らの救出も容易に───」
「うっせーぞ! イオコマには聞いてねー」

 そうよ、イオコマ! …ん? 生駒ちゃんよねぇ? なんでイオコマなのかしら??
 そんな彼は、竜ちゃんの心無いセリフを投げ返されて二の句が継げないでいる。

 問答無用で発言権を失った生駒ちゃんは反論するでもなく、小さな溜息と共に諦めムードなんだけど、その周囲では他の自衛隊の皆さんがムッとした表情になってるわね。当然ながら竜ちゃんはそんなの知らんぷり。興味もないといった様子ね。

 あらやだ、なにげに面白い展開じゃないの。…いい感じで対立してるじゃなぁい?
 いっその事、竜ちゃんが人間の二、三匹でも殺しておけば大人しくなるのかもしれないわね。

 しかしまあ、面白いのはさておき、いまのアチキの立ち位置を考えれば、回避して欲しい争いなのよねー。確かにアチキ的には、竜ちゃんと自衛隊が人間関係的にどう悪化しようと、まったくどうでもいいわけなんだけど。

 全指揮官竜討伐という目的達成を視野に入れるとすれば、あんなゴミ集団にも使い道ってモノがあるわけだし…。



 はい?

 なんか勘違いされてる気がするんだけど、アチキは善人じゃないわよ??

 見た目は「牧シンイチロウ」だけど、融合した時点で知識だけはもらって、中身はほとんど花竜なんだもの。そもそも竜が人間なんて下等生物に肩入れすると思う? ハハン、それこそ馬鹿馬鹿しいわ。寝言は寝て言えってヤツよ。
 …あ、タケハヤは別よ! 彼だけは別。アチキの特別だもの。

 そもそも、ムラクモに所属して同胞殺しなんて”むさい仕事”をしてるのは、タケハヤがいるSKYをナツメから守るためであって、アチキ的には人間が何匹死のうと構わないわけだし。まあ、彼のためなら同胞すらどうでもいいんだけどね。
 だって、アチキは竜だもの。自分が良ければそれでいいに決まってるじゃない。そんなの当然でしょ。


 そういう事情があるから大人しく人間なんぞと仲良くしてるってわけよ。それもこれも全部タケハヤのため。
 アチキって尽くすタイプだものね☆

 クキキキキキ…!



 さ〜て、


 ずいぶん話が逸れたんで、方向修正するけど、

 あの脳筋バカの竜ちゃんが”もう戦わない”だなんて、ワケ分んない事になってるわねー。アチキとの戦いでも、あのちんまい身体で積極的に挑んできたくせに、なんで今更なんで戦わない、なのかしら?


「あ、あのさ、竜ちゃん。そういうワガママ言わないで、いい子だから一緒に…」
「俺様、ぜったい行かない」
 竜ちゃんはそう言って頬を膨らませてそっぽを向く。
 はぁ〜、駄目だわ。こうなったら意地でも動かないのよね。…この子、昔っからそうだもの。

 まあ、今回は仕方ないわね。こういう時は引き際が肝心。竜ちゃんの同行は諦め。どうせ一時的な気の迷いでしょうから、次回からは拒否できないような仕込みをしておくしかないわ。

「ケッ! 贅沢なトカゲ殿には興味がないとさ。元よりテメェなんぞに期待しちゃいねぇ、死人が出ても困るしな」
「なんだと…? ガトウ! 包帯だらけのくせに生意気な口を叩きやがって、いますぐトドメを刺してやるぞ!」
 棘(トゲ)のあるセリフでつっかかる臥藤に、面白いようにつっかかる竜ちゃん。臥藤ちゃんは異常な殺気を隠そうともせず、売り言葉に買い言葉で語尾を強めて挑発する。

「上等だ! やってみろや! 首でも腹でもブチ抜いて殺してもみろ! この俺を殺せるもんならなぁ!!」
「クソガトウが…、フザケてんじゃねーぞ!」

 普通ならこれだけ悪意をぶつけ合う争いを見れば、すぐに誰かが止めに入るんでしょうけど、臥藤も竜ちゃんも異様な殺気だもんだから恐ろしくて声も出せないみたい。アチキでさえ関わりたくない雰囲気なんだもの。

 そんな中、竜ちゃんが爆発したように怒鳴る!


「だいたいな! 俺様はテメーと戦いたいからトチョーにいるんだぞ? ザコをブチ殺すためじゃねーんだっ! それなのに、いつまでも怪我なんぞしたままって何事だ! ”れんきてあて”でさっさと治せばいいだろーが!!」

「あァ? 錬気手当てだぁ? ケッ、馬鹿がっ! あんなもんただの”やせ我慢と根性”を合わせただけの精神論じゃねーか! 根性で人間の身体が治癒するか! ボケが! 人間の身体はなぁ、テメーみてぇな爬虫類と根本から違うんだよ!」


「…んむ?? ”れんきてあて”で治らないだと? 嘘付くんじゃねークソガトウ! 俺様は普通に治ったんだから、テメーも治るに決まってるだろ! この俺様がその程度の冗句にひっかかると思うのか!?」

「知恵の欠片もない無能な爬虫類には理解できなえぇか。そりゃあどうも、申し訳なかったな! クハハハハッ!」

「ガトウ…、テメー俺様を笑いやがったな…? いい度胸だ。なら望み通り───」
 竜ちゃん笑みが邪悪に変わる。そしてその身体からは目に見えるまでの赤い靄が沸き立ちつつあった。
 ちょっとちょっと…、本気で殺る気だわ。このままじゃアチキまで被害が…。


 そこに雨瀬ちゃんが割って入る。


「は〜いストップです! 終わり終わりー! 先輩もそこまでにしましょう」
「だって、ガトウのヤツが〜…」

「そうですね。ガトウさんの言い方はよくありませんね。ガトウさん、めっ!」
「……チッ」
 唐突に場の空気を換えた雨瀬ちゃんが臥藤を怒ると、臥藤は邪魔が入ったとばかりに顔を背ける。
 それを見ている竜ちゃんは、臥藤が怒られたのを見て意地の悪い笑みを浮かべていた。

「グハハハハハ!! ざまあミロ…ガトウめ!! 俺様に逆らうから──」
「先輩も、めっ! そういう笑いで相手を蔑(さげす)むと自分まで悪い子になっちゃいますよ?」

「あうう…怒られた…。くそっ! ちくしょー! でも俺様は悪くないからなーっ!!」

 竜ちゃんは自分まで怒られたのが気に喰わなかったのか、不機嫌一直線といった様子ながらも不満そうに口をヘの字に曲げて顔を横に背ける。…臥藤も似た様子で黙っちゃってるけど、やけにカリカリしてる感じだわ。あらやだ、臥藤の竜ちゃんへの視線って熱愛じゃあなかったみたいね。それどころか眼光から殺気が漏れ出してるじゃないの。まあ、やだ怖いわ! くわばらくわばら…。

 …厄介事はゴメンだから、さっさと出掛けちゃいましょうかしら。
 静かそうな今のうちなら地竜様も出ないかもしれないもの。

 どちらにしろ、行かないわけにはいかないんだし。


「じゃあ、竜ちゃんはいいわ。アチキは行くし。大船に乗ったつもりで大人しく待ってりゃいいわよ」
「オオブネってなんだ? チョコか? ハチミツじゃむパンか?」
 頭の中までシュガーワールド筋肉娘はそのようにおっしゃっているのを雨瀬ちゃんになだめられている。
 は〜…、お年頃の娘は食い気ばっかりだわね。成長期で結構。せいぜいたらふく食べて、ぶくぶく太ってちょうだい。

 そんなお馬鹿はほっとくとして、…そろそろ昼近くだから遭難者にしても犯人にしても雑多な敵に襲われる可能性があるわ。個人的にムラクモの指揮官ナツメから点数を稼いでおきたいアチキとしては、今回のミッションは竜ちゃん抜きでも遂行しておきたいって思惑もあるのよね。アチキ自身の評価をUPさせておきたいってトコ。

 別に地竜様がいるからって、戦わなきゃいけないわけじゃないんだもの。
 こういうのはポジティブに考えた方が得ってもんよ。


 少なくともいまは、ムラクモ内部での実績を稼ぐ事がアチキの目的に近づく手段なわけだしね。
 行方不明者が見つかればベストだけど、見つからなくとも点数稼ぎにはなるわ。

 そうと決まれば善は急げ! 行動開始だわよぉん!


「生駒ちゃぁ〜ん! このアチキにチョーゼツ任せて頂戴。なんてったってアチキってばスペシャルだもの! きっと遭難者も犯人もチョチョイと連れ帰ってくるわ」
 アチキは無駄に大きなリアクションをして出発をアピール。自衛隊らが”ついて来る”なんて自発的迷惑を言い出すのを牽制(けんせい)しておく。…だって、うっとおしい無能達が付いてこられると、こちらの足が引っ張られるもの。だから、とっとと出発したいのが本音。


 すると…、

「あ、待ってください! シンイチロウさん、私も行きます!」
 雨瀬ちゃんが覚悟を決めたかのような顔で手を上げた。

「あら〜、勇気あるのねぇ。アチキも乙女的に心細いかったのよね。雨瀬ちゃんってば期待しちゃうわよ?」
「はい、サポートくらいにしか役に立てないかもしれませんけど頑張ります!」

 そう発言した雨瀬ちゃんに驚いた表情の竜ちゃんだった。
 困惑した表情を浮かべ、まったく理解できないとでも言うように雨瀬ちゃんに問いただす。


「なんだ? なんで俺様が行かないとアオイが行くんだ? アオイも行かなきゃいいだろ」
「そういうわけにも行きませんよ。いくらシンイチロウさんが強いからって、一人でなんて危険です」

「あんなのほっときゃいいんだ! 潰しても叩いても、どーでもいいだろ!」
「…どうでも良くはないんですけど、…それに私は最初から一緒に行くつもりでしたよ? だって一応は私だってムラクモ所属なんですから、お仕事しないとご飯食べられませんし」

 竜ちゃんが少し困惑した顔を見せるものの、雨瀬ちゃんは変わりない笑顔で言い聞かせている。
 それでも食い下がる竜ちゃん。

「俺が行かないんだぞ? お前がそんな事したって俺はもうガトウ以外と戦うつもりないんだぞ!?」
「はい。先輩は最近ちょっと頑張りすぎですから、今日はお休みでいいと思います。今後の事はまた考えましょう」


「とにかく今日は、このアオイちゃんにどーんとお任せください!」

 使命感っていうのかしらね? これまでの動きを見るに、この娘は竜ちゃんの飼育員だけをしているつもりはないみたい。この子自身は特に強くはないんだけど、言葉通りムラクモとして職務を果たそうとしているってカンジ? それと共に竜ちゃんにも無理はさせたくない、と…。

 なかなか健気だわね。…健気ではあるけど、そうであるから、ここは好意的な態度を取らざるを得ない。正直言うと彼女ですら戦力外なんだけど、自衛隊よりは幾分マシ。

 それにこれ以上、ザコが付属されてもコッチとしては迷惑なだけだから、そういう予防線を張る意味でも一人くらいは連れていくべきだと思うし。だから早めにメンバーを確定させてしまう事も重要なのよね。

 こういう人間くさい思考が出来るのは、このシンイチロウの経験によるもの。…ほんと感謝してるわ。


「OK、じゃあ二人で行きましょ。こういう場合は少数精鋭で行くべきだと思うから、自衛隊はここで待機でいいわね? 臥藤さんもそれで承諾してくれるかしら」
「俺はどうでも構わんさ。むしろお前の考えに賛同する」
 うはっ、アチキの思考が完全に見抜かれてるわ。ほんと怖い男だこと…。それとも、この男もザコがぞろぞろついて来る状況がうっとおしいと思っているのかもしれないわね。ふふ、そのワイルドさは惚れるわ。


「それじゃあ、行きましょうシンイチロウさん。三人を助けなきゃ!」
「元気だことね。…ま、賛成だけど」
 気力充実、意気揚々、気力旺盛…みたいな雨瀬ちゃん。この子はいつも元気で関心するわ。こんな世界だってのに。
 そんな彼女を従えたアチキの耳に、腕時計から声が届く。
 聞こえてくる声は、ナツメの道具であるチビちゃん…こと、ミイナちゃんのもの。


『コール、十三班。シンイチロウ、聞こえる?』
「聞こえてるわよん。あんまり面識ないけど、可愛い子は大歓迎よミイナちゃん」

『いまの話は聞いてたけど、…ユカリはやっぱり行かないみたいだね』
「いいのよ。今回はアチキが出張るから戦力の穴埋めは必要なくてよ」

 ミイナちゃんは少しだけ寂しげな返答をして、それから元の調子でナビゲーションを開始する。


『周囲には取り立てて障害になるような敵も存在しないから安心して、それで申し訳ないんだけど…』
「分ってるわ。堂島ちゃんの方をフォローしたいんでしょ?」

 トラック強奪事件により負傷した隊員を救出に向かった自衛隊隊長の堂島ちゃんは竜や魔物が数多く徘徊する昼間に行動している。だから、比較的危険の少ないこちらよりも、フォローすべきは堂島隊の方。

 アチキがいる以上、魔物や低級竜が何匹出てきたところで、まず負ける事はないけど、堂島ちゃんらは基本がゴミ戦力だから、遭遇自体でもうピンチになってしまう。だから、障害となるルートを回避させながら導く役目をチビちゃんがやらねばならない。本部には彼女しか使える人材いないわけだし。


『ごめんなさい。こっちは生駒がフォローしてくれるから頑張って。…たぶん、帝竜が出ない限りは任せっきりになっちゃうけど…』
「いいのよ。気にしない気にしない」
「ミイナちゃん、こっちは大丈夫だから。シンイチロウさんもいますし」

『うん。なるべく早く戻れるよう尽力する』
「竜ちゃんには帰ったら文句言っとくわ。堂島ちゃんのフォロー頑張って」
 情報伝達役の頭脳であるミイナは、後ろ髪引かれた様子でひとまず通信を切った。アチキはそれに合わせて腕時計通信機の電源を切る。これで他所よりのうっとおしい干渉はなくなる。

 これでアチキと雨瀬ちゃんの二人っきりで捜索するしかなくなったわけね。


 いやだわぁ〜、考えてみたら、これってすっごいチャンス到来じゃなあい?
 これって絶好のタイミングよね?!



 アチキと雨瀬ちゃんが二人きり。周囲には誰もいないし、通信も当分は来ない。

 クキキキキ…。





 へ? 悪いことでもするのかって?
 えーとまあ…、そうなるわね。悪い事だわね。うん。



 いい機会だから”雨瀬ちゃんを殺しておこう”と思うわ。




 は? 何かおかしい?


 雨瀬ちゃんの事が嫌いなのかって?
 う〜ん…、性格は悪くないと思うわよ。思いやりもあって、いい子なんじゃない?



 そうね、じゃあナゼかと言うと…、ただ単に”邪魔だから”になるわね。


 当然でしょ? アチキが竜を全滅させるという目標を達成するためには、どうしたってあの脳筋の竜王を自分の思い通りの手駒として動かす必要がある。そうだとしたら、竜ちゃんのお気に入りである雨瀬ちゃんが一番の障害になるじゃないの。

 竜ちゃんと仲がいいあの子がその間にいたら、竜ちゃんはまず雨瀬ちゃんの意見を聞いてしまう。それに彼女自身の手際のよさも問題。さっきの感嘆するほど鮮やかな喧嘩の収拾をみれば、それは今後のアチキにとって危険すぎるのよ。

 あれだけ有能だと、アチキが竜ちゃんを自分の手駒にしたくとも入り込む余地ゼロでしょ?
 このムラクモでそういうポジションにいるべき頭脳は、アチキであるべきなのよ。

 とにかく、あの戦闘馬鹿が戦わないだなんて間抜けな事を言ちゃうような状況が続くのは困るけど、それを許す存在が一番困る。あれを最大限に利用して竜を殲滅(せんめつ)しないとアチキが困っちゃうのよね。

 だから、


 雨瀬ちゃんを表面的に好きか嫌いかはさておき、”竜ちゃんを操れる彼女”はもっとも厄介(やっかい)で邪魔なのよ。つまり処分しなくちゃいけない相手ってわけ。今後も見据えるとそれがベスト。

 竜ちゃんは迷わせる間も与えず言葉で篭絡(ろうらく)して使う。あの低脳を笑顔のまま自分の支配下に置く。
 それでこそアチキの目的は達成できる。それが理想系。




 何かおかしい? 何が間違ってる??



 何 も 間 違 っ て な い わ 。



 さっきも言った通りよ。どう転んだってアチキは竜。自分が良ければそれでいいの。
 だったらそう考えるのは自然でしょ?

 目標達成のために障害になる、だから障害を取り除く。つまり彼女を始末する。
 なんの事はない正しい順序。…たったそれだけの話。


「おいアオイ、待てって! 俺様が行かないぞ! 本当だぞ!? 絶対に行かないからなっ!!」
「おっけーですからご安心ください。それよりガトウさんと喧嘩しないでくださいよ? そっちの方が心配です」

 雨瀬ちゃんは少しだけ屈んで、竜ちゃんに視線を合わせながら諭すように言う。


「私はね、先輩には無理に戦って欲しくないんです。無理をする必要がない時にまで、身体を酷使する事なんてありませんよ」
「俺は…、別に全然へいきだけど…」
 身体に不調はないけど臥藤以外とは戦う気はない。それが竜ちゃんの心境なわけね。それを雨瀬ちゃんは理解していて、せめて自分が役に立ちたいと、と。…あらまあ、美しい愛情だこと。お涙頂戴(ちょうだい)の泣かせるシーンだわね。

 だけど、その繋がりがアチキに有利に働かない。
 アンタ達がそういう間柄だから、アチキは手を汚す必要があるのよ。


 …雨瀬ちゃん、だからアンタはこれから死ぬのよ。


「私がその分だけ働いて見せます。でも、無理も無茶もしませんから」
「でもな、俺様はー…」
 まだぐずぐず言っている竜ちゃんに向け、優しげな笑みを浮かべた雨瀬ちゃんは、両手のひらで竜ちゃんの右手を包み込んで言う。

「…大丈夫、ちゃんと戻ってきます。約束しますから、ね?」
「んむぅ……わかった」

「さ、行きましょう!」
 そうやって竜ちゃんを丸め込んだ雨瀬ちゃんはアチキに向き直って元気よく出発を告げた。

 この子は竜ちゃんを無理強いさせたくないと言ってるけど…、それだけが本心じゃない気がする。アチキには、この子が臥藤にもやけに気を配っていたように感じた。アチキが臥藤に感じる警戒心とは違うんだけど、何かを気にしている雰囲気はあるんじゃないかしら? それが何かまでは想像つかないけど…。

 まあ、今更どうでもいい話だけどね。
 どうせ殺しちゃうんだし〜。


「さあ! それじゃGOだわね! アチキの実力でとっとと事件解決しちゃうわよん」
「あ、はいっ! GOですね! とっとと救出しちゃいましょう!」
 そう相槌を打って歩き出す雨瀬ちゃんとアチキ。このすらりと高い魅惑的な長身を生かして、最初からわざと歩調を大きくして少し早足を強要する。もちろん、そうさせる理由があるからやってる事なんだけど。

 何でそんな事をするのかって? 無理をして歩くと体力を消耗するのよ。雨瀬ちゃんはそれを理解しつつも、拒否できずに体力を削られるって寸法なわけ。それを強いるのがこの言葉よ。


「雨瀬ちゃん大丈夫? でも、行方不明者さんを探さないといけないから、我慢してね」
「平気です! 急がないと大変ですからね」
 あらま、すっかりアチキを信頼してるって様子ね。もちろん、仲が良いフリも継続するわ。殺すまでは慎重に慎重を重ねる最新の注意が必要。とにかく警戒されないに越した事はない。

「そうそ、歩きながらで悪いけど、まずは雨瀬ちゃんの戦力を確認しておこうかしら? なんせチームを組むのは初めてですもんね」
「はい。いざという時にお互いが出来ることを確認するのは当然ですね」

 違うわよ。始末する時に妙な抵抗をされないようにするための事前確認よ。この捜索でうまくこの子を始末ためには、戦力の把握は不可欠だもの。彼女が持っている連絡手段も把握しておく必要がある。

 とにかくこの件は特に慎重に行わないといけない。

 現在のアチキ、つまりシンイチロウが属するサイキックというクラスで得意としている技は電撃能力だけど、それを使って殺すわけにはいかないのよね。ヘタに使ってアチキが殺したと知れれば、アチキはムラクモに居られなくなるし、SKYが被害を受ける可能性がある。…加えて、雨瀬ちゃんから反撃を受けるわけにもいかない。戦った理由を問われてもアウト。もしバレたら、竜ちゃんに八つ裂きにされちゃうもの。

 …つまり、この子を処分するには、自滅してもらうのが一番。
 アチキ自身の価値を下げることなく、彼女が自滅を選ぶような形で脱落してくれれば一番いい。


 さぁて、ど〜しようかしら…。


 そんな事を考えながら、アチキはまばらに電灯がついた仄暗(ほのぐら)い地下鉄道内を軽快に進んでいく。

 ゴツゴツの地面は地上に比べてひんやりと涼しく、足元は底冷えするような冷気さえも孕んでいるみたい…。まるで晩秋の気配すら感じさせるわね。そんな中で、アチキは出てくるであろうザコになど少しも興味はなく、ただ雨瀬アオイを上手く殺す方法だけを練っていた。







BGM:セブンスドラゴン2020「地下道−洞穴探査」(サントラDisk:2・03)








 ───13:20 都営地下鉄新宿線・新宿駅構内 臥藤


 ホームから線路に降り立ち、五百メートルほど進んだ地点に陣を敷いた俺達は、この薄暗い洞穴ともいえる空間で各々の仕事をこなしていた。俺は都庁本部への状況説明、自衛隊らは探査用の機械操作を行っている。残っているのは生駒を含む四名で、残りは地上の見張りをしているようだ。

 少人数での分散はあまりいいことではないが、退路の確保も重要任務だからな。


 今のところ問題はない。牧と雨瀬は順調に進んでいるようだ。生駒ら自衛隊は周囲の警戒をしている。
 そして、ウォークライ…いや、トカゲ野郎はというと…、


「やい、ガトウ! あれから何十分経った?」
「…まだ三分だ。いちいちウルセーぞ」
 牧と雨瀬が出発してから十五分そこそこ、俺はトカゲ野郎からすでに五度目の質問を受けていた。ヤツは定期的に時間を聞いてくるのだ。それも雨瀬達が出発してから何分経ったかを、である。

 最初に聞いて来たのは出発より七、八分後だろうか。ウォークライは腕を組んだまま難しい顔をして周囲を忙しなく歩き回っている。そして時折、時間を聞いてくる。しかも質問の間隔はどんどん短くなっているのだ。

 トカゲ野郎は苛立たしげな様子を隠そうともせず、俺達の控えているこの広場の中を右へ左へうろうろと、相も変わらず難しい顔で歩き回っている。

「おいガトウ! もう八十分くらい経っただろ?」
「まだ前の質問から一分も経ってねぇ。いい加減しつけぇぞ」

「ぐぬう…」
 俺がそうやって律儀に返答してやると、またもトカゲ野郎は苦虫を潰したような表情で周囲を歩き回る。しかもそのイライラ歩きはさらに早足になり、腹立たしさ全開のまま、うろうろとし続ける。うっとおしい事この上ない。


「ガトウ! もう三百分は経ったか?!」
「うるせぇってんだろ!! テメェ何がやりてーんだ!! そんなに気になるなら行けばいいだろうがっ!」

 理由など聞かなくとも分る。どう見ても雨瀬が心配だという顔だ。
 しかし、俺がそう怒鳴りつけても、黙り込んで再び歩き出すだけで仕掛けてこない。

 さっき俺が挑発した時は、雨瀬が止めなきゃそのまま戦闘突入という程の剣幕だった。しかし、今のコイツは”それどころじゃあない”というった風体で、俺と戦う事すら頭からスッポ抜けている様子だ。

 どうにも気に喰わない俺は、少し煽ってやる事にする。


「…ハッ! テメェは殺しなら大得意だろうが。いままで散々に殺しておいて雨瀬アオイだけは別扱いか? お優しいこった」
「うっせーぞ! 俺はそれどころじゃねーんだ! 黙ってろ!!」

「はァ? 何度も時間を教えてやった相手に黙ってろだぁ? フザケてんじゃねぇぞクソヤロウがっ!」
「フザケてるヒマなんかあるわけねーだろっ! 俺様は忙しいんだ! テメーなんぞブッ殺し───…あっ!」


 急に何かを思い出したように言葉を切ったトカゲ野郎は、そのまんま呟(つぶや)く。


「…俺様、喧嘩したらダメだった。アオイに怒られるぞ。それは困るのだ。くそっ! でも気に喰わないぞ!」

 ギリギリと歯を食いしばりながら俺を睨(にら)むトカゲ野郎。しかし威勢の割りに俺に危害を加える気はないようで、相変わらず苛ついている様子だ。腕を組んだまま歩き回っている。俺はといえば、うっとおしいの域を越えて辟易(へきえき)している。

 どうしたもこうしたも、全力どころか全身全霊を賭けて雨瀬が気になっているようだが、俺にとってはそんな事は関係ない。とにかくこのまま挑発し続け暴れさせ、自衛隊にも凶暴さを見せ付けておくべきだろう。

 コイツの凶暴さが理解されなければ、正体をバラしたトコロで信じては貰えないからな。


 雨瀬以外に正体を話し、それが理解されるためには、他者から見て納得できる暴力を振るってもらわなくちゃならない。
 なら、それを誘発してやる。

 テメェは確実に殺す。どんな姑息な手段であろうとも、小汚い手段であろうとも、俺が必ず追い詰めてやる。
 ナガレの仇を討つためなら何でもする。…例え、雨瀬が犠牲になったとしても、俺は俺のためにコイツを殺すのだ。


 だからもう一押し。

 雨瀬がいない今こそ、コイツを挑発する最大のチャンスだ。
 この好機を逃すわけにはいかない!!


「…死ぬぜ。雨瀬はな」
「なに?!」
 コイツを釣るための一番効果的な言葉を使ってやった。あまり関心しない手だが、そんな事は無視する。
 予想通り、その一言にトカゲ野郎が食いついてくる。

「雨瀬はいづれ死ぬ。俺にはそういう未来が見える」
 お前だよ、お前が全部殺すんだ。いままでそうしてきたように、周囲の全てを巻き込んで死者の山を築く。
 それがお前の運命だ。それが遅いか早いかの差でしかない。


「フザケンナ!! アオイが死ぬわけねーだろ!」
「死ぬんだよ。お前がいる限り、いつか雨瀬は死ぬ事になる」
 雨瀬、勝手にだしに使って悪いな。だが、俺はどんな手を使ってででも、このトカゲに……ん?
 トカゲ野郎の様子がおかしい。急に静かになりやがった…。

「ぐすっ…、アオイが死んじゃうのか? 困るぞ。俺様すげーイヤだぞ…」
「はァ? お、おいテメェ…、なんで子供みてぇに…」

「ううう…、ひっく…」
 ユカリの身体のトカゲ野郎は、その辺の少女…というか、まるで子供そのもののように俯(うつむく)くと、じんわり出てきた涙と共に大声で泣き出す!

「うええええええっ! アオイ居なくなったらヤダーーー!! うわあああああんっ!!」
「───なっ!! …おい? ちょっと待て! な、なんで…泣く!?」

 ワケが分らない。意味がわからない。俺が死ぬ気で復讐を誓った敵を、俺が泣かしている??

 いや、普通なら後悔させて然るべきだが、この状況は何かおかしい。
 これじゃあまるで、俺が大人気なく子供を叱り付けたみてぇじゃねぇか!

「…あーあ、臥藤さん泣かせてますよ?」
「いい大人が、女の子にさぁ…」
「あの顔で迫ったら怖いに決まってるじゃないかねぇ」
「子供相手に大人げない人だなぁ…」

 後方から自衛隊の誰とも知らない声が届く。俺はすぐさま怒りの形相で振り返ると、ヤツらは何も見ていない声なんて出してもいない、…とでも言うように不自然極まりない様子で作業に没頭している。こ、コイツら…、ナメた真似しやがって…。

 ああ、くそっ! なんで、…どうしてこうなった!?

 俺自身が何をどう言われようと無視すりゃあいい。だが、俺自身がこういう陰気な復讐を望んでたわけじゃない。罪を苦しんだ上で後悔するなら雨瀬が死ぬのもアリかもしれないが…、いや、子供のように泣かれるというのは初めてで、まるで俺が悪趣味な異常性癖者のような空気になっているのが気に入らない。

 俺は確かに復讐がしたい。それは確かだが、…こういう復讐がしたいわけじゃない。
 復讐に良いも悪いもないのだろうし、手段を選ばないとは言ったが、…と、とにかく俺の策はこうじゃない!


「…あー、待て!! ウォー…いや、ユカリ! おい落ち着け! その───なんだ。何も泣くことは…」
「びええええええええっ!」

「いや、雨瀬をだしに使ったのは悪かった! だから泣き止めっ!」
 くそっ! なんで俺がコイツに謝ってるんだ? くそっ! いきなり泣き出しやがって!


「んむ?? あれ? なんだ? この音…?」
「何?」
 その時、トカゲ野郎は急にその表情を変えた。いままで大粒の涙を流していたヤツとは別人のように、何かに反応したように周囲を見回している。

 何も変わりはない。それは誰もが思った事だろう。俺もシロウトならば、いま自衛隊らがそうしているように、不思議な顔をしただけで首を傾げただけで済んだかもしれない。

 しかし、長年の経験がそれを告げていた。少し遅れて、俺もそれに気づいた。


 何かが近づいている。
 とてつもない何かがこちらへと向かっている。


「計器に反応! 大型の震動波を確認しました!! こ、これは…」
 次いで自衛隊らも声を上げた。こうなればもう間違いはない。大型という反応を考慮するならば間違いない。

 しかし、なんだこの威圧は?
 殺意とは違う、悪意とも違う、ただ想像すら越えた圧倒的な”力”…だ。


 気がつけば、俺は自身が震えているのに気がついた。この異常なプレッシャーがそうさせるのか? このトカゲ野郎と、ウォークライと戦った時でさえ、俺はここまでの脅威を感じてはいなかった。


「なんだ…? おいトカゲ…、この気配はなんだ?」
「……なんだよこれ…、こんなヤツがいたのか!?」
 震えたような、かすれ声で呟(つぶや)くトカゲ野郎は、その力を感じて驚いているようだった…が、それを考えている間は与えられなかった! ついにそれは身に感じるほどの震動が大地からにじり寄ってくる! 足元から伝わるその力が、威圧の主の接近を知らせていた!

 俺はまだ何が起こったのか、起ころうとしているのかすら理解していないボンクラどもに向かって叫ぶ!


「自衛隊!! お前ら何やってるっ! 左右に散れ! 壁に背中をつけるんだ! 早くしろ!!」

 速い! どんどん近づいてくる! 自衛隊のマヌケども…間に合うか?!
 尋常ではない速度で線路を疾駆するその巨体、それが震動を、この地震を起している主だ。もう数秒もない!

 だが、それを理解できていない自衛隊らの動きは鈍重。特に指揮官の生駒は機材を動かそうとしている!
 馬鹿が! それどころじゃない! 壁に背を預けてさえ生き残れるのか分らないという瀬戸際だというのに!

「何をしている! 生駒っ! 急げっ!!」
「で、でも機材が…。これがなければチバ達が!」


「来たっ!!」

 トカゲ野郎がその到来を叫ぶ! 遠くからでも感じた圧倒的なパワーの主、それが今まさに、この場を超高速で通過しようとしているのだ。それは時速百キロメートル・オーバーで加速したまま駅を通過する新幹線にも似ているが、これはそんな程度の生易しさではない。象やクジラですら可愛いと思える見上げるような巨体を持った生物だ。

 長い胴、ただそれだけの生物。…だが、それだけでこの地下の全てを蹂躙(じゅうりん)できる巨大生物。
 これが帝竜『ザ・スカヴァー』だというのか?!


 だが、デカいっ!!! …なんてデカさだ。

 正面に見えるのは顔だ。竜だと分る生物の顔面が、電車用の地下線路自体を埋め尽くすかのような図体(ずうたい)が弾丸のように突進…、いや、突撃してくる。車輪も付いてないのに、どうやってここまで加速を得ているというのか?


 ───それがついに、眼前を通過するっ!!

 壁に背を密着させてさえギリギリ、擦り切れいっぱい。…通過により吹き付けるのは殴りつけるかのような空圧、衝撃波だ。それは逆巻く烈風となって俺達を容赦なく叩き付ける。耐える以外に術などない。ほんの少し油断すれば、身体ごと持っていかれるだろう。もしそうなったとしたら終わりだ。人間の肉体などミンチになって有り余る!


「うぐ…、くそぉぉぉ…」
「ぐっ…あああ…!」
 さすがに成す術がないのか、すぐ隣の壁際で通過の震動と衝撃波に耐えるトカゲ野郎。俺はそれを嘲笑うどころか、目を向ける余裕さえない。壊れてガタガタの身体が、そこかしこから悲鳴と激痛を叫んでいる!

 だが、堪(こら)える以外の事が出来ない!! 頭ではこの巨体が敵だと理解できてはいるが、攻撃を考えるような余裕なんてカケラもない。長い傭兵生活で身についた習慣か、必死で耐えながらも思考だけは冷静さを保っていた。そして瞬時に分析する。いや、分析以前に結論は出ていた。

 こんなモノ、…討伐以前の問題だ。
 最高速度に達している特急列車を相手に、人間ごときがどうやって勝つ? どうやって致命傷を与える?

 無理だ。


 人が走っている電車を止められないように、俺達も今のこの帝竜を倒せない。
 何もかもケタが違う。…こんなものは自然災害だ。














 ───脅威が通り過ぎた後に残ったのは、何もなかった。


 さいわいな事に自衛隊全員が無事ではあったものの、こちらが持ち込んだ道具類の一切がいづこかへ消え去っている。巻き込まれて吹き飛んだのだろうが、あれだけの規模が襲ってきて、全員の命があっただけでも奇跡のようなものだ。

 それを察したのだろう。そしてあの巨大帝竜という存在の絶望感を感じたせいだろうが、誰もが一言も口を利こうとしなかった。誰一人、何かを言おうとしなかった。

 凄かった、恐ろしかった。そんなありふれた言葉を声に出しても、それは陳腐でしかない。声を出すことすら躊躇(ためら)われる絶望を味わったのだ。この俺でさえも。


「アオイ…、アオイが………」
 そんな中で、一人。いまだ壁にへばりついたままのヤツがいた。

「あいつがアオイを狙ったら、アオイが……」
 ウォークライは顔面蒼白のまま、壁へとへばり付いた体勢を崩さず、うわごとのように呟いている。


「絶対、そんな事させるもんか…。ふざけやがって…っ! アオイを殺させるもんかっ!!」

 そしてそれは次第に大きく、怒気を孕んだモノへと変わっていく。この俺が、無防備のコイツを見ているだけで、底冷えするような気味の悪さを感じている。いま味わった絶望的なパワーとは異なる、とてつもない何かを…、底の見えない感情の渦を、いまのウォークライから感じていた。



 そして、それはついに絶叫へと激変する!!


「あのデカミミズ野郎がぁああああああっ!!

 アオイを少しでも傷つけてみろ、

 俺が死んでも殺してやる!!」


 爆発が起こったかのようにも見えた。ただの怒号のはずが、確かな物理干渉を引き起こしたかのように、周囲の壁が衝撃で崩れた。それと共に、ヤツの瞳は黄金と化した。その長い髪は風もないのに中空に漂い、ヤツの身体からは赤い靄(もや)のようなモノがはっきりと見て取れる。

 なんだ…、あれは?!
 だが俺を含む誰もがそれを口にする間はなかった。

「アオイッ!! いま行くからなっ!! うぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおお!!!」

 そう叫んだかと思うと、ヤツは目にも止まらぬ速度で地下の暗闇へと走っていった。止める間も状況を把握する間すらもなく、ヤツはそこから走り去った。その猛烈な加速は、俺ですらも捉えきれないモノだった。

「…な、なんだってんだ」
 俺はそう呟くので精一杯だった。矢継(やつ)ぎ早(ばや)に起こった衝撃に、その一言を呟く事がせいぜい。
 場の全員が固まって、ヤツが走り去った先を注視していたのだが、…それも長くは続かなかった。



「道がわかんねええええええええええええっ!!」

 ヤツが戻ってきた。
 怒りの表情はそのまま、凄まじい加速もそのままで、俺の方へと向かってくる。


「───な、テメェなんの…」
 何のつもり、と声を掛ける間もなかった。俺はその瞬間、ウォークライに掻っ攫(かっさら)われていた。

 そう気づいたのと共に俺の身体にとんでもない衝撃が襲ってくる。それはまるで窓を全開にした車で時速百キロメートルの加速をしているかのような感覚。抗うことさえ困難を極める暴風だ。

 トカゲ野郎は前を向いて走ったまま、俺を肩に乗せるようにして質問してくる。

「おいガトウッ! テメーさっきアオイが死ぬ未来が見えるっつっただろ!? 俺がそんなの変えてやるっ! 何がどうなっても俺がアオイを助けてやる!! だからとっとと道を教えろっ!」














 ───12:40 都営新宿線・線路。 横山と福矢馬



「どうなっている…、どうなっている!? 私の行動が…バレている…だと?! そんな馬鹿なっ!!」

 私は混乱していた。
 今しがた至近距離から胸を撃ち抜いてやった男が絶命している側で呆然としていた。すでに冷たくなり始めている自衛隊の…、この千葉という男が腕に付けている時計から通信を耳にしたからだ。そこからくぐもった聞き取りにくいが声が聞こえている。


『……をつけてくれ。トラックを奪った…が、線路に進入……徘徊…ている…だ。いま、ムラク…が救援に向かって…』
 猛烈な眩暈(めまい)が襲ってくる。なぜ? どうしてバレた? 私が…この俺が盗んだと、どうしてバレたんだ? まさかあの時の自衛官らは生きていた? 足も動かせないのに生還したというのか? あの竜を撃退したというのか? そうとしか考えられない。

 この腕時計が通信機も兼ねているというのなら、あいつらが生き残り、俺が足を撃って逃げた事を報告しやがったって事か。畜生っ! あの時さっさと殺してしまえば良かったんだ。クソどもが!?


 クソが! クソがっ!! 無能どもが俺の邪魔をしたっていうのか!
 馬鹿どもが! 愚民どもがっ! 俺の足を引っ張りやがって!! 愚民ごときが俺の手を煩わせやがって!!


「落ち着け、横山。…激情が声に出ているぞ」
「黙れ! これが落ち着いていられるか!」
 そうだ、冷静さを欠いている場合じゃない。この福矢馬は俺の切り札だ。ここでヤツの気分を害してはダメだ!
 沈めろ…感情を殺せ! いつものように、笑顔を貼り付けろ!

 底抜けのお人好しのような笑顔を浮かべたまま、徹底的に利用し搾り取る。いつもして来た事だ。
 この世で一番くだらないのは騙されるヤツだ。利用される方が悪い。勝つのは俺だ。俺だけが勝利者でいい。


「ああ、済まないね。混乱していたみたいだ。気にかけてもらったのに邪険にしてしまった…」

 俺は…、いいや、私だ。
 そうだ、私は極めて冷静だ。そう、冷静なのだ。

 頭脳を回転させて物事をよく見なければ活路は開けない。こんな程度の困難は容易いモノだ。打開策はあるはずなんだ。この私が失敗するわけがない。この福矢馬さえいれば逆転のチャンスなどいくらでもあるのだから。

 ヒヒヒ…。


 貼り付けた笑顔はいつも通り。人のよい微笑は寸分の違いもない。

「改めて謝らせてくれ。私も少しやりすぎたと感じているよ。食料が欲しかったとはいえ、騙まし討ちで殺すのは大人のやる事じゃない」
「………ふむ…」
 そういう私に対し、いささか距離を置いたように見えた福矢馬少年は、何かを納得したように頷いていた。…とはいえ、別にこちらを気にしている様子はないようで、私が人を殺した事など、どうでもよいといった風である。

 それよりも彼が注視しているのは、駅の案内板のようだ。


「おや、福矢馬君…どうしたんだい? 何か気になる事でも?」
 私は勤めて平静さを装いながら何でもない事のように声を掛ける。すると白髪少年はそれを気にした様子もなく答えた。

「少し迷ったのだと思っていたが、どう歩いたのか、ここはどうやら新宿駅のようだな。私鉄の出口のようだが、少し歩けばJR新宿駅の北口があるようだ。ここからならすぐ地上へ出られる」
「おお、やっと地上か。…いや、困ったな」

 ここで白髪少年を説得しなければ彼はいづこかへ去ってしまう。それでは私の優位は保てない。それが分っているから、私は若干の弱り顔をしながら答える。しつこく嗅ぎ回らず、それでいて安心感を与えるような匙(さじ)加減が必要だ。

「なあ、福矢馬君。君にはこの新宿でやるべき事があり、私はそれには関わらない。それは私も了解しているのだが…、それとは別に君はその目的地である新宿に来たのは初めて、…そうだろう?」
「ふむ、そうだな。その通りだ」

 彼は私の思惑通りの答えを聞かせてくれる。…よし、本題はここからだ。


「私も新宿都庁には行く予定だったが、さきほどの悪事でこれからすぐ都庁へ行く、というわけにはいかなくなってしまった。はは…、自業自得なんだがね。行く場所がなくなってしまったというわけだ…」

「それに初めて新宿を歩く君を置いて行くのも忍びない。命を救ってもらった恩もある。…心細い、というのも嘘ではないのだがね。…ははは」

「そこで…どうだろう? 私自身も落ち着ける場所を探すついでに、道案内がてら新宿の散策をしてみたいんだが…」
 これは本音である。そして本音だからこそ瞳に嘘はないはずだ。
 私の本心にどんな企みがあろうとも偽りは言っていない。相手を納得させるには、これが一番効果的だ。

 実際のところ、新宿には商業ビルやコンビニも多い。隠れる場所はいくらでもあるだろうし、保存が利いている食料の確保も比較的楽だろう。だから新宿に到着した時点で、一人きりであっても私の安全は確保されたようなものだ。

 だが、”福矢馬少年の力を自分の思うように使う”という最大の目的を果たすためには、どんな手を使ってでも彼を懐柔しなければならない。そのためには付いて回る必要がある。とにかく必要なのは時間だ。十分な時間さえあれば、彼を友人として仲間に引き入れる事ができるはずだ。

 私が天下を取るため必要な条件。それらを全てクリアし、なんとしてでも彼を利用しなければならない。
 他人がどれだけ死のうが関係ない。私さえ勝利者であれば構わない。


 さあ、彼はどう出る? 私の思惑に乗るか? 反るか?


「ふむ…。どうしたものか」
 福矢馬少年は特に考える仕草をするわけでもなく、ポケットに手を入れたまま、少しだけ顎を引いて目を細める。
 …私の読みでは、この福矢馬という少年、先程から目的を達成するとは言っているものの、行動自体には焦りを感じない。どちらかというと無頓着にさえ感じる。だから、この私の申し出も断る理由はないはずだ。

 彼が私との行動を共にする事に抵抗がないなら、現時点で私がつけ入る隙は大きい。

 ヒヒヒ…、私にかかればこの程度の話術など造作もない事だ。
 そうだ。やはり最後に笑うのは私だという事が確定しているのだ。それは動かしようのない事実。確定事項。



「ふむ。君の言う通りだ。その提案、乗らせてもらおう」

 そらみろ…。ヒヒ、ヒヒヒヒヒヒ…。
 見ているか? くたばった先代!! あの世で俺がミミズだと言った事を改めるんだな。───俺は蛇だ!!

 ミミズなんて、くだらない生物じゃあない! 全てを喰い散らかす蛇なんだ。
 そして今、俺は竜を名乗るコイツを手に入れようとしている。けして、けして、けしてミミズなどではないっ!


「その前に一つ尋ねたい事があるのだが…」
「ああ、いいよ。何でも聞いて欲しい」

 福矢馬少年は、眼鏡の位置を人差し指で直しながらこう述べた。



「人を殺すのは楽しいかい?」
「え?」
 急に…何の話だ? いま殺した自衛隊の男の事か? 質問の意図が読めない私は冷静さを欠かさず、無能な善人のような呆気に取られた顔をする。だが心中は穏やかではない。操れると思っていた相手からのその問いは私を困惑させている。


「もう猿芝居はいいだろう。…お互いに」

 その言葉と共に私へと向けられた眼光は、心臓さえもが一瞬で凍りつく程の凄惨なモノだった───。








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