嗚呼、ジョセフィーヌはいまいずこ

「あとがき」  続L 繋がる鼓動、繋がる意志
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「ふふふふ……はははは……。」
 両手、両膝を大地につけたままのモルガンが笑いを漏らした。

 カンパネルラは、とうとう壊れたのか、と思ってさげすむついでに嘆息たんそくする。
 …どうせ、ここからの残りは僕の「あとがき」なんだから、老人一匹が壊れた程度は気にする事もない、と無視する事にした。




「ふふふ……何が終わりだ。自分の世界に酔っているだけの愚か者は果たしてどちらだ? 私に慰霊碑を拝めだと? その前にやる事がある。」

「───なっ──」
 そもそもモルガンなど眼中にもなく、しかも壊れたと思っていたカンパネルラが、それに反応する事はできなかった。小さく声を上げた瞬間、眼前には怒気をはらんだ拳が迫っていた!
 殴った。モルガンは全力をもってカンパネルラの顔面に一撃を加える! 少しも注意を払っていなかった、予期せぬ行動で身を避く事もできずに、それをまともに喰らい、吹き飛んだ。




BGM:FC「銀の意志」(FCサントラ2・14)




「ふざけるな! まだ各都市は救える! 守るべき者達だっている! グランセルに戦士が誰も残っておらずとも、私はまだ戦える!! くわめに食い下がろうと、どんなに身を傷つけられようとも! お前だけは絶対に逃さん!!」


 モルガンは許せなかった。自分の事をどんなに傷つけられようとも、それ以上に罪なき人々に手を出す行為が、人をあざ笑い玩具のように扱うその瞳が、カンパネルラそのものが絶対的に許せなかった!
 この怒りに比べれば、いかに強力な麻痺の毒であろうと克服してみせる。モルガンの闘志が力となり、体の異常を元に戻した。……いや、あのA級遊撃士ジン=ヴァセックが同じような技を扱うように、彼もまた闘志という力を変換し、超越ちょうえつしてみせたのである。


 そしてもう一度殴るべく、最大の闘志を込めて駆ける!

 もう体がどうとか、自分が劣っているとか、そんなものは瑣末さまつな事だ。人々を苦しめる存在に対し、全力であらがい叩きのめす事。それこそ自分の使命である。
 人が自分をどう見ようと、人が自分をどう蔑もうと、そんなものは今この場で考える事ではない。

 今、やるべき事、出来ることを全力でやる。邁進まいしんする! それが自分に課せられた使命なのである! リベールには、こんな敵に蹂躙じゅうりんされていい場所など何処にもない! 陵辱りょうじょくされていい意志など、存在しない!

 それをはばむものは、断じて許されてはならない!




 迷いは晴れた───。そして彼は、深い闇に閉ざされていた心を解放した。
 とうとう暗闇を越えたのだ。卑劣なる意志にあらがうために。



 だからこそ、真に全力を出す事が出来た。



 二度、三度、絶える事にない捨て身の攻撃。防御など一切を考えず、その顔めがけて在らんばかりの膂力を持って仕掛ける!
 もう一撃! 左頬にブチ当て、今度はその小さな体ごと吹き飛ばした。そのあまりの怒気に気圧けおされていたカンパネルラは、痛みよりも先に、モルガンから感じる異様な力に押されるがまま、思うように力を振るえずにいる。
 先ほどまで崩れ落ちていた老人とはまるで別人であった。



「この──、僕を殴る……だって?」
 恐るべき威力の拳がまた頬をかすめるが、それがかえって少年の心を冷静に戻していく。よく見れば大振りなだけの攻撃だ。簡単に避けられるものだった。
 すかさず、モルガンの足を掬って転ばせる。そして、彼はあの技を使った。



「いいかげんにしてくれないかな? 僕を怒らせると酷い事になる。」
 突然、モルガンの体が炎に包まれた。発火の媒体ばいたいなどなかったはずなのに、駆動魔法でもない不可視の力によって、彼は生きながらに身を焼かれていく。


「ぐっ……あああ……っ!」
 あまりの苦痛に声を上げるモルガンだが、いくら炎を払おうと、地面に転げても、それが消える気配がない。いつしか彼は、地面で身をくの字に曲げて熱に耐えるだけとなった。


「幻術の炎。僕は執行者《幻惑の鈴》たるルシオラには及ばないまでも、これくらいの芸は真似できるんだ。幻であっても苦痛を伴うし、僕が術を解かなければ絶対に消えない。僕の受けた痛み、存分に味わってもらうよ。……いや、数十倍にして返してあげるよ!」
 火力がさらに上がり、体全体をおおまゆのように燃え上がる。それはかつて、ジェニス学園を襲ったギルバートへのおしおきに使ったものなど、比較にもならない地獄の炎である。
 だが、モルガンはそれでも敵に視線を向けた。全身を焼かれるに等しく、気の狂う程の精神攻撃を受けても尚、立ち上がってカンパネルラを見やる。


「こ…の程度が……なんだと…いうのだ…! 私は───、お前を許さない! 絶対に許さんっ!!」
 体が炎に包まれようとも、どんな苦痛にさいなまれようとも、それでも屈する事だけは受け入れない。一歩一歩、いずるように、ゆっくりと歩み寄るモルガン。その意志をあらわすかのように、その目だけは決して死なず、その憎むべき敵から外さない。例え燃え尽きても、その闘志はかき消す事をやめないだろう。
 執念、そう思わせるその視線に、カンパネルラが焦燥しょうそうする。まるで亡者がすがり付くような得体の知れない不気味さが彼の心をざわつかせる。


「こ、この……くたばり損ないめ……。僕の幻術が効いているっていうのに! なぜ向かってくる? 勝ち目なんかどこにもないっていうのに、なんで向かってくるんだ!?」
 その言葉にさえ、モルガンは歩みをやめない。一歩、また一歩と渾身の力で、体を業火ごうかに包みながらも向かってくる。そしてその視線は、考えられない程に意志が込められている。
 さすがのカンパネルラも、その異常な闘志に困惑する。これまで目にした事も、聞いた事もない”人間”というものの凄まじい一面を眼前に受け、それがまったく理解ができないといった表情で目を見張る。



 なんだこれは? これがあのモルガン将軍なのか?



 一番みっともなく、くだらないと思っていた老人が、無駄なキャストだと軽んじていたモルガンが、僕を威圧している? ただの人間が……。
 その瞬間、カンパネルラは小刀を胸元から引き出し、モルガンの胸を切りつけた。そしてまた蹴り飛ばす。

「気に入らない。気に入らないよ。……僕の物語は完結したはずなんだ。優越感にひたりながら、あとがきを述べるつもりなんだよ! 君のような愚か者に邪魔をされるのは屈辱なんだよ!!」
 それでもまだ、モルガンは立ち上がる。後退を余儀なくされるが、それでも闘志は失われない。それを腹立たしく感じるカンパネルラがさらに攻め立てる。


「イライラするんだよ、その目! その目をやめないかっ!」

 切りつける。切りつける。さらに切りつける。

 体中を傷つけられ、至る場所から赤の染みが軍服を染め上げていくモルガン。
 だが、それでもまだ立ち上がる。負けられないという気持ちだけが彼を動かし、再び立たせていく。彼の戦う意志はそうさせていく。


「…まだ…まだ負けぬ! ……まだ倒れるわけには、いかない!!」
 彼の気迫は尽きる事がない。未来永劫、どんな事があってもその意思はもう尽きないであろうとわかる。今の彼の強靭な意志を越えられる者などいないだろう。
 ───しかし、彼の傷ついた体はそうではなかった。麻痺毒と幻術、そして激痛が徐々に、着実に力を奪っていたのだ。なんとか立ち上がったものの、意志に反してその身は動く事をこばんでいた。足を前に出す事すら覚束おぼつかなくなっていた。

「……ふふ…ふふふふふ……。まったく、やっと動きを止めたか。所詮、キミはその程度なのさ。あとがきを邪魔する嫌な奴。今、僕がトドメを刺してあげるよ。……慰霊碑はあの世で拝むんだね。」
「くっ……そ……。」
 体の動かないモルガンは歯噛みする。闘志は尽きないのに体が動いてくれない。自分がいま敵を倒さなければリベールは救えない。そう思っているのに、どうしても体はいう事を聞いてくれないのだ。


「だ、だが……この敵を倒しさえすれば、あの巨大人形兵器は阻止できるはず! ならば───。」
「さあ、僕が自らトドメを刺してあげる。後悔の念に潰されながら逝くんだね!」
 くちびるを舐めたカンパネルラは、恐るべき速度で走りこむ。
 だが一方、落とし穴を真後ろに控えて立ちすくむモルガンは、どうせ身体が動かないならと、最後の手を見出していた。
 震える体の中で唯一、なんとか動く右腕を、胸に閉まったオーブメントへと伸ばした。駆動魔法はあまり得意ではないが、それでも【ファイアボルト】程度のものなら容易たやすい。着火にはそれで十分だ。


「これで完全に終りさ!」
 少年が駆ける。一瞬で間合いを詰めるその手には、相手を殺す事だけを目的とした小刀が握られている。狙い定めるのは心臓である!

「いや、これで終りだ……!」
 そしてモルガンも、敵に気取られぬよう受身を取り、わざと胸を刺されやすいように構えた。このまま、刺されたまま抱き込んで、そのまま火薬の中に飛び込めば爆発が起きる。それでこの敵を道連れにできる。



 そう───、彼は自爆を選んでもなお、敵を倒す事だけを考えた。


 怖くはなかった。覚悟はとうにできていたし、グランセルを守る手は他になかった。 それに…、このカンパネルラを野放しにする事は断じてできない。こいつこそ元凶なのだ! 倒せさえすれば、それでよい。きっと、あの巨大人形兵器を操っているのはこいつなのだ。倒せば、全てが終わる───。

 ぶつかり合う意志。ただ一方的に殺す側と、敵と共に死ぬ覚悟を決めた側。どちらに転んでも、死しか残らないその激突は、今まさに決着を迎えようとしていた。








「───モルガン将軍を死なせるわけにはいかない。……死ぬのは貴様だ、執行者!」

 何処からかの声と同時に、駆けるカンパネルラを襲うのは破壊の烈風! 遠距離から繰り出されたそれは、何者をも拒み切り裂く一刃の風となって放たれた。その技の名は光輪斬───。


「くっ……誰だ!」
 モルガンへの攻撃に全身全霊をかけていたカンパネルラは、その対応に一瞬遅れる。なんとか身をよじって避けるが、それを完全には回避ができなかった。頬に大きな裂傷を作り、どろりとした赤の鮮血と共に一本の筋が綺麗に引かれる。

 少年はモルガンからも、その攻撃者からも飛びのいて、敵の正体を見極めんとする。しかし、その相手は隠れる事無く構えを取っていた。その手には、刀と呼ばれる東方に見られる、刀身が細く滑らかな湾曲わんきょくを持つ特殊な剣。達人の技を必要とするものの、使いこなせば圧倒的な斬撃を繰り出し全てを切り裂くその剣。リベールでそれを扱う者は彼しかいない。

 ……傷つき倒れたはずの彼は、間違いなくそこにいた。



「なるほど、君がいたのか。…番犬……。倒れて寝ていたんじゃなかったのかい?」


「倒れていたさ。しかし、君の言ったセリフに矛盾を感じてね、戻らせてもらった。」
 そこに立っていたのは、体のほぼ半分、半身を白の包帯で巻かれた男。いつも端整たんせいな表情を崩さず、何事もさざなみのごとく受け流す知性の男、アラン=リシャールであった。しかしそんな彼も今はその面影もない。ところどころに血が滲ませた彼は、満身創痍まんしんそういながらも強い眼差しでカンパネルラを捕らえている。


「……考えてみれば、私はまだ、君の言う番犬家業に失敗したわけではない。戦いはまだ続いているのだ。これから果たせば構わないだろう。……だからもう……逃がしは───しない!」
 カンパネルラはその瞳に戦慄せんりつを覚えた。見た目は冷静だが、とてつもない激情を抑えて話していると分かる。剣聖カシウス=ブライトの直弟子たるこの男に殺意を向けられれば、いくらカンパネルラだとて、余裕のままではいられない。
 一度はワイスマン教授の手にかかり操られたとはいえ、カンパネルラはこのリシャールという男がクローディアとはまた違う恐ろしさを持つ相手だと知っている。ズバ抜けた知性もさる事ながら、その恐るべき戦闘能力は、まさしく”刀”。敵に回して触れれば、全てを切り裂く圧倒的な力、それが彼であった。


 ───しかし、慌てる必要はない。
 兵士を全滅させ、優位なのはこちらだ。その事実があれば、まだ言いくるめられる余地は残されている。少年は余裕の表情を保つ事で、リシャールに反撃をさせないようにする。そしてまた、言葉により気力を奪ってやればいい。
 だが、少年の予想とは逆に、リシャールは笑った。まるで自分の考えを見透かしているようなあの瞳。それがなんとも気に入らない。同時に、彼ほどの男がこんな時に見せ掛けだけの笑顔というハッタリは使わないはずだと感じている。
 何を仕掛けてくるのか? 思考を冷静に回転させながらも、少年は笑顔を消して低く構えた。



「フッ……、執行者で、確か道化師……だったな。その道化が逆に化かされて隙を作るだなんて、随分と珍しい事なんだろう。」
「なに?」
 不意を突かれたような言葉に、カンパネルラが表情を止めた。リシャールは目を瞑ってその問いに答える。
「ならば、見てみろ。兵士達は全員、無事だ。」

 カンパネルラ、それにモルガンははじかれたように倒れた兵士達へと視線を向ける。
 すると、まだ後方にいる兵士達が…、少しづつ起き上がってきているではないか! 頭をぶつけて気を失っていた者、体を叩きつけられて痛みを堪えて居た者。様々にダメージは受けたようだが、死に至るような大きな傷を受けた者は一人もいないようであった。


「───な、なぜだ…? 強固な隔壁さえも破壊する爆撃だっていうのに…、なんで打撲ぐらいにしかダメージを受けてないんだっ!? 消し飛ぶか、ミンチになっていてもおかしくない威力だって───っ!」
 少年はとうとうそれに気がついた。よくよく見れば、地面に爆裂の後も残されていない。地面がえぐれる程の威力があったはずだというのに、そんな跡はどこにもなかった。

「………………なぜ……爆撃の後さえ残っていない……? そして誰もダメージを受けなかった………。」

 一瞬だけの逡巡。だが、すぐにカンパネルラは気がついた。その原因たるものの正体を知る。
「……そういう……事かっ!」

「そうだ。駆動魔法アースウォール。あれでさえも、その衝撃までは殺し切れなかったようだが、おおむね成功と見て間違いないだろう。」
 徐々に兵士達が起き出してくる。地に伏していた兵達が次々と立ち上がってきた。
 警備兵が黒装束を支え、また、黒装束が他の兵士に手を貸す。さきほどまでいがみ合っていた者達が、力を合わせる事の大切さを身を持って知る。……団結する事の強さ、それがいかに重要であるかを誰もがわかっていたのだ。

「………ふ……ふふふふふふふふふ………これは、一本取られたね…。リシャール元大佐、……君はいままで眠っていた。これを考えていたのは……カノーネとかいう女狐かい?」

「…いいや、これは私がまだ情報部に在籍していた頃、彼女と練っていた作戦の一つだ。大部隊での集団戦闘において、アースウォールを使ってみてはどうか、と提案を出していたんだ。どうやらカノーネ君も直前になって思い出したのか、モルガン将軍に伝えておく時間はなかったようだがね…。」

 作戦開始の直前、カノーネはかつてリシャールと戦術拡大への可能性を模索していた、この話を思い出していた。集団戦闘に対してどれだけの効果があるかは予測できなかったが、いまこそ試してみる価値があるのではないか考えた。
 そして急遽きゅうきょアーツが得意な兵を集めて、いつでもアースガードの範囲版、アースウォールを使用し、防御幕が張られている状態を作り上げたのだ。個人戦闘のものよりも巨大な防御壁を5人がかりで一枚展開させ広範囲防御を確保。しかもそれを20層までに重複させる。

 主に個人戦闘向きのあの魔法を、集団戦闘でも扱えないか、という発想はあったものの効果時間はそれほど長くなく、しかも消費が激しい魔法が果たしてどれだけの効果を得られるのか? …そういう不安は大きく、成功の保障などどこにもなかった。しかし彼女は可能性だけを信じて、それを実行した。……かつてリシャールが自分に話してくれた可能性を信じてみたのだ。

 その結果、こうしてピンチを切り抜けた。
 ほんの小さな可能性を見落とさず実践した事で、大きな危機を回避したのだ。



「しかし道化よ、お前は私が気に触る事を言った。」
 その瞬間、リシャールが跳躍ちょうやくする。その剣閃は魔法による加護を受けたアネラスと同等かそれ以上に鋭く、そして殺気に満ちている。一切の甘さもない絶対の殺意。カンパネルラは同等の動きで屋根へと飛んで逃げるが、リシャールはそれを逃がさない!

「私の信頼すべき部下を、女狐などとさげすむ事は許さん! ……少年、いや、執行者カンパネルラ!」
 ただ敵を倒すため、その肉体を切り裂くだけのために執行者へと襲い掛かる。カンパネルラはその凄まじく速い一撃を避ける事で精一杯だった。



 悪意を退けんとする戦いに力注ぐ闘志が、戦いの鼓動となって広がっていく。
 それは戦う意志であり、敵にあらがう純粋たる生命の鼓動である。

 モルガンが奮起ふんきし、それに呼応してリシャールが戦場に現れたように、鼓動はつながっていくのだ。誰かが奮起すれば、それをかてに誰かが力を得ていくのだ。

 リシャール VS カンパネルラ。
 その討ち合いに負けない気迫を込めた力を出している者が、ここにも居た───。



「アネラス! 駆動魔法フォルテを全開で掛けてますわ! その腕から逃れてみなさい!」
「今、やってます!! こぉんのぉ〜〜、風花陣で力をあげて〜〜〜〜!!」

 あの衝撃で気を失っていたカノーネ、アネラスも意識を取り戻していた。ハンドアームに捕まったアネラスは、その巨神の拳から逃れようと、全力を尽くしている。
 これもカンパネルラの失態だった。全滅させたと思い込んでいたため、彼はモルガンとの会話に集中しようと考えた事から、カプトゲイエンの動きを一時停止させてしまっていたのだ。

 それが彼女達に抗うすきを与えた。意識を取り戻した二人は力を合わせて、アネラスを拘束こうそくする巨神の拳から逃れようとする。カンパネルラの命令に従い、巨神は握る力さえも加えていなかった。動かない拳からであれば、少しだけでも体が抜けられる隙間を作れば逃れるのは容易い。

 しかも、アネラスは闘志を力に変換する技、風花陣を身につけている。これまで、練習用武器並の攻撃力しかないカレー剣で、カプトゲイエンにダメージを与えていたのは、この技の効果でもあったのだ。
 その力により、通常以上の力を発揮したアネラスは指を押しのけ、逃れようと能力を全開まで引き上げる!


「しまった! 逃すな! カプトゲイエ───」
 リシャールの苛烈かれつな攻めを避けるカンパネルラは、とうとうそれに気がつき巨体へと指令を出す。だが、それはあまりに遅すぎた。


「抜けた!」
 その瞬間、拳から抜けた彼女は真上に飛び上がると、敵機を蹴って地面へと方向転換、そして加速をつけたまま地面へと降り立った。
 遅れて、巨神の腕が締めるが……そもそも掘削用であるこの機体に、機敏な反応を求めても無理な話であったのだ。あまりの強さにカンパネルラ自身もその遅さを忘れていた事は彼らしくない迂闊うかつな行動だった。モルガンに意識を集中させすぎてしまったのだ。

 しかも、このタイミングでオルグイユが再起動する。爆発の余波で表面の装甲はかなり破損していたが、エンジン自体には損傷がなかった。そして、アルセイユさえも導力という灯火を再び煮えたぎらせた。さいわいにも墜落での大きな損傷はなく、再起動に時間がかかっていただけだったのだ。

 カプトゲイエンがのろのろと再起動する前に、アルセイユは再び空へと舞い上がり、最大出力による牽引を再開した。本来なら墜落と同時に大破していてもおかしくない状態ではあったが、落ちた場所に民家と木々があった事で、それがクッションの役割をし、九死に一生をつかんだのである。


 カンパネルラとの激突に一端の区切りをつけたリシャールが、モルガンへと駆け寄る。
 彼に対する炎の幻術は消えてはいたが、受けた傷はあまりに深く、息を荒げて苦しげにしている。……それでもモルガンの心は力を取り戻していた。仲間が復活していく様を見て、自身も力を取り戻していくように感じた。

 今、また思う。
 仲間と力を合わせる事の意味。これほど、力強い事は他にない、と。



「すまん、リシャール……。すまなかった…。」
「いえ、無事でなによりです。」
 肩を貸し、モルガンを家屋の壁に寄りかからせるリシャール。二人は互いに色々な想いが含まれてはいたが、今はそれ以上に言葉を必要としなかった。彼らは、いまそれを交す事よりも大切な事があると知っていたからだ。

 全てが元に戻った。
 いや、リシャールが登場した事により、カンパネルラを抑える役割もいる。今まで以上に有利になったといえる。だが……それだけではカバーしきれない問題もある。カンパネルラはその事実を突きつけるべく、場の全員に届くように声を響かせた。


「ふふふふふふふふ……、でもさぁ、リベール各地はどうしようもないよねぇ? 街はなんとかなるかもしれないけど…、マノリア村、ラヴェンヌ村、エルモ村なんかはどうだろう? 頼みの綱のレイストン要塞は完全に封じてある。打つ手なしさ。」
 カンパネルラの言う通りだ。この場から応援を出せる余力がない。村を守りたくとも、それに対する手がないのだ。場の全員が表情を固くする。しかしカンパネルラの言うとおり、打つ手がない。

 しかし、ここでも戦う意志は繋がっていく。鼓動を一つに合わせようと、また立ち上がる。






《それは我が引き受けよう。二度に渡り、ラヴェンヌを傷つける事、断じて許さん。》


 どこからか響く声が、その場にいた全員へと通じた。耳から聞いたわけではないのに、脳へと直接語りかけるようなその言葉、それだけで強大な力を示すそれが、彼らに語りかけた。

「こ、この声はっ!」
 モルガンが叫ぶ。そしてアルセイユの中でユリアが声を上げた。

「古代竜…レグナート…か…?」










 向かい来る人形兵器を、まるでゴミでも払うかのようになぎ倒すのは巨大な尾。

 全長30アージュにも及ぶエメラルドに輝くその体が動くと、まるで山そのものが、うねるようだと見る者は言う。うろこに相当する突起とっきには、桃色のラインが文様もんようの様に描かれており、これを生物というのであれば、まさしく生きた宝石と呼ぶべき美しさを持っている。
 その瞳には知性の色をたたえ、無限の生命を持つその身から繰り出される一撃は、文字通り必殺である。数千年を生き抜き、今なお生物の頂点に君臨する存在。それがリベールのために力を貸したのである。

 その圧倒的な力の持ち主は古代竜レグナート。リベールを住処すみかとする”竜”である。




《身喰らう蛇よ、至宝より解放されし今、我を敵に回した事を後悔するがいい。》

 リベルアーク事件の折、レグナートは特殊な装置によりその身を操られ、意にそぐわない破壊を仕掛ける事となった。操られた事も不覚ではあるが、罪なき人々へ牙を向けた事実は彼の怒りを買うに十分であったのだ。しかも、いま敵が攻めているのはラヴェンヌ村。あの時、レグナートはこの村に多大な被害を与えた。罪滅ぼしに大金へと換えられる七耀石を送りはしたが……、金で整理がつく問題ではない。

 尾の一撃で壊滅的打撃を受けた人形兵器の部隊は、それでも恐れを知らずに、愚かにも彼へと向かっていく。しかし今のレグナートはそんな弱者であっても一切の手を抜いてやるつもりがない。意識を集中させると、虚空より膨大なエネルギーが集まり、やがて一つの塊と化していく。



《これが失われし魔法の力だ。跡形もなく消えて失せろ》

 人間の使う程度の魔法とは、比べ物にもならない圧倒的な”力”の集約。
 彼の顔ほどにも化した塊は、闇のきらめききを放つ漆黒の弾。そのあまりにも美しい輝きは呪われた宝石のごとく、触れるもの全てに重圧をす。エネルギーが雷のように表面をまとわりつき、閃光がほどばしる。


 そして───、進軍する人形兵器へとゆっくりと降下……、次第に地面へと吸い込まれていく。
 夜の闇よりもさらに黒く激しい閃光の瞬きと共に、一切の抵抗なく、まるでその場に地面などという障害物はないかのように、深く深く…、地の底が果てるまで、人形兵器達ごとに地面そのものを押しつぶしていった。

 古代魔法プレッシャーエクスプロージョン。
 圧倒的な重力コントロールにより、対象を完膚かんぷなきまで押しつぶす魔法である。しかも、レグナートは操られた時のような手加減などしていない。十分の一にも満たなかったあの時とは比較にもならないその真の威力は、地形さえも容赦ようしゃなく削り取る恐るべきものあった。

 一瞬にして敵を全滅させた古代竜は、天を仰ぐと、遠くに起るその惨事を感じ取る。


《ラヴェンヌは私に任せてもらおう。───それにエルモ、マノリアにも戦士が向かっている。》





「───戦士とは私の事のようね。」
 エルモ村の入り口、そこで静かに立っている女性。その手には、珍しい円形の武器が左右に握られ、迫り来る人形兵器の部隊さえも視界に入れずに、円形武器を投げ、次々と殲滅せんめつしていく。


 その武器は偃月輪えんげつりんと名づけられもので、カルバード共和国の一部で使われる古い戦具である。ブーメランのように投げれば手元に戻ってくるものなのだが、扱いが異常に難しく、それを手足のように使える者などまずいない。
 いや、ここでそれを振るう者がいる。工業都市ツァイスの遊撃士協会に所属する遊撃士である。名前はキリカ。カルバード出身の神秘的な面影を持つ、黒髪が印象的な美しい女性だ。


 一投ごとに数十の人形兵器が無残にも切り裂かれていく。敵は金属だというのに、まるで草でも刈るかのように絶対的な破壊力で全てをいでいく。しかも得物は2つ、両手にかざした偃月輪は風すらも切り裂いて手元に戻り、再び放たれていく。
 いまはこの地を離れている英雄よりも、いや、あるいはそれ以上の達人である事は言うまでもない。一度に100体を越える相手をして余裕で構えていられる者など、彼女以外に在り得なかった。


 偃月輪は左右が別々に戻り、そして投げられる。キリカはそれを目で確認する事もせず、流れるように体を回すだけでこなしていく。───その仕草は気高く、その優雅な戦いは、まるで舞い踊る天女のごとき滑らかさ。まさしく”舞い”というに相応しいものであった。
 もし敵が人であるならば、これが戦う者の姿であるという事を忘れて魅了されてしまうだろう。破壊をもたらすその舞いを、キリカは続けた。

「やはり私は、戦闘指揮よりも個人戦の方が性に合っているようね。」
 舞い踊りながら、少し前に起ったツァイス襲撃事件を思い出していた。街道に群がる無数の魔獣達が一斉に襲ってきたあの事件。あの時はあまりの敵の多さと、統率すべき者が居なかった事で、やむを得ず非戦闘員である工房の技術者達の戦いを指揮したけれど……。

 戦いに暮れる中、キリカは感慨かんがいにふける。たった数ヶ月の短い間だというのに、本当に、本当に様々な出来事が起った。もう忘れかけていたあの人とも、消息を絶っていたかつての恋人ヴァルターとも逢った。もしかしたら、また違う縁で会うことになるのかもしれない…。


 思い出というにはあまりに浅い記憶を辿たどりながら、死の舞いは流水のごとく続く。

 気がつけば、

 エルモを襲い来る全ての敵を倒していた。彼女自身、少しも傷を負う事無く、それでいてエルモ村には敵の一機も近寄らせる事なく、全滅させていた。考え事をしていてもなお、全滅させる程の力を彼女は持っているのだ。……それもあれだけの数を、100体以上をたった10分にも満たない間に…である。


「これ、キリカー。」
 呼びかけに目をやると、その声の主はマオ婆さんだった。温泉宿を営んでいる、元はカルバード出身の恰幅かっぷくのいい老女である。彼女は周囲へと目をやると、全滅している人形兵器をみて、片付けが大変だ、とボヤきながらやってきた。

「ありがとうよ。おかげで命拾いしたさ。」
「いいのよ。これくらいの数なら一人で十分だもの。」
 マオ婆さんの屈託くったくのない笑顔にキリカも微笑みで返す。マオ婆さんの笑みは誰にでも理屈なく安心感を与えるもので、キリカ自身も悩みが消えていくように感じる。

「よかったら、ウチの温泉にでもつかかっておいでよ。今日は風呂上りの一杯もつけておくよ。」
 それはとても温かい言葉。キリカには勿体もったい無いくらい裏表もない心地よいものである。だから、キリカは聞いてみた。思い悩む事を吐露とろするわけではないのだが、その決意の一端を彼女に聞いてみたいと思ったから…。

「───ねえ、マオ婆さん。もしも私が、旅に出るって言ったらどうする?」
 そう、彼女は思うところがあって旅に出ようかと思っている。それは冗談の類ではなく、そうしなければならない必然を感じていたからだ。

 すると、マオ婆さんは迷う事なく答えた。

「ああ、行くのなら止めはしないさ。でも、気をつけて行くんだよ。いつでも宿を開けて待ってるからさ。疲れたら帰っておいで。」
 ああ、やっぱりそうだった。マオ婆さんはこう言ってくれるんじゃないかと……そう思ってはいたけれど、実際にどう言われるかと不安もあった。
 でも、やはり聞いてよかった。様々な事にうつろう事態や出来事がせわしなく起っても、きっとこの人なら変わらずにいてくれる。カルバードとも違う故郷のような、心地よさがその言葉に含まれていた。


「……ありがとう。マオ婆さん。じゃあ、もう少しだけ野暮用があるから、宿で待っていてくれる?」
 キリカの少しだけ引き締められた表情に、マオ婆さんも何かを感じ取ったように答えた。
「あ、ああ。怪我けがするんじゃないよ? わかったね?」
「ええ。大丈夫よ。」

 早足で立ち去るマオ婆さんの後ろ姿を眺めて、キリカはまた微笑んだ。そして先ほどよりも意識を集中させると、凄まじい速度で飛来する3つの影へと強い視線を向ける。


 それは、《身喰らう蛇》の最新鋭汎用戦闘機種、トロイメライ=ドラギオン。今はリベールを離れている英雄達が、1機を相手に数人がかりで撃退しなければならない程の戦闘能力を持つ、恐るべき機体である。しかもそれが3体……。

「なるほど、レイストン要塞襲撃部隊からこちらに回されてきた、という事ね。あまりにも簡単にここを殲滅せんめつした事が 災わざわいを呼んでしまった…、と。」
 キリカの言うとおり、敵側が見込んでいた戦力と、キリカの実力差があまりに開いていたため、予想外にもエルモへの増援を差し向けなければならなかった。それは執行者カンパネルラよりの命令で、レイストン要塞の時間稼ぎよりも、各都市、各村への攻撃を重視させる事を指示されていたからだ。
 監視者がどこから見ているのか定かではないが、こちらにも相応の戦力が必要だと判断したのだろう。


「トロイメライ=ドラギオン、現状での最強兵器を3体も私に一人に向けてくるなんて……。過大評価、と受け取っていいのかしら?」
 地響きを立てて、彼女の周囲を取り囲むように着地するドラギオン。それらは敵であるキリカにカメラを向ける

【 ─── 攻撃目標確認。これより殲滅します。─── 】
【 ─── 攻撃目標確認。これより殲滅します。─── 】
【 ─── 攻撃目標確認。これより殲滅します。─── 】


 その言葉に反応したかのように、3体は同時に敵を確認、個別判断とコンビネーションを駆使して女性一人へとその破壊という名の刃を向けた。

「敵にとっては過大評価かもしれないわね。……けれど、私からすれば過小評価にすぎないわ。今の私は、その程度では止まらない。」
 そして今より、キリカが遊撃士となって一度も使うことのなかった破壊の舞いが披露ひろうされる───。










 マノリア村。
 ここはすでに敵であふれかえっていた。押し寄せる人形兵器部隊の数は180。エルモ以上の戦力が送り込まれていたのだ。きっと手薄なここを完膚なきまでに叩き潰す事が狙いだったのだろう。
 しかも、ここにはキリカのような達人はいない。近くで助けの望めそうな場所は海港都市ルーアンくらいだが、そこですら今は戦闘中である。もはや、救援は絶望的であった。

 押し寄せる人形兵器は、村の東西に仕切られたバリケードを容易たやすく破り、とうとう村の内部までも進入していた。村人達は中央に立てられている宿屋へと集まり、その身を縮めている。
 その中には、マーシア孤児院の子供達の姿もあった。近くにある孤児院は村とも懇意こんいにしており、よくこうして遊びに来ている。しかし、今回ばかりはそれにより敵の襲撃を受ける事となってしまった。


「せんせぇ、もし敵が来たら、おれがやっつけてやるからな!」
 孤児院の年長、大きめの帽子がドレードマークの活発な男の子であるクラムは、いつになく気合を入れた顔でテレサ院長へと声を掛けた。しかし、同年代の女の子マリィはそんなクラムを叱る。
「馬鹿ね、クラムがそんな事できるわけないじゃない。だってもう…村まで入ってきてるのに!」
 泣きそうな声をするマリィを抱きとめたテレサは、いつものような優しげな微笑で言う。
「大丈夫よ、みんな。ここでじっとしていれば、怖い事はありませんからね。」

 そんな子供達を見て、村の数少ない男達は手に持つ武器を握り締めた。武器といっても棍棒程度のもので、これで太刀打ちできるとは思ってもいない。それどころか、いつもは街道を徘徊はいかいする魔獣にだって苦労しているくらいだ。それが人形兵器などという凶悪な相手をどうしたらいいのかもわからない。
 だが、敵は待ってくれない。このマノリア村へを壊滅させるべく押し寄せてくる。しかも、敵の標的はまず先に人間を殲滅する事にあった。家屋の一切を無視して、人間の反応があるその宿屋へと近づいてくる。ほんの少しの時間さえ稼ぐ事ができなかった。


 テレサ院長は4人の子供達を抱きしめ、祈る。

空の女神エイドスよ───、もし許されるのであれば、この子達だけでもお救いください……。」


 しかし、宿への攻撃は一向にやってこなかった。それどころか、宿の外では、誰かの叫び声と共に人形兵器の破壊音までが聞こえる。
「おれ、ちょっと見てくる!」
「クラム! いけません!」
 大きめの帽子をもう一度かぶりなおしたクラムは、廊下へと走って窓からこっそりと外を覗いてみた。


「まったく! 何が”幸せの届け物”だよ! ボク達の仕事は運送業だぞ!」
 やたらと勝気で、すばしこそうな少女が、導力小銃を手にして戦場と化した村の広場を駆ける! 彼女の頭につけた黄色のバイザーには、”CAPUA”という赤い文字が書かれていた。

 その近くには似たような服装の、やたらと体のデカイおっさんがいた。大型の導力砲を構えると、もの凄い音をさせて弾を打ち出す。その砲弾がさらなる轟音と爆裂を呼び、広範囲の敵が一気に破壊されていった。

「ガッハハハハハ! いいじゃねぇかジョゼット。依頼主はなんたってあの古代竜だぞ。俺達の運送業にも箔がつくってもんだろ。古代竜もご用達ってな!」
「ドルン兄はおおざっぱすぎだよ!」
 戦いながらも、「配達業なのに……」と、ぶつぶつとボヤくジョゼットと呼ばれた娘。彼女は少しだけ口先をとがらせながらも、正確に敵を打ち抜き、俊足を生かして兄達へとサポート魔法を繰り出していく。

 その一方で、右手に剣を、左手に小型爆弾を握った青年が笑顔のままで、打ち洩らした敵へとトドメを刺している。他の二人の刺客から襲う敵を自分へと引き付け、一切の攻撃さえも許さない。そんな頭脳を生かした戦いを繰り広げているのは次男キール。彼は妹へと慰めの言葉を送る。
「俺も兄貴の意見に賛成だな。…それに、これは空の女神エイドスおぼし召しだと思わないか?」
「なんでさ?」
「だってな、俺達リベールだと評判悪いだろ? なんせ空賊やってたんだから。ここで恩を売っておけば汚名返上、リベールからも仕事が舞い込むぞ?」

 彼ら三兄妹は少し前まで、カプア一家という名で空賊をしていた。時には小さな盗みを、時には定期飛空船のハイジャックまでした事もある。おかげで牢獄行きとまでなったが、リベルアーク事件に手を貸した恩赦を受け、無罪放免となったのだ。そして今は自慢の高速飛空艇で運送業を営んでいる。
 無罪放免だからとて、リベールでの評判まで回復したわけではない。ここでマノリア村を救う事は、彼らにとって大きなプラスとなるのも確かな事だった。

「キール兄は現実的すぎなんだよー」
 敵の砲弾を転がって避けるジョゼットは、慣れた手つきで銃を撃つ。そしてその顔には何かひらめいた、とばかりにニンマリとした笑顔が浮かんでいた。

「おい、どうしたジョゼット。いきなり笑い出して気持ち悪りいな…。」
 ドルンがそう尋ねると、彼女は楽しそうに言う。
「ね、どうせならさ、こう考えてみない? 正義の味方の参上だ!───ってさ!」
 とてもスバラシイ提案を考えた、とばかりに喜ぶジョゼットに、長男ドルン、次男キールは戦闘中だというのに顔を見合わせて、それから盛大に笑った。
「なんでさー! かっこいいじゃん!」
 少しだけ照れたような顔をするジョゼットに兄達は、揃ってこう告げた。

「「お前は夢みすぎだ!」」








 ────繋がっていく。
 誰かが奮起すれば、また一つ力が繋がり、鼓動する。

 リベールを取り巻く力は一つの環となり、立ち向かう力となって敵を退けていく。


 かつて、リシャールはその身を操られ、”輝く”という力を解放してしまった。それは《古代都市リベル=アーク》の復活を促すためのものであったが、あの時、彼がそれに手を出した事で、もう一つの輝く環を手に入れていたのかもしれない。

 彼はあの時その力を解放した。しかし、あの事件がきっかけとなって人は集まり、こうして交わり、合わさっていくのだ。輝く環という”人と人とが結ぶきずなの力”を。だからこそ、今、こうしてリベールそのものを襲う暗闇を越えていこうとしているのである。

 人が力を合わせる事で得た力は、今こうしてリベールを取り巻いている。輝きを放ち人々を守っていく。





 ───そして、最後に繋がる力が、いま再びはばたこうと……必死に足掻あがいていた。






◆ BGM:SC「希望の行方」(SCサントラ2・17)







 エルベ周遊道───


 なす術もなく見送るその背中。
 メルツが敵に突撃し、ナイアルが彼を救うべく駆けていった。

 クローゼには、それがどうしようもなく辛かった。そして、その背中を見ている自分というものが何を想っているのかを、改めて考えてみる。
 本当の自分というものに向き合ってみる。





 ………私は、なんのために女王になるという道を選んだのか?
 人々を幸せにするという仕事を選んだのか?

 《身喰らう蛇》が現れ、様々な災厄さいやくを引き起こし、このリベール全体が危機にさらされた。だから純粋に救いたいと思った。遊撃士達のように力を振るう事ができなくとも、王位を継承する事で違った面からリベールを守れると思った。

 決意したつもりだった。揺るがない決心をしたはずだった。

 でも、あのトロイメライがグランセルを蹂躙じゅうりんした時、判ってしまったのだ。
 戦いに敗れたから街は破壊された。それは許されていいはずのない事。

 なのに私は、それを許してしまった。
 それはつまり、そんな程度の決意しかしていなかった、という事。


 十二分に理解し、尋常じんじょうならざる決意をしていた。でも、それさえも”していたつもり”でしかなかったのだ。思い描いていたものよりも、もっともっと、途轍とてつもなく大変な事であるという事が、その責務の重さを感じて震えてしまった。

 だから、そのばつとして、お婆様は石にされてしまったのだ。私の至らなさがために。

 無力な自分に負けてしまう程度の決意しかしていなかったと気がついて、それが情けなくて、それ以上になれない自分が嫌だった。だから、こんな程度の決意しかできない私が女王になんてなれないと思った。



 負けてしまう事を恐れた。これから先、自分が背負うリベールというものの重さを改めて感じて恐れた。
 そうしたら、もう……戦えないと思った。


 私は恐れていた。
 どうしようもない重責を受けて、それが背負いきれない事が怖かったのだ。



 負けてしまう事が、怖かったのだ。







でも、あの青年は言った。
───う〜ん……考えるっていうか〜…。まあ、負けなきゃいいっす。やばいと思ったら気合でカバー! 負けたらどうとか考える前にありったけの気合で頑張るっす! そしたら、ほらっ!───。

 彼が見せた七耀石、そして笑顔は何も迷いがないものだった。負ける事を考えて動けない自分なんかよりも、何十倍も何百倍も立派だった。



そして、あの人は言った。
───あんたには”これからのリベール”を任せたいと思う。…だがよ、俺達も、リベールに住む奴らも、任せっぱなしじゃいけないと思うんだ。…女王だって一人の人間だ。疲れを知らない神でもなけりゃ、特別な存在でもねぇ。どうしたって無理な時ぐらいあるだろうよ。そこまで無理させてまで頑張れなんて、俺は出来ないからよ。他人にもやれとは言えねえさ。───

 逃げる事しかできない私を、アネラスさんも、ナイアルさんも、叔父様も、モルガン将軍も、ユリアさんも……。みんな責めなかった。本当にみんな、私の事を想ってくれていた。


 でも、私だけが怖かったんだろうか?
 私だけが怖くて、みんなは怖くなかったんだろうか?

 それはたぶん……違う。みんなだって怖かった。勝てないかもしれないと怯えてもいたはずで…。
 だけど───、だけどそれでも、私を気使ってくれた。


 わかっているはずなのに、がむしゃらに戦わなければならないというのに、
 なのに…私は……そんな人達を見捨てて……逃げてしまった………。
 逃げていいはずがないのに。

 でも、それでも、女王という責務が怖い。責任が怖い…。負けるのが怖くて…堪らない……。
 国を守る女王とは、絶対に負けてはいけない責任を背負うのだから。


 だから、戦わなければいけないと思う反面、
 もう一度、女王としての責務を負う事の覚悟ができなかった。……最後の最後でくじけてしまっていた。






「ねえ、クローゼちゃん。クローゼちゃんってば───。」

 不意に、隣から呼ぶドロシーの声に意識を戻す。自身の心の葛藤かっとうはどれだけの時間であったのか、と我に変えるクローゼだが、まだ小さくナイアルの背中が見える事から、ほんの一瞬であったのだ、と知った。
 声を掛けたドロシーは泣きそうな顔で、自分を見つめていた。


「あの……ね、こんな事、お願いしたらいけないって分かってるの。いけないし、先輩にも怒られちゃうと思うんだけどね……それでも、それでもいいから……お願い、ナイアル先輩達を助けてあげて……。」
 ドロシーはポロポロと涙を流し、まるで年下の少女のように泣きながら続ける。

「私ね、私には無理なの。技なんてないし、魔法なんて使えないの。戦闘用のオーブメントなんか使ったこともないの。だから、助けてあげられないの。」

 ドロシーは悔しかった。写真を撮ることしかできない自分が、誰かのためになれない自分が。いまこうして、頼む事しかできず、ナイアルを助けてあげられない事が辛くて、どうしようもない。仕方がない事だってわかっている。誰もが戦う力を持っているわけじゃないって事もわかっている。
 だけど、戦えたら───、大切な人のために力を尽くせたら、どんなに楽だっただろうか?

「私には力がないから、なんにも出来ないの。……だから助けてあげられないの。」
「ドロシー……さん……。」
 でもそんな選択さえ許されない。それが悔しい。



その時、クローゼの心には、あの青年の言葉が浮かんできた。



───なんかおかしかったっすか? だってボクは遊撃士だし…、剣が使えて、アーツも使えるし……。普通の、力がない一般の人よりも戦えるんだから、目の前で困っている人がいたら飛び込んじゃうでしょ───。










 ………ああ……、そうか………そうだった……………。




 クローゼは気がついた。
 とても大切な事を、どうしても忘れてはいけない事を思い出した。


 自分より力がなく、戦う術を持っていない人は沢山いるのだ。
 港で震えている人々、胸に抱いているおびえた子犬、そして目の前で泣いているドロシーさん。


 なのに自分は、彼らに比べれば大きな力を持っているのに、何もしなかった。
 女王の責務がどうとか、そんな事は全部自分だけの問題でしかない。言い訳でしかない。

 まず先に、力を持つ者として戦わねばいけなかった!
 勝てるかなんて問題じゃなくて、誰かを救うために力を振るわなくてはいけなかったのだ。



「ナイアルせんぱいが……死んじゃったら……いやなの。取材とかもっと一緒にしたいと思うし、まだまだ教えて貰いたい事とか、沢山あるから……だから〜。」
 少しだけ背の高いドロシーに肩に、クローゼの手が置かれた。そこには、先ほどのナイアルと同じように、何かを悟ったようなクローゼの顔があった。

「大丈夫です、ドロシーさん。私がいきます。……いえ、行かなくちゃいけません。」
 闇夜の下、導力灯に照らされるクローゼの頬に流れる涙。そして少しだけ微笑んだその顔には後悔と恐れは消えていた。ただ、彼女は思い出したのだ。とても大切なもの。人のためにまず持たなければならない心を。


 ”勇気”という、忘れてはいけない力を───。


 いま、やっと思い出した。
 だから……もう迷いはなかった。迷う時間があったら、全力を尽くさなければならなかった。

 胸で怯えたままの子犬を優しく、愛しくでる。そしてささやいた。
「大丈夫、大丈夫よ。もう怖い事なんてないから。私、頑張ってみせるから……。」

 その声に、ジョセフィーヌは顔を上げた。今まで掛けられていた声は自分みたいに震えていたのに、今の声だけはとても安心できるように思えた。
「わんっ!」
「いい子ね、だからもうしばらく待ってて。あなたや他の人々を救ったら、また、遊ぼう……ね?」

 そう、語りかけるクローゼは学生のままの彼女ではなかった。女王という責務につぶされていた彼女でもなかった。……これまでよりも強い決意を宿した運命に立ち向かう心を宿した少女。それは彼女が知らないうちに手に入れた女王としての姿であった。


 女王とは、全ての悪意を一人で打ち払える人間ではない。どんな苦境においてもあきらめず、人々のために立ち向かうリーダーでなければならないのだ。けして、負ける事におびえるだけの人間であっては果たせないものなのだ。それは人から教わるものではなく、自らで切り開かなければならない心。

 彼女は今、自分の事より他者のために戦おうと決めた。自分の苦しみよりも、目の前の悪意を振り払う事の、勇気の大切さを知った。それはなんでもない、当たり前の事だというのに、責務という結果だけを気にして足がすくんでしまう。自分が至らないとなげいて暮れる。


 彼女は勇気を手に入れると共に、そういう弱さを知った。
 王たるべき者、それは自身の弱さを知った上で乗り越えられる者なのである。

 クローゼはとうとう、クローディア=フォン=アウスレーゼを名乗るに相応しい意志を掴んだのだ。


「……ドロシーさん、ジョセフィーヌちゃんをお願いできますか? 一人でエルベ離宮に向かうのは危険かもしれません。私についてきて、戦闘に巻き込まれないように後方で隠れていてください。」
 クローディアはジョセフィーヌを手渡すと、目をつぶった。そして一度だけ大きく息を吸い込んで、吐き出す。まるで全ての事を切り替えるように、彼女の全てが切り替わっていく。



「いきます───っ!」
 そして駆け出した。もう二度と、振り向かないように、たじろかないように。
 命ある限り、常に全力を尽くして駆け抜けるために、王女クローディアは走り出した。





◆ BGM:SC「Heartless Surprise Attack」(SCサントラ1・16)







 王都グランセル───


 全てが続いていた。アネラス達の攻撃も、アルセイユ、オルグイユ、そして兵士達の牽引もが、先ほどと同じく続いている。アースウォールで直撃によるダメージを抑えたとはいえ、それでも元々が満身創痍であった兵士達。その誰もが疲労と戦っていた。

 彼らは引くことをやめはしない。いくら体が痛もうが、先ほどのモルガン将軍の戦いを目の当たりにして、やめる事など出来るはずがない。闘志さえあれば、肉体の限界を超越できるとわかれば、残り数分の全力など、容易いものである。


 一方、戦闘を継続しているアネラスも、笑みを消してはいたものの、全力を絶やさず追撃を続けていた。ミサイルの衝撃があったとはいえ、二度目の不覚を取った自分が情けない。そう思えば、これまでこれが限界だと思っていた集中力がさらに引き上げられる。先ほどの風花陣による全開で、さらに感覚がとぎまされてもいたのだ。
 それはユリア達もそうだった。墜落で誰もが体を叩きつけられ、痛みを堪え、頭から血を流しているような状態ではあったが、それでも負けるわけにはいかない。それだけが彼らを支えていた。



 そして、カンパネルラを抑えるリシャールも全力を尽くした攻めを続けている。


 その剣閃はクーデター決起の時よりさらにみがかれ、執行者であろうと、1対1でも引けを取らないどころか、完全に押している状況だった。カンパネルラはカプトゲイエンを牽引する者達の邪魔をする事もできずに、防戦一方で剣撃を避けなければならなかった。

 そして放たれる一撃必殺、リシャール最大の技Sブレイク ”残光破砕剣”───。

 神速を得た居合いの連続切り、さやの中を滑らせ加速をつけた剣閃は、秒間8撃という脅威きょういの速さで繰り出される! それほどの瞬斬にカンパネルラは全力で避けざるをえず、しかも全てを避け切れない。肩に、二の腕に、足に、浅くではあるが着実に少年へとダメージを与えていた。

 しかも、その威力が凄まじい事を示すがごとく、余波だけで紫のスーツは綺麗な筋となって裂かれ、緑に流れる髪さえもが殺気に斬られていく───。

「くっ! ……これが半死人の繰り出す剣撃だっていうのかっ?」
「これが───、命を賭けた全力というものだ!」

 しかし、リシャールも完全ではない。包帯からにじ血痕けっこんが彼のダメージを如実にょじつに表しているように、闘志でのみ痛みを押さえつけている状態だ。兵士やアルセイユが、敵を落とし穴へ落すまで、全力攻撃を続けられるのも怪しい程の手傷を負っている。本来なら絶対安静を義務付けされて然るべき状態なのだ。
 それがとうとう体を犯し始めた。ほんの一瞬だけ、ひざから力が抜けるように、リシャールが体勢を崩す。本人も気がつかないうちに、身体は悲鳴を上げていたのである。


「おやおや、足に来たのかい? そらっ───!」
 強者同士の激突であればどんな隙さえ見逃さない。カンパネルラはここぞとばかりに最大の一撃を見舞う! リシャールも対抗すべく刀を大きく振りかぶった。
 互い跳躍と共に強撃激突! 互いの全力攻撃は相殺されつつ、着地と共に間をおく。


「いやぁ、しぶといねぇ。さすがは番犬だよ。一度は主人に噛み付いたくせに、今回も操られていないという保障があるのかな?」
「もう戯言には乗らない。それに、私の実力も見抜けただろう。手負いの犬が危険である事は、いまの激突で身に染みたのではないか?」

 多少なりとも苦しげにしているリシャールではあったが、まだ余裕はあった。傷ついてはいても、カンパネルラを凌駕するだけの戦闘能力を有しているのは事実。カンパネルラ自身もそれはわかっていた。……少なくとも、カプトゲイエンへと注意を向ける隙は与えてくれそうにない。



 だというのに、ここで少年はまた笑った。


「……なぜ笑う? 勝ち目ないとわかって諦めたわけでもないだろう。」
 リシャールはまた構える。カンパネルラが何かを仕掛けてくる事は予想がついたが、何を仕掛ける気なのかが読めない。達人といえども、十分な警戒が必要だ、という事を彼は心得ている。

「あーあ、せっかくのコレクションだったのに、ここで使うなんて勿体無いなぁ。」
「……何を言って───っ!!」
 その時、屋根から3つの影が落ちてきた! それは青の服を着て、紺色の髪の少年のような体つき、そしてその両手には、それぞれ黒く光るナイフが握られていた。奇妙なのは、その両方の影がまったく同じ体躯の、同じ姿だという事であった。
 シリャールはその姿を知っている。いや、正確には見覚えがあった。


「ヨシュア=ブライト……いや、その顔は……っ!」
 顔を上げたその3体の顔、それは人形のそれであった、顔というものがなく、能面を被ったヨシュアであるかのようなモノ、それがカンパネルラを護る様に立ちはだかる。
「これはね、僕の個人的なコレクションで”ドール・ヨシュア”というんだ。ヨシュアきゅんのファンとしてはこれくらい持っていたいからね。」

 3体のドールヨシュアが一斉に攻撃を開始する! しかもその速さは、クーデター時に彼とリシャールが戦ったあの時と遜色そんしょくがない! しかも同時攻撃、6本の黒い刃が襲い来る! リシャールはなんとかそれを避けるが───。


「ぐうっ!」
 いつの間にか、腕を深く切りつけられていた。確かにドールヨシュアの攻撃は避けたが、もう一つの攻撃は避けきれなかったのだ。
「あははは…。6本の刃だけ避けても、7本目には僕がいるからね。それも避けてもらわないと───ね!」
 4対1となり、力の差が逆転した、ドールヨシュアの高速かつ執拗しつような攻め、そして重力を無視したかのようなカンパネルラの攻撃に翻弄ほんろうされるがままのリシャール。傷ついた体が、さらに多くの斬撃を受けて、鮮血が飛び散る!

「う……ぐあああ……っ」
 さすがのリシャールも苦痛の声を上げた。体が完全であれば、いかに4対1でも退けられたであろう攻めではあったが、そもそもが半死半生のような重傷を負っているのだ。戦闘においての判断力の低下、消耗はいちじるしい。これほどの攻撃に耐えられる者などいるはずがない!


「おやおや、可哀想にね。……さぁて、僕はあっちの邪魔をしに行こうかな。ここはコレクションの3体に任せても倒せそうだし。」
 カンパネルラの薄い笑い。またあの余裕の微笑を見せつけ、この場を去ろうとする。向かう先は当然、カプトゲイエンとグランセル駐留軍の下である。
 しかしリシャールにはどうする事もできない。3体の同時攻撃に対処するのが精一杯だった。

「くっ! 行かせるわけには………っ」
 焦るリシャールはその迷いを剣へと伝えてしまい、攻撃が鈍る。それがさらなる攻撃を許し、絶体絶命の危機へと向かっていく。ドールヨシュアという人形兵器、そのパワーはそれほどでもなかったが、とにかく異常に速い! それが3体同時に仕掛けてくれば、さきほどの彼が放ったSブレイクに近い速度での攻めが彼を襲う。まさしく嵐というしかない。……全てを防ぎきれずにいるリシャールは、徐々に劣勢に立たされていく。



 だが、もう一つ。
 戦いの鼓動に導かれ、呼応するかのように繋がる力は、再び戦場へと舞い戻る───。



 去ろうとするカンパネルラに、恐るべきいかづちのごとき一閃が襲う!
 先ほどのように油断していたわけでもないというのに、まったく攻撃されるまでまったく気配すら感じず、瞬間的に避けた事で皮一枚でその攻撃をやり過ごした。


「くっ───! 何者だっ!!」
 少年のスーツの胸元がキレイな直線に裂かれ、肌が露出していた。近づく事すら感じ取らせないその気配の持ち主。それもカンパネルラの計算外の相手であった。

「3対1とは卑怯ですな。僭越せんえつながら、ご助力、務めさせていただきます。」
 それは、細身の剣を手にした老人。体の線が細く、どう見ても戦いに向いていないように見える彼は、戦闘中だというのに、リシャール達に45度のお辞儀をした。


「フィ、フィリップさん……どうして……。」
 驚きの声を上げたのはリシャールである。その間もなく、姿を消したフィリップは、今度はドールヨシュアへと向かう。軽やかにその身を躍らせたと思うと、リシャールの速度すらも越えて、一瞬でその間合いを詰め、切り裂いた!
「まず1体───。」
 神速の一撃が瞬く間に1体の手足をバラバラに切り裂く! そしてそのまま転がるように、倒したドールが手にしていたナイフを掴むと、それを次のドールへと投げつける。それは2体目の胸を貫通し、1体目、2体目が共に地面に伏した。

「これで、2体───。」
 ほんの一瞬の間に、しかもほぼ同時に2体を戦闘不能に陥いらせた。それはフィリップ=ルナールという初老の男。デュナン公爵の執事にして、元親衛隊、鬼の大隊長と呼ばれた武人だからこそ出来る、圧倒的な実力から来るものであった。



 リシャールはその恐るべき攻撃に目を見張る。いまの攻撃はリシャールでさえも察知できなかった。……確かに彼がかつて戦いに身を置く戦士だったとは聞いていたが、ここまでの力を持っているとは見抜けなかったのである。
「まったく……クーデターの頃の私は、目が曇っていたどころか、節穴だな。これほどの守護者がいるデュナン公爵を傀儡かいらいに仕立てようなどと……。もし彼に何かあれば、その瞬間、首を刎ねられていたに違いない……。」

 その驚きはカンパネルラも同様なようで、しばし身を硬直させて、倒されたドールヨシュアを見やる。


「え……………、ちょっと…、冗談でしょ? いくらブルブラン、ルシオラ、ヴァルター、レンの執行者を4人同時に相手にしたとはいえ……ここまで強いとは聞いてなかったよ。」
 フィリップはリシャールに小走りで駆け寄ると、膝を落としたリシャールへと肩を貸す。

「大丈夫でございますか? かなりの手傷を負っておられるようですな。」
「いえ、私など……それよりも驚きました。」
 ここまでの戦士であった事にも驚いたが、リシャールは彼が戦場に復帰した事にも驚いていた。ジークの報告書により、エルベ離宮で倒れたという報告を受けていたからだ。

「私もこの老体ゆえ、立ち上がる力を失っていたのですが…。閣下よりこれを戴きまして。」
 和やかに苦笑するフィリップが懐から取り出したのは、一つの薬のようなものだった。それはとても貴重な品、【ゼラムカプセル】という全身全霊を癒す古代文明の医療技術を凝縮させた回復剤である。

「最後の一つですが、今の貴方には必要でしょう。」
「いえ、私などに使っていただくわけには……。」
 フィリップは有無を言わさずそのアンプルのように突き出た部分をヘシ折ると、とても細く短い注射針のようなものをリシャールの腕に刺した。ほんの少しだけチクリと痛覚に訴えたが、それだけで体の出血が止まり、疲れた体が元に戻る感覚を得る。

「申し訳ありません、実力及ばない私に、そのような貴重な品を使っていただくなどと…。」
「いいえ、とんでもございません。……それにこれは、これから始まる死闘に必要なものです。」

 フィリップの緊張した声にリシャールは気がつく。その視線の先には鋭い視線を向けるカンパネルラの姿があった。それと同時に、今度はさらに多くの黒い影が彼を護るように、次々と屋根より降下してくる!


「…1、2……3、4………9体!? 残りの1体を合わせて10体もかっ!」
 全部で10体のドールヨシュア。それが無言のカンパネルラを取り巻き、全てが同様にナイフを装備している。


「勿体無いけど、惜しみなく僕のコレクションの全部を投入させてもらおう。不意を突いた攻撃で2体が倒されちゃったけど……。一度に10体が相手じゃ話が違うよね?」
 敵がフィリップを認識する前の、いわば不意打ちで倒した2体とは違い、10体がまとめて攻撃してくるという事態は、少数との戦いとまるで違う。少なくとも、20本の剣激を受け止めなければならないからだ。

「じゃあ僕も、本気で攻撃させてもらうよ。各自ナイフが2刀、そして僕が1刀……合計21本の同時攻撃、いくら達人だといえ避けられるものじゃない。しかも最初から全力でやらせてもらうよ。」


「いくよ、僕の可愛い人形達! ───漆黒の牙だ。」


【 ───マスター音声命令了解。Sブレイク、”漆黒の牙”発動します。─── 】
【 ───マスター音声命令了解。Sブレイク、”漆黒の牙”発動します。─── 】
【 ───マスター音声命令了解。Sブレイク、”漆黒の牙”発動します。─── 】
【 ───マスター音声命令了解。Sブレイク、”漆黒の牙”発動します。─── 】
【 ───マスター音声命令了解。Sブレイク、”漆黒の牙”発動します。─── 】
【 ───マスター音声命令了解。Sブレイク、”漆黒の牙”発動します。─── 】
【 ───マスター音声命令了解。Sブレイク、”漆黒の牙”発動します。─── 】
【 ───マスター音声命令了解。Sブレイク、”漆黒の牙”発動します。─── 】
【 ───マスター音声命令了解。Sブレイク、”漆黒の牙”発動します。─── 】
【 ───マスター音声命令了解。Sブレイク、”漆黒の牙”発動します。─── 】


 10体同時に仕掛けられるドールヨシュアの最大必殺技、Sブレイク・漆黒の牙。

 それは、かつてヨシュア=ブライト本人が集団戦闘を想定して編み出した攻撃である。瞬間的な斬撃で、それぞれに致命傷を負わせる殺人技。それが10体同時に行われるとなれば、さすがのフィリップでも対処しきれない。
「リシャール殿! 背中は任せますぞ!」
「はい! お任せを!」







 その激突が始まった頃、またもリベール全てにあの声が響いた。



《リベールの者達よ、各村については心配無用だ。しかし唯一、ロレントに戦力が足りないようだ。》


 古代竜レグナートの声が国内全ての人々へと届く。その声は落ち着いてはいたが、現状でそれを打開する手立てがない事も意味している。

 ロレントを守るのは遊撃士リッジ。あの英雄の一人《銀閃》と呼ばれるシェラザードの後輩に当る青年で、先日の依頼でマルガ鉱山に現れた古代生物と戦い、負傷している。しかも現在、ロレントに遊撃士はおらず、彼は負傷したままで一人戦いを続けていたのだ。


「くっ……グランセルはこれ以上人員が避けませんわ! このままではロレントがっ!」
 アネラスの補佐を続けるカノーネが歯噛みした。本当にもう動かせる戦力がなにもない。レグナートの手配により、マノリア村が救われた事は先ほど耳にしたが、これ以上に救援が望める宛もない事は明白だった。

「わ、私が行こう……ぐっ……。」
 手当てさえする間もなかったモルガン将軍が、剣を杖にして三度立ち上がる。もう立つ事さえままならないというのに、彼はまだ戦おうとしていた。

「カシウスの居ない今、ロレントを戦火に巻き込むわけにはいかん……! 二度と、あの平和の象徴たる時計塔を……倒すような事があってはならんのだ!」
 その足は空港へと向かっている。しかし兵士達は悔しくもそれを見送る事しかできない。ここで手を離すわけにはいかないのだ。
 力尽きる寸前のその姿が、覚束おぼつかない足取りで東区へと消える。その先にある空港に向かう事さえ苦しげにしているが、その背中を誰も追うことが出来ない。

「くそっ、俺達もロレントに……なんてこった…こんな時に!」
 兵士の誰かがらす。皆同じ気持ちでその背中を見送る事しかできない事が悔しい。あまりに悔しかった!





「王国軍兵士達よ! ここはワシらに任せていけ!」

 そこに現れたのはデュナン公爵、そしてその後ろには数え切れない程に多くの市民達がいた。彼らは一斉にカプトゲイエンの脇を抜けると、いまワイヤーを引いている兵士達に力を貸した。

「デュ、デュナン公爵、そ、それに市民までが……。」
 兵士達、リシャール、アネラス、カノーネさえもがその登場に驚く。安全のために港へ避難していたというのに、なぜ彼らが戦場へと出てくるというのか?

 市民の誰かが、その問いに答えるように言った。
「俺達だってリベールが好きなんだ。だから行ってくれ、俺達は戦えないけど、これを引くことぐらいできる!」
「頼む、俺達にも手伝わせてくれ! このまま見ているなんて出来るもんか!」
 兵士達は一様に戸惑いを見せた。確かにここは死と隣り合わせの戦場、市民を巻き込みたくはなかった。しかし、それでも、これでロレントが救える事が嬉しかった。市民達の協力がとても心強い。


「ほっほっほっ、リシャール殿も頑張っておられるぞ! ペンサーよ、ワシらも全力じゃ!」
「ビル爺さんは腰が抜けるから待ってろっていうのに…。」
「なんじゃとっ! まだまだ若いモンには負けんわい!」
 居酒屋《サニーベル・イン》で酒を飲んでいたビル爺さん、つき合わされていたペンサーもその列に加わった。

「ロイド君! 準備はいいかね? 全力を尽くすのだぞ?」
 釣公師団の釣り男爵、フィッシャーは組員のロイドと共にその牽引に気合を入れていた。特にフィッシャーの熱の入れようは半端ではない。

「フィッシャーさん、貴方がこれほどリベールのために力を注いでくれるなんて…。」
 普段、釣りのみにしかまっったく興味がない男爵に、少しだけ困惑していたロイドではあったが、こういう非常時になれば、彼も努力してくれるのだと思うと、それが嬉しかった。

「いやぁ…、こんな釣りができるなんて……私はなんて幸せなんだ。ドキドキするよ…。」
「?? 男爵、これは釣りじゃありませんよ。どう見たって危険な戦場じゃあないですか!」
 その言葉に憤慨したように、フィッシャーはムキになって反論した。
「何を言っているのかね?! これこそ伝説の釣り様式、地引網ジビ・キアーミではないか! むおおおお! この手で実践できるなどと…私は幸せ者だ!」
「…………ああ、そうですか……、もういいです、全力でいきましょう。」


 牽引作業を交代した兵士の何人かが、空港へと走る。その途中、剣を杖がわりにして前を行くモルガンを見つけた彼らは、急いで追いついた。
「モルガン将軍! 市民が来てくれました! 後ろを見てください! 見えるでしょう? 彼らが! 私達は……ロレントを救えるんです!」
「市民……が来た…のか?」

「デュナン公爵が連れてきてくれました! おしかりは後に、いまはとにかく急ぎましょう! 近くまで飛空挺を1機持ってきます。それまでここ居てください!」
 ロレントが救える! その希望に満ちた兵士が何人も走っていく。もちろん大半が残る兵士で、ロレントを救いに向かうのは、グラン・アリーナでの武術大会に参加した事があるような歴戦の戦士がほとんどだ。全員が抜けてしまうほど、結束が乱れているわけがない。
 しかも、モルガンが為すべき指揮はデュナンが執り、無駄口を叩きながらも着実に手配が進んでいく。傷つきいつ倒れてもおかしくないモルガンは壁にもたれると、その光景にまた一つ、新たな事実を知った。

「そう…か…。リベールを守りたいのは、我々、兵士達だけではなかったのだな。力はなくとも、出来ることに手を貸す。………私は、それにすら目を閉じ、かたくなに兵士の力以外を拒んでいたのかもしれんな……。」


「おじいちゃーん!」
 ちょうどその時、西区の方から聞き慣れた声がした。孫のリアンヌ。そして妻のカテリナ、そして共に暮らす娘ダリアの姿である。

「こっ…、お前達! こんな場所に! ここをどこだと思っている!? こんな───。」
 声にならないような怒りと、戸惑いが入り混じり、モルガンは何かを叫ぼうとした。その時、ダリアが持っていたそれを、モルガンへと差し出した。
「旦那様、重いので…早く受け取ってください…。」
「あ、ああ……。」
 ダリアが両手で抱えてもなお、重そうにしているそれは、手に馴染なじむ手応えを持っていた。まだカバーがかけられていたが、その瞬間に正体を知る。
「………ワシの斧、か…。」
 それは、一番使い慣れた、若き頃を共にした斧であった。軍部に入ってから使う機会が減ってはいたが、それでもその手応えはいまも忘れる事はない。これを自分に持たせると考えたのは、妻以外にはないだろう。

 妻カテリナへと視線を送ると、彼女は夫であるモルガンに一言、思いやりの込められた眼差しで告げた。

「無茶をするなと言っても、聞かないのは昔から。好きなだけ無茶しておいでなさい。」
 それは、モルガンと彼女が共に生きる事を決めたあの頃から、何一つ変わらない優しさであった───。

 1機の飛空艇がちょうどよく到着した。総勢10名の兵士達が乗り込んでいく。モルガンもそれに習って乗り込むが、その前にひとつ、愛しき家族へと言葉を残した。

「行ってくる。ロレントは必ず救うと約束しよう。だからな、帰ったら久しぶりに皆で茶でも飲もう。」
「ええ、楽しみに待っております。いってらっしゃいませ。」
「いってらっしゃーい!」
「旦那様、お気をつけて。」
 主の背中を見送る3人は、それぞれが皆、彼の無事を祈っていた。あんなにボロボロだというのに、まともに歩く事さえできないというのに、それでも平和のために歩いていく。それを見送る妻には辛い事ではあったが、同時に誇らしくもあった。
 飛空艇の扉がいま閉まらんとした時、モルガンはもう一つだけ、言葉を付け加える。

「そうだ。茶を飲む時、リシャールを連れて行ってもいいだろうか?」











「あと少し! あと少しじゃ! ものども! フンバるのじゃ!」
 デュナンが握る拡声器からの声が戦場に木霊こだまする。先頭を引くオルグイユ、そして加わった市民達が次々と、落とし穴の上に敷かれたふたを渡っていく! 彼らはとうとう、落とし穴へと到達したのである。広い金属板が蓋となっているその上を、次々と渡っていく。

 残り30アージュ。引く側の者達が穴から遠ざかり、そしてカプトゲイエンを落とし穴に落すまでの距離はそれだけしかない。残り2分とかからずに、それは達成されようとしていた。


 同時に、アネラス達はここで引かねばならなかった。近くまで攻撃を加えたいのは山々だが、このまま近距離戦闘を続行すれば、爆発に巻き込まれてしまう。それでは自分達が助からない。

 つまり、彼女達の仕事は終ったのだ。

「もういいですわ。後は彼らに任せましょう。……お疲れ様。」
 カノーネは、過ぎ行くカプトゲイエンを見ながらたたずむアネラスに声を掛けた。しかし彼女はそれに反応する様子もなく、少し悔しそうな顔でそれを眺めていた。そしてつぶやく…。

「私達、ここまでしか手伝えないんですか? 最後の最後に、力を貸せないだなんて……。」
 その気持ちは痛いほどわかる。残り時間が3分弱とはいえ、最後まで全力を尽くしたかった。危険だという事も承知はしていたし、自身の仕事をやり遂げたというのも頭では理解している。だけど……、言いようもない気持ちが、まだ微かに残っている。
 カノーネにもそれはあった。しかし、自分達は仕事を終えたのだ。これ以上近寄る事は、逆に彼らの足を引っ張る事にもなり兼ねない。だから彼女は、いじわるな言葉で彼女を納得させようと思った。

「アネラス、あなたは仲間達が信用できないの?」
 その言葉に、アネラスは振り返る。
 咄嗟とっさに、そんな事はない!と叫びたかったが……。その後にカノーネが返してくるだろう言葉も予想できて、黙るしかなかった。残念だけど、自分達の仕事は終ったのだ。

「後は任せましょう。大丈夫、これだけの力を集めて、それで私達が負けることなど在り得ませんわ。……待ちましょう。あとほんの少しよ。」
「はい……。」
 引かれていくカプトゲイエンはもうすでに落とし穴の蓋へと差し掛かっていた。あと少し、ほんの少しで落ちる。蓋にかかった重さが耐え切れなくなれば、それで終わりだ。




 ───が、ここで予想外の事態が発生した!!

 蓋が、落ちない。

 確かにゆがんではいた。しかし落ちないのだ!



 カプトゲイエンの超重量でなら、あの金属板は巨体ごと穴に落ちるはずであるのに、金属が曲がっているだけで、その重さに耐えている! 思った以上にカプトゲイエンは軽かったのである!! 推量のみで量った重さだったため、まさかあれだけの巨体で、蓋が落ちないほど軽いとは誰も想像できなかったのだ。

 誰もが驚愕きょうがくした。これでは最大の一撃を加えられない! 倒す事ができない!
 もし今、火薬だけを爆発させたとしても、ふたが邪魔をして、完全な一撃を加えたことにならない。失敗に終ってしまうであろう事は、誰の目にも明らかであった。


「くそっ! 蓋だ! 誰か蓋を破壊してくれ! ヤツを落すには蓋を壊さなくちゃならない!!」

 絶叫にも近い兵士の言葉が、全ての人々の気持ちを代弁していた。あの蓋が破壊されなければ、作戦は失敗に終ってしまう! リベールは反撃の手を失ってしまうのだ!
 蓋だけを壊す、そんな芸当は誰にもできない。駆動魔法では到達前にカプトゲイエンにかき消されてしまうし、通常攻撃では、あのブ厚い金属は切り裂けない。どう考えても、物理的に無理なのだ。

 もう打つ手なしである。

 その間にも、カプトゲイエンは身じろきを始めた。アネラス達という攻撃対象が居なくなったために行動を再開させたのだ。強引に後ろへと向き直り、ワイヤーを引く人々へと攻撃を仕掛けようとする! まだアルセイユの牽引で多少は持ちこたえられそうだったが、それでも敵が穴からずれてしまえばそれで終りである。


「……ここまで……ここまで来て……どうして……。」
 兵士の誰かが苦しげに言う。あんまりだ。ここまで努力して、なんでうまくいかないのか? あと少し、あとほんの少しで終るのに! どうしてだめなんだ!?


 全ての人々が想い一つにした。しかし、それだけで奇跡は起きるものではない。
 奇跡は、起すものなのである!


 アネラスは、たまらず駆け出した。
 ここで失敗すれば全てが水泡に帰す。だったら、誰かがあの蓋を破壊して、敵を倒さなくちゃならない。


「ちょ───っ! お待ちなさい! 戻りなさい!」
 カノーネの呼ぶ声は聞こえていた。だけど、この足を止める事はできない。アネラスはまた、奥義である光破斬を使えるほど闘志を宿している。この一撃でなら、あの金属の蓋を破壊できるかもしれない!





 ごめん、みんな…。
 私、やらなくちゃいけない。今あの蓋を破壊できる力を持っているのは、私しかいない。

 クローゼちゃん、ごめんね。もう会えないよ。
 ………だけど、絶対に守るよ。私、守ってみせるから!

 たとえ犠牲になったとしても───、みんなが助かるなら───!!









 その時、
 全力でカプトゲイエンへと向かうアネラスの耳に、懐かしい声が届いた。









「万物の根源たる七耀を司る空の女神エイドスよ…、そのたえなる輝きを持って我らの脅威を退きたまえ───」







「我につどいて魔を討つ陣となれ───。」

 それはか細い少女の声だというのに、その戦場の全てに響いた。






「光よ! サンクタスノヴァ!」


 それと同時に虚空に生まれる輝き放つ神の力。たゆまぬ力は輝ける環となり、金属の蓋に対して異常なダメージを与えていく! その力は空の女神に祝福されしとうときもの、駆動魔法ではなく、女神の力を借りた業である。遠距離から発動する事ができ、しかもカプトゲイエンの魔法防御にも阻害そがいされない。しかも火薬にも反応しない攻撃、それが彼女のわざ、サンクタスノヴァであった。

 最初に彼女がこの業を使った時、敵に効果はなかったが、かき消されたりはしなかった。衝撃を伝える手段として扱う事ができたのである。彼女はそれを覚えていた。過酷な状況においても、彼女は敵の特徴を掴んでいた。そして今、最大の危機にそれを行使する。


 その彼女はいた。
 涙に暮れた顔はもうどこにもなく、ただ真っ直ぐに敵を見据えて。



「みんなの努力は無駄にしません! 道はどこまでも、みんなと一緒に続いていきます!」







 そして、金属の蓋が破壊された───。



「みんな!! 伏せろーー!!」
 デュナンの拡声器により警告、兵士は近くの市民を守るように素早く身を伏せ、そして目を閉じ、頭を抱えた。
 ゆっくりと、全ての動きが緩慢に見えた。その巨体が落とし穴へと落下する。それと同時に爆薬が点火!



 爆裂───。

          灼熱───。

                    破砕───。

                             崩壊───。




 同時に膨大な熱量、破壊力を帯びた爆裂が巻き起こる!
 暗黒の闇夜を切り裂き、例えようもない膨大な光量と圧縮された熱が押し寄せた!


 30アージュ離れた人々さえも、その激しい突風により吹き飛ばされていく。皆が一様に地面へと伏せてはいたが、再度かけたアースウォールがその破片により次々と砕かれていった!! 駆動魔法を使える者は絶え間なくアースウォールを使用し続けるが、それでも破片の数はさばき切れないほどのものである。


 その彼らの前にアルセイユが落ちるように着陸する! そして彼らを守る壁として、爆発を遮った。自らが破壊されようとも、人々の命を救うべく、そこにする。

 一方、駆け寄った事で誰よりも近くにいたアネラスは、爆風でまともに吹き飛ばされ、カノーネの元まで押し戻されていた。彼女の機転によりその身を掴まれ、地面へと掘られた穴の中に退避する。これはカノーネが急遽きゅうきょ、駆動魔法で開けたものだ。女二人くらいなら、なんとかそれを避ける事ができる。


「お、重いですわ……。アネラスやっぱり外に出てちょうだい。私が潰れるでしょ!」
「イヤです。年功序列ですから、下は譲ります。」




 ………程なく、爆発は収束へと向かっていった。







◆ BGM:SC「夢の続き」(SCサントラ1・12)






 やっと収まった振動に、アネラスは穴から首だけを出して周囲を見回した。周囲の地面は爆風で吹き飛び、石畳は全てめくれて地面がむき出しになっていた。

 王都の入り口に近い家屋にかなりの被害は出ていたものの、広場での爆発であった事で大きな問題はない。そして、落とし穴には、その身の7割を沈めたカプトゲイエンが、ボロボロになって沈んでいた。

「すごい……。」
 一言だけ、あまりの破壊力に素直な感想を述べたアネラスは、穴の向こう側に座するアルセイユへと視線を送った。側面で爆風を受けたためか、ほとんどのパーツが吹き飛び、こちらも中破に近い状態であった。さすがにもう飛べないだろう。…でも、おかげで牽引していた人達が全員無事だった。もしアルセイユが飛び込んでこなければ、多くの人が犠牲になっていたのだろう。


 そして視線をカプトゲイエンへと移す。敵の身体は完璧にその穴に落ち、完全に破壊されていた。その身に埋め込まれていたというクオーツ、巨大な琥耀珠こようじゅがむき出しになっており、もう人形兵器と言えるようなシロモノではない。機体の骨格だけが残っている燦々たる状態だった。リベール軍はあの鉄壁の防御を、完全に超えた打撃を与えたのだ。


「あ……、やった…………倒してるっ! 倒せてますよ! カノーネさん!」
「……い、いいからどいて頂戴。」
「あ、すいません…。」


 そんな時、彼女はそれを見つけた。



「え……、あ───…。」
 アルセイユの先端、その向うから、自分と同じように周囲を見回している姿を確認した。それは、待っていた人。もしかしたら自分が戦いで力尽き、もう会えないのかもしれない、と覚悟していた友達がいた。
 ほこりにまみれた顔をして、だけど勇ましい面持ちをし、瞳に限りない力を宿している。それは紛れも無く友達の、クローゼの姿であった。


「クローゼちゃんだ〜〜〜〜っ!!」
「ぐぇっ!」
 あまりの嬉しさに、何を踏んだのかも忘れて彼女の元へと走る。
 嬉しかった。どうしようもなく嬉しかった。友達がいたから、どこかで心細いと感じていた自分がいた事に初めて気がついて、カプトゲイエンなんか関係なく、彼女の胸に飛び込んでいった。


「ア、アネラスさんっ! きゃ───。」
 壊れた敵機から互いに30アージュづつ離れており、合計60アージュもあるというのに、アネラスは戦闘中より早く駆け抜け、思いっきり彼女の胸に飛び込んでいた。もちろんそんな突進を受け止められるわけもなく、クローゼは彼女と一緒に倒れこむ。

「よかった……よくないけど、良かったぁ〜……えぐっ…えぐっ……。」
 感、極まってそのまま泣き出すアネラス。
 クローゼが危険な戦場に戻ってきてしまった事は良くないけど、でも、それでも嬉しかった。……だって、アネラスもさびしかったのだ。心許せる一番の友達が目の前に居てくれる事が、こんなにも安心できるとわかれば、泣いてしまう事くらい当然だったから……。

「ごめんなさい…。アネラスさん、ごめんなさい……私、逃げてしまって……。」
 涙に涙で答えるように、クローゼも彼女に抱きつき、涙を流す。……今日は泣いてばかりだとクローゼは苦笑する。だけど、こんなに嬉しい涙は初めてだった。一人で悩み、潰れそうになった自分を支えてくれた友達に会えた事が、こんなにも嬉しい事だなんて、……本当に、本当に気がつかなかった。

 ……クローゼは、エステルという快活な少女が好きだった。彼女が持つ魅力を好いていた。でも、もしかしたら自分は、居なくなった彼女の代わりにアネラスさんを立てているんじゃないかと、心のどこかで怖かった。
 でも、そうじゃなくて、憧れの対象ではなく近しい友人として、彼女に会えて良かったと感じる。考えてみれば不思議だった。今日、出会ったばかりだというのに、彼女となら歩いていけると思えた。

 だけど、そうであるに理由が必要なんだろうか?
 大切な存在として認識するために時間は必要かもしれない、だけど、時間が必要でない事だってある。

 いま、二人は友達だった。心休まる事が許される友達だった。
 それで困ることなんて、なにもない。


 それで、いいのだ。




「やれやれ、どちらが年上か、わかりませんわね。」
 踏み台にされつつ、なんとか出てきたカノーネも、その二人を見て呆れたような笑顔を浮かべる。そして、友達同士で感情をあらわにできる彼女達が少々、うらやましくもあった。自分達もこうして素直になれていたら……。

 そんな考えが過ぎるが、彼女にはもう一つ大切な事があった。自分にとって何よりも大切な人の事を想う。もちろんそれはリシャールの事だった。

 さきほど、疾風のように駆けていったフィリップが向かった先でリシャール様が戦っているのだと推測できる。きっとまだ決着がついていないのだろうと思うが……。本当は彼が無事である事を確認したかった。その姿をひと目見ておきたいと思った。
 ユリアとの関係とはまた違い、今度は胸が締め付けられるような痛み。どうか無事であって欲しい。あんなに大怪我をしているというのに、無茶を押して戦う彼が、心配でたまらなかった。
 でも、助けに行っても足手まといになる可能性が高いし、なにより彼を信じたかった。フィリップも助けに行ったのだから、きっと無事で戻ってくる。そう、信じる事こそ信頼だと理解している。

 私にはやるべき事が残っている。それを放り投げて駆けつける事などできない。
 もし私がそれを捨てて彼の元へ走れば、きっと彼は軽蔑けいべつするだろう。職務を果たさなかった私を許さないと思う。……だから、苦しいけれど我慢した。彼の期待を裏切りたくなかった。

 カノーネは、頬を軽くはたくと、自分に言い聞かせた。


「しっかりなさい、カノーネ=アマルティア。考えるのは全てが終わってからよ。」
 彼女はそれを無理矢理呑み込むように、顔を上げた。とにかく今は確認をしなければならない。

 全てを割り切ったように表情を再び引き締めると、爆破されたカプトゲイエンの眠る穴へと足を向ける。もしまだ多少でも壊せる部分があれば、破壊しておかなければならないからだ。

 カノーネがそこへと向かうのと同じく、兵士達も徐々に集まってくる。そして皆が爆発でさらに大きく深くなった穴のふちに立ち、その残骸ともいうべき人形兵器を目にし、事実を受け入れていく。
 人々から歓声が上がった。それは、大いなる悪意を退けた事への喜び、自分達の故郷をとうとう守りぬいた、という実感が沸いてきたのである。

「おい……あれ、完璧に壊れてるよな?」
「……ああ、壊れてる。完璧に壊れてる……倒したんだ……。」

「勝った……俺達……勝ったんだ…っ!」
「はは……なんだ、勝てたよ。みんなでやれば、勝てるんだ!」
「英雄はいなかったけど、俺達だけで勝てたじゃないか……くそっ、泣けてきたぜ。」

「おお、ペンサー! これからまた飲むぞ! 祝杯じゃ!」
「ビル爺さん……元気だね……、こっちはもうクタクタだよ…。」

「ぬおおおおおお! なんたる甘美な引き心地! さすがに地引網ジビ・キアーミというだけあって、手応えは抜群であった! ロイド君、次はまだかね? もう一回できんのかね?」
「フィッシャーさん……頼みますから…、黙っててください…。」

 それぞれが大きな歓声と共に人々が叫びあう。兵士も、市民も、誰もが問わず喜びの感情を顕にしていた。自分達は勝ったのだ。あの強大な力を退けた。皆で努力し、力を合わせた事で、勝利を勝ち取ったのだ。

 リベールは勝った。絶対的な苦境を乗り越え、悪意を退けたのである!




 そんな彼女らの後ろには、ナイアルに肩を借りたメルツ、それにドロシーが立っていた。

「やっべぇ…、俺達までここに出てくるこたぁなかったな。おい、メルツ、ドロシー、俺達は避難だ、避難。」
 場違いなところに出てきてしまったといった口調で、ナイアルがバツの悪そうな顔をする。しかし、もう戦闘が終っている事を知ると、逃げるのもどうか、と考えてしまう。

「いてて……ナイアルさん足が痛いっす。そこ引っ張ると痛いっす。」
「お前、遊撃士のくせに痛みに弱ええなぁ。それでよく、本気で人形兵器部隊に向かっていったもんだ。」

 あの時、メルツは敵部隊と接触して3分と持たずにピンチになっていた。まず、数が圧倒的である事にしり込みしてしまい、平地だったために弾を避ける場所もなく、その物量に対処できなかったのである。少し離れた場所に隠れたナイアルも、助けに入る事すらままならず、メルツが足を打ち抜かれるのを黙って見ている事しかできなかった。
 そこへやってきたのがクローゼだった。彼女は範囲効果のある駆動魔法、水属性の中級攻撃魔法【ブルーアセンション】で一気にそれらを水に濡らし、次いで風属性攻撃魔法【プラズマウェイブ】でさらに広範囲を感電させた。最大攻撃魔法に頼った戦いをするのではなく、知恵を使って一網打尽にしたのである。


「ボクはクローゼさんがあんなに強いって知らなかったっす。最近の学生さんはスゴイっすね。びっくりしたっす。」
 メルツのその言葉に、ナイアルとドロシーは顔を見合わせた。そしてドロシーが恐る恐る聞いてみる。
「あのぅ〜、メルツ君はクローゼちゃんの事…、知らないんですかぁ?」
「へ? そりゃあ誰よりも知ってるっすよ。ジェニス学園の生徒会の人っす! そりゃあもう顔見知りっすからね!」
 彼女が王家の人だという事を言うべきか…言わざるべきか……、悩む二人であった。





 周囲が勝利を噛み締めて喜ぶ中で、唯一、カノーネだけはその表情を崩さなかった。
 もはや残骸と化したカプトゲイエンは、誰もが確認したように、体を為していた金属類は完璧に破壊し尽くされている。それは間違いない。……しかし、その中心で金色に光を放つ巨大な琥耀珠こようじゅだけが残っている。

 防御の能力を最大限にまで高めるクオーツ、琥耀珠こようじゅ。このせいで自分達はダメージを与える事に苦労したのだが……、それにしても改めて見てみると本当にデカイ。その大きさはアルセイユの胴体にちょうどすっぽり入るのではないかというくらいに巨大だった。このクオーツがあの巨大人形兵器を守り、そしてエネルギー源としての役割をしていたという事なのだろう。

 しかし、あれほどの爆裂を与えても傷すらつかないなんて……。


 その防御力の源であるせいか、これ自体に傷はついていなかった。しかし、いくら古代文明の遺産とはいえ、それはあまりにも度が過ぎている。体の装甲が盾になったからとはいえ、傷もつかないというのは妙な話だ。……これ自体がなんらかの力を備えているのではないか、とまで考えを及ばせる。

「まるで……あの装甲は、命を守るための鎧のようね……。」
 なんとなくだが、カノーネはそう思った。きっと考えすぎなのだろう。戦いが続いたことで神経が逆立っているのだ。それに、この球体だけで何かできるのならば、とっくにあの執行者が何らかのリアクションを起しているはず。わざわざ破壊させる事に意味がない。

 だが、その可能性をこの場で否定しきる事はできない。だから話しておくべきかもしれない。

 カノーネは万が一の事を考え、唯一残っている指揮者、ユリアの元へと向かった。アルセイユの中に居たとはいえ、一度墜落している。怪我が悪化していなければいいけれど……、そんな考えをめぐらし、彼女は人ごみから離れて友人の元へと歩いた。



 人々の歓声が続く中、夜の闇にほのかに光っている。その輝きは未だ鈍く残っている。
 それは、地面に落ちた満月のごとく周囲を照らし、夜の闇の埋もれる事なく、不気味な輝きを保ち続けていた。







◆ BGM:FC「黒のオーブメント」(FCサントラ2・04)






「はぁ…はぁ……はぁ…執行者殿、失礼ですが貴殿の人形、大した事はありませんでしたな。」

 フィリップ、リシャール共に体中に傷を作りはしていたものの、二人はなんと、10体全てを倒しきっていた。苛烈を極めた10体による同時攻撃を全て受け流し、連携を崩さないままで1体づつ確実に仕留めていった。
 もちろん無傷とはいかなかったが、連携さえできない人形など、二人の敵ではなかったのである。無駄に動かず、敵の攻撃をカウンターで返すことに専念した。フィリップとリシャールは互いの背中を任せ、信頼する事で鉄壁を守ったのだ。

 最後の1体を切り捨てたリシャールは、至る所に傷を負いながらも、鋭い視線を絶やす事無く、追い詰められた執行者へと視線を移した。

「それに…、あの閃光と爆発は我々の作戦が成功したものだ。道化師カンパネルラ───、お前の負けだ! 最大の切り札を失った今、もはやお前に勝ち目はない。」

 全てのドールヨシュアは地面に横たわっていた。各部を切り刻まれ、胴体と四肢が決別したものも多い。その中で、カンパネルラは少しの表情も変えず、笑いもせずに立っていた。しかし、その瞳に絶望はない。


「……まさか、ここまでやるとは思ってなかったよ。コレクションを倒したのもそうだけど、それよりも、あんなデタラメな作戦が通用するなんて考えもしなかった。本当によくやると思う。いまは素直に賞賛を送ろう。」

 呼吸を乱していたフィリップは、何かがおかしい、という気配に、気がつきながらも、力尽きて大地に手をつける。やはり、動きを抑えたとはいえ、全力での戦いでは息が続かない。どんな達人も、老いには勝てないのだ。


「───フィリップさん! 大丈夫ですか?」
 力尽きそうな彼を支えようとするリシャールではあったが、それはフィリップに阻まれる。彼はそのように力を失ってもなお、今だ戦いを終ったと感じていないようである。

「リシャール殿、何かがおかしい。敵はまだ、何かを仕掛けて来るようです。用心召されい。」
 その言葉に、カンパネルラはニヤリと笑った。そして、切り裂かれた服を気にせずに、手に持った小刀をもてあそんだ。


「……ふふふふふ……切り札がない…っていうのは、ちょっと早計だと思うよ。僕の切り札はまだ十分に残っているさ。とっておきのがね。」
 不気味な言葉、しかしリシャールはそれがハッタリである可能性も見逃さない。もちろん切り札とやらが残されているとしても、それを使わせる前にその首をねるくらいの事はできるつもりである。


「僕はね、この僕がプロデュースした”主役のいない物語”という話の結末を、リベールという国の全滅で終らせるつもりなんだよ。国の象徴たる王家、アウスレーゼどもを一掃し、グランセルをも破壊する。……それで完成させるつもりだったんだ。」
「無理だな。次にお前が動く時、それはお前の命が消えるときだ。先ほど判っただろう? 私とお前では、1対1であれば、私のほうが実力は上。逃がすつもりはない。」

 すると、カンパネルラはまた黒い笑いを浮かべた。そして、こう残す。


「ああ、僕は動かないよ。……でもさ、そっちは動いた方がいいんじゃないかな?」
「───なっ!」
 その時、地面に横たわるドールヨシュアの残骸、その全ての破片が瞬いた! それら全てが一瞬にして炸裂する! 倒された事で、その体を自爆させたのである。
 しかもカンパネルラはそれを操り、今まで爆発させないようにしていた。一番の狙いどころを見極め、仮にもし破壊されたとしても油断を狙えるように、最初から仕組んでいたというわけだ。

 避ける間もなく爆発に巻き込まれたリシャール達を背に、カンパネルラが歩き出す。目的は、カプトゲイエンが破壊されたあとに残された巨大クオーツ。あの機体の核をしていた琥耀珠こようじゅである。



「さあ、いよいよ物語の最終章───終極だ。あとがきの前に、最後のうたかなでよう。」







「世界の終末を迎えるための……ね。」









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