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────14:30 ロレント市内 「…それにしても田舎ね。リベール王国ってどこもこんなだけど。」 「そこがいいのさ。住めば味が出てくるものだ。」 森にあるブライト家から目と鼻の先、木々が開けたすぐの場所にあるロレント市は、リベール王国の中でも一番自然に恵まれた都市である。もちろんレンの言う通り、そのまんま田舎と言えばその通りの、とても穏やかな街だ。 石作りの住宅や、 …ほんの少し前まで、ゼムリア大陸において、導力技術の最先端の場と言っても過言ではないクロスベル自治州にいたレンにとっては、目の前の質素な田舎暮らしが遥か昔の古代文明のようにも思えた。 今からおおよそ700年前…、七耀暦500年頃は中世と呼ばれ、導力技術など影も形もなく、 けっこう前にはなるが、それはレンがリベール王国の王都グランセルに出向いた時にも思った事だ。リベール最大の都市を見てもなお、この国は田舎すぎるように思えた。そして、その最たる都市ロレントという田舎を、改めてその街並みを見渡して、これからここで暮らすのかと思うと、少々の溜息が出なくもない。 エステルやヨシュアらと暮らす事が不満なのではない。それはそれで嬉しい事なのはもちろんである。 しかし、それはそれ、これはこれ、なのだ。 あまりにもクロスベルと差がありすぎて、別世界に来たのではないかと この国は導力技術の先進国だと聞いてはいたが、このロレントを見る限り、とてもそうは思えない。 エプスタイン財団や各国が注目するツァイス工房の導力技術が現存するのも確かな事ではあるが、それでもやっぱりこれだけは言える。 リベール王国というのは、どうしようもない程に田舎である。 自然が豊富な観光地として有名な国だが、それはつまり田舎を売りにしているからであり、つまりはそういう事なのだ。技術があるのは工房都市ツァイスだけであり、少なくともこのロレントでは、特産品そのものが田舎なのである。 …もしも、クロスベルにいた頃、導力ネットで遊んでいた”ソバカス君”がここで暮らすとしたら、きっと田舎すぎて発狂するかもしれない。宅配ピザなど存在すらしないだろうから、発狂前に飢え死にするだろうが。 そういえば、ソバカス君で思い出した。リベール王国での導力ネット導入はどうなっているだろうか? 「ねぇ、カシウス・ブライト。リベールって導力ネットを整備する予定はないの? 貴方なら知ってるんでしょう?」 リベール王国軍の総司令であるカシウスがそういう国内事情に 「ふむ…、まったくないな。導入するにしてもエニグマなどの導力通信網の配備が優先だろう。まずは受送信のための基地局を各都市に設置しなけりゃならん。そもそもエニグマ特有の通信技術でさえ一般には 「はぁ、そうよね…。」 つまり、中世にネット環境を期待するようなものだ。ここは 人間は文明を そんな、多少なりとも 「しかし、レンちゃん。…カシウス・ブライトという呼び名はやめてほしいな。一応は家族なんだ。このままフルネームで呼び続けるわけにもいかんだろう?」 「でも間違ってはいないわ。カシウス・ブライト。…それとも、パパとかお父様とかの悪趣味な呼び名がお望みかしら? うら若き少女に甘い呼び名をせがむなんて、リベールの英雄もいい趣味を持っているものね。うふふふふ…。」 「ふむ…、お姫様はお気に召す呼び名をご 別にレンはカシウスが嫌いなのではない。元から個人的にどうという感情はなかったし、エステルらと家族になれば、自動的に彼とも家族になるのは分かっていた事だ。それには納得しているし、抵抗したいわけではない。もちろん、彼を家族だと思う事に しかし、今回のこれは、…言うなれば、なんとなくで思いついた気まぐれなお遊びである。実に彼女らしい言葉遊びをしている、そういう事なのだ。もちろん、カシウスという自分の上を行く天才をからかう程度の 「ん?」 そんなやりとりをしながら、 「やいやい! この人質が見えないのか! 無事に返して欲しければ俺達にメシを寄こせ!!」 「俺達はこう見えて、かなりの悪党なんだぞ!」 「そうだぞっ! 新聞にも載ったんだ!」 「リーダー…、それ人質じゃなくて猫じゃないすか? 猫だから猫質だと思うんだけど…。」 「ニャ〜?」 …どうやら、道の真ん中で、黒いタイツ姿の4人の男達が猫を人質にして騒いでいるらしい。猫の飼い主であるらしき女性…ご婦人は、おろおろとしながら、その子を返して〜!と訴えていた。そしてその足元には、その猫の子供だと思われる毛並みの2匹が、まったく興味もなさそうに丸くなって寝ている。もちろん人質…、もとい猫質であるその猫も、何がなんだかさっぱり理解していないようである。 「ハッハッハッ! 俺達は二週間ほど前、ルーアン市において 「ちょっとリーダー! …ゆ、遊撃士は怒らせるとヤバイですよ。この前もナメてて痛い目みたじゃないですか?」 「ニャー。」 黒タイツの男達はやる気があるのかないのか言い合いをしながらも、猫を開放する気はないようだ。周囲の人だかりも、あまり事件だとは思って様子もなく、どちらかというと大道芸人でも見ているかのような雰囲気である。必死なのはこのシャムシール団を名乗る男達だけなのだろう。…あとは飼い主のご婦人くらいか。ちなみに一番平和そうなのは、人質の猫らしい。捕らわれの身でありながらも、心地よい日差しに当てられ、あくびまでするノンキさである。 「…ねぇ、カシウス・ブライト。この街には面白いオジさん達がいるのね。少し見直したわ。」 「呼んだ憶えはないんだがなぁ…。確か連中、ルーアンで問題を起こした4人だったか。」 そういえば、新聞の その後、 何かと面倒な連中ではあるようだが、いまこうして元気なところをみると大した事でもなかったのだと分かる。…まあ、深く考えるまでもなく、見たままが全ての、なんとも理解し易い集団であるのも確かなようだ。 「あら、レンちゃんに先生。 そこへ声を掛けてきたのは、カシウスの弟子である遊撃士、シェラザードであった。浅黒の肌に銀髪を持つエキゾチックな …とはいえ、 「おおかた…、エステルにこき使われて逃げてきたってトコロですか?」 「いいや、成り行きに任せた買出しだ。のっぴきならない事情というものでな…。ここで油を売ってたなんてエステルには 「ふふ…、帰ったらどうなっても知りませんよ?」 この二人は昔からこうである。笑顔で冗談を言い合える良き弟子、良き師匠であった。それはお互いがお互いの役割を熟知しているからこそ信頼し、任せられる。力を認めているからこそ親密であり続けられるのだ。 だからシェラザードには、このレンとカシウス二人だけの外出が、まだロレントに慣れぬレンを 「レンちゃんもどう? ロレントには慣れてきた?」 「…はぁ……。」 笑顔で問うシェラザードに対し、レンは呆れたような溜息で返した。 「あら、どうしたの? 溜息なんて。」 「…エステルもそうだけど、銀閃のお姉さんも少し警戒心が …と鋭い視線で語るレンは、その恐るべき宣言の途中で、 むぎゅっ…と、あっさり抱きしめられていた。 「ん〜〜、やっぱり可愛いわねぇ。エステルがいると先輩として 「………ちょっと……、レンの話、ちゃんと聞いてる? どう解釈するとこうなるのか説明願いたいわ。」 などと言いつつ、ハートマークの浮かんでいそうな表情のシェラザードに抱きつかれているレン。あまりにも自分という存在の脅威が伝わっておらず、なんとも歯がゆい状況であった。 そういえば、ほんの先日…。影の国事件後、久しぶりにこのシェラザードと再会した時も抱きしめられた気がする。別にエステルが居ようが居まいが関係なく抱きしめられているような気がするのだが、きっとそれは錯覚ではないのだろう。 影の国までは皆がいる手前、抱きつくまではしなかったのだが…、本当は抱きつきたかったらしい。 「はぁ…、きっとティータも同じように被害を受けているのかしらね。」 レンとしては、この遊撃士のお姉さんなら、きっと今の レンは経験上、人の言う事を聞かずに問答無用で抱きしめてくるお姉さん達には、もう何を言っても無駄だと理解していた。いかに天才であろうとも、こういう人種には勝てないのである。どうにもエステルの関係者は調子が狂う人ばかりだ。 「やいテメーら! いい加減にしやがれっ!! 俺達の要求を飲むのか!?」 「俺達、少しばかり強いんだぜ! お前らなんか怖くないんだぜ! でも、遊撃士はやっぱり勘弁だぜ!」 「さっさとメシを出せよ! お願いですよ!」 「ニャー!」 「あら、そういえば…。」 …すっかり忘れらていたシャムシール団と人質、…ではなく猫質の猫が 「じゃあ、シェラザード。あいつらは任せたぞ。…さて、レンちゃん、行こうか。」 「まったく…。レンは一体何をしに来たのかしら?」 もちろん、と言ってはなんだが、カシウスもレンもシャムシール団をまったく脅威だとは思っておらず、少し面白い風景を見た程度の認識しかない。しかもそのまま雑貨屋へと向かうために彼らの目の前を素通りする。…だが、これが良くなかったらしい。 「おい待て! そこのオッサン!」 「うん? 何か用か?」 シャムシール団のリーダーらしき男が、カシウスをじろじろと見ながら口の端を釣上げていた。何か良からぬ事を思いついているようだ。 「ふふ〜ん、…お前、弱そうだな。よし! この猫の代わりに人質になれ! ククク…、遊びは終わりだ!」 なんと、シャムシール団のリーダーがカシウスを指名し、人質になれと リベールの国民なら誰でも知っている英雄、カシウスは元々ロレントに住んでいる。その知名度は100%と言ってもいいだろう。そして彼の名声と実力を知らぬ者も皆無である。何せこの国を救った英雄であり、同時に、名の知れた超実力者でもあるのは周知の事。にも関わらず、その偉大な英雄を前にして、弱そうだな…、などとよく言えたものだ。無知というのは恐ろしいものである。 そして、その宣言に別の意味で驚いていたのが、他のメンバーらであった。 「ちょ、ちょっとリーダー! そ、それはヤバイよ!」 「そうですよ!! そんな事したら、俺達が悪人になっちゃうじゃん!」 「この人、確かに見た感じ弱そうだけど、なんか親切そうだよ? それを人質だなんて良くないよー。」 本当に悪人なのか?と疑うしかない台詞に周囲は首を傾げるばかりだ。そして見ていた野次馬すべてが、「こいつら、いままで苦労してきたんだろうなぁ…」と同情までしていた。ここまで情けない悪人も珍しい。 「ふむ、人質か。それは困ったな。俺はこれから雑貨屋に行くつもりなんだが。」 「あっ! そうなの!? じゃ、じゃあその用事が済んだら人質になれ! いいな!?」 「ねぇ、リーダー。用事ある人を呼び止めたら良くないんじゃない?」 「そうだよなぁ。俺っちもそれ、賛成だよ。」 「リーダー最近わがままだよな。ちょっと失礼な感じだよ。」 結局何がしたいのかわからないシャムシール団。シェラザードがそろそろ 「…ねえ、オジさん達。人質が欲しいのなら、レンがなってあげるわ。」 レンは今まさに最高の 「え? お嬢ちゃんがかい?」 「そうよ。そこのオジサンは弱そうでも男の人でしょ? だったら抵抗するかもしれないじゃない?」 「あー、うん。そうだよなぁ。それはそうだ。」 「だからレンが人質になってあげる。子供なら抵抗できないし、きっと要求だって通るわ。」 人のいいシャムシール団を取り込み、カシウスにちょっとした 世間を巻き込んでの大々的な悪戯を 「…先生、いいんですか? 遊ばれてますよ?」 「困ったな。どんな勝負を レンの行動を 2人ならこの場を強引に そして、レンもカシウスらが自分の意図に気づいている事など百も承知している。それが好意であると理解していながらも意地悪をしてみたくもなる、という心境だったのだ。 だから、カシウスがこの勝負を受けるしかない立場だという事は理解していた。全てを承知した上で、レンはここでシャムシール団を しかし、シャムシール団は それも 「ねぇ、リーダー、これじゃあ本当の 「そうだよねー。ちょっと考えちゃうよね〜。いくらなんでも悪すぎるもんな。」 「でもさぁ、もしかしたら要求が通るかもしれないよ? 少しくらいなら…。」 「馬鹿野郎っ!! お前には良心ってもんがねぇのか! 子供を誘拐だと!? そんな悪事が許されるわけねぇだろうが!!」 「……………………困ったオジさん達ね。」 レンも多くの悪党や暗殺者、達人などとの一発触発の、それも命に関わるような …しかし、利用させてもらう事に変更はない。あとはこのまま 「え〜と、そうね。思い切って誘拐すれば、きっと要求は通ると思うわ。それにここで有名になれば、また新聞にも載るかもしれないわね。今度は1面に大きく取り上げられるかも。もちろん写真付きよ?」 「えっ! ウソまじで!? それすごくね?」 「本当に新聞でトップ記事になるの! 写真に写るの恥ずかしいかも…。」 「俺、今日まだ歯磨いてないや! やばい! 臭いとか付くかな!?」 「おい、待て待て! 決めるのはリーダーの俺だぞ! まだ俺はうんと言ってないんだぞ!」 リーダーの意地なのか、一人で抵抗している男にレンがさらなる言葉を付け加える。 「新聞が一番に取り上げるのはリーダーよ。きっとリベールだけじゃなく、エレボニアやカルバード、クロスベルやレミフェリアまで話題になるわ。これはチャンスね。シャムシール団の起こした事件なら、話題の怪盗Bも形無しね。」 「な…、なんだとっ! おい、お前ら! ちょっと集合!」 シャムシール団は人質を申し出たレンもそっちのけで、4人で円陣を組んで話し込む。今まで猫質だった猫も、あっさり開放され、すでに椅子の上で昼寝に入っていた。 しかし彼らは、ああでもないこうでもないと相談を続け…、5分が経過した頃、ようやく結論が出たようだった。 「よし、予定変更だ! 誘拐を実施する! これは仕方が無い選択だ!」 「うおお!! さすがはリーダー!!」 見ていた野次馬でさえ無茶苦茶だと思えるその説得に、当のシャムシール団は大喜びである。すでに有名人になったつもりで大騒ぎだ。ここまで喜んでしまうと、さすがのレンも罪悪感を感じないでもない。 「さあ、行きましょう。まずは誘拐を成功させなくちゃ。街から出て交渉するのよ。」 「「「オー!!」」」 …すっかりその気に乗せられてしまったシャムシール団の面々は、上機嫌でレンの言うままに街の外へと歩いていく。しかも人質のはずの少女が背中を押すように外へと歩いていくのだ。とんだ誘拐事件である。 そしてようやく、レンがカシウスへと振り返った。 その表情に浮かぶのは、まさに 「じゃあ、行ってくるわ。でも、これから1時間は追ってこないで欲しいものね。人質の少女が錯乱してオジさん達を攻撃しちゃうかもしれないもの。タイムリミットは3時間後よ。それを過ぎても攻撃しちゃうかも。…それじゃあね、英雄さん。」 つまり、1時間の間に隠れるから、その後2時間内に見つけられなければカシウスの負けとなる。そういう遊びのようだ。今回はレンが得意な”かくれんぼ”で勝負、という事らしい。 人質はもちろんシャムシール団。まったく無関係のこの集団が、五体満足で生きて戻れるかどうか?はカシウス次第という事になる。今のレンならば レン自らが手を下さなくとも、色々なペナルティを科す事はできる。魔獣の集団の中に彼らを取り残して、自分だけ帰るくらいの事はやりかねない。死なないならば骨の一本、二本程度が折れようと知った事ではない。それしきは想像がつく。レンはカシウスが無視できない程度の悪意を残すつもりなのだ。そして事情を知っているカシウスは、それを無視できない。 「それと、 「いやはや…、骨が折れそうだな。」
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