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───アガットの心は妙に穏やかだった。足取りは着実で、一歩一歩を重く踏みしめて街道を行く。 辺りは妙に静かで、風に凪ぐ草の音だけが響く寒々しい空間だけがあった。いつも歩くトラット平原道とはまったく違う場所であるかのような……そんな違和感。 魔獣の姿がない。 いつもは街道に設置されたのオーブメント灯を恐れて近寄らない魔獣達だったが、今日に限ってはその気配さえ感じ取れなかった。これもまた敵の仕掛けた罠なのかもしれない。これだけ不自然ならば多分そうなのだろう。 だが、今のアガットにとってはそれも 彼には、深く深く底知れぬ悲しみの奥に眠る記憶がある。 たった一人の肉親、唯一の妹。それを失い、砕けた心を10年かけてやっと補って、他人と世間での思い出でツギハギして出来たのが今の自分だった。だが、心は補えても事実は残る。妹を失った悲しみが消えるわけじゃない。いくら年月を繰り返しても壊れた心は元には戻らない。 自責の念を感じながら生きて、他人との接触を避けるように生きて、孤独でいる方が妹ミーシャへの謝罪となる気がしていた。だから、遊撃士になってからもどこに所属を持つわけでもなく一人仕事をこなしてきた。そして、これからもそうするつもりだった。 しかし、あの子と出会った。 あの少女と共にいる事で、いつのまにか癒されている事に気がつくのに時間は掛からなかった。 だが、あの子は、ティータは巻き込まれた…。 俺と出会ってなければ、こんな事に巻き込まれることもなかった。 俺がすぐに立ち去らなかったから、命にまで危険が及んでしまった。 あの時もそうだったのかもしれない。俺がいなければミーシャも死なずに済んだのかもしれない。俺が誰かに近寄れば消えてしまう。……そういう事なのかもしれない。 もっと早くティータから離れるべきだった。これは俺の招いた失態だ。 アガットが足を止めると、そこには天を目指し、高くそびえる塔が建っていた。その目を正面に向け、真っ直ぐ見据える先にあるのは、リベール国内に4つある旧世界の遺産「紅蓮の塔」。 ティータを人質にした犯人が待っている場所。そしてティータと初めて冒険に挑んだ場所でもある。 …思えばあれが始まりだった。ここにティータを連れて来た時から、俺とあの子は関わるようになったんだ。 そうであれば、終わりの場所にも 今、俺が行く。そして無事に助けられたら、今度こそさよならだ。 もう二度と危ない目に遭わないように、もう二度と俺と関わらないように。 だから必ず無事に助けてやる。ミーシャと俺の名に誓って……。 光りが差した。 塔内部の暗がりから急に外へ、屋上へと出たアガットの目に強い光りが射す。 「アガットさん!」 そこに居たのは、縛られて座らされたティータと、長身の、 体に張り付くような白い服、そして要所だけを守る皮鎧をまとっている。やはり見た事の無い男だ。これまでの事件で出会ったどの悪党とも違う、特別な雰囲気がある。 ───その男は、こちらを確認すると満面の笑みを浮かべ、まるで大富豪を出迎えるホテルマンであるかのように、軽やかなお辞儀をする。 「ようこそ。アガット・クロスナー君! 今日は私、ボナパルド・レイザーの開いたイベントにお越しいただきありがとう。少し遅いので心配していましたよ。こちらの商品を壊してしまおうか…と悩み、うずうずしていたところです」 大げさに両腕を開きリアクションをする男。初めてみる顔だったが、その目は 「いやいや、本当は我慢できそうになかったのです。どうせ来るのだから指くらいは落してしまおうかと思ったのですが……、素敵なゴチソウを始末した後のデザートにする事にしましたよ! その方が、絶望に歪んだ顔が楽しめる!」 平然と、吐き気のするような事を言う。人質に取られた者が大切ならば、身も震えるような怒りと恐怖を味わう事だろう。 しかし──、そんな中でもアガットは冷静だった。敵の位置、距離、ティータの状況、罠の存在など、あらゆる視点から状況判断をしていたのだ。 伊達に遊撃士《重剣のアガット》の二つ名を持っているわけではない。単純な戦闘力のみで二つ名を与えられるほど遊撃士は甘くは無いからだ。限りある時間をフルに使い、優位な立場につくために自然に身についた技術…。遊撃士になってから磨き続けてきた、幾度となく危機を脱っした能力がこれだ。 俺はもう、ルーアンで不良グループ《レイヴン》で荒れていた頃の俺とは違う。この10年という年月で力をつけた。孤独ではあっても着実に人を守れる力をつけてきたんだ。どんな事にも迷わずに、ただ人質を確保すればいい。 「アガットさん! 逃げて! 逃げてくださいっ!」 ティータの叫ぶ声がするが、位置だけを確認し答えには応じない。もう応じる必要はなかった。奴を倒せさえすればそれで終わり、今度こそ彼女の前から姿を消すからだ。……だとしたらもう顔を合わせる必要も無い。 いまはただ、戦場を駆ける戦鬼になればいい。余計な事に気を紛らわすと敵に足元をすくわれてしまう。 痩せた男、ボナパルドは口端を薄く吊り上げ、先ほどとは質の違う、べったりとしたまとわり付くような笑みを浮かべた。 「なるほど…。やはりこのような安い挑発は無駄でしたか。結構、貴方は殺す価値ありと認めましょう」 アガットは、口調が変わったボナパルドをにらみつけ、手に持っていた小さな 「あ、ミーちゃん! どうしてここに…」 ティータの声を再度無視して、ボナパルドへと言葉を発する。 「おい、白タイツ。こいつが招待状だ。これが必要という建前のようだからな。一応は持ってきた。…だが、お前の目を見てわかったぜ。殺し屋」 「なるほど。これは楽しそうですね…。わかっているのなら話は早い。お察しの通りそのホワイトタイガーは今この場を作り出すための口実でした。ならば互いに商品はいらないという事はご理解いただけると思うのですがね」 アガットは離れた場所にその 「おや。せっかちな方ですね。こちらの用件が済んでいませんよ。それでは取引にはなりません」 「………何が聞きたい?」 「念のため確認しておきたいのです。貴方一人で来たという証拠はありますか? 戦いに水を挿されては気分が悪いものでしてね…」 おどけたピエロように足を組んで肩をすくめるボナパルドは、本気でそう思っていた。計画上では、最終的に全て殺す事に変わりはないが、今のこの楽しい時間を邪魔されるのはうっとおしいからだ。 それを肌で感じ取ったのか、アガットは鼻で笑って答える。 「意外と臆病だな。安心しろよ。今から2時間後にここへ踏み込む予定になってる。周りは反対したがな、俺がそうした。お前が存分に殺り合いたいってのは察しがついてたぜ」 「左様でしたか。おわかりでいらっしゃる……」 二人の戦鬼は同時にニヤリと笑う。それはまるで、これから始まる戦い、否、殺し合いを楽しもうという合図であるかのように。 その アガットは重剣を、ボナパルドは両手にナイフを握り、正面から激突する! 人間とは思えないその卓越した が、まるで 「なめるなっ!」 ───これをなんとか避けて体制を整えるアガット。 ボナパルドも深追いせず、距離をとってその薄い 「…ふむ。これくらいは当然避けますか。いいタイミングだったのですが…。やはり《重剣》の二つ名はホンモノのようです」 「そりゃどうも。そっちこそ楽しい曲芸を見せてくれるじゃねぇか」 「ホホホホ…、これは恐悦至極。しかしまだ貴方も体が固いようですよ? ウォーミングアップが必要ではないでしょうか?」 「調子に乗るなよ白タイツ。テメエなんざ体が暖まる前に仕留めてやるさ」 「さすがにそれは無理というもの。おこし頂いたサービスに、貴方が完全になるまで話しましょうか」 「けっ! 余裕ぶっこいてる間に胴体を二つにかっさばいてやるぜっ!」 再度切りかかるアガットは眼前の敵へと突進しつつ、重剣をまるで棒きれの様に軽々と振るい、勢いに乗せて右へとなぎ払う! しかし、これもあっさりと避けられてしまった。 だが、これは予測済み。避けた油断をつく連続攻撃への伏線だ。この超重量を扱い振るう事で、まさか2撃目は来ないだろうと反撃に出る相手の、その想像のさらに上を行く連撃。横に凪いだ剣を手首だけで強引に返し、全ての筋力を集約して逆方向である左斜め上へと跳ね上げたのだ!! 「おっと、危ない危ない」 ──が、これも避ける。ボナパルドはまだ余裕とばかりに話を始めた。 「私が初めて貴方を見たのはね、そう……バレンヌ灯台付近で、貴方とロランス様が立ち会った時でしたよ」 「なにっ!?」 「私はあの時、すでに特務兵の中ではナンバー2の実力を持っていました。無論、ロランス様以上に強い者などおりませんからね。私は快くナンバー2として腰を落ち着け、心の底より望んで少尉殿のサポートをしていたのです…。アハァ……あれ以上の幸福はありませんでした…」 驚きつつもさらに攻めるアガットは、瞬く間に三度の攻撃を繰り出すが、全て避けられてしまう。 だが、連撃を避けたためにボナパルドは体勢を崩した。そこに勝機を見出したアガットは容赦なく、文字通り胴を真っ二つにするために再度、横へと払う! その一瞬、ボナパルドの姿がかき消えた───。 「あの時、ロランス様もこのように貴方の剣先に乗って まるであの時の再現であるかのように、ボナパルドは重剣を振った切っ先の上に腕を組んで立っていた。 「ちぃっ!」 「あの時の貴方は今と同じで大した事がなかった。あの立ち合い、ロランス様は遊ばれていたのですよ」 挑発には乗らず、隙を与えないために何度となく振るう。技術のすべてをつぎ込み、一瞬の間も与える事無く重剣を振るうアガットだったが、先ほどから少しも、カスリ傷一つでさえ与える事もできない。アガットは徐々に 「ぐっ……!」 息が詰り、同時に左のわき腹に強烈な痛みを感じる。ボナパルドの 「おやおや、これは失礼」 勢い余って体ごと飛ばされるアガット。激しい痛みに受身をとることもできず、だらしなく地面を滑る体。重剣を飛ばさなかったのだけは幸いといえる。 「アガットさん!」 すぐに立ち上がり体勢を立て直し構える。…だが、予想以上の威力で頭がふらついていた。ただの膝蹴りにも関わらず、これほどの威力があるとは想像もつかなかった。 自身の中でボナパルドへの警鐘が強くなっていく。こいつは半端な強さじゃない、と本能が訴えてくる。 「アガットさん! 大丈夫ですか!? アガットさん!!」 ティータの叫びがやけに重く圧し掛かる。…が、これも無視する。今は関係が無い。今は俺とこの白タイツとの戦いだ。くそ、集中できねぇ…。ティータ、俺の心をかき乱さないでくれ。 口から少しだけ血を吐いたアガットは、まだまだ余裕だ、と見せるための強気な笑みを浮かべて言う。 「馬鹿な野郎だ。今のでナイフを使っていれば俺を倒せてたのによ」 「いいえ。まだ私の話は終わってませんのでね。…大事な部分はここからですよ」 その言葉と共に戦いが再開される。だが、その攻勢は入れ替わり、今度はボナパルドが体術のみでアガットを攻め立てる。 「あの時、貴方と立ち会ったロランス様はこう言ったのです。なかなかの戦士だ、今度は本気で立ち会ってもいい、…と」 容赦ない足蹴りが胴体を貫く! アガットは苦し紛れに重剣を振るうが、すでにその場にボナパルドはいない。 「ヒャア!!」 一瞬で真後へと移動していたボナパルドは、そのまま背中を蹴り上げていた! 激痛と共に大きく前につんのめる体を安定させる間もなく、今度は横からの足払い! 息つく間も与えられない程の連続攻撃。その流れるような体術に、まるで立っている感じがしない。強烈な打撃を受け、手を突くことも出来ず前に再度倒れるアガット。間髪いれず、ボナパルドはその背中を容赦なく踏みつけた。 あの《重剣のアガット》に対し、ここまで力の差を見せつけた。普通の実力者ならば、それだけで誇らしく思うはず……しかし、彼の顔には不満の意思だけがありありと浮かんでいた。 「ンン? おかしいですね。おかしくはないでしょうか? おかしいに決まってます。なぜ私のロランス様が認めた男がこのように私の足元に這っているのでしょう?」 「ぐっ…くそ…は、早ええ…」 異常なスピードだった。アガットが一度行動を行う間に、この男は3度4度と動いてくる。確かエステル達が立ち会ったロランスも恐ろしく速かった、と言ってたが、話に聞くロランスよりも、コイツはそのさらに上の速さを持っているように思える…。 「もうやめて! もうやめてください! アガットさん! 逃げてください!! 私の事はいいですから、お願いだから逃げてください!」 叫ぶしかできないティータが声を張り上げる。アガットの心に深く突き刺さる声…。なんてことない言葉のはずが、なぜかズシリと心に響く。 …無視を決めたにも関わらず、さっきから一番よく聞こえてくる声。心がどんどん乱されていくのを感じる。 関わらない、という決意がこんなにもが この声のせいで、どこか戦いに集中できない自分がわかってしまった。 これじゃダメだ。揺らぐ心を見ないために、アガットは敵へと鋭い視線を向ける。その敵、ボナパルドは、アガットの闘志が瞳に宿っているのを確認すると嬉しそうに笑った。 「これくらいは避けて欲しかったのですが…。まだウォーミングアップが必要だというのですか? まあいいでしょう。ちょうど準備が整ったようですから、これで貴方も本気が出せるのではないかと思います」 ボナパルドは屋上に一つしかない出入り口へと視線を向ける。必然的に、アガットも、ティータもそちらへと視線を送った。 そこには……一人の男が立っている。これもまた、見たことがない男だった。 「ホホホホ…。紹介します。彼は私の雇い主でね、ホワイトタイガーの密輸を行おうとしていた悪徳商人です。ほら、 「……………」 しかし男はピクリとも動かず、瞳は 「おい、白タイツ…。まさかテメエ…」 アガットはこの状態になった人間に見覚えがあった。これもたしか、バレンヌ灯台で……。 「お気づきのようですね。我ら情報部で研究していた催眠薬を投与させて頂きました。あの《レイヴン》の少年達と同じように肉体強化も 「どうりで似てると思ったぜ…」 バレンヌ灯台に逃げ込んだ特務兵を追ったアガット達が出会ったのは、催眠と薬物により敵の手先となった不良グループの後輩達だった。ありえない程の身体能力を引き出され、かなりの強さを持っていたのを記憶している。 「これは私が一人、軍を抜けたときに 「へぇ、そうかい!」 踏まれ続けていたアガットは、一瞬の 「それで……、そのオッサンを使ってどうする気だ? 2人で攻撃でもするってのかよ?」 「まさかまさか! そんな無粋な真似は致しません。先ほども言った通り、貴方には本気を出していただきます。オーナー、あの娘を殺しなさい。ただし、ゆっくりといたぶってね」 「なんだとっ!?」 「ご安心なさい。ティータ・ラッセルは縛られているものの、どういうわけか足は自由なようです。残念ながら縛った者が手を抜いたのでしょう。いや、しかし……これでは走って逃げられてしまいます。だから彼に追わせて殺すのです。人質に逃げられるよりは殺してしまった方がいいですからねぇ」 ボナパルドは三日月のような鋭利な笑いを浮かべ、さらに言葉を続ける。 「もっとも……、貴方が本気を出して私を倒せば十分に救えるわけですがね」 アガットはギリギリと つまり自分を早く倒さなければティータは死ぬ、と言っているのだ。 「そうそう、もう一つ忘れていましたよアガット君」 ボナパルドはまた、口の端を吊り上げて、さらに言葉を付け加えた。 「遊撃士の皆さんも応援にはこられませんよ? この洗脳薬の改良版を霧状にしてツァイスに さらなる衝撃で体が 「…テメェ……どこまでも腐ってやがるな…。そんなに俺に殺されたいのか…?」 「ホッホホホホ…。第二ラウンド開始といきましょうか。ほらほら、急いで私を倒さないと大事な大事なティータちゃんが殺されますよ? 大切なお仲間もね…」 その頃、工業都市ツァイスでは恐ろしい事態に直面していた。 「だ、ダメッス! 街ごと包囲されてるっすよ!」 街道出口に作られたバリケードの向こうで、恐ろしい数の魔獣が 街には街道出入口が3つある。唯一、中央工房地下にあるルーアン市からの街道「ガルデア リッター街道側のバリケードには、今朝方戻ったツァイス専属の遊撃士グンドルフ、ウォンの2名が待機し、そして残ったトラット平原道側バリケード前には準遊撃士のメルツ、そしてキリカがいる。そして工房に働く研究者までも、手に武器を持ってその悪しき獣と対峙していた。 「あうう…、こ、これじゃあアガット先輩を助けにいくどころじゃないっス! 僕らみんなやられちゃいますよ」 元気青年と他称されるメルツも、さすがにこの絶望的な状況に弱気なっていた。確かに、正遊撃士でさえ戸惑う、かつてない事件である。取り乱していない者など一人もいないだろう。 「おお〜い! 出来たぞー」 そんな状況の中で、のんびりと駆動式トラックに乗って現れたのはラッセル博士だった。助手席から顔を出し、嬉しそうな顔をしてこちらへと向かってくる。 現場指揮をしていたキリカはその姿を認めると、トラックの荷台へと視線を移して驚いた。 「……あれだけの量なのに、もう準備できたのですか? さすがはラッセル博士ですね」 「うむ。まあ大した改造でもなかったしのう」 キリカと話すラッセルは視線をその荷台に送った。そこには積まれているのは大量の導力砲。それらがまるでガラクタの山のように無造作に積み上げられていた。 「数合わせのつもりで、旧型もまとめて改造しておいた。この低反動導力砲なら一般人でもなんとか使えるじゃろう。調整もいらず、トリガーを引けば発射されるようにしてある」 まるで少年のようにニッカリと笑うラッセル博士は、足元にあった袋からもう一つ導力砲を取り出した。 「ラッセル博士……それは?」 「うむ。ティータがグランセル城の地下封印区画で見つけたやつでな。古代技術による導力砲[トールハンマー]というものじゃよ。研究用に保管してあったんで持ってきたわい。…ほれ、ワシでも軽く持てるぞ。さすがは古代技術じゃ」 これまた嬉しそうにラッセル博士がトールハンマーを構える。しかし、キリカはそれを良しとしなかった。強い姿勢で言い返したのである。 「まさか博士までそれで戦うとおっしゃるのですか? そのような事をさせるわけには参りません。リベールの宝とも言われる貴方を戦闘に駆り出すなど…、女王陛下、そして国民全てになんと説明すればいいというのですか?」 その行動が間違っているなら、女王を前にしてでさえキリカはそれを 「いや…。やらせてもらおう。これはワシらの住む街を賭けた戦いじゃ。何十年という長い間、この工房と共に暮らし、成長してきた。ここは故郷と呼ぶに 「しかし!」 「それに、アガット君はティータのために戦ってくれてるんじゃろう? だったら、アガット君の負担にならんようにワシらが街を守ればよい。世話になりっぱなしじゃからな」 「…………」 「それにじゃ、この[トールハンマー]を扱えるのは研究してきたワシ以外におらん。一番強力な武器を扱えぬではモッタイナイじゃろうが」 ニカッと笑うラッセル博士。振り返れば工房の技術スタッフも同じように決意の笑顔を浮かべている。みんなで街を守りぬく事、それが肌に伝わってきた。…キリカはそれ以上の反論をする事ができなかった。 「なるほど。うまく丸め込まれてしまいましたね」 「いいや。老人の悪知恵じゃよ」 もちろん、キリカもこの状況に黙っていたわけではない。昨晩、グラッツが負傷した時にはすでに様々な手段を何重にも張っていた。だが、敵は以前からこの状況を作るべく作戦を練っていたらしい。こちらがいかに迅速に手を回しても、準備に時間は掛かる。その差が出てしまったのだろう。 敵はそうした誤差までも作戦に組み込み、戦いを挑んでいたのだ。あまりに 「間に合えばいいのだけれど……」 キリカがそうつぶやいたその時、事態は動き出した。 「ヤバイっス! もうバリケードがもたないッス!」 あり合わせの廃材で作ったとはいえ、鋼鉄で作られたバリケードが 工房都市ツァイスは、今まさに”戦場”になろうとしていたのである。 ───カルバードからの密輸という事件にからみ合う罠。 ティータとアガットの間に出来た 小さな事件であったはずのそれらは、 偏愛主義者によって都合よく動き、坂を転げ落ちる雪玉のように大きさを増す。 紅蓮の塔で苦戦を強いられるアガットは、ティータを無事に助けられるのだろうか? そしてその後は……? ツァイスを舞台にしたこの騒動。その行き着く先は───。
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