ナイトメアがやってくる!

四章 『この命し、つるまで』
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BGM:「The Crimson Stigma」 (3rd サントラ1・24)










 闇に包まれた世界が揺らいでいた。
 天が、空が、大地の端々はしばしが、全ての空間が微妙なゆがみを帯び、ゆらゆらと、水面みなものように揺らいでいる。

 それは支配者が統べる世界。彼女こそが絶対の支配力を発揮できる世界である。そして今、くらき深き深淵なる闇におおわれしその場には、たった二人が存在していた。
 レンとフルーレ。過去に同じ地獄の道を歩んだ同朋どうほうであり、執行者候補生としてはげんだ二人。共通の哀しみを持っているはずの彼女達は今、追う者と追われる者として立場をたがえていた。



「さあ、パテル=マテル! 貴方の手でレンちゃんを殲滅なさい!」
 フルーレの声に呼応するかのように赤の巨人が動き出す。その標的はレンだ。

 圧倒的なパワー、威圧感、戦闘能力、その全てを兼ね備えた最高の、最強の人形兵器パテル=マテル……。レンと共にあるべきその巨体が、こともあろうに殲滅対象とされたレンへと向く。支配者よりの指示を遂行すべく行動を開始する!

 振り上げられるのは拳。超重量を有した豪腕より繰り出されるのは、極限までの破壊力を宿した拳撃! それは彼がこれまで何があろうとも守ってきたはずの小さな子を、レン自身を攻撃する! 禍々まがまがしい赤色せきしょく双眸そうぼうたたえる光は破壊をいろどり、その拳に躊躇ためらいという文字はない。

 今、最悪の敵と化したその鉄鬼が、異様な駆動音と共に戦闘を開始したのである!


「あ……あ………や、やだ……パテル=マテル! やめ…て………。」
 彼女の、レンの中できずいてきた様々な思い出がめぐっている。レンがどんなにさびしい想いをしても、けして一人にはしなかった。常に寄りい、共に歩いてくれたパテル=マテル。父と母を名乗るそれが、なぜ自分を痛めつけようとするのか?
 いや、ひとりにするのか? だって、いつも一緒に───っ!!


 戸惑とまどい苦悩するレンへとパテル=マテルが攻撃する! フルパワーにより繰り出される豪腕が闇在る地面へと命中する! ほんの少しだけレンから狙いが外れたそれは、爆砕と共に凄まじい爆裂音をとどろかせ、その衝撃でレンを体ごと吹き飛ばす!
 いつもであれば、どんな攻撃にも瞬時に対処し、華麗かれいに回避するはずの彼女は、まるで素人のように、ただね飛ばされ、受身さえも取らずに地面へと転がる……。そこには執行者という顔を持つレンはいない。ただ、事態におびえるだけの、いつもとは違う彼女の姿があった。

 しかし、レンが戦えない状態にあっても、パテル=マテルは容赦ようしゃなく距離を詰める。一歩、また一歩と獲物を見据えて歩いてくる。……フルーレは、いつもレンが乗るはずの場所、そのくろがねの手のひらの上に乗り、いまだ立ち上がることさえ出来ないレンへと言葉を投げた。

「レンちゃん、わかった? これはただの機械。絆なんて存在しないって事が。……貴方が依存しているこれは、貴方に何も与えてはくれないの。」
「そ、…んな事……。パテル=マテルは、レンのパパと……ママ……だもの…。」

「………まだ理解できないというのなら、このまま恐怖と絶望を与え続けるわ。貴方が理解できるまで延々とね。……痛いと思うけど殺しはしない。……いいわね? レンちゃん。」

 駆動音をその身からうならせ、巨人が近づいてくる。レンがこれまで見た事もない敵意を抱き、殲滅せんめつしようと再び拳を振り上げる! 戦う事も忘れ、座り込んだレンには、それをけるという意思は残されてはいない。その瞳は絶望に塗られたまま、こぶしが落ちるのを見ている事しかできないでいた。





「───────ンっ!! 離れてっ! レン!」


 レンの耳に、か細い声が届いた。まだ遠い、まだ遠いけど、それは確かに聞き覚えのある声。レンの心にきざまれた、忘れる事のできないあの人の声!


「……………来ましたか……。」
 フルーレが目を閉じたままつぶやく。───そしてレンは、その声のする方へとはじかれたように向いた!

「レンっ! 逃げなさい!」
「エステルっ!」
 走りこんでくるエステル。戦う眼差まなざしをたずさえ、絶対の意志を持って棒をあやつり、振るった! その闘志は力の波動となり、光弾となってパテル=マテルへと炸裂する!
 並みの魔獣なら、その身ごと吹き飛ばす程の威力を持つ彼女の戦技『捻糸棍』。しかしパテル=マテルはそれを防御することさえせず、まともに受ける。倒せなくともいくらかのダメージを受けて当然のそれを無視したのだ。

 衝撃と共に巻き起こる爆炎とけむり、しかし現時点での最高性能を誇る合金《クルダレゴン》による特殊装甲に包まれた彼にはまったく効き目がない! ……だが、効果はなくとも視界が煙にさえぎられる!

 エステルは最初からそのつもりだ。今の一撃でパテル=マテルを倒せるなどと思ってもいない。だからそのまま駆け込み、動けないレンを抱えて距離をとる。少しでもいい、レンを安全な場所へ避難させたかったのだ。



「もう大丈夫よ! レン………、よかった…無事でよかった……。」
「………エステル……。………ひっく……………エステルぅ!」

 影の国での事件からたった4日、たったそれだけの別れだというのに、この戦場での再会に互いが互いを抱きとめた。レンは信頼できる彼女を欲し、エステルはただ怯えるレンを抱きしめてあげたかった。
 エステルは思う。こうしているだけで、先ほどまでレンを諦めると一瞬でも悩んでいた事が吹き飛んだ。何があっても守りたい。そう至る。

「あ………、エ…、エステル……血が…出てる……。」
「へーきへーき! これくらいじゃこのエステル様はヘコたれないわ! ……よく聞いて、レン。どうしてパテル=マテルが敵対しているのかは、あのフルーレを見ればわかるわ。だから無理して戦えなんて言わない。あんたは離れてなさい。」

「で、でも! そんな怪我してるのに……っ!」
 すでにボロボロのエステル。体の各所から血がににじんでいるし、り傷がないところなんてない。どう見ても、やせ我慢をしているようにしか見えない。
 だけど、エステルは力強い笑みを浮かべて言うのだ。

「……大丈夫。レンはあたしが守るから。」
「エ、エステ────」
 そう言うと、エステルはレンの言葉を待たずに立ち上がる。そして、いまや最大の脅威と化したパテル=マテルの元へと駆け戻った。
 その正面には敵、フルーレの操るパテル=マテルは身動き一つもせずに待っている。エステルはリニアグリップを握りなおして対峙たいじする。赤の巨人の双眸そうぼうに秘められし闇を貫く赤光は、エステルが目にした事もないような朱紅あかいものだ。操縦者たるフルーレの思念がそうさせているのだろう。

 手の上に乗るフルーレは、その炯々けいけいたる眼光をエステルから外さない。再びいまみえた彼女を強く見やり、彼女がこの道を選んだ事による結果をべた。

「………ヨシュアさんを切り捨てましたか。」
 二者択一の試練。どちらかを選べば、どちらかが死ぬ。そう示された選択でエステルはレンを選んだ。フルーレが言うように、レンを諦めない事を貫いたのだ。


「そうじゃないわ。あたしはあたしのやるべき事を見据えただけ。」
 だが、切り捨てたという言葉を否定するエステル。確かに彼女のその瞳に宿る闘志は、苦渋の決断を下した者のするものではない。その言葉通り、やるべき事を見据えている。だから迷わずにここにいるのだ。

「あたしは………確かにケビンさん達を救えなかった。自身の力があんなにも小さいと思い知った……。だけどっ! ………だけど、レンとヨシュアを天秤にかけることは別問題なのよ…。」

くやしいけど、あの時のあんたの言葉で思い出した。一番大切な事を忘れてるって……。それは”信じる”事。もしヨシュアがあたし達と同じように苦しめられたとしても、彼は絶対に戻ってきてくれる。信じてるもの! 二人で絶対にレンを助けるって決めた!」

「迷う事なんかなかった。あたしはヨシュアを信じて、レンの元へ急ぐべきだと思ったのよ!」

 エステルは信じている。どんな苦難であろうと、ヨシュアは必ず来てくれると。彼はもうワイスマンの人形ではない。彼は彼としてレンを救おうとしているのだから。強敵にも負けず、自責の念にも負けず、どんな苦難が立ちふさがろうとも、最後には必ず打ち勝ってくれる。……ヨシュアは必ず来る!


「……………………………………そうですか。」
 エステルの確信を前に、フルーレは言葉少なくそれだけを呟いた。目を閉じて、何かを考えているようだ。しかし彼女はそれに続く言葉をすでに用意していた。それが過酷な返答だという事を知りながら、強く言い放つ。

「残念ですがエステルさん、貴方との話す事はもうないと言ったはずです。この辺で退場願いましょう。……パテル=マテル、攻撃目標変更。殲滅対象をエステル=ブライトへ切り換えなさい。」

 命令を聞き届け、これまで向けていた敵意をエステルへと移す。いくらエステルの力が増そうとも、たった一人の力でパテル=マテルを食い止められるものではない。どう考えても無茶な相談だ。
 それに加えて、エステルはすでに満身創痍である。現時点で戦いができる状態ではないのだ。いかに遊撃士として鍛錬を積んでいるからといって、これ以上の無理を重ねれば命に関わる。現世ではなくとも、ここで死ねばそれで終わりなのだ。……ケビン達が、そうであったように……。


「エステル! だ、だめっ! そんな体じゃ……っ!」
「レンはもっと離れてなさい! パテル=マテルは────、あたしが止める!!


 背より届く幼い声からの静止も聞かず、エステルは巨人へと向き合っている。
 そしてエステルはもう解っていた。パテル=マテルの真の実力が、あのリベル=アークで戦った時のものではないという事を。

 レンが影の国で使った攻撃には”ダブルバスターキャノン”という大口径ビーム砲があった。直径10アージュもの広範囲を極大光線で全て焼き尽くすという、……まさしく刃向かう敵を殲滅させる攻撃だ。 ……もし、アクシスピラーでの戦いであれを使っていたのなら、こちらに勝ち目はなかったはず。なのになぜ使わなかったのか? その答えはおのずと出る。
 つまり、レンはあの戦いの時点で、すでに迷いを抱いていたのだ。だから殲滅するといいつつ、その手段を選べなかった。パテル=マテルの肉弾戦としての戦力も全開ではなかったと考えていいだろう。

 しかしだ、いま支配しているのはレンではない、フルーレだ。彼女が操っている以上、そんな気構えではいられない。パテル=マテルの持つ全能力を発揮して襲ってくると考えて間違いないだろう。……そんな相手に、エステル一人で勝てるわけがない!


「……フルーレ、もう一度言わせてもらうわ。勝てる勝てないの問題じゃない。あたしは、レンを救うことを諦めない。だから命を賭けてでも、ここは通さない!」
「話す事はないと言ったはずです。……さあ、パテル=マテル、彼女を殲滅なさい。」

 よどみない闘志をみなぎらせるエステル、それに対するは全能力解放状態のパテル=マテル……。


 震えるレンの眼前で、その避けられない戦いが開始された!





「はぁぁぁぁ……っ! せいっ!!」
 エステルは助走と共に跳躍ちょうやく、巨人の手に居るフルーレへと攻撃を仕掛ける! だが、リニアグリップによる渾身こんしんの一撃はパテル=マテルの鉄腕に防がれ、届かない。
「まだまだっ!」
 だが、エステルはそれを予想していたかのように、パテル=マテルが防御したその腕に飛び乗り、さらに上へと飛翔する。中空で回転しながらここで放つ技は、またしても捻糸棍だ! 敵の頭上に近い高角度よりの光弾! それは敵の防御をかいくぐり、一直線に司令塔たるフルーレへと迫る!

 絶好のタイミングに加え、防御しにくい高角度でのこの攻撃なら直撃は避けられない。パテル=マテルの防御は厚くとも、生身のフルーレは違うはずだ。
 この意表を突いた攻撃でなら、例えあの剣帝レーヴェでさえも、剣聖である父でさえも防御せざるを得ないはず。防ぎきれずに少なからずのダメージを受けるだろう。

 エステルの予想通り、一発必中の攻撃が炸裂し───


「避けられないと、お思いですか?」
 だが、フルーレの声と共にパテル=マテルは見た事もない速度を発揮し鋭敏えいびんに動く! なんと、あれだけの巨体がかろやかに体を傾け、身をよじっただけで捻糸棍を避けきったのだ!

 しかもそれだけではない! 避けた反動を利用し、上へと蹴り上げた! あの鈍重な動きだったはずの巨体からそんな動きがされるとは想定さえしていなかったエステル。中空に居たこともあり、それを避けることができない!

「───くっ!!! 桜花……無双撃っ!」
 避けられないと判断したエステルは、パテル=マテルの攻撃を相殺そうさいするためにSブレイクを放った。鋼鉄の一撃によるダメージは予想もできない。だから、こちらからも攻撃し、最大威力をぶつけることで威力を殺してみせたのだ!
 なんとか直撃だけはまぬがれたものの、威力を殺しきれずに競り負け飛ばされた彼女。ギリギリで体制を立て直して着地する。

「あぐっ……、痛っ…!」
 だが、その衝撃にこれまで蓄積ちくせきされたダメージに体が悲鳴を上げる! 痛みをこらえ、気力だけでなんとか押さえ込んでいた負傷がうずき始める。視界がらぎ、焦点は定まらず、足元さえも覚束おぼつかない。


 そこへ! パテル=マテルがこれまで見たこともないような速度で飛び込んでくる! 

 あの巨体が、あれだけの巨体が、まるで生きている人であるかのようにしなやかに動く! 全身をばねの様に伸ばし、その豪腕を引きしぼり、殲滅すべき敵目掛けて全力で叩きつける! まるで鋼の弓だ!

 それでもエステルは刹那せつなの判断で飛びのいて、皮一枚の差でそれを避ける。───が、叩き付けた拳による爆裂の衝撃波だけで簡単に吹き飛ばされてしまう!

 半年前に戦った時の唯一の欠点であった鈍重さがまったくない。それどころか反応速度が異常にあがっている。だとすれば、いまのパテル=マテルに弱点はない。リベル=アークで戦ったあの時とはまったくの別モノ。何から何までケタが違う!


「ふふ……どうしました? 逃げないのですか? 捕まえますよ?」
 ボウガンに穿うがたれた傷から再び血を流し、すさまじい痛みに襲われるエステルだが、パテル=マテルは一切の手加減もなく動きを止めない。フルーレの思うとおりに次々と攻撃を繰り出す!

 右より迫るのは、戦車そのものの突撃であるかのような激烈なる豪腕、それをなんとか避ければ、今度は左からの蹴りが飛んでくる。まるで普通の人間が体術をこなすかのようにはやいっ! しかも直撃は死へと直結する。対人戦闘を得意とする棒術ではまったく歯が立たない!

 エステルは、このかつてないスピードを持つパテル=マテルに翻弄ほんろうされるがままだ。あの巨体で、あの速度で、一切の無駄なく人間そのもののように動く巨躯きょくは、まさに悪夢としか言いようのないもの。

 しかも体は生命の危険という警鐘を鳴らしている! バラバラになりそうな苦痛を訴えている。限界などとっくに越えていた。

 だけど……、いくら厳しい戦いであっても、この程度で根を上げるわけにはいかないのだ。フルーレが言ったとおり、様々な困難が今後レンを苦しめるのだとすれば、たかが痛いだけであきらめてなどいられないからだ。



 さらに迫り来る悪夢の巨人! 拳撃を裂け切れずに宙へと逃げたエステルを、パテル=マテルは巨体そのままで体当たりで追撃する! 

「っ───! かはっ……!」
 なんとかリニアグリップで防いだものの、右腕に走る激痛と共に赤いモノを吐き出すエステル。防ぎ切れるはずもない異常な突進力によってはじき飛ばされる! 彼女の数百倍の超重量が繰り出す激突の前には、障害にすらなり得ない。いや、対象がエステルであろうがなかろうが、所詮しょせん、人間というレベルのものだ。その破壊力の前には、あまりにも脆弱ぜいじゃくな人体というものが耐えられる衝撃などででは断じてない。ましてや、手傷を負った者が受けられるような攻撃ではないのだ。

 二度、三度と地面へと叩きつけられ、それでもなお勢いは止らず、体を幾度となく転げ……ようやく勢いが止まる。もうすでにエステルには、戦う力が残されていない。
 なのに、それでもリニアグリップを杖の様にして立ち上がろうとする! 全身が血にれ、髪飾りを失った髪さえも気に留めず、震える足を強く踏締ふみしめ……ただ、立ち上がろうとする。いや、立ち上がった!

 そんな力がどこから沸くというのか? 立っていられるだけでも驚嘆きょうたんすべきものだ。


「もういいよ! エステル! もうやめてっ!」
 見るに耐えないその戦いに、レンが叫ぶ。だが、それでも……血を流しながらも、エステルは諦めない。

「…はぁ…はぁ…はぁ…はぁ……。……まだよ…ゴホッ! ……ま…だ………終らない……っ!」


「………エステルさん……もうやめましょう。……これ以上、貴方と戦っても無意味です。貴方がどれだけ努力を重ねようとも、変えられない運命は存在するのですから。」
 フルーレのその声はエステルを真剣にとらえていた。弱者に対するあざけりなど微塵みじんもなく、文字通りに身を張り、レンを守っている彼女への真摯しんしな問いとなってつむがれている。


「………はぁ…はぁ………フ、…フルーレ、あんたの言う通り、現実には努力しても変えられない運命だってあるのかもしれない……。レンや…あんたの過去、そしてこの世界の至るところで…、今まさに不幸を抱いている人達はいるんだと思う……。

 ……だけど、努力しなくちゃ…何も変えられない事だって……あるはずよ! 努力する…事で、解決できる事だってある……はず…なのよ! だから……あたしは自分のためじゃなく、レンのために……それを越えてみせるっ!」


「…………………………守るための戦いをやめるつもりはない…のですね。エステルさんは…。」

「そうよ! どんなに……痛めつけられたって……、あたしは全て受け止める!」




 その力強い言葉を耳にしたレンが、小さくつぶやいた。

「ねぇ……エステル…………、なんで……………?」
「え?」
 レンの不意の問いかけにエステルは彼女へと向く。

「なんでそこまで、レンを守ってくれるの? レンはエステルに何にもしてない。レンはエステルにお礼も言ってない。…………なのに、なんでエステルはレンを…………。」

 その答えをレンは知っているはずだった。だけど、声に出すのが怖い。これまで、いくつもの願いが叶わずに消えていく世界にいたから、どんな想いも運命がかき消す世界にいたから、……声に出してしまえば、その全てが嘘になってしまうようで、消えてしまうようで、とても怖かったのだ。

 そうおびえるレンに、エステルは優しく微笑んで、言った。



「……言ったでしょ? ……家族になるって…。だったら遠慮なんか……いらないじゃない。家族なら、助け合うのは……当たり前なんだから。」



「…………………家族………………。レ………ン……が……?」




「───パテル=マテル、ダブルバスターキャノン充填。目標は、………レンちゃんへ向けなさい。」

「エステルさん、……貴方の言葉、受け止めました。なら、私も容赦しません。見せていただきます。その決意の程を!」
 フルーレはエメラルドの瞳から放たれる光を強め、表情を変える事無くそれを告げた。パテル=マテルの最大破壊攻撃手段、両肩に装備されたエネルギー砲2門による極大殲滅光線。直径10アージュの戦闘フィールドを焼き尽くす、あの脅威の攻撃だ。

 あの攻撃が来る! しかも狙いはエステルではなくレン! だが彼女を守るべきエステルにはもう走る力さえ残されてはいなかった。肉体の限界まで酷使した体は、意志の力だけでは動いてくれないのだ。

「…………あ…………。」
 いまだ立ち上がれないレンは、未だ対応することができないでいた。腰を抜かしたように座りこんだまま、ただ兵器の猛威に恐れて身を震わせるだけだった。さきほどと同じく、天才的な実力者であるという片鱗は微塵もみえない。

 信じていた彼から突き放された。パテル=マテルという大きな力に心をゆだね、父と母として依存していたレン。その心の支柱を失っていた彼女には、それほど衝撃が大きかったからだ。

 撃たれれば死ぬ。目の前に在る巨大兵器は心より信頼する頼るべき父と母ではなく、ただの殺人兵器だと認識してしまった少女には、もはや逃げる事叶わなかった。絶望だけが彼女を支配し、いまはただ、破壊の雷がその身に降り注ぐその時を待つ事しかできない。



 しかし、エステルは諦めない! どんな脅威も跳ね除けようとする!
 父と母にはなれないかもしれない。だけど、家族になるために諦めなかった。


「はぁ…はぁ……、くっ……動いて……動いてよ! あたしの体っ! いましかないの! レンを助けるって決めたじゃない! レンを守れればそれでいい、それでいいからっ! それだけでいいから!」

 限界を超え、酷使した体は動かない。しかし、それでも血に塗れた我が身を叱咤しったし、1歩でも前へ進もうとする。いつのまにか右腕が折れていた事にも気がつかなかった。左足をくじいていた事にも気づかなかった。そんな事はどうだって良かったのだ。……ただ前へ、前へと歩みを進めようとした。動かない体を、懸命けんめいに動かそうとした。

 決めたから。最後まで諦めないって、もう二度とレンに寂しい思いをさせたくないって。迷わないって!



「ダブルバスターキャノン…………発射───。」



 その瞬間、闇の世界の全てがまたたいた。
 世界の全てを震撼しんかんさせるその閃光は、幼き身、か弱き少女へと放たれる! 


「レンっ!!」
 エステルのその叫びすらもかき消す爆音が全てをおおい、全てを飲み込んでいった──────









◆ BGM:「大切なもの」 (3rd サントラ1・20)











 …………辺りは静かだった。何の音も聞こえず、届かず、ただ闇は元のまま広がっている。






 そんな中で、レンは………暖かい体に包まれていた。

 恐怖に震えるその身を包む誰か。それが彼女である事に気がつき……、驚いた。



「エ………エステルっ! ねぇ、エステル!!」
 彼女の背から漂う皮膚の焼けた臭い、ボロボロになった衣服と、血だらけの髪…。
 目を開ける事なく、ぐったりとしたエステルがレンをしっかりと抱きとめ、守っていた………。

 彼女はもう動けなかったはずだ。しかし、たった一つだけレンを救う手段があった。……この世界は人の想念を具現化する。エステルの強い願いが、彼女の体を動かした。自らを命に代えてでもレンを守りたいと願った。

 そして、レンを守ったのだ。その身を盾として………。



 全ての力を使い果たしたエステルは、ゆっくりと目を開けると、力無く、だけど優しく、レンへと声をかける。
「レン……、怪我けがは……な………い?」
「うん、怪我してない。どこも痛くないよ? エステルが……守って……くれたから……。」



「……………そっか…………。良かった…………ほん……とに………。」

「やだ……やだよ……、エステル……起きてよ……、いつもみたいにかまってよ! しかったり、かばってくれたり、話したり……いろいろ……色々してくれたでしょ? ……ねぇ、エステルっ!」

 呼吸が細い。呼吸が浅い。エステルの瞳から、どんどん光が消えていく。それがわかるから、大好きな人がいなくなってしまうとわかるから、レンは声をかけずにはいられない。


 その光景はまるで、あの時と同じだった。

 ………もう十一年も前なるあの百日戦役で、幼きエステルが母レナの死を目の当たりにした時と同じだったのだ。幼き子が母を想い、母は子供の無事にただ満足する。


 エステルは両側共に髪飾りを失い、長く伸ばされた髪は広がったままになっている。

 その姿がまるで、
 本当にレナ本人であるかのようにみえた。


 レンという幼き子を守る彼女は、あの時の母と同じ事をした………。
 愛すべき家族を、その身をていして守り抜いたのだ。

 それが再現されていた。
 哀しみをそのままに、エステルとレンという二人によって。



 エステルは今、この瞬間になってようやくわかった。


 あの時───、

 エレボニア帝国の襲撃により時計塔が破壊され、その瓦礫がれきから自分を救ってくれた母も……きっとこういう気持ちだったのだ。痛いとか、苦しいとか、そんな事よりも、この子を守れただけで、それで満足だった。


 ……それだけで満ち足りていたのだ。









「………ねぇ、レン。」
「なに? エステル……。」








「……あたし…ね、オムレツ作るの……、得意……なんだ…。」
「オムレツ?」












「あたし……ね、……旅をしてみて…、いろんなレシピは…覚えたけど、……どれも、1回きり………でさ、…でもね、これだけ……は、自身…ある…の……。魚のフライと……オムレツ……。あたしの、定番……。」

「………うん……………。」














「今度…………さ、作って………………あげ………る…………から…………。」
「うん……、うんっ! 食べに行く。食べに行くよっ! だからっ!」














「そっか……………………、じゃ…………約束…………………ね…………………。」
「約束する! 約束なんだからっ! エステル! ねえ、エステルっ!!」
















「………………………………………………………………。」













「ねぇ、エステル………。」


















「ねぇ、返事して? おかしいよ? どうして………返事して……くれないの…?」



















「おかしいよ…………おかしいじゃない…………………、なん……で……………………。」















「家族になるって……言ったのに………、…オムレツ作ってくれるって…………………言った………のに…。」





「そん………なの……、あんまり………だよ…………、エス…テル………。」























「────────────────ぁぁぁ。………ぁぁぁぁ………」



























「ぅあああぁぁぁぁぁぁぁぁ─────!!!」






















 ───エステルなんてキライよ。
 だってエステルってばいつもレンにお説教するんだもの。……もう、失礼しちゃうわ。

 レンはエステルなんかに心配してもらわなくても、ちゃんと自分でなんでも出来るんだから……。


 キライキライ! エステルなんて大嫌い!

 キライだもの。本当にキライだもの。レンは、いつもレンの事を気にかけてくれる人なんて迷惑なの。自分の事を気にかけてくれるなんて、本当に失礼しちゃう……。









 でも、いつしかそれが心地よくて、うるさいはずなのに嬉しくて、
 …………それでまた、キライって言ってみる。







 でもね、エステル……でもね、

 本当のわたしはね、嬉しかったの。ずっとずっと嬉しくて、






 だけど、素直になれなかった。













「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさいっ! レンが素直になれなかったから! エステルが大好きなのに、なんにも………なんにも言えなかったからっ!」
















「死んじゃやだ…………、やだよ………、わたしを置いていかないで! エステル………ねぇ………エステルぅ!」















「お願い……お願い………神様…………おねがいだから………エステルを連れていかないで……。」
























 そこへ、ようやく…………彼が駆けつけた………!
 左腕に愛刀を持ち、琥珀の瞳を力強く前に向ける青年、ヨシュアが。

「────っ! エステルっ! レン!!」
 ヨシュアは全力でエステル達の下へと駆け寄ると、泣きじゃくるレンの横へゆっくりと身を屈め、倒れた彼女の手をとる。

「………………………………エステル…………。」

「ヨシュア! エステルが………エステルがっ!」
 執行者の影などどこにもない少女。そこに居たのは、大切な人を失った悲しみを持つ、執行者でもなんでもないレンと名乗るだけの普通の子。愛すべき者を失いむせび泣くだけの……子供であった。

 ヨシュアは静かにその側へとひざをつくと、横たわるエステルを抱き起こし、強く抱擁ほうようする。いつくしみ、愛する者が頑張りぬいたその姿を想い、強く抱きとめる。

「エステル……よく……頑張った。キミは……戦った。前を向き続けた。キミが強いって知ってたけど………それ以上に、キミは強かった………。」


「分けてもらうよ、その強さを。僕は誰よりも強く在るために戦う……。」

 ヨシュアはまた、彼女を休ませるように横たえた。
 そしてレンへと、父のように優しげで、慈愛に満ちた笑みを浮かべて言う。


「レン、エステルは大丈夫だ。彼女は死んだわけじゃない。力尽きるまで戦ったけれど、けして死ぬことは無い。だから、安心して。」
「え…………?」
 エステルの手を握り締めるレンは、ヨシュアのその言葉を理解できずに彼を見上げる。彼のその琥珀色の瞳には深い優しさ、そして立ち向かう意志が宿っている。



 ヨシュアは立ち上がる───。そして距離を置いて立つ巨人へと、いや……彼女へと向く。




「フルーレ……もうやめよう。キミはもう、エステルの事がわかっているはずだ。キミは彼女に納得している。……それに僕ももう平気だ。僕は二度と、責任から逃れようとは思わない。………過去を振り向いたとしても、二度と立ち止まることはしない。……だから────」











「キミはもう、こんな事をしなくてもいいんだっ!」


「……キミは変わらなかった。昔の、レンを見守る優しいあのままのキミだった。こんな事を………させてしまって………。」
 倒れたエステルをレンに任せたまま、フルーレに言葉を送るヨシュア。それがレンにはわからない。ただ、エステルが死んではいないという言葉だけがレンに望みを持たせている。


「ヨ……シュア………?」
「フルーレはエステルを殺さない。絶対に。………いや、誰一人殺すつもりもない。」
 その真意がわからずに、言葉も出ないままのレンは、エステルを見て、そしてフルーレへと視線を送った。







 気が付けば、いつの間にか天が、空に当たる闇の部分が先ほどよりも大きく揺らいでいた。最初の平穏さが嘘のように、空間そのものがが歪んでいるようにも思う。レンは戦いに必死で気づかなかったが、ヨシュアは知っている。そして、その理由も……。

 その先で、赤の巨人に乗ったフルーレは先ほどと変わらぬ平静な顔のままで、こちらを見据えている。しかし、よく見ればわかる。彼女は平静など保っていない。何かに耐えているかのようであったからだ。

 それでも、彼女は声を上げる。



「……妄想癖でもあるのですか? ヨシュアさん。私は私のためにこの世界を構築している。ここで起こった事は現実と同じ。死者は死者として決定付けられる。それが私の────」

「いや、違う。君の行動は矛盾だらけだ。」
「なにを根拠に……。」

「キミがレンから僕達を離したいのなら、レンに僕達の偽者を見せてだまし、彼女を拒否させればいい事だ。なのになぜ、個人ごとの弱点を責めるような真似をしたんだ? もしレンを守るだけなら、エステルも僕も、君は即座に殺す事ができた。………なのになぜ殺さない? 回りくどいやり方で痛めつける必要なんかなかったはずだ。」


「言ったはずです。私は貴方の行いによって、この身を悪意に変異させたのだと。だから苦しめてから殺す事を選んだ。」
「……なら、なぜ僕の前にカリン姉さんの心が出現する事を許したんだ? それはキミにとっては不都合なだけ。再起させる可能性など不必要なだけなはず。……なのに姉さんのイメージすら壊す事さえしなかった。それどころか周囲で苦しむレン達の姿を見せるのはリスクが大きいはずだ。」


「ふふ……再起させ、周囲を見せて、その上でじわじわと希望を失わせようとするのも一興というものでしょう? それだけの事です。それ以外に他意など………。」
「いいや、それもあり得ない。」

「……なぜなら、キミのこの《支配者》の能力は長時間使い続ける事には向いていないからだ。同じ幻惑を使うルシオラから聞いた事がある。キミの能力は絶対無比だけど、その分だけ精神力も莫大に消費する。」

「個別に時間を費やすなんて、自殺行為にしかならない!」
「─────っ。」

「なのに3人同時に、いや……ケビンさん達も含めれば5人を同時に支配する。そこにかかる負荷は計り知れないはず。しかしキミは、限界を無視してこの戦いを強いている! つまり、ケビンさんも考えていた通り、自滅覚悟でこの世界を創っている!



いま、この世界が揺らいでいる理由、それは君自身の限界が近いからじゃないのか?






 そのやりとりに、何一つ状況がつかめないレンは、呆然ぼうぜんとその会話を耳にした。エステルが死んでいない? 無理をしているのはフルーレの方? どういう事なのか理解もできない。


「ねぇ、ヨシュア…、どういう……事なの? 説明して! エステルが……エステルが死んでないって本当!?」
 望みを託すように、ヨシュアへと詰め寄るレン。その必死の想いに、ヨシュアは力強く 答える。

「うん。エステルは大丈夫。……彼女は、フルーレは昔のまま変わっていなかった。大きな力におぼれる事無く、けして人を殺さない。………レンはフルーレの事を覚えてないのかい? あんなに仲良く……してたのに…。」

「え? うん……それがね、霧がかかったみたいに……思い出せなくて。フルーレの能力くらいしか思い出せないの。昔、一緒にいた事は覚えてるんだけど、それ以外が全然わからない。」


 未だ状況が掴めていないレンのため、そしてフルーレにその事実を突きつけるために、ヨシュアは再び語りだす。それがこの事件の真実だと示すために。





「………僕達は、遊撃士の仕事でオルサ村という場所を尋ねた。そこには、貴族であるイアソン家に引き取られ、養女になったというフルーレがいたんだ。昔、レンと長い時間を過ごした彼女の元に、レンが立ち寄ってはいないかを調べるためでもあった。」

「でも、村に泊まったその夜、土砂崩れがあったんだ。その災難にはイアソンさん達一家が、フルーレを含む彼女の養父母までが巻き込まれていた………。」

 フルーレは何も言わない。口を開かず、目を閉じたままで、静かにその話を聞いている。否定ひていもせず、ただレンに語るヨシュアの言葉が間違っていない事だけを肯定こうていするかのように、沈黙を持って答えている。



「土砂崩れの中、彼女の養父母を見つけた。……残念ながら救うことが出来ず、そしてまた、フルーレも見つける事ができなかった。巨大な岩が折り重なり、僕達ではそれを退かす事ができなかったんだ……。」


「……あの時、キミのお養母さんはこう言った。”キミを咄嗟とっさに投げた”と……。でも、真実は違った。投げられなかったんだ。女性の細腕ではフルーレの体を投げることなど出来なかった……。」











「フルーレ、キミが構築したこの世界では、確かにキミはここにいるかもしれない。
 だけど………、



 キミ自身は、まだあの土砂崩れの中にいるんじゃないのか?



 キミは奇跡的にあの土砂の中で無傷でいる。……だけど、あの規模の土砂崩れだ。救出しようにも寂れたオルサ村には老人しかおらず人手はない。ふもとまで救援を呼ぶためには日数がかかってしまう……。

 ……しかしいまは冬、凍てつく寒さと大雨の中、気温が急激に下がっていけば、朝まで持たず凍死はまぬがれない……。風邪を引いていたという養母の話も加味すれば、キミは衰弱すいじゃくもしていたはずだ。そして雨でれた体では、体温を維持いじする事はできない…。


 だから、
 キミはもう助からないとさとり、レンのために……一計を案じた。


 昔と違い、今のキミは瞳を見なくとも自身の能力を発動する事ができた。だから、僕達を能力下へといざない、そして悪役をかって出た……。
 結社の命令とか、全身麻痺は治っているとか……様々な嘘をつき、エステル達にわざわざ悪意を見せ付けて、それぞれに弱点を語っていった……。



 僕達に苦言くげんていしてくれたんじゃないのか?

 その証拠に、キミは一度も僕らをあざ笑うような事をしなかったじゃないか…。不遜な微笑みは浮かべても、それは敵対するのに必要だったからだ。……でも、キミは芝居を続けながらも、常に僕達の行動を真剣に捉えていた。そうやって弱い部分を試し、厳しい言葉を与えた……。



 キミは自分の代りに……僕達にレンをたくしたかったんだ。……もう自分では……無理だから……。」














「………………すまない……、中に居る可能性はあったのに………救う事ができずに……。」





































「……………………かまいません。運命とはくつがえせない事も多々あるのですから。」


 まるでつぶやくように、フルーレは………ヨシュアへと答えた。









「……まったく……恐ろしいですね。ヨシュアさんは。状況推察すいさつからそこまで言い当てるなんて……、ほぼ正解と言っておきましょう。でも、これはレンちゃんのためというより、私の我侭わがままです。消えゆくこの身が役に立つというのなら────」


「…………いいえ、違いますね。きっと私は…納得したかったのでしょう……ね。」





「私はエステルさんに納得しました。彼女は私が思った以上に……いえ、私よりもずっとすごい人だと思います。……彼女なら、何があってもレンちゃんを守り抜いてくれるって信じます。……そこまで傷つけてしまうつもりはなかった。……本当に…、ごめんなさい……。」


「……でも、私はまだヨシュアさんに納得していません! そしてレンちゃん自身にも納得していないっ!! だから、問わせていただきます!」
 全ての決意を表すがごとく、フルーレがえる! そこに宿っているのは信念。レンを想い、行く末を案じながらも、もう自らでは彼女を支えていけないという悲しい事実からなる信念だ。



「確かにまだ、エステルさんも星杯騎士さんも殺してはいない。……しかし、ここで貴方達が私の我侭わがままに答えられないようなら! こんな程度の試練を越えられないようなら! これからおとずれるもっともっと黒く汚い世界には太刀打たちうちできないっ! 死ぬのが先に伸びるだけです!」







あなた方は家族ごっこがしたいのですか!? …違うでしょう? 家族になりたいのでしょう!? なら、たった一人でも弱く、現実に打ち勝てない者がいれば、そこでくじけてしまう! だから、私は最後まで、この命し、つるまで我侭わがままを通させてもらうのです!」





「パテル=マテル!! 貴方はヨシュアさんの相手をなさい。……ヨシュアさん。今のこのパテル=マテルは、貴方が不得意とする絶対無比のパワーと防御力を持つタイプとして存在させています。これを倒せないようなら、貴方はレンちゃんを守るに値しない!」


「フルーレ………、くっ、やるしかないのかっ!」
 やるせない気持ちを心に押しこめ、ヨシュアが構えた。左腕に握る剣を前へ、そして手首が動かない右腕を添える。できれば説得したかったが、これだけの気迫で勝負を挑んでくるフルーレには、もう何を言っても聞き届けてはくれないだろう。彼女は、自らに課せられた運命を覚悟しているのだ。

 金属の腕よりから舞い降りたフルーレ。着地と共に、支配者たる彼女が右腕を振り上げると、ヨシュアとパテル=マテルの姿が消えていく。別の意識下へ、影の国でいうなら違う階層へと送るつもりなのだ。



「レン! 僕はキミに謝らないといけない事があるっ! エステルのためにも、そしてなにより自分のためにも、絶対に諦めないで!! フルーレに……いや、自分に勝つんだ!」
「─── ヨシュアっ!!」
 手を伸ばそうとした瞬間、ヨシュアと共にパテル=マテルの姿がかき消えた。頼る者など何処にもいない、けして邪魔の入らない戦場へと。




「そして………レンちゃん。………いえ、レン!」


「……貴方にも問わせてもらうわ。貴方がこれから苦難を乗り越えていけるのかを! これに勝つ事ができたら、エステルさんもヨシュアさんも、無事に元の世界に戻すと約束します。」

 世界が揺らいでいる。さきほどよりも大きく空間が歪み、湾曲し、足場さえもが不安定になってきている。倒れたままのエステルは、いつのまにか透明の球体に包まれ宙に浮いていた。目を覚まさず、ただ身を横たえたままでいる……。

 その中で、レンは立ち上がった。

 
「フルーレ…………、あなたとレンが昔、どんな仲だったのかは、やっぱり思い出せない。……だけど、レンためにエステルを傷つけるっていうなら、レンは負けない。エステルと約束したの。オムレツ食べに行くって、約束したのっ!!」








「エステルとヨシュアと家族になりたい。……。ごっこなんかじゃなくて、本当の家族になりたい! ……家族同士が助け合うのは当たり前だから!! だから絶対に負けない! きっと助けてみせる!」

 手首に飾りとして隠している小型アーティファクトから、レンは自らの武器を、目の前の少女と同じその武器を取り出した。『ナインライブズ』というその大鎌は、レンの手にピタリと吸い付く。戦う決意を浮かべたレンは、その刃をまっすぐにフルーレへと向けた。



「……レン……。心意気は達成できなければ幻よ。……これまでと同じで、ただ想い描くだけの憧憬どうけい以上にはならないわ。貴方が真に願いをかなえたいなら、貴方が本気でそれを望むのなら、自らの手で越えてみせなさい。」



 フルーレの姿が揺らぐ。そして服装、髪型、姿までもが変化していった。
 それはあまりにも見慣れた姿。

「貴方の越えるべき相手は私であって私ではない。貴方の相手は貴方の弱点そのものよ。貴方が越えなければならない敵、それはこれ以外にあり得ない。」



 紫の肩までの髪、頭には黒く細いリボン、服装はいつもの白とラベンダー色のゴスロリドレスで、見た目だけなら可愛らしい少女の姿。しかし違う。その手には大鎌を、ナインライブズを持ち、その瞳には一握りの慈悲すらうかがえない邪悪の色をたたえている。


「また、会えたわね。────お姫様?」



 レンの最大の弱点として立ち塞がったのは、彼女が作り出した最高最強の人格《執行者》を名乗るレンだ。いま最も大きく彼女の心に在り、悪事をになってきた殲滅天使たるもの。それが彼女、レンが乗り越えなければならないもの……。


『 いい? レン。ここからはもう……私個人の意思を介入かいにゅうさせない。勝たなければ、それで終わりよ。』



『 ……貴方が自分自身に負け、打ち勝つことができないというのなら……。』



『 その時は………一緒に逝きましょう。』
 フルーレの声が頭に響く。目の前の”自分”はフルーレではなく、《執行者のレン》なのだ。レンは自らに巣食う悪夢を振り払わなければならない。自分のためだけではなく、家族のために。






    ヨシュア  VS  全能力開放パテル=マテル



               レン   VS   執行者のレン












 いま、フルーレが仕掛けた最後の問いかけが、戦いの火蓋となって落ちる。
 彼女は答えを求めているのだ。命を賭し、果てる事もいとわずに、弱き心の開放を願い、戦端せんたんを開く。





 行き着く先は全ての終わりへの道か? それとも全ての始まりへの道か?









 二人は今、その全力をって、最後の試練へと立ち向かうのだった──────。



















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