ティータとアガット ファイナルブレイク!

その1 『とんでもない来客っス!』
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BGM:FC「海港都市ルーアン」(サントラ1・23)




────ルーアン市・遊撃士協会

「なんだそりゃあ? 聞いたことねぇな。コソ泥か何かか?」
 あまり関心なさそうに返事をするこの人は、僕の先輩っス。逆立った燃え盛る炎を思わせる赤毛に、強い意志を宿す紫色の瞳。先輩はそのままコーヒーを飲み干し、受け皿に置きます。リベール王国でも腕利きの遊撃士、アガット先輩っス。動物に例えるなら、ライオンといったところっスかね。

「いやいや、それが馬鹿にしたもんじゃないんだよ。このルーアン市だけでも、すでに6件もの被害が出ているからね。カルナさん達が出張している今、メルツ君だけじゃ手が回らないんだよ。」
 そう答えたのは、こちらも赤い髪の男の人っス。でも、同じ髪色であっても、先輩とは正反対で穏やかっスね。眼鏡をかけた、いかにも事務方というような印象で、ルーアン市で遊撃士協会の事務を仕切るジャンさん。こちらも動物に例えるなら、………ゴールデン・リトリバー? わ、わからんっス! とっても賢いお犬様のような人っス!

「だけどアガット、ヤツらは4人組なんだけど、戦闘もかなりのものらしいんだ。メルツ君が一度交戦しているんだが、1対4じゃ分が悪い。」
「なんだメルツ、お前勝てなかったのか?」
「うう…、面目めんぼくないっス。で、でも! あいつら、ナカナカやり手だと思うっス。チームワークが良くてチェーンクラフトで攻めてくるし…、すきがないんスよ。」
 僕だって気を抜いてたつもりなんて全然なかった。でも、あいつら足は早いし、連携れんけいはしてくるし…。ク〜、せっかくグラッツ先輩に教わった必殺技、グラッツ・スペシャルを僕なりにアレンジした新必殺技…その名も【メルツ・スペシャル】をお見舞いしてやろうと思ったのに! 使う前に手も足も出なかったっス! まさに今の僕こそ、手足を引っ込めた亀っス!

「強さの問題じゃねえ、度胸の問題だ、お前の場合は。」
「まったくもって返す言葉もないっス!」
 確かにアガット先輩に言われちゃうと、本当に返す言葉もない。だって先輩は、この前の「身喰らう蛇」との戦いでもその実力を遺憾なく発揮して、このリベール王国を救った英雄の一人なんスからね。遊撃士の実力を表すランクも当然のようにAだし…。駆け出しの僕なんかとは比べるまでもない。

 先輩が特に凄いと思うのは、その背にある『重剣』と呼ばれる超重量の巨大な剣ですかね。まるで巨大な鈍器にも見える、グレートソードと呼ばれる種類の太刀だそうで、それを腕力に任せて敵に炸裂させるという豪快な戦い方が先輩の持ち味っス。一度持たせてもらったんですけど、両手で支えるのさえ無理でした。先輩、すごいっス!

「それで、なんだったか…、そのコソ泥の一味は。」
「”シャムシール団”だよ。ほら、これがその事件に関する資料だ。」
 カウンターの棚から資料を取り出しながら、ジャンさんがアガット先輩に答える。そうっス! やつらシャムシール団はこのルーアン市を中心にやりたい放題なんスよ! くやしー! …なんて思ってたところで、ジャンさんが言葉を付け加えます。

「だけどね、アガット。彼らの仕事をひとつひとつ調べると、どうやらかなりの手練てだれのようなんだ。盗みの手口も鮮やかだしね。…正直言うと、メルツ君単独での捜査は身の危険をともなうと判断させてもらった。それで今回の応援要請というわけなんだ。」
「フン…、人手が必要ならロッコ達でも…、ああ、そうだったな。」

 先日、遊撃士見習い(準遊撃士)になった、元不良グループのロッコ君、ディン君、レイス君の3人。いまはカルナさんに連れられて研修に出てます。あの3人、見た目がとっても怖いんスけど、仕事は真剣だし、僕の言うこともちゃんと聞いてくれて、あれでなかなか真面目なんだよね。
 でも、研修相手がカルナさんじゃ、いくらなんでも可哀想っス。あの遠距離攻撃には何度泣かされた事か…、経験者は語るってやつです。本当にカルナさんの修行はハンパないっス! あとはもう無事を祈るばかり…。

「確かにロッコ君達は戦闘に長けているんだけれど…、メルツ君の報告と状況からかんがみると、…正直、あの3人じゃ足手まといになるはずだよ。なにせ相手は集団戦にけてるからね。」
「ああ、アイツらはパワーと根性だけが取り得だからな。チームワークで攻撃してくる相手じゃかなわねぇだろうな。」

 ジャンさんとアガット先輩が同じ意見。最初は軽く見てた様子の先輩も、資料に目を通すうちに真剣な顔つきになってます。…あれ僕、もしかしてシャムシール団って、そんなにヤバイ相手だったんスか? もしかして僕、本当は一人で追っちゃ危険だったんスか?

「せ、先輩! 僕ってそんな危ない事件を追ってたって事っスか?!」
 ドびっくりして聞き返してみると、ジャンさんの笑顔の横で、アガット先輩が頭を掻いて言います。

「お前は自分の実力をみくびりすぎなんだよ。お前ももう正遊撃士なんだぞ? もっと自信を持てよ。シャムシールだかなんだか知らねぇが、冷静にやれば遅れは取らないはずだ。」
「ほ、本当っスか! そ、それじゃあメルツスペシャルっ! メルツスペシャル使っていいって事っスか!?」
「わけわかんねぇ興奮すんなっ!」

「ハハハ……。とにかくだ。」
 ジャンさんはそのやり取りに苦笑すると、一旦話を区切るかのように、真面目な顔でいいます。
「遊撃士協会ルーアン支部として正式な依頼だ。アガットはメルツ君と組んで、シャムシール団を早急に逮捕して欲しい。何かと世間を騒がせている集団だからね。一日でも早く解決が望ましい。頼むよ。」
 ジャンさんが遊撃士協会としてシャムシール団逮捕の要請をしました。窃盗団という組織の犯行である以上、被害の拡大を防ぐためにも、遊撃士協会が積極的に対処する。先日の、身喰らう蛇での事件と同じように、複数の遊撃士がチームを組んで、その事件専門で対処する、という事だね。

 最近、大きな事件のなかったルーアン支部に緊張が走った。
 …と言ってもリベル=アーク事件の時と比べると大きな話でもないんだけど…。



 でもね、後から考えるに、

 今回の話は、少々ややこしい事件だったと思う。





◆ 








「こ、こんにちわ…。あの……あの…、アガットさん…。いますか?」
 一旦解散した遊撃士協会の1階で、僕はコーヒーカップを片付けてたっス。そしたら、戸口に一人の女の子が……。

 ややっ! あれはまさか!! ティータちゃんっス! 赤くて可愛らしい作業服のような服に、ピンクのブラウス。茶色のタイツを履いたお決まりの服装。忘れるわけがない。忘れるわけがないじゃあないですか!

 この子は、”工房都市ツァイス”に住んでるティータちゃんっス。オーブメント技術者として超有名な、あのラッセル博士のお孫さんで、どういうわけかアガット先輩にべったりな子。僕は特に親しく話した事はないけど、何度も見かけたので、よく覚えてるっス! むしろカワイイ子なんで目に焼きついてました! もちろんですとも! 

 で、動物に例えると、リスとか…ハムスターとか…そんな感じ?


「あ、ティータちゃんっスね。アガット先輩なら2階っス! せーんぱーい、ティータちゃんが来たっスよ〜!」
「エヘ…ありがとうございます。」
 ほんわかしたカワユイ返事に、僕もへにゃりと曲がりそうです。



 だけどこの時、僕はみょうな違和感を感じたっス!

 そしてその事実に気がつき、僕はまたもやドびっくりしたっス!!



 …だってだって、
 ティータちゃんの雰囲気が、前と違って見えたんです!
 腰まで届く長い髪はいつものように結っておらず、暖かく吹き込む海風にそよがせ、可愛らしい小粒な唇にはリップクリーム、その仕種しぐさはどこか大人びた雰囲気…。


 はっ! そうか!!


 なんてこった! あの可愛らしいティータちゃんが! あの幼かったティータちゃんがっ!!



「ど う 見 て も 女 に な っ て る っ ス !」

「フザけた事、ぬかしてんじゃねぇ!!」
「ブホッ!!」
 協会の2階から、光の速さでブ厚い資料のたばが僕の顔面に炸裂さくれつしたっス! 目玉飛び出るほどの衝撃しょうげき&すこぶる鼻を打ち付けた僕はその場にうずくまる…。
 ひ、ひどいっス…。僕は正直な感想を述べただけだっていうのに。(ちなみにコーヒーカップは死守したっス)

「だ、大丈夫ですか!? えーと、えーと…遊撃士さん。あの、アガットさん…、こういう事は、しない方が…。」
「はっ!! そ、そそ…そういえば忘れてたっス! リベール王国遊撃士協会の特殊事例・第1項。我々リベール在中の遊撃士は、アガット先輩とティータちゃんの仲に踏み込んではならない。」
「そんなもん、誰が決めたやがった!!」
「あ、アガットさん…! あんまり大きい声…。」
 ティータちゃんが可愛くあたふたしているものの、先輩はまるで怒ったライオンのような剣幕。だって、しょうがないじゃない? これ決めたの偉い人だもの。僕なんにも悪くないもの。

「おいおい、アガット。その辺りにしておきなよ。それってカシウスさんが言った冗談なんだから。…ほら、この前の飲み会で…。」
 そう言って階段上から顔を出したジャンさん。少し顔がニヤけている辺りが正直者。きっと僕と同じでこの年の差カップルをからかいたいという気分なの一目瞭然だったりする。でも、少しだけでいいから僕の身も案じて貰えたら嬉しかった。

「あのクソオヤジがぁぁぁぁ!! くだらねえ事を口にしやがってぇぇぇ!」
 何を悔しがってるんスかね、先輩。彼女いない暦18年絶賛記録更新中の僕からしてみれば、小さかろうがなんだろうが、彼女がいるってウラヤマシイ状況だと思うんスけどね…。ま、まあ…、世間的に評価すれば、その年齢の差にはかなりの問題要素があるようにも思えてならないんスけど。

「…入り口で騒ぐのは良くないな。」
 ちょうどその時、協会支部の入り口に誰かが立ってました。緑の短髪にスラリとした背丈、遊撃士の標準的防具で身を固めたで立ち…。あっ! あれはクルツさんっス! 遊撃士の中でも古株で、アガット先輩よりもずっと前からこのリベールを守っているA級遊撃士さん! 僕の先輩の先輩の先輩! 大先輩っス!

 動物に例えると、たか…? う〜ん、鷹は言いすぎっスかね? 賢い馬? う〜ん、それもどうかと…。

「メルツ君も久しぶりだね。…ところで何を悩んでいるんだ?」
「あ、全然なんでもないっス! 難しい問題に頭を悩ませてたところです。馬か…鷹か…。やはり馬?」
「???」

「よう、クルツ。あんたも盗賊団逮捕に借り出されたクチか?」
「私の方はカルバートの要人のボディガードさ。ルーアン観光を希望されててね、明日の朝からの護衛任務なんだ。王都はシェラザードに頼めたから、こちらを手伝うつもりで早めに寄らせてもらった、というわけだ。」

 そう語るクルツさんはいつも通りの落ち着いた様子です。雰囲気からして熟練を感じるっス。やっぱりクルツさんには憧れるなぁ…。僕もいつかクルツさんみたいなスゴ腕の遊撃士さんになりたいっス! 僕はひそかに、やはり馬より鷹のが似合うと考え直した。
 こう言ったらナンですけど、同じA級遊撃士でも、アガット先輩とクルツ先輩を比べちゃうと、やっぱりクルツ先輩の方が実力があるように思えるんスけど…、実際どうなんでしょうね? いや、強さとかじゃなくて…。落ち着きがある…といいますか…。

「ところで、何の騒ぎだい?」
「ああ、ええ、申し訳ありません、クルツさん。実に他愛ない事です。」
 何もやってないジャンさんが頭を下げていました。うう…、なんかモウシワケナイ気持ちっス! …っていうか、僕は被害者っスよ! アガット先輩が資料なんて投げつけるから悪いっス。僕はなんにも悪いこと言ってないのに。ブツブツ…。

 クルツ先輩が室内に入り、扉を閉めたすぐ、───いきなり扉が吹き飛び! 何者かが雪崩なだれ込んで来た!

 それは複数の見知らぬ男達でした。合計4人が吹き飛ばされたかのように入り口に倒れこみます!
 しかもそいつら、全員がなわしばられ、力尽きてたっス!!

「───なっ!」
「ちっ! 誰だっ!」
 その瞬間、クルツ先輩、アガット先輩がまるで敵襲であるかのように、一瞬で姿勢を低くし、身構えました。
 そしてきびしい表情で入り口を注視します。

 僕は何が起こったのかさえわからなかったけれど、横に来ていたジャンさんも、緊張した面持おももちでティータちゃんを自分の後ろにかばっています。……あれ、もしかして緊急事態? ノンキにしている場合ではないようです!

「シャムシール団を捕まえて来たわよ。オラッ、とっとと立ちな! クズども!!」
 それは女の声でした。足元で倒れこんでいる4人の男達、なんとよく見れば本物のシャムシール団です! その全員が恐れおののいた表情で、なんとか立ち上がろうとします。それを女性が長いすらりとした足で容赦ようしゃなく蹴り飛ばしました。靴は赤のハイヒールです。

 入ってきた女の人、───それはトンデモナイほど美しい、大人の女性でした。

 赤い皮製のツナギは胸元を大きく開け、いまにもはちきれんばかりのスイカみたいな胸を、これでもかっ!と見せつけおり、超ミニのスカートから伸びる美脚をしげなくさらしております。…そして紫色の口紅はつやを帯びて濡れております。それはティータちゃんの可愛らしくも健康的な唇とは違い、大人の魅惑を強く主張していました。

 何よりも驚いたのがその服装です! 見た目は世間一般でいうボンテージファッションとでも言うかのような服なんですけど、その上にクルツさんや僕なんかが装備している、遊撃士の標準装備を着用してるんです! この人……ゆ、遊撃士なの!?

 長く腰までの滑らかな金髪、そしてその凄い格好よりも何よりも目立つのは、挑戦的なその瞳です。…なんというか、ひと目見ていきなり感じたその女性の感想は、まさしく女王様クイーン…といった風体ふうてい。ひと言で表現するなら、まさしく”妖艶ようえん”というのが一番てきしているんじゃないかと思います。

 動物に例えると、女吸血鬼としか言いようがありません。その場にいるだけで、物凄い気迫のようなモノをビリビリ感じます。こんな人は始めて見ました。ある意味、身喰らう蛇よりも印象に残りそうな濃さです。

「───げっ! てめえは…っ!」
「う…、わぁ…。」
 アガット先輩、それにジャンさん、さらにクルツ先輩までが目を見開いて言葉を失ってます。

「ケェヘヘヘヘッ!! 久しぶりねぇ、赤髪の坊や。アタシの事覚えていてくれて嬉しいわぁ〜。」
 独特の、まるでスーパーモデルが歩くような調子で入ってくる濃ゆい女の人。クルツ先輩が明らかに恐れた顔で、脂汗を浮かべて彼女に声を掛けます。

「ひ……、久しぶり…です。ミス・オアネラ。」
「あらぁ! クルツったら今日もいいオトコじゃないの〜! いいわぁその顔、相変わらず好みよぉ。」
 そういうと、その女性はクルツ先輩にツカツカと歩み寄り、有無を言わさず抱きしめます! 先輩は明らかに避けようとしていたように見えたけど、そんな間もなく彼女は抱きついていました。あまりにすきがなく、早くて見えない程でした。

「ああん、凛々リリしいわねぇ。…それにこの引き締まった体、もう食べちゃいたいくらい。」
「そ、そそそ、それは…どう───……、むぐうううっ!!!」

 すると突然、女はクルツ先輩にキスをしたっス! いや、キスっていうよりか、吸い付いたっていう感じで、とんでもなく熱を帯びたまま、じゅるじゅると吸い尽くすかのように、先輩のクチをむさぼってます…。

「うわあ…。」
 僕はあんぐりしたまま、何が起こっているのかもわかりませんでした。

 キスシーンというものを見たことはありますし、そういうのには憧れを持ってもいる僕ですが…、目の前のそれは、愛し合う、というよりも一方的に”吸引している”という印象があります。キスという愛情表現どころか、むしろ鬼気迫ききせまる恐怖にも似た戸惑とまどいさえ感じます。隣でティータちゃんが小さな悲鳴を上げました。

「ごちそうさま…、ううん、美味ね…。これだから若い男って好き…。だから止められないのよ。」
 恍惚こうこつとしたその表情のその女性は、キスを終えるとクルツ先輩を解放します。しかしその身体は力を失って、その場に仰向あおむけで倒れこんでしまいました! クルツ先輩はいままさに、一撃で倒された、という印象です。助け起こそうという気はありました。しかし、僕の身体は岩のようになって動きませんでした。
 無残にもそのクチにはくっきりと紫の口紅が残っています…。それを見ると、身体が震えて止まらないのです!

 女が甘美な余韻よいんひたもだえている間に、僕は恐れつつもジャンさんに彼女の事を聞いてみる事にしました。
 ジャンさんは僕と同様におびえながらも、彼女には聞こえない程度の小声で、話してくれます。


「……か、彼女の名前は、オアネラ=エペランガ。カルナさんの師匠で、リベールのみならず大陸でも有名な遊撃士…、現在のランクはD。」
「え”っ! カルナさん姉さんの! しかも、大陸で有名なのに……D級なんスか?」

「彼女は過去3度、A級遊撃士に昇格。一度は非公認のS級にまで推薦すいせんされた経歴を持ってる。…だけど、ことごとく問題を起こしてね、その度に降格してるんだ。」
「こ、こ…、降格?」


「誰がとも無く付いた二つ名は、───【夜の帝王】…だよ。」









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