ティータとアガット ファイナルブレイク!

その2 『まさに修羅場! もう帰りたいっス…。』
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BGM:FC「ピンチ!!」(サントラ1・21)




────ルーアン市・遊撃士協会

 目の前でふんぞり返っている女王様チックなお姉さん、
 二つ名が【夜の帝王】??

 うわ…、なんというか、すんごい二つ名だ…。確かにあの女の人を見ているとそんな雰囲気がする。
 ジャンさんの説明に納得しながらも、再び僕が振り向いた時、

 すでに彼女の姿はそこになかった。
 というより、

 僕 の 目 の 前 に い る ! !

「ぎゃあっ!!」
「あらぁ…、ボクちゃんは新人君ねぇ?」
 妖艶ようえん、という名の恐怖が僕を見ていた。甘いみつのようなにおいと、すさまじいナイスバディなお色気で僕に詰め寄るけれど…、それ以上にクルツ先輩の残骸ざんがいを見た後では、全てが麻痺まひして底冷えするような恐怖しかいてこない。

 どう見ても僕を値踏ねぶみしている、といった様相のオアネラさん。僕はのどから飛び出しそうになる心臓を飲み込んで、ついでに悲鳴も押し込んで、まるで非力な小動物のようにガクガク、ブルブルと身体を震わせる…。

 すると、

「う〜ん、イマイチね。チェリー君。」
「チェ、チェリー…って…。」
 などと言うオアネラさんは僕からあっさり離れた。正直助かったと安堵あんどするばかりだ。背中がびっしょりと汗にれているのに気づくのは後の話…。
 そして今度は、順番通りとでも言うかのように、当然のようにアガット先輩の前へと歩み寄る。

「あら、やだ〜、ボウヤったら待っててくれたのねぇ! お姉さん感激だわ〜。ケェッヘッヘッヘッヘッ!」
「来るんじゃねぇ! 来るんじゃねぇぞ!」
 先輩はなんと重剣を構えていた! 寄れば斬りそうな勢いで牽制けんせいしている。常に近寄りがたい雰囲気を持っていて、”俺様ライオンお前を喰らうぞ!” …みたいな印象を受ける強面こわもてのアガット先輩が、オアネラさんを前にして萎縮いしゅくしたようにも見えてしまう。

 …いやはや、なんともすごい図式っス! でも頑張れアガット先輩!
 僕は心の中でささやかな応援を送りながらも、いまのうちにカウンターの後ろに隠れることにした。…怖いから。

「ああ〜ん、もう! いいじゃないのぉ。運命の再会を祝して、また熱ぅ〜いク・チ・ヅ・ケ、をしてあげるわ☆」
「ば、ば、バカ野郎っ! 何言ってやが───!!」
 その言葉に、僕どころかその場の全員が氷付いた。
 ……え、”また”? また熱いクチヅケ…ってアガット先輩…、もしかして…。

「なぁに? そんなに喜んじゃって、あの逢瀬おうせが忘れられないなんて…、カワイイのは相変わらずねぇ。」
「いっ! な、何が逢瀬だっ! 俺はよろこんじゃいねぇ!」
 アガット先輩は顔色をスカイブルーにめて必死に否定ひていしてますけど、そのあわてぶりをみると、…どうやら本当らしいっス。
 昔、アガット先輩はいまのクルツ先輩と同じような目にってるんじゃないか……と。

 ああ、エイドスよ…。彼の心を救いたまえ…。

「あの……、また…って、なんですか?」
 そこで声を上げたのはティータちゃんだった。彼女はいま得体えたいの知れないオアネラさんを怖がりながらも、それをなんとかこらえて、その真意を確認しようとしてる。ああ、そっか、ティータちゃんはアガット先輩が好きだからなぁ…。そういう事を言われれば、そりゃあ聞きたいよねぇ…。

「なあに? 子猫キティちゃん。何が聞きたいのかしらぁ?」
 ティータちゃんの小さなつぶやきのような声を聞き逃さなかったオアネラさん。ひとまずアガット先輩から離れると、ひじまでピッチリな皮製グローブに包まれた手を腰に当てて、威嚇いかくでもするかのように、胸に2つ、たわわにみのったスイカだいのゼラチンをぶるぶるさせながらティータちゃんの方を向いた。

「いま……またって…聞こえました。あの……それって…。」
 キスしたんですか?と聞きたいんだと思う。アガット先輩が好きなティータちゃんからすれば、気になって当然だものね。

「お、おいっ! ティータ! いや、違うからな! 俺がしたくて───」
「そうなのぉ、このボウヤがしたいって言うからぁ、仕方な〜く唇を奪われたのぉ〜。」
 オアネラさんは、まるで恋する乙女のノロケ話でもするように、身体をくねくねさせながら、アガット先輩にしなだれかかって言います。先輩は一生懸命に逃げようとするのですが、壁まで追い詰められて逃げ道がありませんでした。計算されてました。

「…このたくまし〜い胸板に抱かれて、うう〜ん、もう! あんなに幸せを感じたのはアナタだけなんだからぁ〜。」
「フザケタ事抜かしてんじゃねぇっ!!! ブチ殺っ───、くっつくなって言ってんだろが!!」

「なぁに〜、テレちゃって。キスしたのは変わらないでしょぉ。」
「てめえ! 調子に乗りやがって!」

「……キス…したんですか?」
 対照的に、ポツリと一人うつむきながら問いかけるティータちゃんに、さすがのアガット先輩も困惑こんわくし、すぐさま弁解します。

「違っ! …違わねぇっていうか、…そ、そりゃあ確かに唇を奪われはしたけどな、あ、あれだって───。」
「いや〜ん、どうしましょう! 恥ずかしいわぁ!」
 あまり事情を知らない僕から見ても、オアネラさんの態度はうそくさい芝居しばいにしか見えないんだけど、それを聞いているティータちゃんはそれどころじゃないみたい。そりゃあそうか…。

 それにしてもアガット先輩のうろたえ方がハンパねぇっス…。
 僕が先輩にえがいていた、孤高ここうの戦士的なイメージがさらさらと音を立ててくずれていく。そして同時に思った。



 英 雄 で あ る 前 に 、 や は り 人 の 子 ! ! 


「あの、…あの……。アガッとさん、もしかして…その人の事……。」
「ご、誤解ごかいだ! 俺は不意打ちをらってだな!!」

「あはぁ〜ん、思い出してもゾクゾクしちゃう! 燃えるような瞳でアタシを抱きしめ、情熱的なキスを……。」
「テメェはだまれってんだクソ野郎が!!」
「……やっぱり……。」
「だ、だからっ!! そうじゃなくてだな……! 俺は───」
 えーと…なんだろう、この修羅場…。僕も今まで色々なもめ事を仲裁ちゅうさいしてきましたよ? 時には犬も食わない夫婦ケンカに飛び込んだりもしましたよ? いやぁ、でもまさか、遊撃士協会でこんな事になるなんて…。いやいや、仕事で他人に関わるならまだしも、先輩の話だとなぁ…、口出せないよなぁ…。

 それを知っているかのように、面白がってあおるオアネラさん。
 うろたえるアガット先輩。うつむいてつぶやくティータちゃん。

 うう、なんか具合が悪くなってきたっス。もう帰っていいスかねぇ…。

 弱り果てて、どうしようかとジャンさんと顔を見合わせた頃、オアネラさんがとんでもない爆弾発言をしました。

「…ふぅ〜ん、子猫キティちゃんは何やら気にしてるようだけどぉ、実際アタシのアガットとどういう仲なのかしらぁ? アンタ達を見ても、どう見ても仲のいい兄妹ってトコじゃない?」
「……………。」
 オアネラさんの問いに何も答えないまま、うつむいたままのティータちゃん。その沈黙はとてもとても重く感じました。

「あらあらぁ? もしかして、それ以上を期待しちゃったりした? 冗談はやめてよね〜、アンタどう見たってお子ちゃまじゃないの。なにそれ、笑っちゃうわぁ。」
「………………。」
 何も言わず、ただだまっているティータちゃんは、いつのまにか目に大粒の涙を浮かべ、今にも泣きそうです。それを見たアガット先輩はそれまでの態度を一変させ、オアネラさんにつかみかかるっス! だけどオアネラさんは伸びてくる手を軽くパチンとたたいて、ごくごく自然にスルー。

「てめぇ、いいかげんにしやがれっ! ガキいじめてんじゃねぇ!!」
 しかし先輩が怒りをそのままに、まさしくライオンであるかのような咆哮ほうこうをあげます。だけど、オアネラさんの表情は少しも変わらないどころか、まったく無視! 口のはしを釣上げ、さらに余裕の表情を浮かべていました。その瞳は完全に面白がっているような光を帯びています。

「覚えておきなさいな子猫キティちゃん。大人の男には、大人の女が似合いなの。…おわかりかしら? アンタみたいなお子ちゃまはお呼びじゃないのよん。」
 その言葉を耳にしたティータちゃんは可哀想に……目に涙をいっぱい溜めて、とうとうポロポロと泣きはじめてしまいました!! 流れる涙に際限はなく、手の甲でぬぐってもぬぐっても、それでも止まる事はありませんでした。

「オアネラぁ! テメェこのクズ女がぁ!!」
 まるでイジメでもしているかのようなオアネラさんの口調に、とうとうアガット先輩が完全にブチ切れ、今度こそ、その豪腕でオアネラさんの襟首えりくびつかみ上げたっス!

 その直後、ティータちゃんが小さく、本当に小さくつぶやきました。

「…ご…めん…なさい……。ひっく…、じゃま…して……ごめ……なさい……。」
 そのまま、逃げるように走って出て行きます! 僕らは追う事も忘れ、呆然ぼうぜんとしたまま動くことすらできませんでした。

「お、おい! ティー…」
 その後を追おうとしたアガット先輩ですが、その行く手をさえぎるかのごとく、オアネラさんが立ちはだかります。その表情は面白くて面白くて仕方が無い、そんな顔にしか見せません! この女、とんでもない悪魔っス…。あんな年下イジメて愉悦ゆえつひたってるなんて…。

 いかに僕が温厚でも、これはさすがに許せません! いくらなんでも言いすぎっス!!!
 僕は怒りに任せて、オアネラ目掛けて言い放ってやったっス!



 ”おいキサマ! なんてヤツだ! お前はどうしようもない悪女だ!”

 ……と、心の中で精一杯に叫びました…。
 ううう…、笑いたければ笑うがいいっス! そんな事を口に出したら、マジで殺されるっスよ!


「ティータ! …くっ、オアネラ! テメェいい加減にどきやがれっ!!」
 泣いて出て行くティータちゃんの背中を見送る形となってしまったアガット先輩は、なんの躊躇ちゅうちょもなく重剣を振り払った! その太刀筋には殺気すら宿やどるかのような本物の一撃で、オアネラさん目掛けて一閃! なんと掲示板ごとブッた斬ったっス!! 

 だけど、オアネラさん、…いや、オアネラはそれでも余裕の表情をくずさず、まるで雷のような身のこなしで小さくジャンプし、先輩のふところへともぐり込んだ! このせまい空間で、この低い天井で、どうやったらああまで華麗かれいに動けるというのか?!

「ケェッヘヘヘ! アタシにかなうと思ってるのかい? ボウヤ。」
 その言葉と同時に、着地の反動を生かしたオアネラのあしが、強烈きょうれついきおいで真上に蹴りあがる!

 なんと! 彼女が狙ったのは、足と足の合間にある、男の大切な大切な…、ああああああああ、…っス!!

 僕もジャンさんもその瞬間、下半身のそれを手で防御しました!
 うわああ…、いくらなんでも、あれ…への攻撃はヒドイ…。あんまりだ…。

「ぐぉ……、が……が……。」
 完璧なタイミングでクリーンヒット!
 さすがのアガット先輩も、攻撃されてはならない部位へと強打を喰らい、ゆかに転がり悶絶もんぜつしています。
「あらやだ〜、大丈夫ぅ? しかったわね、ボウヤ。…ケッヘヘヘヘヘヘ!」

 僕らの目の前に広がっているのは、まさしく悪夢でした。



 紫の口紅をクチに残したまま、失神しているクルツ先輩。
 某所への手痛いダメージで、白目をくほど苦しんでいるアガット先輩。

 本来なら仲間が二人もやられれば、僕だってただ、見ているわけにもいかないんですけど、

 そもそもは痴情ちじょうのもつれ、という事もありまして、やはり僕には手も足も出せません。いくらオアネラが性悪でも、いくら僕が二人を尊敬していても、他人の恋路にまでクチをはさむのはどうかとも思いましたし。それに一応は、オアネラも遊撃士なわけだし。

 いや…、いやいやいやいやいや、…そんな理由じゃないっスね。


 正直、この女を見ているだけで物凄く怖いのです。
 だってこの人、同じ遊撃士だからって容赦ようしゃ遠慮えんりょも何にもないんッスよ!

「ケッヘッヘッヘッヘ……! イーヒッヒッヒッヒッ!!」
 オアネラのやけの特徴あるバカ笑いがルーアン支部へと響き渡り、残されたシャムシール団の面々は、歯をガチガチと鳴らして恐怖していました。後でジャンさんに教えてもらったんですが、この時の僕も彼らとまったく同じ状態だったそうです。





◆ BGM:FC「海港都市ルーアン」(サントラ1・23)








 その後、オアネラは高笑いと共に上機嫌で出て行き…、
 嵐の後のルーアン支部には、事態の傷跡だけが残されてたっス。

 ジャンさんと僕とで倒れた先輩達を2階の休憩室に運んだ後、ジャンさんはツァイス支部にいる遊撃士の古株、グンドルフさんへと相談してみると言いました。本来ならアガット先輩の師匠であるカシウスさんに話すべきなんでしょうけど、あの人は軍の仕事で忙しいっスからね。
 だから、代わりにグンドルフさん、というわけじゃないんです。カシウスさんがリベールのはただとしたら、グンドルフさんはえんの下の力持ち、というタイプかな。アガット先輩が遊撃士になった頃にも何かと世話を焼いたという話も聞くし、かえって適任なんじゃないかと思んスよ。

 グンドルフさんなら、きっとオアネラについてもどうにかしてくれると思うので、期待してるッス!


 …それで僕はというと、

 まずはオアネラが捕らえたシャムシール団を、港の倉庫区画に立てられた仮拘置場こうちじょうへ移送しました。
 軍部が引き取りに来るまでルーアン支部に置いておくわけにもいかないので。

 さすがに四人もの護送を一人でやるのはきびしいかと思ったんスけど、あいつら…どういうわけか不気味なくらい大人しくしてたっス。どうやら、それだけオアネラが怖かったらしく、あの女に捕まるくらいなら牢獄ろうごくの方がマシだ、なんて言うもんで…。いや、ホントに楽チンだったっスね。
 で、それが済んだら、その後はもちろんティータちゃんの捜索そうさくっス。どこに居るかは街の人に聞けばすぐ分かるんだろうけど、あのまま一人で放っておくのはマズイし。誰か付いていてあげないと良くないと思う。

 う〜ん、こういう時こそ、カルナ姉さんがいれば適任なんだけどなぁ。女の人の事は女の人がいいに決まってるっス。
 僕なんかじゃ、こういう時にどうフォローしていいんだかサッパリだし…。

 聞き込みをしながら行方を捜していると、目撃証言はそこらじゅうにありまして…、探すこと10分、苦労もなく港地区にある食堂アクアロッサの先で、しょんぼりと海に向かって座っているティータちゃんを見つけられたっス。

 その後姿はあまりにも痛々しく、そして小さな背中が余計にしぼんでて、まるで消えてなくなっちゃいそうです。

 …いまはそっとしておこうかと思ったんだけど、港地区は未だにレイヴンの残党が残っているので危険区域を解除されていないんです。ロッコ君達が抜けても、まだりない子もやっぱりいるんですよね。どんどん代替だいがわりするってところでしょうか。前に比べれば全然なんですけど、やっぱり危険は危険。

 ここはやっぱり、遊撃士協会に戻ってもらう方がいいっス。


 なので、僕はつとめて明るく声を掛けようとティータちゃんへと歩み寄ろうとした。

 ……その時!

「待ちな、チェリー。アンタの出る幕じゃないよ。」
「い───! ふんぎゃあっ!!!」
 後ろから、なんの気配もさせずに現れたのは、オアネラだった…。どこに行ったかと思えば、なんでこんな場所に出てくるんスか!? それよりも、なんでここが??

「あんたも大した事ないねぇ、まったく…そっちもチェリーかい。こんな派手な女の尾行にも気づかないとは…。」
「へ? び、尾行…?」
 どうやら、オアネラは僕のあとをつけて、それでこの場所を察知さっちできたらしい。くっ…、この僕に気配すら感知させないとは、やっぱりこの女はスゴ腕だ。やるなっ!

「別に尾行しなくても、その辺で聞きゃあ、あの子の行き先はわかっただろうけどね。」
「あら、そうッスか…。」
 ぐぬぬ…、どちらにしろ、僕は気配とか尾行とか、そういうの全然わかりませんけど…。
「まあいいさ。チェリーは邪魔だから先に帰りな。アタシはあの子とサシで話がしたいんでね。」
「さ、先にって、一人でなんて帰れないっス! それよりも、チェリーって言うの、やめてくれませんか?!」
 この傍若無人ぼうじゃくぶじんさはもう我慢がまんできない! 僕は恐怖を押し込めて、毅然きぜんとした態度でオアネラに言ってやった!

「おや、童貞チェリーじゃないっての?」
「いえ……。その通りです…。」
 完膚かんぷなきまでに、まったくもってその通りだった。僕はその場で敗北し、大人しくオアネラについていく事にする。あまりの屈辱くつじょくに涙が出そうでした。僕は18年もの間、絶賛彼女募集中という境遇きょうぐうに落ち込むしかなかった。僕は自分に敗北したのだ。
 そういうわけで一人どん底まで落ち込む不甲斐ふがいない僕は、オアネラがティータちゃんの元へ行くのを見送るしかなく、どうなるのかを固唾かたずを飲みながら見守るしかなかった。

「よう、子猫キティちゃん。」
「───!! ひっ……!」
 そりゃあおどろくだろう。先ほどまで散々に自分をイジメた性悪女がいきなり声を掛けてきたんだから。本当におびえたような顔で、オアネラから逃れるように立ち上がる。
 これでまたオアネラが何かするようなら、今度こそ僕も何かしなくちゃいけないように思う。さすがに目の前で放置はできない。いくら怖いといっても、そこは遊撃士なので一応は止めに入らなきゃならない。(なるべくなら何もないようにお願いしたい)

「ふふん、取って食いやしないわよ。…ねえ、子猫キティちゃん。アタシと賭けをしない?」
「………か、賭け…ですか?」
 腰が引けているティータちゃんは、すでに泣きそうな顔でオアネラの提案を復唱ふくしょうした。いきなり何を言うのかなんて、僕だって分からない。ただオアネラの態度は、相変わらず楽しそうにしか見えない。それだけは何もか変わらなかった。

「そぉよ、かーけ。…アンタも女なら、好きな男が自分をどう思ってるか知りたいんじゃないの?」
「………え……?」
 その突然の提案に、涙の浮かんだ目を丸くするティータちゃん。…この女、またもや何か良からぬ事を考えている。すぐにそう感じたんだけど、それでも僕もその賭け、とやらには非常に興味を引かれる。

「それとも嬢ちゃん。アガットの事をあきらめてくれるの? 自分からは何もしないで、誰か来たら諦めちゃうってわけ?」
「……………。」

「だからさ、賭けをしようってのよ。アガットの気持ちが実際どこにあるのかをさ。そうしたら、アタシの言う事が間違っているという可能性もあるわけよ。…まあ、賭けというより実証とでも言うべきかしらね。」
「実証…。アガットさんの気持ち…。」

「やっぱり興味深々のようねぇ。ふふ〜ん、じゃあまず……。」
 僕は少しでも聞こえるように、と近づいて耳をかたむけた。すると…。

「チェリー、やっぱりアンタは協会支部に戻ってな。…それとも、女同士の話に聞き耳立てようっていうの? いやらしい。」
「い、いやらしいって…。」

「なんなら約束しようじゃないの。このオアネラ=エペランガのほこりに賭けて、この子に何かするつもりはないよ。イジメる気も泣かせる気もない。これは純然たる女同士の話し合いさ。」
「うう…、そうまで言われると……。」
 まったく信じられないセリフなんだけど、どうもこの人ってそういううそを付かないような雰囲気があって、今のこの提案も本当のような気がしてしまう。でも、そうは言っても、さっきティータちゃんを泣かせたばかりだし、引き下がるのも……どうかと思う。

「…あの、ゆ、遊撃士…さん。わ、わたしからも、…お願い…します。」
 驚いた事に、なんとティータちゃんが僕にそう言った。とっても真剣な目で、見たこともない強い気持ちをした瞳で僕にお願いをしてるっス。

 僕はアガット先輩ほどティータちゃんの事を知らない。だけど、自己主張のあるほうじゃないのはなんとなくわかる。遊撃士仲間の、エステルちゃんみたいに快活って程でもないのもわかる。

 だけど、いまのこのティータちゃんの瞳には、なんとなく決意、のようなモノがみれたように思えてしまう。

 だから僕は、仕方なく二人をその場に残し先に協会支部へと戻る事にした。
 不安はもちろんあるんだけど、そうするべきかな、と思ってしまった。





◆ 








───遊撃士協会ルーアン支部 夕刻

「ただいま〜っス。」
「おや、お帰りメルツ君。ティータちゃんは見つからなかったのかい?」
 出迎えてくれたのはジャンさん一人。まだアガット先輩、クルツ先輩は昏倒こんとうしたままらしい。僕は出掛けた先での事情を、ジャンさんに話した。するとジャンさんもそれに納得したように首を縦に振る。

「…そうか。そうまで言われてしまうと、さすがに戻らざるを得ないね。オアネラさんだけでなく、当のティータちゃんまでが言うんじゃあ。」

「あ、それでジャンさん。グンドルフさんには相談したんスか? 何かいい手はないんスかね?」
「うん。それなんだけど……。」
 するとジャンさんにはめずらしく、少しばかり肩を落としてこう言った。

「…グンドルフさんが言うには、”あれはもう本人が飽きるまで好きにさせるしかない”んだそうだ。」
「げげっ!! な、なんでっスか? だって先輩の先輩の大先輩なグンドルフさんなんでしょ!?」

「いや…、どうやらグンドルフさんも、あのオアネラさんには強く言えない事情があるようなんだ…。念のためグランセルのエルナンさんにも確認したんだけど……。」
 それ以上を口にはしなくとも、僕もその先を察する事ができた。どうやら、あのオアネラという女は、想像以上にとんでもないヤツらしい。しかも男性遊撃士は、みんなこぞって反撃できない共通の理由を持っていると考えるべきだ。

 僕とジャンさんは、二人して黙り込んでしまった。


「くそ…、油断したぜ…、あのクソ女…。」
 ちょうどその時、2階よりゆっくりと階段を下りてくるアガット先輩。やっと目を覚ました。どうやら昏倒こんとうしていた以外はまったく問題ない様子。僕はてっきり、我々男子特有の重要文化財が大破してしまったのではないか、とハラハラしていたんだけど…。

「おい、ジャン! あの女はどこだ?! それにティータもだ!!」
「あ、ああ。それなんだけど───。」

「ちわー! 遊撃士協会宛の郵便でーす!」
 ジャンさんがそれまでの経緯いきさつを先輩に話そうとした時、支部の戸口に郵便配達の人が来ていた。僕は気を利かせて配達員さんの元へ行くと、彼はこんな事を言う。

「ああ、メルツさん。実はこの手紙なんですけど、いまさっき、通りでお預かりしたものなんですよ。…なんというか、すっごい美人でボイーンな女の人です。」
「へっ? オ、オアネラさんから!?」
 その突拍子とっぴょうしもない話に驚いた僕が、その手紙を受け取ろうとすると、アガット先輩がひったくってしまう。仕方なく、僕はそれを横からのぞかせてもらった…。


 その手紙には、こう書かれていた────。



 愛しのアガットちゃんへ。

 再会を祝して、模擬戦もぎせんでもやらない?
 マーシア孤児院の近くにある浜辺で待ってるわ♪

 もしボウヤが負けたら、観戦予定のティータちゃんが海に飛び込むんですって。
 来なくても海に飛び込むそうよ。すっごく面白そうでしょ?

 タイムリミットは夕暮れまでがいいかしら?

 そ れ と 、

 アタシって手癖てくせが悪いからぁ、シャムシール団の捕まってる牢屋の鍵、開けちゃったりしたのよねぇ。
 もしかしたら、逃げちゃったりするかも。ゴメンネ☆

 あいつら悪者だからぁ、反動で何しでかすか分からないわ。
 怖い世の中ね。

 それじゃあ、せいぜい時間に遅れないようにネ☆



「…………………。」
「………………………。」
 僕と、アガット先輩は一瞬、その突飛とっぴな内容に呆然ぼうぜんとしてしまった。

 そしてほどなく────




「…あ、あのクソあまがぁーーーーーー!!!」

 アガット先輩は火山のごとく大爆発した。


 すでに時間は夕刻に差し掛かり、水平線へと沈み始めようとする日の輝きは焔色ほむらいろに染まっていた。
 もう両方を同時に行うのは絶対無理な時間だ。だけど、どちらも緊急きんきゅうを要する事態だった!


 ティータちゃんを救って街の安全を捨てるか?

 街の安全を守ってティータちゃんを見捨てるか?

 二つの選択は、同時にはかなえられない状況にある。アガット先輩は、そういう勝負を挑まれた。
 あの女…、何を考えているのやら、さっぱり不明だ。






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