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「うおおおおおお! 外だ! 外に出られるぞーー!」 「やったよリーダー! 俺達すげー頑張ったよ!」 「ひゃっほう! やっと明るい場所に出られるよ〜!」 「お、おい! 俺がリーダーだぞ?! 置いていくなっ!」 とうとう屋上へと続く最後の階段へとたどり着いた。 …結局、内部調査とトラップを用意、そしてシャムシール団の相手など、まごまごしていたせいで屋上に到着するのに30分も掛かってしまった。そろそろカシウスが塔へと到着するだろう。もうゆっくりとはしていられない。 レンがそのような まあいい。いまはそれどころではないのだ。 そんな シャムシール団のそれぞれ カシウスに勝つ、そのためには だが、レンは ここまで出来るのはレンを置いて他にはいないだろう。遊撃士として実力をつけたエステルはおろか、ヨシュアにさえ その場限りの戦闘ではなく、その場の会話でもなく、その「作戦そのものを一つの 例えば、チェスのように その場限りの感情論で行動する事の多いエステルや、数歩先は見ているが全体としての流れは見えていないヨシュア。その両名が絶対にレンに及ばない能力。それこそが「戦術論」なのだ。これだけは頭脳明晰なヨシュアであろうとも、その知識の幅においては、天才たるレンに及ぶはずもない。 そして、そのレンが打ち立てた今回の作戦を実行した場合を想定し、 逃亡ルートの選別やシャムシール団の意外性、そしてタイムラグなどの誤差を …今回のかくれんぼのために生み出した戦術は、まさに”会心の策”と言えた。 自分でも この階段を上りきれば、後はそれを実行するのみ。 カシウスには存分に苦しんでもらったのち、レンは余裕の笑みを浮かべて、勝利に酔いしれるだけでいい…。 「ふふふ…、カシウス・ブライトにも一度くらいは大敗を 「…ふむ、それで勝てそうだったか?」 「当然よ。レンは天才だもの。計算に誤りなんてないわ。」 「なるほどな、俺はこういう結果が見えているとは思っていたんだが…。」 BGM:英伝 空の軌跡FC「リベールの誇り」(サントラDisk:1・33) 「………は?」 まさかと思って顔を上げたレン。見上げると、そこにはなんとカシウス・ブライトがいた! 見間違いなどではない。さっき別れたまま、服装も態度もまったくそのままの彼がレン達よりも先に屋上にいたのだ! 「な───っ!」 「すまんな。手加減してやれなかった。」 「ど、どうし…て………、あっ!」 レンの視線の先にあったのは飛空艇であった。屋上の中央に黒く輝く真新しい機体、それはレンが調べていたリベール軍に配備されているどれとも違う、まったく新しいフォルムをした新型だった。これまでの機種よりもやや小さく、このさして広くない屋上にもスッポリ入る程度のサイズのもの…。 そう、つまりカシウスは、飛空艇を使って塔に直接乗り付けたのだ! レン達が屋上に そしてまんまと 飛空艇を使うことで、カシウスが そしてレン達がバラける作戦や、その前に一旦、屋上に出る事をも予測して動いた。カシウスは後発という不利な条件下にありながら、” いかにレンの 「き、汚いわよ! 誰が飛空艇なんて使っていいって……っ!」 「言ってたか?」 「…まあ、条件には入れてなかったけど…。」 「いや、逆に言うとな、これしか手がなかった。バラけられては不利だったからな。」 そんな事をしれっと言うカシウス。しかも”バラけられては不利だ”とは言うものの、”負ける”とは言わない辺りが余計に腹立たしい。 「だいたい、こんな飛空艇をどうやって用意したっていうの!? ロレントにこんなモノあるわけがないわ! それくらい調べてあるもの!」 「その通りだ。だからな、リベール王国軍総司令としての権限をフル活用した。ロレントにて事件発生の一報を伝え、レイストン要塞から全速力で持ってこさせたんだ。スタートまで1時間の余裕があったわけだしな。それにルールでは他人の手を借りてはいけないという事だから俺自身で運転した。…これなら問題ないだろう?」 確かに、レンもこういう手段がある可能性は考えた。しかし、彼がまさか なぜなら、これが国家的な問題に発展する可能性があったからだ。 いくら国内だろうと、このような兵器を出動させるというこの行為は、 そういう理由から、このようなリベールに不穏をもたらすリスクをを負ってまで、レンとのかくれんぼ、つまり、「たかが遊び」に勝利しにくるわけがない、と考えたのだ。そんな馬鹿げたリスクを負うほど、カシウスは愚か者ではない、と だが、彼はそれを そういう問題を考慮せずに” これではまるでリベール王国軍はカシウスの私設軍隊ではないか。権力を …だからレンは、 「ふん、 「ふむ、どうも 「え…?」 レンの 「総司令が不在が理由で作戦行動が 「今頃はちょうど、ロレント襲撃訓練に、レイストン要塞は 「……………。」 まさか、そこまで ”レンがかくれんぼ勝負を仕掛けてくる事は読めていた”…と。 だから、 確かに、レンがブライト家に居て、部屋を作るための …だが、こんな事態まで予測が出来るものなのか? 今回のかくれんぼだって、シャムシール団が現れたからという まさか、これがカシウスの持つ特殊能力なのだろうか? 本当に未来が見えるという異能だというのか? 「そんなに、いぶかしんだ目で見られてもな。…そもそも今回のこれは偶然の一致みたいなものだ。俺の不在中の軍事演習は最初から行う予定があったし、それが今回の休暇日を利用したものでもあった。そこにレンちゃんのかくれんぼが重なっただけの話。つまり、たまたま、なんだ。」 …たまたま、と言うには出来すぎているが、シャムシール団が現れたからこそ始まった偶然からのかくれんぼである。疑う余地などなく、カシウスが用意周到だったという事に他ならない。きっと、事態が何であろうとも、同様の迅速な対応をしてみせたのだろう。今回はそれが、ただのかくれんぼだった、というだけなのだ。 しかしそれでも、この事態を予測していたかのような行動には驚きを隠せない。カシウス・ブライトとは、本当にこれほどの人物だというのか? まさか、自分がこうも簡単に敗北するなど…。 いや、待て。…もう一つ、彼がかくれんぼを予測できたという可能性がある。 もしや、【カシウスとシャムシール団がグルだった】のではないだろうか? そうであれば、事前に街で …もしかすれば、レンは彼らの そう気がついたレンは、ありったけの殺気を込めた視線をシャムシール団へと向ける! 「こりゃスゲェな! 俺っち飛空艇なんて初めて見たよ!」 「うおおおお…、なんか俺も 「あ〜あ、リーダーいけないんだ! 勝手に 「うわああああ! 俺は逮捕なのか!? 逮捕という事なのかぁぁ!」 「……………………。」 と 確実に言える事は、彼らはどうひっくり返っても 「(な、なにやってるのかしら、レンてっば〜!)」 などと口には出さずに頭を そうだ! レンが悪いのではなく、ロレントが変だからいけないのだ!! …などと考えても、それが明らかに、こじつけだという事を頭が理解しており、ただただ どうにも、このロレントでは調子が とっても 「よし、じゃあ帰るとするか。空港にこれに乗ってきた兵士が待ちぼうけなんでな、早く戻るとしよう。そのまま今日の夕食はロレントの食堂だ。予約はさっき取ったし、エステルとヨシュアにも連絡しておいたぞ。」 すでに勝負などなかったかのように、カシウスはレンの背をぽん、と しかも、彼は待機していた1時間の間に、勝負後の食事の予約まで済ませているのだ。しかもエステルだけでなく、出掛けているヨシュアにまで連絡をしている。この分だと、きっと予備の …まったく、この男はどうなっているのか? これはもう 「そうだ、お前達も一緒にどうだ? 腹が減っているんだろう? 今日は俺が そんなカシウスのひと言に、シャムシール団は大喜びである。今まで誘拐まがいの犯罪をしていた事もすっかり忘れ、我先にとばかりに 「本当に…、レンは何をやっているのかしら…。」 ロレントへと戻る機内で、レンはそんな小さな しかしそれは彼女以外の誰にも聞こえる事はなかった。 BGM:英伝 空の軌跡FC「商業都市ボース」(サントラDisk:1・14) ────17:30 ロレント市内・居酒屋アーベント ロレントに戻ったカシウスは、飛空艇で空港に降り立つと、そこで待機させていた兵士にいくつかを短く話して後を任せた。そしてレン達を連れたまま、その足で市内の居酒屋「アーベント」へと向かう。道中で聞かされた話によると、そこにはエステル、ヨシュアらが先に到着しているとの事だった。 あれからちょうど3時間、この時期は日が短いのか、周囲は夕日から夜へと変わる時間帯となっていた。完全に日が落ちるのも、もうすぐだろう。 「もうっ! 父さんはいきなり相談もなく───」 「まあそう言うな。せっかく家族も 結局、大掃除を終える事なく今日という日を終了してしまったためか、エステルの剣幕は物凄い。そりゃあ、 「で、アンタ達は?」 そんなエステルは見知らぬシャムシール団が一緒だというのを見つけ、不思議そうな顔をしながら問う。 「あ、お邪魔します。」 「俺達もお呼ばれしました。」 「ね、ねえリーダー、こういう時、敬語でなんて言えばいいんすか?」 「おい待て! 俺に敬語とか聞くんじゃねぇ!」 そんな相変わらずなシャムシール団。レンは横から彼らを見ながら、もう今更どんな突拍子のない行動を取ろうとも、驚きはしない、と達観していた。しかも彼らは日中の騒ぎを起こした事すら完全に忘れているようだ。 あまりにも知識や知恵ある行動とかけ離れた直情的な行動は、レンがこれまで生きてきた中で初めて目にするものだった。…本当にもうどうにでもして欲しい。とりあえず彼らに それに、カシウスに勝つため、かくれんぼに勝てる手を用意はしていたが、…実際に彼らにペナルティを そう思ってから、はっと気がついた。 …どうして今、自分は彼らの事を心配したのだろう? 確かに怪我をされても馬鹿馬鹿しいとは考えたが、…そもそも、どうしてそんな事を考えたのだろう? 昔の自分は、もっと残忍ではなかっただろうか? 昔の自分であれば、こんな事すら考えなかっただろう。ただの だけど、今の自分はまるで善人のような考えをしていた。 だとしたら、いまの自分は何が変わっているというのだろう? 何が変わってしまったというのだろう? いいや、それよりも重要な事がある。 …いまの自分は、人を殺せるだろうか………? 何者からの敵意を向けられた時、それが それは、弱くなったという事にはならないのだろうか? 「きゃああ〜、可愛い〜! この子がエステルの言ってた子なのね。初めまして、レンちゃん。私はエステルの幼馴染みで、この居酒屋アーベントの看板娘、エリッサっていうのよ。よろしくね。」 ぼんやりと考え事をしていたレンが店に入ると、小走りで駆け寄ってきたのが、このエリッサという女性だった。茶色い髪を エステルに可憐さをプラスして、ガサツさを 「ええ、うん。どうも…。」 いつもならそれを口に出し、今思ったような少し 「ん? どうしたの? レン。憎まれ口を叩かないなんて、らしくないじゃない。」 「別に! …なんでもないわ。残念だけどレンはエステルみたいに四六時中、大声で 「あんですってー! …と言いたいところだけど…。ふふん、このエステルさんがテーブルマナーを学習してないって言いたいならお 「おや、エステルちゃん! 久しぶりだねぇ! 今日は俺の自慢の料理をたっぷり味わってくれよな!」 「デッセルおじさんも元気そうで何よりね! エリッサに聞いたわよ。また腰を痛めたんですって?」 「いやぁ、それがさぁ────」 テーブルマナーはどこ吹く風か、顔の広いエステルは、話が終われば次の人から声を掛けられ、絶え間なく 夕食時という事もあって、居酒屋に多くの人が集まっている。そんな中で、レンは街の人に紹介されながらも なぜ、いつものような どうして、こんなどうでもいい こんなのは違う、いつもの自分じゃない。 自分自身に対して 「どうしたの? レン。」 「あ、ヨシュア…。」 そんな時、声を掛けてくれたのはヨシュアであった。午前中は遊撃士の仕事で王都支部へと出掛けていた彼は、予定がずれ込んで、先程ようやくロレントへと到着した。そして、カシウスよりの連絡を受けていたため、家には戻らず、直接このアーベントへと寄ったのである。 「この空気に圧倒された?」 「別に、そういうんじゃないわ。」 どうにも元気のないレンはそう強がってみせるが、それでもいつものように可愛げのない態度を取るような事はない。エステルが戻ってきての話になれば、そういう態度を取ることもあるが、エステルがまた誰かと話していればそれも長続きせず、なんとなく取り残されて静かにしている。…そんな繰り返しであった。 「僕も最初はレンと同じだったよ。ロレントの人は皆、顔見知りみたいな所があってさ。昔の…、当時の無愛想な僕にも、まったく そんな風に しかし、レンはあっさり 「ふん、レンが物怖じ? 有り得ないわ。どんな時でも完璧よ。レンがレンである事には変わりがないもの。ヨシュアとは違うわ。」 「それならいいんだ。僕はそういう空気に慣れるのに時間が掛かったし、住み慣れた今だってエステルみたいには振舞えないから。」 そう言うと、ヨシュアとレンは未だに誰かと話しているエステルへと視線を送る。今度の話し相手はロレントの市長、クラウスさんとの釣り話のようだ。あの盛り上がり様を見ればわかる。どうせクロスベルでの釣り武勇伝でも語っているのだろう。釣り馬鹿同士で意気投合しているのだ。…そう思うと、自分をほっぽり出して楽しんでいるエステルが恨めしく思えてもくる。 しかし同時に、様々な人と 「やっぱりエステルは凄いよね。僕には同じようには振舞えないから。」 「同感だわ。あそこまで口が回るのはエステルだからこそよね。」 ほんの少しの笑顔。…そんな他愛のない会話も、ヨシュアが他の誰かと話した事で終わってしまう。また、レンの周囲は騒がしいだけで、話の輪の中にいるのに、彼女自身は孤立している。知らない誰かに話しかけられても気の利いた答えも返せず、ただ愛想笑いを繰り返す。 そんな そうだ、これがきっと… …… そうしているうちに、どんどんと料理が運ばれてくる。 いつのまにか 「さあ、レン。どんどん食べなさいよ。ここの料理は絶品なんだから! クロスベルの食事処《龍老飯店》にだって負けはしないわよ。」 「ふん、どうかしらね。 「まあ、食べてみなさいって。」 「期待はしないでおくわ。」 エステルが小皿へと切り分けた肉じゃがを、レンは仕方がないという様子でフォークを手にし、口へと運ぶ。どうせ貧乏臭い味がするんだろう、と────。 そこでレンの動きが止まった。小生意気な反論する事もなく、口だけを一生懸命に動かし、もくもくと口を動かしている。そうせずには居られなかった。 「ほら、だから言ったでしょ。絶品だって。」 エステルはそう だが、それを口にする事はしなかった。それよりも、次々と運ばれてくる料理に手を出すほうが これまで食べてきたどの高級料理とは似ても似つかない貧相な調理品なのは間違いないのだが、それでも、ここの料理は美味しかった。それはきっと素材の鮮度が違うからだろう。 特に都会であったクロスベルと比べるとその差は大きい。あそこは都会であるが故に、カルバードやリベールよりの輸入で食を 次から次へと運ばれてくる料理は、全てこのロレントで収穫された素材を使ったものばかり。そして今日収穫された食材を調理している。いや、今日どころか1〜2時間前のものかもしれない。そして、その素材の味を生かした調理方法でのメニューなのだ。味付けに頼る事無く、素材そのものの味を大切にする。それがこの料理の美味しさの秘密なのだろう。 「…まあ、 「おっと、聞いたわよ。レンがそこまで 「及第点だもの、100点じゃないわ。それなりという事よ。」 「ふふん、そう言っていられるのも今のうちよ。ロレントの料理はこの程度じゃあないのよね。今度は大物を釣って、それを調理して エステルとのそんな会話に少々の余裕を持てたレンは、少しだけ調子を戻していた。だが、やはりそれも長くは続かない。エステルもヨシュアも、集まった人達の誰かと話す機会が多々あり、レンだけを中心にしてはくれない。ちゃんと見てくれてはいる、だけど特別扱いはしてくれなかった。 そうであれば、レンは食べる以外にやる事がなく、そして食べてさえいれば誰かと話さなくて済むという事もあり、何も考えないようにして、ただ、食べる事に集中した。味はいい。温かみのある料理だと思う。だけど、それを美味しいとは感じられない。そんな みんなにとっては久しぶりの楽しい夜、 だけど、たった一人だけには、重い疎外感を感じた夜。 そうして、夜は更けていく……。 BGM:英伝 空の軌跡FC「月明かりの下で」(サントラDisk:1・09) いつの間にか…、レンは居酒屋アーベントを抜け出していた。 店内の温かさに比べて夜気は少し肌寒い。 クロスベルのような都会は夜間でも街の明かりが絶える事がないが、このロレントではまだ だから夜が夜らしく、星の輝きを存分に与えてくれるのだ。 その中心に浮かぶ主人公は銀に輝く満月。どの星よりも 「別に…、逃げたわけじゃないんだから。」 レンはなんとなく強気になって 「………違った。…そうじゃなかったわね。」 少し前ならそう考えていたかもしれない。自分は物語の主人公でお姫様、 でも、いまは認めなくてはならない。 自分はその雑多な脇役の一人で、それぞれが主人公であると。レンはたった一人のお姫様ではないのだ。 けして世界は、自分のためになど回ってはくれない。それは様々な出来事が自分に教えてくれた。 ……じゃあ、 今の、主役でも何でもない自分は、これから、どう生きていけばいいのだろうか? 何を 自分の内にある それは天才であるレンが、これまで しかし、このロレントでは、知恵や知識はあまり必要がなく、それで優位に立つ事に意味がない。戦闘で実力を持っていたとして、それがこのロレントでどれだけ役立つというのか? そしてなにより、カシウスという絶対的に揺るがない頂点がいる。武力でも知力でも彼には及ばない。それは今日挑んだ勝負で思い知らされた。 戦闘でも、知略でも、カシウスという自分以上の天才に完膚なきまでに叩きのめされた。 それも、足元にさえ到達できない圧倒的な差。 それにより自分は一番優れているわけじゃないという、小さなプライドさえも簡単にねじ伏せられた。 天才であるかもしれない、けれど、誰よりも優れているという心の拠り所は、その絶対的な根拠を失ってしまったのだ。 ロレント。…ここは、これまで歩んできた生き方が通用しない場所。そう再認識してしまえば、不安を抱いて震えてしまう。いくら強気な態度を取っていたとしても、それは見せ掛けの強さでしかないと気づかれてしまいそうだから…。 そして、唯一の拠り所を失ってしまった自分は、これから…どう暮らしていけばいいのかわからない。 他人を見下すのではなく、 …だから、レンはエステルに助けを求めようと思った。 エステルならレンをずっと見てくれる。脇目も振らず、レンだけをお姫様として見守ってくれる。そう思っていた。 だけどそれは甘い考えだった。 もちろん大切にはしてくれる。ちゃんと見てくれている。だけど、甘えさせてはくれない。レンを一人にして他の人と話したりするのも、特別扱いせずに”普通”として接する事なのだと理解はしていた。きっとそれが正しい事なのだと自分でもわかる。過保護のままでは、レン自身が未だにどこかで追い求める”お姫様”という幻想から抜け出せないままになってしまうからだ。 このままではいけないのだ、と自分でも理解はしている。 変わらなければならない、と自覚している。 「………だけど…。」 心の拠り所がないという事が心細い事には変わりがない。 いまの自分には、この普通であるはずの生活が、とてつもなく重荷である事は変わりがないのだ。 「ここだったか。」 そんな感情を 「意外な レンがいまいる場所は、ロレントの中心にあり、そしてここに住む人々に最も愛される平和のシンボル、時計塔である。…確か11年前のエレボニアが起した侵略戦争である”百日戦役”にて倒壊した経緯があるが、その後、市民により建て直されたという話は耳にしていた。 それまでは特に気に だからここを選んだ、というわけではない。たまたま、この場所から見える月が それだけだ。 「何をしに来たの? 招待はしていないわ。」 「エステル達が探し出すと大騒ぎになるからな。今日、連れまわした責任もあって、俺が探してくる事にした。」 その言葉を耳にして、レンはまた そして何もかもがレンより優れている事を知っていて、上から見下しているんだ、と…そんな 「せっかくの月見酒だ、もし 「…いきなりね。昼間の話じゃないけれど、ご すると、カシウスはレンと背中合わせに腰を下ろし、どこから取り出したのか もちろん彼がこの場で攻撃してこないだろう事は分かっている。仕掛けてくるなら昼間の そんな事を考えたレンは、首を振ってその思考を打ち切った。どうしても、実力者が近くにいると警戒する 「ふむ、いい月だ。最近は仕事で満足に酒も飲めなかったからな。レンちゃんも一杯どうだ?」 「子供に飲酒を 「ははははは…、久しぶりに聞いたな、その不良中年というのは。エステルの 「初耳よ。どちらにしろ 少しだけ視線を送り答えるレンは、月夜に カシウスはグラスを 「どうだ、少しはロレントが気に入ったか?」 「最悪…ではないけれど、大した場所でもないわね。 「気に入ってもらえてなによりだ。」 「聴覚検査を受ける事を勧めるわ。」 そんな会話はすぐに途切れて、ただカシウスが酒を すると、またもカシウスが話し始めた。 「さて、前置きはともかくだ。俺の弱点なんだがな、…それにはまず俺の現状を話さなくちゃならない。」 「人の話を聞いていなかったようね。聞くなんて そんな 「まあ、そう言わずに、不良中年の 「返答はしないわ。聞くだけよ。」 「ははは…、それで十分だ。」 …そして語られていくそれは、カシウスの今と、昔の話であった。 「俺はいま、リベール王国軍の総司令をやっているから、普段から生真面目な顔でいなくちゃならん。立場を重んじれば当然だ。」 「軍に復帰する前は遊撃士としてS級なんて大層な称号を得たりもしたが、それも一つの俺という名の顔だな。」 「なによそれ、自慢話? うっとおしい男ね。」 そう切り返すレンではあったが、本気でそう思っているわけではない。ただ、彼がこれから何を話していくのかを聞いてみたい、と耳を傾ける。 「…それにな、今日の俺も同じカシウス・ブライトだ。掃除の時の俺もそうだし、かくれんぼに付き合ったり、いまこうして未成年に酒を勧める不良中年という愛称もまんざらじゃないと思っている。」 レンの 「総司令である顔、S級遊撃士である顔、そして不良中年でもある顔…、色々な顔があるが、どれも本当で間違いじゃない。だが、それ以外の顔もある。」 「それ以外の顔?」 「ああ、妻殺しの顔だ。」 カシウスは特に表情を変える事なく、ただ月夜に浮かぶ星々を見上げて、そう だが、当時の彼は軍部において作戦行動中であり、彼の活躍がなければリベール王国は消滅し、エレボニアの属国と化していたに違いない。レナ・ブライトの死は、戦争という不幸がもたらした 「俺はいまでも 「ロレントが攻撃される可能性を見落とし、…いや、分かっていながら気づこうとせずに、リベールが勝利する事を選んだんだ。結果としてリベールは救われた。だが、彼女は命を落とした。」 「俺は妻を、レナを見殺しにした。彼女は俺を 「そんな事────」 ない…とは言えなかった。聞いただけの他人である自分が、それを レンにも分かっている。彼がリベールの英雄と呼ばれる レナ・ブライトがその死の瞬間、何を思って死んだのか? それを知るのは本人だけだ。我が子であるエステルを助けられた事に満足はしていただろうが、カシウスが英雄的活躍をしたからといって、彼女がそれを誇りに思い、納得して死んだのかなど誰も分かるはずがないのである。 お前はリベールを守ったんだ。だからそんなに気に 誰もがそう言うだろう。実際、 カシウスの行動は でも、そんな言葉は勝手な 彼女しか出せない答えを、なぜ他人が大丈夫だと無責任に言えるのか? 許してくれるなどと適当な事を言うのか? 戦争で死んだ人間は、戦争で勝てば皆、納得してくれるのか? 死とは結末であり、 彼女がカシウスを そして、 彼女の命が絶えてしまった今、それを確認する手段はどこにもない…。 だから彼は悩み続けている。今も、ずっと…。 「…失意の底にいた俺はな、死ぬことも考えたんだ。彼女を見殺しにした代償として、苦しみながら生きていく事はあまりに 「だからそれを果たせない俺は、死ぬべきだと考えた。」 「…だが俺にはエステルがいた。そしてヨシュアもいてくれた。だから、生きるしかなかった。子供達に支えられて、いままでなんとかやって来れた。レナが残した家庭を守るために、子供に誇れる親を演じるため、がむしゃらに前へ進んだ。」 「でもな、それでも…、俺はいまだに悩むんだ。俺は結局、レナが望む生き方が出来ているんだろうか? 自分の生き方は正しいかったのだろうか?とな。それが何度も何度も浮かんでは消えて、…答えはいつも闇の中だ。」 ……流れる沈黙にレンは何を答えるわけでもなく、ただ考えていた。 この自分の上を行く天才が、 なぜこうも レンは自分にこんな弱みがあったら、他人にそれを話す事なんて出来ない。こんな弱点を他者に きっとカシウスの持つ真の強さとは、表面的な戦闘技術や知略なのではなく、自身の弱さに向き合い、それを納得して生きていける事なのだ。レンのように立ち止まり、一歩も前に進めずにいる事ではなく、恐れを胸に秘めたまま、それでも前へ進んでいける強さなのだ。乗り越えていける心の 「…俺には確かに、戦闘、戦術などにおいて他者より優れた才能があるのだろう。だがな、だからといって全ての問題が解決できているわけじゃあない。この歳になっても罪を抱いて苦しんでいる。そんな男だ。英雄などと呼ばれていいような大層な人間じゃあない。」 彼は一旦そこで一息つくと、またグラスの酒を一気に だが、背中越しに伝わる気配で察した。いまカシウスが飲み下したものは、酒であり、 でも、彼はそれを納得している。それはエステルの持つ、ひたむきに前へと進む強さではなく、全てを きっと彼はこう言いたいのだ。 英雄と呼ばれるような自分でも、誰より …つまり、彼はレンが何かを …まいった。これは 少なくとも、今の自分さえも理解できないレンが しかし、理解できても、納得できない事はある。 「大人は…ずるいわ。」 「ん?」 それからすぐ、レンはその想いと意味を声として 「だってそうじゃない。大人っていうのはお酒という道具を使って悩みから逃げられる。酔ってやり過ごせる便利で都合のいい道具があるじゃない。」 「…レンは子供で、お酒なんて飲めないもの、不公平にも 「……………そうか、ずるい、か。」 大人というものは、アルコールという道具を使って様々なものを しかし子供であるレンには、そんな道具はないのだ。でも、レンにもレンなりの悩みがある。ずっとずっと悩んでいる。では、それを飲み下すには、一体どうしたらいいというのか? 悲しみを自身の どんな手助けが必要だというのだろう? その必要であるものは分かっていた。 だから、レンは決意する。自分自身が持つ悩みと そしてそれを実行するために 「もし貴方が私の家族だというのなら、お酒の代わりに最後の勝負に付き合ってもらうわ。…もちろん憶えてるわね? カシウス・ブライト。まだ昼間の戦いには勝敗が決していないわ。まだレンは全てにおいて貴方に負けたわけじゃない。」 昼間の戦い。それは 「これからレンは貴方を全力で攻撃するわ。私は武器【ナインライブス】も、エニグマも使って、正真正銘の全力で、殺す気でやらせてもらう。でも、今度はさっきとは違う。貴方はレンよりも長く生きているという…つまりは経験値の差がある。その分のハンデはもらわなくちゃいけないわ。」 「なるほど、ハンデか。了承した。…それで、どうすればいい?」 「武器はさっきのまま 「そりゃまた、とんでもないハンデだな。」 「ええ、そうよ。それで勝って 二人は背を向けたまま、 これはレンが、” そして過去の自分を捨て去り、これからの自分を見つける戦いだからだ。 ロレントで生きるために必要なものは、力でも知恵でもない。だから過去は必要ないのだ。 カシウスと戦い、今度こそ だが、執着を捨て去るためには全力でなければならない。それで負けなくては、次へは進むことはできないのだ。だから、とんでもない条件をつける事にした。普通なら絶対勝つ事ができない状況で、それでもカシウスが勝利し、力だけで前へ進もうとするレンを納得させてくれなければならない。 甘えている事は重々承知している。 だけど、カシウスなら、”天才のレン”を演じ続ける 「悪いとは思ってるわ。…ただ、レンは本気で戦ってみたいの。どうしていいか、わからないから…。」 「それで倒されれば納得できるのか?」 「…それもわからないわ。でも、今のままじゃ変われない…。そう思うの。」 「そうか。」 自分というものが、どう エステルが前に進み続けるようにすればいいのか、 ヨシュアが着実に進んでいくようにすればいいのか、 カシウスのように悲しみを抱いてもなお、雄々しく生きればいいのか、 レンにはどうしたらいいのか分からない。 だけど、 きっとそれが、”新しいレン”になるために必要な事なのだから。
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