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その日、シェラザードがロレントへと戻ったのは夜になってからだった。街道に 「まったく、まだ古代種なんてのが リベル=アーク事件の折、まるで【 今日の相手は巨大な角を持つ せっかく さて、そんなシェラさんが向かうのは居酒屋アーベントである。日中、師であるカシウスから食事の誘いを受けていたので、楽しみにもしていたのだ。せっかく、あのレンちゃんもブライト家に来たのだから、付き合わないわけにはいかない。 シェラザードは約11年前…まだ、レナ・ブライトが存命していた前からブライト家に しかし、カシウスも、またレナさんもそういう そんなブライト家に新しい家族ができたのだ。これを祝福しないでどうするというのか? 確かに、あのレンという少女は しかし、ヨシュアがそうであったように、レンも大丈夫ではないかとシェラザードは考えている。確かにレナさんはもういないが、あの頃と変わらずエステルがいるし、カシウスもいる。もちろんヨシュアも彼女を支えるだろう。そして出来ることなら、自分も彼女を応援してあげたい。レナさんのように包み込む優しさはないけれど、一歩引いた外側から、自分なりに出来る事でレンという子を支えるやり方はあるはずだ。 あの子のこれまでがどうであろうと、これからの人生が幸せであってもいいはずだ。 ならば、そんな幸せが 彼女は改めてそう心に …ロレントという街は眠りにつく時間が早く、暗くなれば出歩く者もほとんどいない。元々、都会と違って遊び歩くような場所もないし、ここに住む人々の気質も手伝ってか、夜は長い そんな、 空気の これは戦いによるものではないだろうか? まさか街中で誰かが戦っている? しかもその気配は自分が向かおうとしている居酒屋アーベントの方向からである。まだ300アージュ以上も先でのもののようだが、それは気のせいではないようだ。 シェラザードは駆ける。何らかの事件が起こっている事は間違いなさそうだ。もしかすれば古代種が街に だが、居酒屋にはカシウスやエステル、ヨシュアにレンまでが 夜の そして彼女は見た。 前方に浮かび上がる光の柱を。それは彼女もよく知っているものだ。 「ガリオンタワー!?」 そう、第5世代の新型導力器エニグマが持つ、導力魔法ガレオンタワーである。エネルギーで そんなものを、まさか街中で使うなんて…、危険どころの話ではない! 誰がそんな恐ろしい BGM:英伝 空の軌跡「奴を逃がすな」(オリジナル サントラ Disk:1・32) カシウスとレンが戦っている! しかもレンは自身のいつも使っている大鎌なのに対し、カシウスはなんと その武器は選択肢として意味不明ではあるが、問題なのはそこだけではないのだ。 なんと、ガリオンタワーを使いっぱなしにして、光弾が降り注ぐ中をかいくぐりながら戦い続けているのである! 普通に考えれば、長時間の 無数に降り注ぐ一撃必殺とも言える威力の光弾攻撃を、全て避けながら、二人は戦っているのである! あんなもの、とてもじゃないが避けられる魔法ではない。だからこそ、範囲攻撃としての種別に 確かに、ガリオンタワーの光弾は散弾となって地上へと降り注ぐ。避けることだけに集中すれば、なんとかなるかもしれない…。 しかし、戦闘をしながらとなれば話は違う。ランダムに発射される予想が出来ない弾道、それを着弾のタイミングを だが、彼らはそれをやっている。そんな 「な、なんて…無茶苦茶な…。」 あまりにも まず、戦い自体を止めるべきだろう。こんな危険な戦いは今すぐやめるべきだ。だが、無理に止めに入れば、その瞬間に二人は集中力を それに、カシウスがわざわざ ───その時、カシウスとレンが、 ガレオンタワーの 彼女が天才というのは耳にしていたし、戦闘する姿も何度か見てはいたが…、それにしてもトンデモない実力者だ。自分には いや、それどころではなかった。戦いを止めなければ…! 「せ、先生! 街中で何をやっているんですか! それにあんな戦闘、無茶苦茶です! 「すまんな、シェラザード。悪いがエステル達の方を頼む。いま俺はあの子に勝たなきゃならんのでな。」 …しかし今、彼は戦っている。つまりは、今回は”戦闘という 一方のレンを見れば、呼吸を荒げ、 彼女は彼女で真剣であるようなのだが、それでも殺意があっての戦闘ではないように感じられた。 師匠の武器が 「ハァハァ…銀閃のお姉さん、 すでに息も 敵意ではなく、殺意でもなく、とにかく戦いを欲している二人。 シェラザードにはその真意がまったく分からないが、これが必要だと言われれば、フォローに回らざるを得ない。 だが、遊撃士としてみれば、こんな危険な行為は 絶対に 「……はぁ…、了解よ。思う存分やればいいわ。フォローしてあげる。」 だがまあ、カシウスがそういう危険を承知で、それでも付き合っているのだ。きっと彼ならば一般人が近寄らないよう先んじて手を打っているはずだし、確認もしているだろう。それにレンを応援すると言った手前、これくらいの器量は見せてやらねばなるまい。 こうなれば、エステル達の しかし、この商店街から民家は少し距離があるとはいえ、爆裂音や戦闘音、ガレオンタワーの 「先生、それにレンちゃん。心置きなくやっていいわよ。エステル達は何とかしてみるわ。」 シェラさんは 「恩に着るぞ。今度ちゃんと酒でも飲むとしよう。」 「ふふ…、お姉さん大好きよ。」 「あ〜もう、はいはい。それじゃあ頑張ってね。」 そう言い残すと、シェラザードは …ロレントにやってくる前の彼女が起した戦いならば、シェラザードは戦いを なぜ、あの子がカシウスと戦っているのかの理由は分からないが、それでも、この戦いの後、もっと魅力的になるだろうレンの事を思うと、戦闘の結果がどうであれ 「さて、エステルをどう シェラザードは、背中に感じる戦いの気配を感じながら、一旦その場を BGM:英伝 零の軌跡「Inevitable Struggle」(オリジナル サントラ Disk:3・15) or (オリンジナルサントラMini :04) いま、レンは戦いを 敵となっているのはこれから家族となる者。そしてなにより力を持つ者、カシウス・ブライトである。 なぜか? それは、これまでの自分を” 変えるのではない、換えるのだ。これまで様々な そして、新しい自分となるためには、色々なものを捨てなければならなかった。それが例え《家族を演じるレン》を作り出すという”本当の自分を覆い隠す行為”であったとしても、そう選択するしかなかったのだ。 それを実現させるためには、これまで積み上げてきた多くのものは、新しく始まるロレントでの生活には不要だった。それらは今後の生活をよりよく理解をするための 彼女の真意はこの戦いに敗北する事にある。 全力を出して、決定的に負ける。そうする事でようやく大きな力に だから戦う。カシウスが執着を断ち切ってくれると信じて。 すなわち、これがレンにとっての最後の戦い。 彼女はいま、そう決断したのだ。 「───光の柱よ 5度目となるその導力魔法は、道の中央、広場の中心に …広範囲に そんな大魔法を乱戦の中で行使し、それが仲間に命中しないのは、術者がある程度の着弾点を操作できるからである。勝手に外れてくれる程、便利なわけではない。魔法そのものを扱うよりも、いかに仲間を避けて着弾させるかがこの魔法の難しいところとも言える。 しかし、 いまこの場において、レンは動き回る自分に むしろ、レンは魔法範囲内での着弾位置の操作を それはつまり、その戦域にいる者、自分を含めた全てを 全ての光弾を そんな 避ける事などできるはずもない、まさに流星のごとく大地を 彼女がカシウスに使っているのは、そういう戦術だった。 それがいま出せる全力。この戦術で勝てない相手など、まず存在しないだろう。 当たり前だ。ガリオンタワー…、あんなもの避けられる魔法ですらない。そこに通常攻撃を加えるなどという発想をする方がおかしい。不可能とさえ思える戦術だ。それをレンはやり これでなら、レンが だが───、 「どうした? 息が上がっているぞ。」 カシウスは息すら乱さずにいた。彼にはそういう もちろん彼にも光弾は襲い来ている。しかし、彼はその着弾地点や軌道を知っているかのように、その直撃の寸前、最小限度の動きで避けているのだ。いくら達人だからとて、あまりにも神技過ぎる。この男には常識すら 「ハァ…ハァ…。」 息が上がって返答すらできないレン。しかしそれは呼吸の だからとて、それで勝敗が決したわけではない! まだレン自身にも余力はある! 「ふふ…、この程度で調子に乗らない事ねっ!」 彼の 「くっ───!」 レンは攻撃を中断し、爆裂する光弾からも飛びのくように カシウスの武器は新しく買った だが、彼はその竹製の長い柄の部分を、まるで棒術のように見立てて扱っている。箒の主要部である羽先を右拳の後ろへと回し、突き出した左手で箒の何もついていない上側だけ握り、竹槍のように構えて利用している。 それ故に攻撃は突くだけに限られていた。箒の側面でレンの攻撃を受け止めるには明らかに強度不足だし、打ち払う事にも向いていない。だが、突くという攻撃のみであれば、武器を打ち払う程度の強度はある。 そして今、カシウスはレンの攻撃を阻止するだけに集中している。 自身では攻撃せず、レンが振り下ろす必殺の一撃を そんな、針の糸を通すような、真の神技を扱えるのはカシウスしかいない。 さりとて、彼も無傷ではない。ガリオンタワーの光弾2撃を背中と左腕にそれぞれ喰らっている。直撃ではないが、それでも着実にダメージを与えてはいた。レンとて、ただで倒されるわけにはいかない事情があった。 「ハァ…ハァ…、あ、雨のように降り注ぐ光弾の、その全てを避ける事なんて不可能よ! それにレンの攻撃だってそうそう避けられてばかりは居られないはず! さあ、どうするの!? カシウス・ブライトっ!!」 息も絶え絶えのまま、それでも少しも休まず、さらに加速するレン! このままでは体力が尽きるのは自分である事など最初から分かっていた。だが、いま出来る最大の攻撃を叩き込まねば意味がないのだ。全てが最大での一撃を放たなければ意味がないのだ。そうしなければ、これまでの自分の強さというのを諦められない。 だから、いまこの一瞬に、これまでの全てを込めて、一心不乱に武器を振るっている! それが───、自分の道を切り開くための手段だからだ! 振るわなければ進めないからだ! 「だが、俺はまだ倒れてはいないぞ? それで終わりなのか?!」 カシウスから届く声には戦闘前と変わりがない。多少のダメージはあったようだが、本当に多少であるようだ。それに対して、レンはそろそろ限界だった。疲労が でも止まれない! 呼吸を ───その時、レンの頭上に降り注ぐガリオンタワーの破壊光弾! だが、レンはそれを見る事もせずに鎌を振るう! ナインライブスを一閃させてそれを振り払った! 普通の武器ならば魔法を弾くなんて事はできない。しかし、彼女のそれは魔法さえも断ち切るのだ! そしてそのまま大きな まさに薄皮一枚の差でそれを避けたカシウスは、距離を取って間合いを開く。それは、ほんの少しの差だった。…だが、とてつもなく大きな差でもあった。越えられない差だった。 しかし、しかしだ。 そうして たった数分の間に、彼女はさらに強さを増していたのだ。この 「でも、これはいらないもの!っ」 そうだ、こんなものはこれからの、新しいレンにはいらないものだ。このロレントでの生活に強さは必要ない。いま必要なのは、ロレントで生きていくために過去を捨てて変わることだからだ。だから戦っている! 「ハァハァ…こ、攻撃してきなさい! カシウス・ブライト! いつまでも逃げていたら、…レンが勝つわ。勝ててしまう。」 「………………。」 しかし、カシウスは構えを崩さず、それに答える事もしない。この戦闘が始まってからの彼はやけに無口で、シェラザードと話をした以外にはあまり言葉を発していない。先程のひと言だけだ。 そうしているうちにガリオンタワーが効果を失い、再びその姿を消していく。レン自身の持つ導力エネルギーも底をついていた。これまで8度もの魔導塔 …だが、彼の動きを見続けたおかげで、それなりに動きも いまなら当てられる。…自分が持つ最大のSクラフト【レ・ラナンデス】を。 勝ててしまう、あのカシウスに! …だけど、 本当にカシウスはこれを …そんな心配まで浮かんでくる。 でも、自分自身が持つ全力を出さなければ、どこかにわだかまりを残してしまうだろう。こういう言い方は変だが、カシウスの強さを信じてみるしかない。いまのレンをねじ伏せられる者は、彼しかいないのだから。 「…この次でレンの攻撃は終わりよ。銀閃のお姉さんが 荒げた呼吸を整えて目を 「お願いよ、悪意あるこのレンに勝ってちょうだい。それが出来るのは貴方だけよ。」 「………………。」 「返事がない、という事は答えるまでもないって事かしら? …それとも、勝てないという事かしらね…。」 彼の沈黙が勝てない事の いや、違う。 …彼がこの戦いに負けるなどとは、 いまのカシウスの表情は真剣そのものではあるが、その瞳には生死を 「いや、大したものだ。その歳でこれだけの戦術を 何を嬉しそうに関心しているのか? こちらは自身の持つ最大Sクラフトを発動させようとしているのだ。しかも彼の動きも見えてきている。いくらカシウスとはいえ、これほどのハンデがある状況で喜んでいる場合ではないはずだ。余裕があるとでもいうのか? それともレンとの戦いを真剣にやろうとは思っていないのか? 「防御ばかりで失望させてしまったのならそれも謝ろう。しかし、正直言うと自信がないんだ。もしかしたら負ける可能性もある。なんせ確率は1/3だからな。」 「1/3??」 なんだそれは? カシウスは何を企んでいる? もしかすればこれまでカシウスが無口だった秘密がそこにあるのだろうか? レンの攻撃を避けながら、彼は密かに勝利への方程式を組み上げていたというのだろうか? 普通の相手ならば、どのような奇策も圧倒的なレンとの実力差だけでねじ伏せる事ができる。しかし、カシウスがそんな策を練っているとしたら、Sクラフトを放つ事にも そしてカシウスはそこで不敵な笑みを浮かべた。 「じゃあ、今度はこちらから攻めよう。…最大最後のSクラフトなど撃たせはせんよ。」 その言葉と共に、───彼の気配が変わった。 それまで 放たれた闘気にレンは全身が総毛立つ!! 「なっ! なによこの力───っ!」 レンが 「これはエステルの技っ!」 エステルが得意とする中距離戦で使用する棒術クラフト、 だが、デカイ!! エステルのそれと比べても、その気弾の大きさはレンの レンはその大きさと威力に 「だけど! 直線軌道ならっ! ───やぁ!!」 しかし、それさえも大鎌ナインライブスを振るって両断する! 発射された闘気弾がいかに強力であろうと、どれだけの速度で襲い来ようとも、それが直線的な軌道ならば、サバく事は不可能ではない! だが、破断したというのに、想像を超えた威力が腕に圧し掛かる! とてつもなく重い、かつて感じた事がない程の恐ろしい破壊力である。 それでもなんとか防ぎきったと思った瞬間、レンは なんと真上から、カシウスが攻撃を仕掛けてきていた!! そして拳を強く その瞬間、地面が だが、今の攻撃はあの戦闘以上の威力だ。明らかに破壊力が段違いだと言える。どうやれば、人間が石畳の道路を素手で爆砕できるというのか? 地面をえぐり、 「よく避けたな。」 その土煙りが そして今ようやく理解する。 一瞬でも彼に勝てると思った事が、まったくの いま本気のカシウスと いくら動きを読んだとて、それは 自分が天才であるように、彼もまた自分以上の天才…。 それに加え、長年に そこまでの差があって、勝てるわけがない。 武器がなくとも、導力器がなくとも、そんな程度のハンデなど、大した事ではなかったのだ。 そもそも、子猫では化物に勝てるはずがない。箒だろうと、フォークだろうと、彼はどんな武器でも勝てたのだ。 「いまのはわざと外したんだ。心の準備は必要だろう。」 これまでの戦闘で動きを読めるようになったと勘違いしていたレンとは違う。逆にカシウスは完全にレンの動きを見切っていた。そして、敵ではないレンのために、わざと一撃を外していたと言う。 そこでレンは気づく。彼が言った確率1/3とはこれからの事なのだ。いまの攻撃は3発分の攻撃で構成されていた。そのうち、どれかが当たれば、それだけで必殺のダメージとなる。 何が負ける可能性か? デタラメもいいところだ。 「次は当てるぞ。」 「───っ!」 そしてまたもカシウスが攻撃してくる! 巨竜の まるで吹き荒れる烈風であるかのように突撃してくるカシウス! レンの出せるであろう最大速度を大きく越えた超スピードでの攻撃は、間違いなくレンの腹部を狙ってのものだ! 考える余裕など欠片もない! 反射的に身体を右へとスライドさせて攻撃をやり過ごす! その 「あうっ!」 かろうじてナインライブスを だが、まだ3発目が残っている!! 「さあ───っ! 1/3だ。覚悟はいいか?!」 カシウスが放つ最後の一撃、それは手の平を開いて前へと突き出した 一撃でリベール王国のグランセル城城門を粉々に すでに武器を失い、敗北は決した。だが、カシウスはその手を止める事はない。 この一撃がレンへと突きつける最後の一撃、勝者と敗者を それこそが、自分が望むべき明確な差である。これを受ければ、 これまでの全てが区切りがつき、また新しい始まりが これでいい。 これで、いいのだ……。 …この瞬間、レンは不思議と周囲の状況が、ゆるやかな時を 不思議と恐怖感はなく、 そしてその思考の中で、ぼんやりと考える。 この一撃を受ければ、間違いなく負けられる。 でも、無事では済まないだろう。 内臓器官に カシウスが放つ本気の一撃なのだから、それくらいは仕方がない。 だって自分でけし そういえば…、 数年前までは命令されるがままに戦い、聖杯騎士や傭兵を相手に きっと、レンが殺した相手も、いまの自分のように いま自分がその身となって、ようやくそれを知った。 エステル達と出会い、過去の自分の行いが 過去の自分のとった過ちを そしてこれから生きていく自分は、それをどう感じていればいいのだろう? 分からない。 どうして、こんなにも分からない事だらけなんだろう? 執行者として生きていた頃は間違っていたけれど、悩まずに済んだ。 なぜこうも、生きるという事は悩みを抱えていくものなのだろう? 分からない事だらけなのだろう? どれだけ悩み続ければ、全ての答えが見つかるのだろうか? ずっと悩んだ先に、遠い未来に、その答えは用意されているのだろうか? もし、来るべき未来に苦悩があるになら、いまここで死んだほうがいいのかもしれない。 死んでしまえば束縛はない。それこそ唯一無二の自由。 過ちを犯し、そして果てのない苦悩を解決できずに、またしても自分でない人格を生み出すような、どうしようもない自分は、いまこの場で殺されてしまった方がいいのかもしれない…。 …しかし、いま目の前には”現実”が迫っていた。 それは強大な力。絶対的な破壊の力。カシウスが放った3発目の最後の一撃! 身に受け感じる感情は恐怖。身体の底から吹き上がる絶対的な恐怖である。 目を反らしても避けられない、どれだけ悩んでも逃げられない、この現実は今まさに目の前に迫っている! この場で答えを出さなければならない問いとして、眼前へと迫っている! 何処へも逃げ場などありはしない! 悩み続けても生きたいか、それともいっそ、ここで死んで自由になるのか、 自分は結局どうしたい? 生きる事の何が辛いのか? 人と接する事? うまく話せない事? 死ぬ事の何が怖いのか? 痛い事か? それともエステル達と会えなくなる事か? でも、押し込められた感情は嘘をつかない。いまの自分が怖いと思っている事を隠さない。 「最後の一撃だっ!」 「でもっ! それでもレンは───!」 それがどれだけの効果を持つものなのかは いまこの場には自分以外に誰もいない。誰も自分の代わりに傷ついてはくれない。守ってはくれない。だけど、やっぱりレンは生きていたい。悩んでも、罪を悔やんでも、エステル達と…家族と一緒に生きて生きたいから! だから! レンという自分が、自分でその身を、その心を必死に守るしかない!! 目の前の恐怖に立ち向かうしかない! …過去の自分、レンが生んだもう一人のクロスという自我は、いつもレンを守ってくれた。レンが傷つく代わりに傷ついてくれた。 でも、今は昔とは違う! あの頃の自分とは違うのだ! 自身が組んだ防御が、腕をクロスしたものであるという自然なような偶然。それはもしかしたら彼女の覚悟から出たものなのかもしれない。自分を守るものは間違いなく自分であるという事を心の底で真剣に 悩む事よりも、まず、いまするべき事を乗り越えるため、レンは迷いなく行動を選択した。 そして、カシウスが放つ最後の一撃がレンを襲う! 「ジャンケン、ポイ!!」 カシウスはそのまま開いた手、つまり、パーを出し、 勝負、あり。 BGM:英伝 空の軌跡FC「空を共に舞う気持ち」(オリジナル サントラ Disk:2・24) 「………………は?」 「よぅし! 俺の勝ちだ。」 レンが 「…な、なな………。」 「どうした? 今回は完璧に俺の勝ちだからな。」 「なぁ〜〜〜〜〜〜〜!!」 あまりにも 「はっはっはっはっ! さすがの天才少女もこんな手で負けるとは思っていなかったようだな。」 かっかと笑うカシウスの 納得いくとかいかないの前に、必死で身を守るために意気込んだ力が、全部抜け落ちてしまったからだ。 「ふむ、少々演技が過ぎたか? 普通のジャンケンじゃ1/3の確率でしか勝てないし、これだけ攻めれば防御の最中にまさかチョキは出さないだろうと…、まあ、気合が入りすぎてしまった感は……ん? レンちゃん、大丈夫か?」 「な、な、何が少々よっ!! こんな勝ちなんて認めないわ!」 あれだけ圧倒的に攻めておいて何が少々か! こっちは本気でダメだと思ったというのに。それに、あれだけの戦闘を繰り広げておて、ジャンケンで勝敗など認められるわけがない! そもそもなぜジャンケンなのか! 「いや、今朝の戦いの勝敗といえば、これもそうだろう? ジャンケンだって俺の不意打ちで勝っただけだし。再戦なんだから、これで勝っても文句はなかろう。」 「ふざけないでっ! これじゃあレンの全力での敗北にはならないわ! 完全に負ける必要があるのっ! こんな負け方じゃあ意味がないじゃない!!」 レンの表情は呆然から それが、こんな結果に終わるなど納得がいかない! 納得できるはずがないっ!! …しかし、カシウスはあっけらかんとした様子で言葉を継いだ。 「じゃあ聞くが、お前が傷を負う事で誰かが喜ぶのか? エステルもヨシュアも悲しむだけじゃないのか?」 「それは……。」 答えるまでもない。レンがカシウスとの戦いで傷を負えば、二人は笑顔ではいられないだろう。返す言葉を失い、 「でも…、でもレンは…、変わらないと、いいえ、換わらないといけない…から…。」 そう、ロレントで暮らすために新しい自分になろうとしているのだ。《家族を演じるレン》へと。いまという現実に対処するため、一番適した自分になるため、こうしてカシウスに戦いまで挑んだ。過去を捨てなければ別の自分へは換われない、そう考えたから。それが現実から逃げていると知りつつも、そうする事でしか進んでいけないと感じたから…。 「変化ではなく、変換する、か…。」 「そう、レンはそうしなくちゃいけないの! ここで暮らすのには必要なのっ!!」 「なあ、レンちゃん。…過去を捨ててまで変わる必要があるのか? いまのままじゃいけないのか?」 「…え?」 「今の自分は前と少しも変わっていない。だから変わる必要がある。…でもな、もしかしたら、前の自分と今の自分は随分と変わっていて、自分だけが変わっていないと思っているんじゃないか?」 「そ、そんな事は…………。」 「なら、昔からのお前を知っているエステルやヨシュアだけでなく、シェラザード辺りにも聞いてみるといい。今の自分がどうなのかを。一人で悩むよりその方がよほど建設的だと思うがな。」 聞けば相応の答えが返ってくるだろう。彼らはなんと答えるだろうか? もし失望しているという答えが返ってきたら自分はどうすればいいのだろう? そんな事、とてもじゃないが───、 「怖いか?」 「だ、誰が怖いだなんて!」 「…お前さんは素直だな。それに根が真面目だ。だから悩みが尽きないのだろうが…、そこが魅力なんだと俺も気づいたところだ。」 「うるさいわね!」 笑顔でさらっとそういう台詞を吐くカシウスを一蹴するレン。真面目と決めつけと断じられ怒りさえ覚えはしたが、こうもアッサリと思考に陥ると、どうにも言い当てられたようで悔しい。真面目じゃないとは言わないが、真面目と決め付けられるのは気に食わない。 「変わる努力も必要かもしれん。でももまず、このまま、今のままの自分を信じてやってもいいんじゃないか?」 「今の自分を…信じる?」 これまでレンは、その環境に合わせて”新しいレン”という人格を形成する事で全てに対応してきた。過去の一切を断ち切る事で、新しい環境を受け入れていたのだ。…つまり、換わっていた。 でも、そういう現実から目を背ける事では何も解決しないと本当は分かっていた。だから、そんな自分を捨てる覚悟もあった。…でも、ロレントでの暮らしを恐れて、知らず知らずのうちに、また自分をすり替えようとしていた。現実から逃げ出そうとしていた。 カシウスの言う”いまのまま、自分を信じてみる”という考え方。どこかでそれを知っていながら、選ぶ勇気はなかった。全てを背負ったまま、現実と向き合ったまま、それでもレン自身である事を続ける事は、あまりにも難しいからだ。どう道を歩き、選択する事が正しいのかなんて分からない。 「別に俺が手本だなどと言うつもりじゃあないんだが…、自身の過去を案じて、どれだけ悩んでも、解決できない事はいくらでもある。それはお前だけじゃあない。俺やエステル、ヨシュアもそうだし、今日会った人々、そしてこれまで会って来た人々…。それぞれが何かを持ち、抱えて生きている。みんな同じなんだ。」 「悩んだっていいじゃないか。」 「慌てずとも…、時間はいくらでもある。ゆっくりでいい。自分のペースで進んでいけばいい。自分が自分を信じてやれるまでな。」 このロレントで暮らすならば、時間はいくらでもある。自分を信じてやれるまで存分に悩めばいいと彼は言う。…しかし、今のレンにはそれを実感として認める事は出来ないし、納得できない。 「そんな…の…、そんな事言われたって!」 納得は出来ないが、彼女にそれを考えさせてくれるほど、今の状況は甘くないようだ。 「なんだなんだ!? さっきから 「こんな夜に騒いでるのは誰なのよ!」 「まったく! どこだ!! とっちめてやる!」 四方から聞こえる声、それは近隣に住んでいる街の人々のようだった。まだ22:00頃だというのに、眠りについていたご家庭がレン達の戦闘で叩き起され、我慢に我慢を重ねた末、とうとう爆発したらしい。いくら田舎街の温和な人々だとはいえ、安眠を妨害されては怒りもする。 …それにしたって、ロレントの住人は寝るのが早すぎる。 などと思案している場合でもない。加えて…、さらに最も 「ちょっとー!! 父さん! レン!! あんた達は何やってんの!!」 シェラザードに待った!を掛けられていたエステルが、とうとう飛び出してきたのである。二人の戦闘を知り、これ以上は その後ろに続くのは、”止めたんだけど無理でした”と言わんばかりの情けない顔をしているヨシュアである。きっと、もう少し引き止めるつもりはあったが、まったく効果がなかったのだろう。ヨシュアがエステルを止めるなど無理にも程がある。まさに紙で出来たダムみたいなものだ。2秒と持たない。(むしろ、ほとんど素通り) さすがのカシウスもこれにはまいった。彼ほどに卓越した英雄も、安眠妨害された怒りの住民と、我が愛しき突撃娘には抵抗する事などできないだろう。もちろんだが、さすがのレンも、この状況で悩んでいられる程ノンキでもない。目の前のピンチに珍しく慌てている。 「ど、どうするの…?」 「いや、俺に聞かれてもなぁ…。」 住人らの声が近づいてくる中、慌てるレンはカシウスを急き立てるが、カシウスは難しい顔で思案したままだ。レンはレンでこういう場合の対処など知るわけもなく、逃げていいのか謝るべきなのか分からず、カシウスの返答待ちである。 「アンタ達! どうして戦闘なんて馬鹿な事を───!」 その間に凄まじい加速で駆けつけたエステルは、えらい剣幕でカシウスへと詰め寄る! そしてその後ろには、まあまあ…と、なだめようとして手も出せない情けないヨシュア。さらにその後方では、シェラザードが無念そうな顔で溜息をついていた。ダメだったらしい…。 このままでは、エステルだけでなく、住民までもが詰め寄ってきて、四方八方から怒られてしまう。 カシウスもレンも、かつてこれ程のピンチは経験した事がない。 「お、そうだ。」 その時、カシウスの脳裏に浮かんだ 「よし、レンちゃん。俺の言うとおりにするんだ。!」 「い、いいわよ! なんでもいいから! だから、この状況をなんとかして!」 「まずはエステル!! これを持つんだっ!」 「ちょっと父さん! 聞いて───は?」 「ヨシュア、お前はその鎌だ。ほら、レンちゃんはそれを渡すんだ。」 「頼むわね! ヨシュア!」 「え? どういう事??」 レンは言われるままに自身の大鎌をヨシュアへと手渡す。もちろんヨシュアだって状況が理解できず、とりあえずは受け取るが、受け取っただけで、その意図は当然のごとく伝わっていない。 「よし、逃げるぞ!」 「了解よ!」 すると、カシウスとレンは一気にダッシュ! 街の出口へと 「…ちょ、ちょっと! 父さん!! レンッ!」 取り残されたエステル達は、ようやく逃げられた事に気がつく。しかも、それだけなら良かったのだが…。 「ゴラァ! またお前らか! 夜中に何を騒いでるんじゃー!」 導力機器を扱う店、メルダース工房のハゲ爺さんメルダースが寝巻き姿で飛び出して来た。可愛らしいナイトキャップが意外に似合っている。 「おい、エステル! 鉱夫の眠りを妨げるとはいい度胸じゃあねえか! ああん!?」 「あなた、落ち着いてください。アーニャもまだ寝てるんですから…。」 マルガ鉱山で一番パワフルな親方、ガートンさんがパンツ一枚で飛び出してきた。かなり立腹している様子。奥さんが必死になだめているが効果はないようだ。 「仲が良くて 「ああ、ヨシュア君…、僕はやめようって言ったんだけどさぁ…。じゃなくて、キディさんはまだ嫁とかそういう…。」 雑貨屋、リノン総合商店の親子。ブルーム婆さんと息子のリノン。とっとと結婚しろと言われている彼女、キディさんが気に入っている婆さんは、いつになくお怒りの様子である。 「へ? あの…ちょっと…。」 「皆さん落ち着いて、これには事情が…。」 まさに 「お前らいい加減にしろよ!? 若いからって夜中にイチャついて、なぜ地面に大穴が開いとるんだ?」 「 「…これは事件だわ。この 近隣の住人があれよあれよという間に広場を取り巻き、大した事件でもないのに祭りのような 「もう! あの不良中年めーーーーーーー!!」 そして、エステルのやるせない叫び声は、星の瞬く空へと吸い込まれていった…。 BGM:英伝 空の軌跡SC「絆の在り処」(オリジナル サントラ Disk:2・18) 星の降るような夜、カシウスとレンは歩調を たどり着いたのは木造の2階建て。ブライト家である。昼に出掛けた時と同じような形で戻ってきた二人…。 「やっと戻ってこれたか。しかし、俺達の荷物は手付かずだな、…そりゃあそうか。」 日中、取り残されたエステルも一人で奮戦していたのだが、家族全員分の荷物が相手では、リベールの混乱を解決に導いた英雄でも無理である。いくら彼女が強くなったとはいえ、たった一人でベッドやタンスを簡単に運べるわけではない。それこそ無理だ。 「は〜、これは仕方がないな。でもまあ、雨も降らなんようだし、明日に持ち越しか。…ん、どうした?」 「…別に。なんでもないわ。さすがにエステルに迷惑を掛けたなって思ったの。」 掃除の手伝いもせずに家を飛び出し、 レンが勝手な行動を取らなければ何も起きなかった。 いや、今からでも遅くはない。戻って謝れば、エステル達は悪くないって謝れば…。 「私、戻るわ。」 「はは…、いいから甘えさせてもらえ。」 なぜ戻らないことが甘える事になるのか? レンは不思議そうな顔をしてカシウスの顔を見る。そこにはあの、無邪気な少年のようで、熟達した戦士とも思えるような優しい顔があった。 「今から戻っても解決にはならんさ。どうせエステル達が少々からかわれて終わりだ。帰ってきたら一緒に謝ればいい。」 「そういうものなの? それが甘えるって事?」 「それよりも、だ。」 カシウスは返事の代わりにレンの背をぽん、と叩くと、家へと 「茶でも入れてやった方が喜ぶ。そんなもんだ。」 「…納得いかないわ。」 納得なんて出来ないし、それでいいのかの判断も出来ない。でも、これだけは分かる。彼は今日一日、ずっとレンに付き合ってくれて、色々な事を教えてくれた。本当はただの他人なのに。家族と呼んでいるだけの他人なのに。彼はどうして、こうまでしてくれるのだろう? 家族って何なんだろう? 昔、自分にもあったはずの家族というもの。 幼かった頃の自分は、そんなものを意識してはなかった。 でも、それは血縁だからそう信じられた。血が じゃあ、いまこの場に レンがそう悩んだ時、さっき聞いたカシウスの言葉が思い出された。 ”悩んだっていいじゃないか” 分からない事をすぐに理解しようと思っても、出来ない事は多々ある。でも、理解するため悩む時間はいくらでもあった。家族というものが何であるのか? それは今という時に解決しなければならない問題ではない。ゆっくり、自分の中で感じて、理解していけば、それでいいのだろう。もしくは、エステルやヨシュアに相談してもいい。二人に聞きずらいなら、シェラザードにでもいい。一人で悩むより、よほど建設的だ。 レンはいつの間に、そう考えている事を気づいた。 知らないうちに色々な事を教わっていた。胸に支えた重い何かが今はすごく軽いものに感じた。きっと彼に、カシウスに教わった全てが、自分を楽にしてくれたんだろう。 …なのに、レンは彼に対して感謝できていない。迷惑を掛けたままで、何も返答できていない。 どうしたらいいだろう? 自分は彼に何をするべきなのだろう? 「よし、エステル達が帰る前に、まずは俺達がノンビリするとしよう。レンちゃんは紅茶でいいか?」 「……レンでいいわ。」 「うん?」 「呼び名よ。家族同士がいつまでも”ちゃん”付けじゃ変だもの。」 「それでいいのか? 無理にとは言わんぞ。」 「いいのよ。…か……カシウス………おじさま。」 「ほぅ、奮発したな。」 「だ、だって、しょうがないじゃない!! いつまでもフルネームじゃ変でしょ? だからこれでいいのっ!」 レンはカシウスから顔を背けたまま、少し恥ずかしげにそう伝え、そして言葉を続けた。 「で、でも! 貴方は父親じゃないんだから父とは呼ばないわ。”おじさま”が精一杯の そんな不器用なレンに、カシウスは小さく苦笑し、そして口にした。 「そうか、これからよろしくな。…レン。」
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