水竜クーと虹のかけら

第一部・02−01 「雷の女王、イメルザ」
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 ───私の名はイメルザ。
 イメルザ=クリム=ラファイナ。

 このラファイナ王国の統治者たる”女王”を名乗る者。そして最愛の我が息子ユニスの母でもある。

 私は今、本日の予定であった地方領主との謁見えっけんを終え、休息という名目めいもくで執務室へと戻っていた。しかし本当に休息を取るひまなどはないし、取るつもりもない。
 この後にひかえている租税そぜい会議の前に空いた時間を使い、あの男を呼んであるのだ。


コンコン……、と軽く2回。扉を叩く音。
 ちょうどよいタイミングだ。約束の時間通りに数秒とずれる事なく、浅く扉をたたく音がこの執務室しつむしつひびく。誰かを問うまでもない。
 ほどなく入ってきたのは、一人の…若い長身の男。
 足取りは軽く、優雅ゆうが凛々りりしく私の前まで歩むと、流れるような動作で片膝かたひざを付いて、うやうやしくこうべれる。


「失礼致します───。水竜神官長第六席、バスターク=ハンムリエまいりました。」
 まだ30歳前の青年だが、その衣装は高位な僧侶にしか身にまとえない純白に金糸の僧衣。そして目に付くのは、その白い僧衣そういよりもさらに白い、あでやかで肩下まで届く長い”白髪”。…それが美しく流れている。

 彼の名はバスターク。
 大神殿の高司祭という顔を持ちながら、私が唯一、信頼を置いている”仕事屋”でもある。

「急の呼びたて御足労ごそくろうでありますな。」
「いいえ。本日は女王陛下のご尊顔そんがん拝謁はいえつさせていただき光栄のきわみ。これも水竜様の御加護というものです。真なる女王につかえさせていただく身として、これ以上の急務きゅうむなど御座いません。」

戯言ざれごとはよい。盗聴の心配もないのですから、いつも通りでかまいません。」

「……あんだよ…。そういうの先に言ってくんねえ? じゃあ、楽にさせてもらうかね。やれやれ…っと。」
 急に態度を変えた男。いや、こちらが本性ほんしょうである。

 このバスタークという青年は、我が国の守り神たる水竜信仰のかなめ、大神殿にせきを置く神官団長の一人だ。常日頃より表向きは聖人然せいじんぜんとした態度で行動しているが、実際は規則きそくなど鼻にもかけない身勝手な内面ないめんを持つ男であった。
 今も私の目の前だというのに、勝手に椅子いすを引き寄せて座り、ふところからタバコを取り出して許可もなく吸い始めた。足を組んで、面倒臭めんどうくさそうにしている。…まったくの遠慮えんりょ礼儀れいぎ興味きょうみが無いのが見て取れる。

「で? 今日はまたなんの用なんだ? 俺もいそがしいからな。あんまり時間もねーんだよ。」
 完全にリラックスしきった様子で、大きく吸いこんだ白煙をゆっくり吐き出す。そして長く美しい白髪をげた。もはや人の話を聞く態度ではない。ましてや先ほど崇敬すうけいの念を込めてめちぎったハズの女王を目の前にして、堂々とタメ口で話すなど無礼にもほどがある。……常識的に考えれば投獄されても文句を言えないだろう。

 しかし、態度たいどがそうであっても、そのあおひとみにはふざけた様子はないという事を私は知っている。こういう男なのだ。常に暢気のんきな態度をしてはいるが、仕事は確実にこなす。そういう便利な男である。だからこそ態度など気にしないし、相応そうおうの信頼も寄せている。

「まず先に…、貴方の魔眼でユニスを調べてください。」
「なんだ、またかよ。何度やっても変わんねーって。…さっきも遠目で見ておいたから間違いねぇ。変化なしだ。原因は相変わらず不明だけどな。」

「───ああ、そういや案内される時に見かけたんだがよ。王子の護衛についてた、あの顎鬚あごひげの衛兵、あの新顔の奴だよ。……あいつはあと2年と8カ月だな。たぶん戦闘が原因だぜ。ちょうど水竜の祭典さいてんがある頃だからな、その時に小競こぜいでも起こるのかねぇ。」
 そう言って、無関心そうにけむりを吐き出す。

「………………。」
 私は押しだまった。この男が言うのだから、何かしらの騒動そうどうが起こるのだろう。そしてその結果、衛兵は死ぬ。彼のいう事に間違いはないからだ。

 ───彼の家系、ハンムリエの一族は特殊な能力をそなえている。

 一族の中でその能力を持つ者は、必ず白髪として生を受け、そのあかしとして特殊な眼力を……『魔眼』といわれる特殊な瞳を受けぐのである。
 代々、我がクリム王家の参謀さんぼうとして、また知恵袋としてはたらいてくれており、彼の先代であるその父親にも随分ずいぶんと救われた。彼ら一族には恒久的こうきゅうてきな地位の保障ほしょうを約束しているが、そういった面以上に魔眼の加護は多大である。
 …ハンムリエ家の助けがなければ、今こうして安穏あんのんと女王などやっていられなかっただろう。いや、クリム王家そのものが途絶とだえていたかもしれない。

「まあ、落ちこむなよ女王陛下。俺だって好きでそう言ってるわけじゃねーしさ。俺には確定した運命が見えちまう。それだけの事さ。」
 …そう。この男も確かにその家系に生まれ、白髪を持つ者である。
 そして先代白髪者であった父親とは違う能力を受け継いでいた。

 彼は、他者の”死の時期”、そして”その死因”を魔眼を通して視る事ができるのだ。

 誰がいつ死ぬかを確実な未来としてる事ができる。
 ……そういう眼を持っている。

 彼の能力は特別ではあるが、それ以上の力はない。死期がえるだけだ。
 しかし、それが国というまつりごとりっする座から考えれば、これほど役に立つ能力はないのである。

 その決定付けられた未来を誰よりも先んじて知っておく事で、早いうちから当人の資産や背後関係を探り、付随ふずいする様々を取得する機会を得る事も可能である。

 貴族に限らず、商人、資産家、他国の要人ようじんなど、使い道はなにかと多い。政務を円滑えんかつにする過程かていでの利用価値はいくらでもある。先代白髪者である父親はまた違う魔眼を持っていたが、この男の能力はそれ以上に役に立つし、文句も言わずに淡々たんたんと仕事をこなしてくれるので、言う事がない。

 だからこそ、多少の無礼などしたるものでもないのだ。



 ……だが、
 それと同時に判明はんめいしてしまった事実がある。


 最愛の息子、ユニスの命があと約4年余りだという事。
 バスタークの持つ魔眼が、息子の生命の終焉しゅうえんを見極めたのである!

 信じられなかった。信じられるはずもなかった。だから、私は幾度いくどとなく魔眼で診断させ、呼びつける度に確認させているのだが…、どうしても結果は変わらず、また、どういうわけか死因しいんも特定できないようだった。普通ならば、先ほどの衛兵のように細かく分るというのに。

 しかし、死因はともかく、なんらかの問題によりユニスが死ぬのだという。
 これが確定した未来。揺るぎ無い真実…。

 彼の指摘はこれまで100%的中している。いや、先代の頃からすれば数百以上の回数全てを的中させている。彼らの一族の持つ魔眼の能力は絶対なのだ。一度も外した事のない予言。それは避ける事のできない運命なのである。

 もちろん、私は愕然がくぜんとした。
 何よりも愛する息子が死ぬというのだ。これが錯乱さくらんせずにいられようか?

 だから、あの子には他者との接触せっしょくを極力回避させている。入念にゅうねんに下調べした者以外には接触させないように注意をはらってきた。何者かと関わりを持つ事が弊害へいがいとなる恐れもあったため、不必要な会話も制限させた。

 それゆえにさびしい思いをさせているとは思うが、死因がつかめない以上、どんな相手も近づけたくはなかったのだ。何に原因が隠されているか、分らないのだから。

「なあ、女王さんよ。それよりも今日の依頼を教えてくれ。」
 バスタークは長くそういうモノを見てきたせいか、死というものに頓着とんちゃくがない。生来せいらいからしてそういう男なのだが、……それはユニスの運命についても同様だった。もちろんめるつもりはない。
 そして私は悲観ひかんなどしない。その未来を回避かいひさせるため、全力以上をくす。これまでが全て的中だったからとて、次も同じである保証は無い。いいや、絶対に違うはずだ。

 だから私は行動するのだ。
 なによりも大切な、深く愛する私の息子を守るために。


「……実は、庭師の運命を知りたいのです。」
「あん? 庭師??」
 私は最近ユニスと接触した庭師の事をバスタークに伝えた。あの老人が何らか意図を持つのかどうかを確認する必要があるからだ。

 部屋を出て、廊下ろうかを少し歩き……、庭園が見渡せる窓へ。そして黙々もくもくと作業をしている老人を彼に見せる。

 ここ数日ほどユニスが短時間ながら会話している庭師の老人だ。前任者が突然死した事で急遽きゅうきょ雇用こようとなり、十分な調査をしたとは言いがたい。
 バスタークは言われるまま、景色をながめるように老人へと視線を落とし、注視ちゅうしした。そして動じる事なく言う。


「ほぉ……、あのじいさんは分りやすいな。残り23日で死ぬぜ。死因は魔法による攻撃だな。あんがいアンタが殺すんじゃねーの?」
「……なるほど。死因はともかく、残り1カ月弱程度で死ぬような背景がある人物だという事ですね?」

 ただの庭師ならば、そのような短期間で魔法攻撃を受けて死ぬような事はまずない。だが逆に、”ただの庭師ではない”のであればどうだろうか?
 …つまり、そういう事態におちいる背景を持つ人間。何かふくみのある人物である可能性が高い、という事なのだ。バスタークの魔眼は、こういう推論すいろんを進める上でも非常に有効なのである。

 前の庭師が急死し、その代替だいがえとしてやとわれたのがあの老人、ローテン。前任者の急死という不審ふしんな状況ゆえに、当然ながら背後関係を調べたものの、不審ふしんな点は現在においても確認できていない。

 だが、有力貴族よりの紹介であったため無視する事もできず、調査不完全のままで雇わざるをえなかったのだ。

 ローテンを庭師にあてがったのは、ここより南部に位置するレイルクラッカ区画一帯をおさめる領主ラザイ。元々は北部王都キュラウエルで権力を振るう、先代女王の家系である”クロービス家”に従属じゅうぞくしていた貴族である。
 クロービス家とは、我がクリム家とラファイナの血縁を二分する分家であり、女王たる王位は、必ずどちらかの血族より選出する事になっている。そして私以前の5代にも及ぶ長き間、女王を輩出はいしゅつしていた家系でもあった。

 それゆえに、これまでにきずき上げたその権力は、王座を失ってもなお、今をもって強大だ。

 表面上は協調体制を確約しているものの、何代も女王を輩出し、権力を持続させていた家系であるため、私という者、…つまり弱体化していたクリム家ごときの人間が、今更ながら女王になった事を面白く思ってはいないのは明白。

 ラザイ卿は私が女王になった時点でクロービスより鞍替くらがえした厚顔無恥こうがんむちな男だが、相応の財力と発言力を持っている無視できない貴族の一人である。
 女王即位より15年…、彼は尻尾を出す事もなく、実に協力的な態度を示している。それにより、庭師の手配を無下にことわる事もできなかった。

 通常であれば、庭師の選別など放置しても何の問題もない。間者であったしても情報漏洩じょうほうろうえいなどありえない事だ。それはいい。───しかし、ユニスとかかわっているとすれば話は別である。

 大きな資格も必要なく、容易たやすく王族に近づける職業、…庭師。メイドなどの従者じゅうしゃ以上に盲点もうてんとなりうる部外者。

 私の取り越し苦労ならばよいのだが、やはり彼の死期、そして死因が気に掛かる。バスタークが言うように魔法攻撃で死ぬというのなら、その線で再度の調査が必要だろう。
 何もなければそれでよい。しかし、愛する息子を狙うやからである可能性も十分考えられる。ユニスが死の予言は約4年後の未来かもしれないが、その要因よういんがこの時期にある可能性だってあるのだ。

 用心はし過ぎてこまるものではない。もしあの庭師を通じ、何らかの勢力がユニスを付けねらっているのであれば、相応の対価たいかを受けてもらわねばならない。

 私はそうやって王位を守り、
 そして息子に近寄る者全てを排除はいじょしてきたのだ。

 やってみせる。どのような困難こんなんや試練があろうとも、私があの子を救う。


「はいはい。俺の出番ね。わかってますよ。」
 バスタークは携帯灰皿けいたいはいざらにタバコを押しつけて消すと、面倒臭めんどうくさそうに部屋を後にした。表向きの神官というしょくではなく、本来の仕事へと出かけるのである。

 彼はラファイナの裏社会を牛耳ぎゅうじる盗賊ギルドとのパイプを持っている。王家の内情ないじょうを流すと引き換えに、彼も裏社会での情報を仕入れてくる。もちろん、こちらが流しているのはうそではないが意図的いとてきなもので、大事の無い情報である。
 それに彼は魔眼だけの男ではない。それ以上に頭がいいのだ。話術にしろ交渉事こうしょうごとにしろ、彼ほどけている人間は他に居ないだろう。……それに、腕も立つ。

 神官という表向きの立場があるため少し時間はかかるだろうが、まかせておけば問題ないだろう。

 どちらにせよ、

 私のユニスに手を出そうというのなら、相手が誰であろうと容赦ようしゃはしない。そのためにあの老人は泳がせているのだ。

 あの老人を何らかの組織の者であるとして処分しょぶんするのは造作ぞうさない。しかしそれでは解決にはいたらない。もし組織の末端まったんであれば、尾を切ったところで本体に痛みはないからだ。裏から糸を引く首謀者しゅぼうしゃたる本体ごと消し去らなければ、真の解決にはならない。ユニスの死因しいんやもしれぬ不安因子を取りのぞく事はできないだろう。



 待っていなさい。私のユニスを死に至らしめる逆賊ども。
 必ず犯意はんいを付き止め、くびり殺してくれる………。



 絶対に、絶対に、絶対に、絶対に、絶対に、絶対に……………、





 絶対に───だ。

















2週間後、イスガルド城・城内大庭園───

「おやぁ、ユニス様。こりゃあ御見事ですなぁ。さすがに飲み込みがお早い。ワシもなえの選別をするのには時間がかかったもんですが…、大したものじゃのう。一度ご覧になられれば簡単にやってしまいなさるとは…。」
「いいえ、僕の手入れなんて見真似みまねているだけです。季節や天候に合わせて土の按配按配を感じながら庭をいじるなんて出来ません。これほどむずかしいとは思いもしませんでした。」

 あれから2週間が過ぎた。僕は一日も欠かすことなく、ローテンさんより草花の育て方や、木々の世話などを学んだ。日々変わる土の感情や、花の表情、そして昆虫がいかに重要であるか等を一言逃さず聞き取る。

 特におどろいたのは育った花を全ては残さないという事だった。庭園を美しく見せるためには、ただそれらを大事にすればいいのではなく、時には選別してみ取る事も必要なのだと知った。多くき過ぎると、全てのなえに十分な栄養が行き渡らずに、庭園全体が精彩せいさいを欠いてしまうのだとか…。
 ただ単純に花をでるだけだった僕には、驚きと共に新鮮しんせんな感覚でもあった。僕はただ、この老人に感謝し、庭師というのは本当にすごい仕事なのだと感嘆かんたんするだけだった。

 ある意味、尊敬そんけいという念を抱いているのかもしれない。

 最近はわずかながらにしろ、土そのものに触れて作業している事もあり、僕はローテンさんの弟子のような立場で作業している。もちろん侍従じじゅう達には止められたものの、母が承諾しょうだくがあると言えば、それ以後はなにも言う事は無くなった。

 当然、母上が何かとがめてくるのだろうと思っていたのだけれど、意外な事に特に何も言ってこない。どういう理由かはわからないが、願ってもない状況じょうきょうだった。続けられるというのなら、ずっと続けていたい。

 だって…、今の僕は、かつてない程に充実した日々を送っているから。
 毎日たった1時間の休憩が、待ち遠しくてたまらない。

「……ああ、そうじゃ、ユニス様。この王宮の外城壁と街までの市壁の間は広い森になっとりますけども…。そのどこかにいい釣り場はないもんですかねぇ?」
「釣り場……ですか?」
 そろそろ休憩時間が終る、そんな時にローテンさんが思いついたように、そんな事を口にした。この城をかこう城壁と街の間には広大な敷地からなる森が広がっている。それは知っていたけれど…。

 釣り場というと、そのままの意味で魚を釣るという事だろうか? だとすれば河が流れているか、もしくは湖があるとか、そういう質問かな。

 ……僕は幼い頃から外に出ることを許されなかったため、敷地内であっても別世界と考えていたものだから、あきらめもあって深く感心を持っていなかった。だから、改めて聞かれると詳細を調べた事がない。

 実はこの王城イスガルドと城下町ポンズでは、まるで隔離かくりされているかのように距離のへだたりがある。

 いまの僕や母上が暮らす王城は、かつてこの地を統括とうかつしていたという地方領主のもので、その周囲には城下町のように村が点在てんざいしていたそうだ。
 母上は王位にいたとき、それを、まるまる安値で買取り、庭、としてしまったんだそうだ。具体的な測量そくりょうをしたわけではないらしいけど、森そのもの広さが入るほどらしい。

 だから、それを考慮こうりょしたとすれば、もしかすると釣りにてきした湖のような場所もあるのかもしれない。

「いやいや、実はワシは庭いじりも好きですが、他にも、魚を釣るのが大好きでしてな。休みとなれば釣り糸をたらして過ごすのが楽しみなんですじゃ。だもんで、時間があれば行った事のない釣り場で糸を垂らしたいなぁ、と思いまして…。」

 魚釣り。やった事はないけれど、その原理はもちろん知っている。針をつけた糸を垂らして魚を釣る。そんな…なんでもない事。なのに僕はそれをやった事がない。簡単そうにみえた庭いじりが興味深かっただけに、魚釣りもきっと奥深いに違いない。


「……いいですね。僕も行ってみたい…。」

「釣りは土いじりとは違う魅力がありますからな。あ〜、しかしなぁ……城の敷地内じゃあ頼むだけ無理かもしれませんがね。好きな事となると、どうも気になっちまうもんでして…。釣りバカ根性とでも言いましょうかね。ホッホホホ…。」
 僕の中に新たな希望が生まれていた。この人は僕に新しい何かを運んで来てくれる。
 釣り…。釣りか……。やってみたい。とても魅力的だ。

 ……だけど、僕は一日の1時間程しか彼と話す事はできない。それ以上は彼と接する事も許されない。今は母上を説得した状態だから、目の届く範囲でのみ甘く見られているけれど、王城敷地内だという森に出掛ける事を許可してくれるはずがない。外に出るなど夢のまた夢だ。

 そういう現実問題を考えると、生まれた希望が途端とたんにしぼんで行く…。
 僕は庭園に少し関わる以上の事を許されない。些細ささいな願いもむなしくすうつる。

 でも、…その念は、けして消える事はなかった。
 いままでのようにあきらめていた僕の心に、何か少しだけ違う感情が育っている。そんな気さえする。

 それが何であるのか…。それは僕にもわからない。

 ただ、僕の中にあるその念は、日を追うごとに大きくなって、抱えきれない程に成長していく。
 そう思えてならなかった。







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