水竜クーと虹のかけら |
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さらに1週間と少しが経過した。 僕は平穏で何も変わらないけど、とても充実した日々の中にいる。 今ではローテン師から多くを教わったおかげか、簡単な作業なら 自分で苗を植え、土をいじって 庭師という仕事は、なんて素晴らしいのだろう? 僕は心の底から、この仕事に喜びを感じていた。 ……そして作業の合間に聞くのは、ローテン師の好きな魚釣りの話だ。 彼の様々な武勇はとても でも、その大げさな話にも 師は自身の好きも手伝ってか、次々と新しい事を教えてくれた。いままで僕の回りには、こんなに興味深い話を聞かせてくれる人はいなかったのだから、面白くないわけがない。 …そうそう。 前に師に問われた「王城敷地内にある湖の場所」についてだけど、実はもう詳細を調べて目星をつけ、場所を 母上には算術を学べと言っていたけれど、どんな算術をやれとまでは指定しなかった。だから、地図を題材にした あとは…どうやって1時間という短い休憩時間内に往復するのか?という問題がある。距離を考えれば、単純に往復しただけで時間が終ってしまうからだ。 だけど、それは …どちらにしろ、許可を得るという大問題もあるから、いますぐはは無理だ。だけど…、 ───そうした喜びを 次の日も、また次の日も彼と花を 「……魚にはリーダーというか、その釣り場ごとに” 「ヌシ……ですか?」 「その釣り場で一番の古株とでも言いますかのう…、とにかく強い奴ですじゃ。ほとんどの場合は図体のデカイ大物なんですがね、釣り人はそいつを釣り上げれば一人前といえますな。」 「ヌシというのは、そんなに 「そこは腕前ですじゃよ。こう見えてもワシはすでに5匹以上は釣り上げておりますぞ。」 ローテン師が少し 「ははは……じゃあ、5人前といったでしょうか?」 「そんなところですのう。ホッホホホホホ…。」 ……こうして、今日も短い休憩時間が終る。 楽しい一時は一瞬。そしてまた、無為な時間を過ごさなくてはならない。 普段、学んでいる様々な学問。自分の未来のため…という母の言葉の意味はわかるけれど、それでも僕には、それら勉強というものを今のこの時間を過ごすための負荷としか見る事ができなくなっていた。 だけど、いまの僕にはこうするしかないけれど、明日の1時間のためにと思えば辛くはなかった。彼と花を育て、釣りの話をする。そして、いつか釣りに出掛けたいという希望があるから、僕は前を向いていられた。 この夢のような時間がずっと続けばいい。 そう願わずにはいられない。 しかし、その想いは ───突然だった。 昨日と変わらない晴天の日、短い休憩時間を庭園に 「ローテン=ラドラス! 貴様を国家反逆罪の 「な、なんじゃっ! …わ、ワシが何をっ!」 問答無用。女王直属の近衛兵達は最高位を持つ有力貴族より 僕は一瞬だけ 「やめてください! なんで…なんで彼がこんな仕打ちを受けるんですか! なんの証拠があって反逆だと言うんですかっ?!」 「恐れながら申し上げます! 今回の件は女王陛下よりの 「……分りました。用意します。……しかし、彼はまだ 「はっ! 本当は今すぐ彼を助けたい。 こんな仕打ちは ……だけど、ここで彼の解放を 僕は、 何があろうとも! ローテンさんは僕にとって師だ。彼がどう思ってくれているのかはわからない。けれど、僕は彼を失いたくない。 自分本意で身勝手な考えかもしれない。自分のためだけに動いている。 そんなの分ってる。 それでも僕は彼を助けたい! 僕は彼にまだ教わりたい事が沢山あるんだ。 彼が連行されるその姿を見ながら、心苦しい想いでいた僕は、師を救う事を強く誓うと、残った衛兵を連れて部屋へと歩きはじめた。公式の場へ出るための服装を整えなくてはいけない。 ……そんな時、 ふと…なにか光るモノが目に止る。通路の 「…? ローテン師が落したのかな…。」 こんな場所でお金を落すのは、出入する者を考えればローテン師しかいないはずだ。 その硬貨を 「……待っていてください。きっと僕が貴方への容疑を晴らしてみせます。」 僕は初めて、自分の意思で母上と対決する決意を固めた。 ───馬車に揺られる事、40分程……。 どういうわけか、僕はイスガルド王城敷地を出て、その先の城下にある「 ここは闘技場という名の通り、常時は 完成してからまだ2年と経っていないためか、全てが真新しく、管理が行き届いているようで、ゴミ一つさえ見当たらない。 僕は過去に祭事で2度ほど ただ、一つだけ気になる 前に 彼らが言う、その”恐ろしい ちょうどそこへ、多くの護衛を 「ユニス、大事はないですか?」 「……母上……。」 だけど、ここで逃げるわけにはいかなかった。 僕は母上の前に立ち、決意を 「母上! なぜ そんな僕に、母は表情を変えることなく理由を述べた。 「ユニス、よくお聞きなさい。……あの庭師の男はクロービス家が差し向けた間者です。ラザイ 「…………え……?」 思いもしなかった言葉に、僕は 「思い出しなさい。これまで 間者? スパイという事? 彼が……? あのローテン師がクロービス家の放った あの朗らかで気のいい老人が? 花を知り、魚釣りの事をとても楽しそうに話すあの老人が…、王家を探る間者だって…? 僕が 「事実なのです。私はあの男が貴方に 「そして調査の結果、ローテンの身内の一人が2カ月前に何者かにより 僕は混乱したまま、たまらなくなって 「そ、それなら! それなら彼は 「……ユニス。貴方は彼を師を呼びましたね? そうやって知らず知らずのうちに心を 「貴方は彼の話術に乗せられ、そして利用されようとしていた。」 「彼はそんな人ではっ!!」 「違うと言いきれますか? 貴方の 母の言う事はいつだって正しい。 「……私は今回、こういう事を学ばせるために彼を泳がせておきました。感情に任せて 「誰も信じるな、とは言いません。…しかし相手は選びなさい。 母の言う事はいつだって正しい。正しいのだ。 それでも……。 「母上…、お願いします! 彼を 僕はただ感情のまま、母の言葉を遮るように 感情以外が動いてくれなかった。 僕はどうしても彼を救いたい。だって、彼がここへ連れてこられた理由を想像すれば、正常でなんかいられない。いられるわけがない! あの 「それは出来ない相談です。荷担した全て者へ相応の罰を与えなければなりません。それも平等に。」 僕の言葉を無視した母上は、結論だけを先に述べた。それが、あの恐ろしい噂が真実であるという現実味を浮き立たせていく。 なぜ、罪状の 僕の知っている限り、それは一つしか思い当たらない。あの噂しか思い当らない。 本当にただの噂だと思っていた。 恐ろしい事だとは思っていたけど、遠い場所での話だと思っていた。 「同情の余地があろうとも、王家に対して反逆の意思が存在したのなら、それは断じて許すわけにはいきません。安易な特例などで 母は僕に見せつける気なのだ。 王家に 「あの男を 母がここを、闘技場へと それは公開処刑という、最悪の 「ユニス。受け入れなさい。貴方は私の言う通りにしていればよいのです。」 「嫌です! こんなのおかしいっ!!」 母が驚いた顔をした。言葉だけとはいえ、僕が初めて母に逆らったからだ。しかしその驚きの表情もすぐに消える。そして、いつものように冷静に…、正しい事を言うために口を開いた。 「聞きなさい、ユニス。……私は貴方に花を学ぶ事を 「……え?」 「貴方が花を学んだ時、その 「貴方はいづれ、遠くない未来にこの国を担う者。王たる者はその判断を下す時、時には非情に 母は知っていた。僕がそれを身を持って知る事を。 そして、ここで見せ付けるために、わざと放置していたのだ。 僕はひと時の自由を得たつもりでいて、ただ無邪気に喜んでいただけの子供だった。 結局は母の手のひらの上で だけど、僕の感情はそれを 子供の心だろうと、王には必要な決断力だろうと、それを受け入れる事などできはしなかった。 「………慣れるわけない。慣れるわけないじゃないですかっ…。こんな……こんな事で人の命を いままで学んできた僕の知識の全てが、母の行動が正しい事だと告げている。王家の取るべき正しい行動だと正当性を語っている。無為な時間が作り上げた「王家の人間という僕」は、母の理屈を間違っていないのだと知っている。 しかし、感情は……僕そのものという、 僕は駆け出す。母の静止を振り切って走り出す。師の元へ、僕に本当の時間というモノを与えてくれた、かげがえのない師の元へ。失ってはならない僕の心の支えとなる彼の元へと。 僕は必死に駆けていた。 多くの兵士に止められたような気がする。彼らをどうやって言いくるめたのかさえ覚えていない。だけど今、僕の前には彼がいた。手錠を掛けられ、兵士に両脇を抱えられて、いつもより小さく見える老人が…、ローテン師が歩かされていた。 「ローテンさん! ローテンさん!! 逃げましょう! 貴方は無実だ! こんな所にいちゃいけない!!」 彼が気付く前に、僕は声を それでも僕は必死で 「───おいアンタら、水竜様にも 背中からする誰かの声、それにより衛兵達がひるんだ。誰かは知らないけれど、僕はその 「おや、王子様…。こりゃあ 老人はなぜか落ちついた様子で、僕へと話しかけた。 どうしてだろう? なぜ彼はこんなに落ちついているというのだろう? これから、何が起こるのかを知らないのだろうか? 「ローテンさん! 帰りましょう! ここにいたら貴方は!!」 僕は 「ユニス様、お聞きになったと思いますが、ワシは間者なんですじゃ。誰かの指示なのかは知りませんがのう、王子に近づいて、そのうち色々と吹き込む予定だったんじゃ。 「そんな事ありませんっ!!」 「……だって…、だって貴方はそんな話をしなかったじゃないですか!? 僕は何も吹き込まれていないし、庭仕事を指導してもらって本当に楽しかった。貴方は何も悪い事などしていない!」 彼さえ…、ローテン師さえ騙していないと言ってくれれば、まだ母に訴えられると思っていた。だけど、彼はそれをせず、自分を間者だと言う。そうだったとしても、何も悪い事などしていないというのに、なぜ、彼はそう言ってくれないのだろう? 必死に説得を続ける僕とは対照的に、ローテン師は穏やかに言葉を続けた…。 「ワシは昔、若い頃……盗賊ギルド所属しておりましてなぁ。悪い事をたくさんやりましたわい。盗みもしたし、罪もない人を殺した事もある。…それから数年して妻に出会い、足を洗ったつもりじゃった。そんで40年以上…平穏に暮らしてこれた…。」 「しかしなぁ、今になって盗賊ギルドが 過去の後悔を語る師…。だけど、その顔は 「だからって…、 ちょうどその時、僕が 「王子、もうやめとけ。そのジイさんは覚悟を決めてる。お前さんが止めたって結末は変わんねーよ。…それによ、その爺さんはお前さんの前で命乞いなんぞしたくねえんだろ。」 知った風な事を言う! 僕は怒りを覚え、その知らない声の誰かへと振り向こうとした。 しかしローテン師はその 僕は追い駆けようとするのだけれど、また衛兵に両脇を押さえつけられてしまい、身動きができない。叫ぶ事しか現実に立ち向かう事のできない。いくら声を荒げても、大人の世界にはそれは通用しない。 そして強制的に通路を進まされ、やがてまた、母上と顔を合わせる事となる。 だから僕はもう一度…、目の前の女王へと 理性が全てを理解していながら、感情が納得できずに、また叫ぶ! 「母上! やめてください! なんで彼を殺すのですか! あの人はただ、僕に話をしただけです! 殺す必要なんて───」 僕は衛兵に両脇を押さつけられながら、公開死刑場と化した 「私が間違っている事をした事がありますか? あの者達は罰を受けねばならないのです。罪状は貴方も知っているのでしょう?」 まるで周囲の者にも聞かせるかのように、女王が答える。 「だからといって、なぜ殺す必要があるというのですかっ!」 僕にはあの人が、あの温和で庭仕事を楽しむ老人が処刑される結果がわからない。あの人は何も悪くない。ただ僕と、話しただけなんだ。本当に話しただけだ。 それなのに、なぜ殺されなくてはならないのか!? 間者かどうかだなんて知らない。彼が僕にとってかけがえのない人物である事は何も変わらない! だからお願い、殺さないで……っ! 「ユニス…。あなたも王家の血を受け継ぐ 「母上! やめてください! お願いします! やめてくださいっ!!」 僕が そしてその中には、今まで生きていてたった一人だけ、僕に普通に話しかけてくれた人が、あの老人までもが含まれていた。含まれてしまっていた。 それは最悪の悪夢でありつつも、夢なんかではない現実。変わらない確定された運命。 僕が師と呼んだ人が、わかりやすく土をいじって教えてくれる彼が、楽しそうに釣りの話をする彼が、いままさに僕の目の前で命を ───私はラファイナ王国を統べる者。 女王イメルザを名乗る者。これより、その 私は我が子の叫ぶ声を背にしながら、死刑囚の前に立つ……。 ラファイナの歴史において最も強い魔力を持ち、最も法に順ずる者。イメルザ=クリム=ラファイナ。私の扱う雷の魔法は、いかなる者の反抗すら許さない。いかなる抵抗さえ許さない。 「さあ、この世との別れは終りましたか? このラファイナに 彼、ラザイ卿には死んでもらわなければならない。彼は確かにクロービス王家と通じていた裏切り者であったが、それと共に 我がクリム家が統治する今のこのラファイナ王国を裏切ればどうなるかを世に知らしめ、反抗の芽を だから 恐ろしくなくてはならない。それが力という ……私はただ魔力を集中させ、最大破壊力にて彼らを滅するのみ。その圧倒的な破壊を意味する雷撃を喰らえば、死体すら残らない。 おおよそ1分ほどの、過度に編みこまれた魔法詠唱が終了する。あとは発動言語を唱える事で呪文は効果を生み出す……。その生死の分かれ目に、私はほんの少しだけ口元をニヤリと 「……私のかわいいユニスに危害を及およぼす この言葉の真意は女王のものではない。ただ一人、狂おしいほど息子に愛を注ぐ、ただの母親のものである。王の権威を 私にとって、今回の 息子を利用するという、絶対に許されない 魔力が臨界を突破する。───そして放たれるのは、死を呼ぶ雷光! 「───雷の使者、光の墓標を 大地すら そしてその中で、我が最愛の息子ユニスは──── 「うわあああああああああああああああああああああああああああ!!!」 ユニス…、ああ、我が息子ユニス……。 貴方を だから安心して慣れなさい。 これは貴方の未来に必要な事なのですよ。 人の死に慣れることは、王位を受け継ぐための通過儀礼なのです。 例え、死を宣告されようとも貴方はけして死ぬわけがない! 成長し、王位を受け継ぐのです。栄光ある未来のために、こういった事にも慣れなければならない。 だって、このラファイナ王国は貴方のためにあるのだから。 だから貴方は、母の言う事だけを聞いていればよいのです。
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