水竜クーと虹のかけら

第一部・04−02 「大蛇と銀色」
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 そろわない品はないと豪語される、北ラファイナでも有名なこの広場。
 その中でもっとも注目をびているのが、現在行われているオークションである。

 巨額が動く事に加え、世界に二つとない逸品が、すべてここに集約されるからだ。

 …奴隷解放を叫ぶ現女王イメルザは、諸悪の根源こんげんたる奴隷売買の淘汰とうたを掲げ、この広場そのものをつぶそうと画策しているようだが、ラファイナ王家の血族、そして前女王を輩出はいしゅつした”クロービス家”の膝元ひざもとでの取引にまでは手が出せない。分家同士で仲が良いわけではないのだ。もちろん考え方もまったく違う。拝金はいきん主義のクロービス家と、理想主義のクリム家では水と油である。

 そして、そのクロービスが黙認もくにんしている以上、イメルザが何をさけぼうが無駄だというのは周知の事。だからこそ、裏社会の人間は安心して、この愉快ゆかい下劣げれつな競売に身を投じる事ができるのだ。

 このクロービスの庇護ひごの元で商売をする者は皆、口をそろえてこう言う。イメルザはただの阿呆だと。

 現在のラファイナ情勢は、権力が二分された状態。
 ラファイナで女王の座に就いているのはあの女だが、クロービス家との力関係はほとんど変化がない。

 いいや、イメルザ即位より16〜7年程度でひっくり返せるような権力差ではないのである。


 それはさておき…、


 ザナフがオークション会場へ到着したのは終盤であった。その日最高の商品が売り出されるのは必ず最終品である。
 それまでは、まだ若干の余裕があるようだった。 

 …久しぶりに顔を出したイベント場は、やはり独特の、異様な熱気に包まれていた。人から出る熱というのは、感情の高ぶりによって上昇するものだが、今日は一段と、いつも以上に熱を帯びているように見える。それはきっと”殿下”が来ているからだろう。

 ああ、居た。

 遠目からでも見間違う事のないその輝きは、無駄に多く飾り付けた豪華絢爛ごうかけんらんな宝飾類のせい。派手な金字の刺繍ししゅうが施された衣服を纏い、その両側には宝飾と化粧で厚く着飾った高級娼婦をはべらしている。そしてその周囲を取り巻いている多くの護衛達にすら金のベストを着させている。

 さらに、だ。

 その周囲を幾重いくえにも畜生ちくしょうどもが群がっている。豚が湯水のように使う金のおこぼれに預かろうと、いやしい貧者どもがこびを売り、へつらっているのだ。まるで砂糖に群がるありである。
 何が面白いのか、上機嫌で酒をあおっている”殿下”は、確かに金塊のごとく存在感を持っている。
 それを知っているからこそ、本人も王様気分でご満悦なのだろう。

 ザナフからすれば、ブタごときが何を着飾ろうと、所詮しょせんは豚である事には変わらない。


「猫婆め…、そういう事かよ。」
 ザナフもこれほど単純な話だとは考えていなかった。何か裏があるものだとばかり思っていた。しかしそれは裏の読みすぎであったようだ。

 あの婆は、単純に殿下がうっとおしいのである。
 裏社会の露天市場で表側の商人が豪遊する。度を超えすぎているのが食わないのである。

 きっとあの金豚は、このオークションでメインの品を当然のごとく落札する。猫婆はそれをザナフという”名の知れた男”に阻止させたい。つまり、お前ごとき小物が、ここでいい気になるな、と釘を刺しておきたいのである。

 もしかすれば、金豚自身にも、金にモノを言わせて裏社会との流通経路を確立させる、という目的があるのかもしれない。そのための豪遊である可能性もあるが…、何にせよ、猫婆からすれば自身の影響力を弱まる事を避けたい。…そんなところだろう。
 どちらにしろ馬鹿馬鹿しい話で、ザナフにはまったく関係がない。

 猫と豚のどちらに軍配があがろうと家畜の勝負に興味はないのだが、どちらかといえば豚のあの笑い方は不愉快ではある。それに婆はナイフを一度振るえば首を落せるが、豚は周囲の蟻どもも殺さねばならない。そういう意味合いでは豚の方が面倒だ。

 無視をして帰るのは簡単だったが、猫婆の言った台詞がザナフをこの場に押し留めていた。

 ”落札は面白いだろうよ。”
 猫婆は確かにそう言ったのだ。あの婆がわざわざそう告げた理由には興味がある。

 ならば、何がどう面白いのかを見ていくのもいい。


 …ザナフが意識を競売に向けると、今はラスト1つ前の品のようだ。

 その品は一振りの剣である。大陸北部に位置するという”武門の国ヒイロネ”より仕入れた宝剣のようだ。刀身に幅がなく普通の剣とは違う湾曲わんきょくが見て取れる。砂漠地帯で使うファルシオンという剣に似てなくもないが……どうやら、刀…と呼ぶシロモノらしい。
 記憶では、ヒイロネというその国自体が、まだ2カ月程前に開国されたという経緯があり、周辺諸国とは文化が大きく異なると耳にはした。何がどう違うのかは不明だが、いま商人達の新規開拓先としては一番の注目株であろう。

 なるほど…、あの剣というわけか。
 独自文化を持つ新国家よりの、初めて目にする剣。これは高値が付きそうだ。

 実質的にどれだけの値打ちかは不明だが、質の良し悪しよりも、珍しさを売るようなものだろう。

 ザナフの見積もりが正しければ、200万までは上がるはずだ。
 いかに珍しい品とはいえ、それだけでは必要以上にはあがらない。転売も視野に入れるならば、そんなものだろう。


 いよいよ入札がが開始された。

 様子見とばかりに30万Gからの入札だが、まばらな入札であまり大きくは動かない。しかし、ザナフは一気に釣り上がると予想している。当然ながら、こういった場にはサクラがひそんでいる。彼らは相場を動かし、売り値を最大まで引き上げるのがその役目だ。

 しかし、入札する側にもテクニックがあり、サクラが釣上げるのを見越して、早めに入札しないという手段を用いるのだ。だからこそ、サクラだけで相場を変動させられるわけではない。もしもサクラがあやまって落札してしまえば、それは結局、売り手にとってマイナスでしかないからだ。サクラが一方的に有利なわけではない。(同じ品をもう一度出品するわけにもいかないから)
 売り手もプロならば、買い手もプロ。無言の奥に、とてつもない駆け引きが潜んでいる。
 そこがオークションの難しい部分だろう。

 だが……、その常識がまったく通用しない相手もいる。

「300万だ! ワシは300万Gで落札するぞ!!」
 この頭の悪い発言は、誰もが知っている者からの声だ。金を湯水のように使う豚。
 殿下の通り名を持つ、カルバレッタの豪商ジョンバトだ。

 周囲の驚きと共に、入札していた者からは、溜息のようなものが聞こえてくるようだ。
 どうやら、今回の品を落札したのはこの男で決定らしい。


 いいや、今回ばかりではなく、これまで出品された品を残らず買い占めているようだ。
 なるほど、いかに金になるとはいえ、こうも買占められてはオークションの意味がない。

 司会者はうんざりした顔をひた隠し、笑顔で落札者の名乗りを上げるが、かなり腹を立てているようである。

 例え今回、莫大なもうけがでたとしても、オークションという祭りを独占されれるのは運営側として歓迎しかねるのだろう。それでは派手に開催する意味合いがない。一般人でも落札できる余地があるという夢を持たせてこそのオークションなのだ。それを大金で買い占められては、今後の運営に支障をきたす。刹那的せつなてきには歓迎できても、今後を考えればマイナスでしかない。それに加えて猫婆の目論見もあれば、金豚自体が歓迎されてないのは明白だ。

 しかし金を出された以上、文句も言えないのがオキテだ。売らないわけにもいかない。

「うわっはっはっ! やったぞ! また落札だよ。これだからオークションはやめられん!」

 …それにしても、あきれた男だ。

 オークションではその場で、金銭を支払う事が鉄則である。後でという言葉は通用しない。
 現金(もしくは現金に値するもの)をどれだけ持っているか? それも重要な点である。

 だというのに、全てを落札し切るだけの金を持ち歩いているというのは、頭がオカシイ。
 それだけ護衛に自信があり、尚且なおかつ資金力が豊かだ、という事を見せ付けるつもりなのだろうが。

 確かにこの男をねじ伏せるのは、それなりに面白いだろう。
 …だが、猫婆がそれだけで”面白い”というか、というのには引っかかりを感じる。

 まだ何か要素がありそうだ。


「───さあ、皆様! 本日のオークションも残り1品となりました! お客様方もまだ余裕のある方も多いご様子。最後の出品はその財布をすべて広げても手に入れたいと思う品でございます! 一体いくらで落札されるのか想像も尽きません! 私もここまでのモノを見るのは初めてです!!」

 司会者は白けつつある会場を盛り上げるために豪語した。そしてその顔からするろ、いつも以上に自信のある品でもあるようだ。それは会場の誰もが感じたようで、自然と期待感が高まっていく。そしてザナフもそれなりとはいえ、猫婆の”面白い上に使い道もたっぷり”という意味深な言葉に興味はあった。

「──では、最後の品の入場です!」
 4人の奴隷男達が、おりの乗った神輿みこしのようなものをかついで入場してくる。どうやらそれなりの大きさがある生き物のようだが、大きな白のヴェールがかけられており、中を見通す事ができない。このオークションにはそれなりに馴染なじみのあるザナフでも、こういった演出は初めてだ。そうであれば、人々の注目も当然のごとく集中する。

 オークション舞台にそれが移動され、司会者の一声と共に、そのヴェールが取り払われた!
 そして会場に響いたのは、───感嘆かんたんの溜息…。



 誰もが息を飲んだ。


 そこに居たのは、一人の女。
 …まるで女神かと見間違うばかりの美しい女だ。

 火の打ち所のない容姿はもちろんの事、女の美を際立たせているのはその銀に輝く髪だ。

 世の中には数が少ないとはいえ、銀髪の者はいる。
 だがその誰もが、質の悪い鉄のようなくすんだ灰色のようで、明確に銀と言えるようなシロモノではないのが実情だ。

 しかし、その女の髪は、まるでそれ自体が鏡であるかのように、光をまとって神々しくきらめきを放ち、まるでそこに一つの灯りが宿っているかのような鮮烈せんれつな光を帯びている。…それは腰までの長さで、身に着けている簡素な白の服と相俟あいまって、静謐せいひつな空気さえただよわせてさえいる。

 ザナフにとっての”美”とは、宝飾品、名画などの価値、値段にしか役に立たない商売の対象であり、個人的には執着を持たない方だが、それでも、その女には引き寄せられる何かを感じずにはいられなかった。猫婆の自慢もまんざらではなかった、と認めざるを得ない。

 確かに、美しい女である以上、使い道はいくらでもあるだろう。
 猫婆が自慢するだけの事はある。

 一時の沈黙が歓声に変わり、会場は一気に盛り上がりを見せた。
 会場に集まる者の大多数が男だという事をかんがみれば、さわぐのも無理はない。男とはそういう生き物だ。

 奴隷の相場というと、下は1G以下から始まり、上は100万程度と幅が広い。一部の高級娼婦でなら、100万以上に届くこともあるが、それも滅多にある事ではない。…だが、この女に関しては、そのような相場が当てはまる事はないだろうと誰もが理解していた。それだけの価値がある事は、商人でなくとも分かる。


 ───司会者はそのまま入札受付を開始する。

 その勢いを殺す事はせず、そして飾り立てる言葉も必要ない事は、誰の目にも明らかであったからだ。


 50万!

 100万!

 150万!!

 200万!…と奴隷としては桁違いの金額と速度で釣り上がっていく。まさに天上知らずとばかりに入札額は留まる事がない。
 そしてもちろん、あの商人も当然のように名乗りを上げた。

「1000万だ!! その奴隷女はワシが落札するぞ! 手持ち全てを支払っても惜しくはない!」
 一気に提示額の5倍。現金一括をその場で支払わなくてはならないというのに、豪商ジョンバトはまだそれだけの金を用意していたようだ。…金、と言っても、さすがにここまでの落札で全額を現金でとはいかないらしく、身に着けている宝石類をはずしている。現金はないので宝飾類を換金する、という手段のようだ。当然これも認められる。

「ラファイナ沿岸の大真珠ネックレスに、クロービス家御用達の魔法光珠、亜人国の刻印手鏡に、我がカルバレッタの至宝・金の聖杯! グフフフフ……もはや1000万程度ではないぞ、価値を合わせれば1500万にも届く品々だ!」

 さすがに…、いかに女が絶世の美女であろうとも、これだけの金額を提示されればそれをくつがえせる者はいない。しかも、これだけの女を手に入れれば、「その後に生活させるだけの金」も必要となる。相応の扱いができないならば、高価な宝もただの奴隷(ごみ)と成り下がる。普通の奴隷を買うのとは、まったく違うのだ。買っただけで済む問題でもない。

 そしてそれが出来るのは、このジョンバト以外にはいなかっただろう。
 それだけの財力を持って女を自由にできるのは、豚にしか出来ないことである。

 結局……、またもこの金豚が一人勝ちする事は明白であった。
 最後の最後まで、このオークションは、豚の言い様にされたという事実に、憤慨ふんがいする者、そして落胆らくたんする者達の声が聞こえてきそうだ。

「よしっ! よぉし! 誰もいないか?! 上乗せできる者はいないな! そうじゃろうそうじゃろう! さあ、これでこの女はワシのものだ! かわいがってやるぞ…。げえっへへへ!」
 気に食わない男であっても、提示された金額をかんがみれば、仕方ないという空気が流れていた。1000万どころか、1500万にも届くやもしれない宝飾類など、貧民層には神話にも成り得る大金だ。いくら有名なオークションだとはいえ、所詮しょせんは庶民レベルの取引。鶴の一声を出せる者などいるわけがない。


 ───そんな状況下で、その声は上がった。

 彼のひと言が全てをくつがえす。


「5000万だ。その女は俺が落札する。」


 耳を疑うような異常な金額、思考が止まったのはジョンバトだけではない。静まり返った会場の誰もが、聞き違いだと思った。だが、発言した男を見るや、それが冗談でない事を知る。

 薄汚れたボロ布をまとった男。しかしその眼光は全ての者を萎縮いしゅくし、恐怖する。
 ザナフ=スタイレルが落札を宣言した。

 彼が何もせずとも、人垣に道が開いた。
 彼の歩みをさえぎるような者は一人もいない。

 知っているからだ。
 その男が何者で、何をする人間なのかを。

 なによりも、けして逆らってはいけないという事を。


「ご、ご、ご、ごごご…ごしぇんまん…だとぉ! しょ、しょんなバカな! そんな大金を…お前のような男が持っているはずが……。」
 たった一人、知らない男がいた。金の力で全てを手に入れてきた男、ジョンバトには、この他国のオークションも遊び場の一つでしかなかった。財力さえあれば、なんでも思うがままである。そう考えていたし、それは間違ってもいなかった。自身の財に絶対の自信を持っていたのだ。

 だというのに、その自身をあっさり否定ひていされた。

「そうだ! 冗談だろうっ! …まったく、貧乏人というのは冗談でしか我らのような富豪に反抗できんのだからな。なあに、ワシは寛大かんだいだ! とっとと帰って安酒でも浴びて、むせび泣いておれ!」
「…………。」
 ザナフには豚の鳴き声など興味がない。嘘だ、間違いだ、ペテンだと騒ぐジョンバトをまったく無視して司会者と女の檻があるイベント舞台へと上がった。そして無造作に、司会者へと布袋を投げて渡した。


「ブラッディ・クリムソンが”4つ全部”だ。おまけに親指大のダイヤを3個。…これで文句はないだろう。」

 なんと! ザナフが取り出したのは、あのブラッディ・クリムソンである。
 しかも、世界に4つしかないという秘法中の秘法を、4つ全てを揃えてみせたのだ!

 …世間的には確かに値下がりしている状況だが、世界に4つしかないというそれを全て揃えたとなれば、話はまったく違う。値下がりなど関係なく、5000万程度の金額で済むわけがない。4つをまとめてオークションにかければ、間違いなく7000万オーバー。…いいや、派手好きのクロービス王家なら1億でも飛びつくだろう。

 4つ全てを集めるなど、もはや正気の沙汰さたではないからだ。

 …そして、おまけと称されたダイヤモンドも、言わずと知れた最上級品だ。なにせその一つ一つが人の目玉程の大きさというとんでもない大きさである。ラファイナ王家とて、これほど見事で巨大なダイヤなど数える程もないはずだ。一つだけでも国宝モノである。豪商と言われたジョンバトでさえ自宅の金庫に1個だけ持っている程の品だ。

 ジョンバトの服は確かに豪華で宝飾品も数が多いが、4つのブラッディ・クリムソンが放つ輝きの前には、ガラクタも同然である。それを飾り立てるかのように据えられたダイヤが、さらにきらめきを際立たせているのだからたまらない。


「…………しょんな…、バカな……。」
 ぐうの音も出ないというのはまさにこの事。豪商とは呼ばれているジョンバトだが、商人には変わりない。ブラッディ・クリムソンを4つ集める事がいかに無謀かをよく知っている。

 誰かが複数を集めようとすれば、それらを知った者達が残りを確保し、異常に値まで釣上げる。だから全てを集めるのは金がいくらあっても足りなくなるのだ。そのために、誰も抜け駆けする事ができない、事実上のそろえるのは不可能だとして、商人の間では寓話的ぐうわてきな意味合いで語り継がれている。4つ集めるとは、それほどの事なのだ。

 しかし、ザナフはその情報そのものを封鎖し、時には操作して、自分が複数持っているという情報の流布るふを防いだ。これは裏社会であっても組織にしばられた者が出来る事ではない。一人で動くザナフだからこその芸当だ。そしてザナフには、それをやってしまえる程の実力があったという事である。


 ───ザナフは衆人観衆の中、誰にさえぎられる事もなく、おりの扉を開け女へと近寄る。
 女はうつむいた顔を上げるものの、ザナフを見ても心がないかのように空虚くうきょな表情のままでいた。

「…よお、女。これからは俺がお前の飼い主だ。おら、立てよ。」
 薬でもがされているのか女の反応は弱い。ザナフはそれを気に止める事もなく、とっとと手を引いて椅子から立たせ歩き始めた。呆気あっけに取られていた司会者や、その関係者がやっと放心から立ち直り、盛大せいだいな落札を告げる。それと共に観衆は一気に盛り上がった! あの殿下を簡単にだまらせてしまったからだ。

 ザナフはわざとジョンバトのいる方向へと歩いていく。その道はまたも、人垣が勝手に割れて行く手を開いていく。
 その先で待つのは、未だ真実を理解できず、そして同時に屈辱にまみれたジョンバトであった。鼻息を荒くし、呪詛じゅそでも吐こうかという顔で歯を食いしばり、歩み寄るザナフをにらみつけている。

 もはや数メールという距離までくると、自然と殿下の取り巻き達が彼への道を開け、ジョンバトとザナフは真正面を見据えて対峙たいじする事となった。


「キ、キ、キサマのような下衆ゲスがっ! 下衆がぁ!! ワシの邪魔をするなど……っ!!!」
「クッククク…、俺はルールに則って落札したんだ。お前みたいな金もない貧乏人なんぞ、興味もねぇなぁ…。」

「ここ、この…っ!! ドブネズミがっ!」
 激高げきこうするジョンバト。正論ではあるが、かなり意地の悪い言い方だ。ザナフはジョンバトの怒りをあおっているのだ。そして予想通りに激怒している。ザナフの”目論見”は達成へと向かっている。


「おっと、そういえば忘れてたぜ。」
 ザナフはそう言うと、いきなり女を抱き寄せ、そのくちびるを強引にうばった!

 しかも片手で身体をまさぐる。女がささやかな抵抗をしても、それを力づくで押さえ、我が物とする。もちろん、ジョンバトに見せ付けるためだ。

「残念だったなぁ、豚野郎っ!! ───これは俺の女だ! ギャハハハハハハハハ!!」

 こうして、ジョンバトはその面目めんもくを完全に叩き潰された。これまで全ての振る舞いが帳消ちょうけしになるほど、莫大ばくだいはじと、絶大なる屈辱くつじょくを植えつけられたのである。大蛇を名乗る、たった一人の悪党に。
















 ザナフは奴隷女を連れたまま、注目を浴びつつ街を出る。
 そしてすぐに、どこからか手に入れた布を女にかぶせた。街から外では目立たないようにとの配慮はいりょである。正体がバレる事が問題なのではない、いちいち行く先々で騒がれるのは面倒だからだ。

 一方の美しい奴隷女は、いまだ放心したような様子で抵抗するでもなく、大人しくザナフに連れられて歩いていた。少しは抵抗をするかと睡眠薬の用意までしていたザナフであったが、その必要がない事を理解していた。この女が少しでも抵抗したのは、あの唇を奪い、蹂躙じゅうりんした時だけで、それ以降は変わらない。…ただ、自身が落札されたという割りには落ち着いている。…というよりも、どこか、諦念ていねんめいた意思を感じないでもない。


「…まあ、どうでもい事だがな。」
 ザナフにとっての”美”は、金に換算できる価値。つまり、美しいこの女もそれと同様なのだ。先ほどはジョンバトに屈辱を与えるためにパフォーマンスをしてみせたが、これ以上に手を出して傷物にすれば売値が下がる。猫婆に恩を売ったとはいえ、これほどの女ならば、落札の半額程度で売れる心当たりはあった。クロービス派の有力貴族ならいくつか思い当たる。

 実を言うと、ザナフもブラッディ・クリムソン4つというモノの扱いには困っていた。確かに4つそろえば天上知らずの金額にはなるだろうが、それを買う客は、クロービス王家か、先ほど取引をしたカルナック公爵家くらいのものだ。ジョンバトでさえも無理な買い物だろう。
 毒薬を売りつけた貴族、カルナックは先ほどこの石を手放したばかりだから論外。そしてザナフは王家嫌いである。クロービスに持ち込むつもりもない。だから、売るためにはバラで売るしかなかったのだが、現状は値下がりしていたため、換金には様々な情報を流さなければならないという面倒な仕事をこなさねばならなかった。


 そもそも、

 最初は収集不可能と言われ続けたあの宝石を、本当に無理なのかという”面白半分”で集め始めたのだが、4つそろった途端とたんに興味を失ったので、金にえられればとは考えていたのだ。そして今回、うまい具合に物々交換が出来、換金できそうなモノを手に入れた。

 今回の件、猫婆にだけはそれを見透かされていたようだが、…まあ、恩を売った事に変わりはない。
 あの婆は”使い道たっぷり”などと、のたまっていたが冗談じゃない。”使った”時点で傷物となり値が下がる。生娘きむすめというのは、一度抱けばそれだけで反応が変わるもの。見る者が見れば簡単に看破かんぱできるものなのだ。だから、売るならば手をつけてはならないのが鉄則だ。
 確かにこれほどの女を抱くのも悪くないが、売却価値が下がるなら、わざわざこの女でなくとも良い。金はいくらでもある。高級娼婦でも何でも、代替だいがえに困る事はない。


「…さて、その前にひと仕事こなさにゃならんか。面倒臭えな…。」
 いまだ無言でいる奴隷女は態度を変える事無く、ザナフに連れられたままでいる。不気味なほど静かだ。ザナフとしては、これから買主になるであろう者の下へと運搬うんぱんするのに面倒がなくて楽なのだが、…この女は、この後の騒動でもこのままでいられるだろうか? 恐慌きょうこうされる前に眠らせておくべきか。

 そんな事を考えていたザナフ達の後方より、馬と人の混じった騒音が届いた。

「いたぞ! あそこだっ!! 逃がすんじゃねぇぞ!!」
「意外に早かったな…。」
 人気のない林の、開けた空間。まるでおあつらえ向きの舞台であるかのような地で、それらはやって来た。

 騎馬が2騎に傭兵が10数名という組み合わせだ。その誰もが武器を手にし、ザナフ達目掛けて怒声を上げている。考えなくとも分かる。これは金豚がよこした追手である。あの耐え難い屈辱と、女を奪われた怒りを、強奪という手段でそそごうというのだ。豪商を名乗るだけあり、それなりの”やり方”は心得ているようである。

 ザナフは歩調を変える事なく、それ以上は振り向く事さえもせず、足の早い騎馬が行く手をさえぎるのを許す。そして順番通り、傭兵達が自分らの周囲を取り囲むという流れを、なんの感慨かんがいもなく見ていた。そしてそこで、ようやく足を止める。


「待ってたぜ。お前ら豚に連れられてた傭兵だろ? …まったく、ご苦労だな。」
 誰と問わずにそう言うと、周囲の輪の中から一人の男が前に出て、ザナフへと相対した。行儀のいい事に、いきなり襲ったりはしないらしい。

「理解しているのなら話が早い。ならば我らがどうするか、知ってるだろう? 我がきみは大変ご立腹りっぷくだ。」
 ひげを生やした体格のよい男。きっとこの傭兵隊の長なのだろう。男達の装備品を見るに、金豚と同じくカルバレッタ出身の出稼ぎ傭兵であろう事は想像がついた。ジョンバトにまとめて買われたというところだろう。まあ、どうでもよい事だが…。

「わかったわかった。むさくるしいから興奮するな。おらよ、商品だから大事に扱えよ。」
 なんと、ザナフは奴隷女の腕をつかむと、そのまま髭の隊長へと投げるように渡した。その意外な行動に、ザナフという男を警戒していた隊長は目をうたがう。

「じゃあなぁっ!!」
 その瞬間! ザナフはふところから何かを投げつけ、髭男は目玉に棒状のそれを突き刺し、絶叫を上げる! その弾みで奴隷女を放すものの、ザナフは女を無視したまま、同時に何人かの傭兵へと同じ何かを投げるっ! くしだ! 金属製の串のようなモノを何人かへと投げつけ、同様にその目玉をつらぬく!

 間髪入れずに低姿勢のまま疾駆しっく、まだ体制の整っていない傭兵が目で追おうとする間さえも与えず、手当たり次第に匕首あいくちで切り裂いていく!! 刃は黒くられ、その凶刃に輝きはない。それはまるで地をう大蛇が獲物を狙うかのように、次々と傭兵達へと致命傷を負わせていく!

 悲鳴は血飛沫ちしぶきとなって辺りへと響き、統率を失ったままの傭兵が我を忘れて切りかかろうと抜刀する。数のを生かす事無く、恐怖のまま夢中で剣を振るう。それがいかにおろかな行為であるかを、傭兵であるなら承知しょうちしているはずだ。しかし、ザナフの攻撃は冷静さを取り戻す間さえ与えない。

 その混乱の中、ザナフは容赦なく匕首を舞わせた。首を裂き、腹を穿うがち、背中へ回り込んでの斬撃は、もはやとどまる事のない死へのいざないとなって繰り返される。たった一人の男に、傭兵団は恐慌きょうこう状態へとおちいっていた!

「クソ婆ぁ! 気に入ったぜ! 面白いじゃねえかよ! 久しぶりにいいオモチャを手に入れたぜ!」
 ザナフにとって、人を殺す事などなんでもない事なのだ。それどころか、自分を殺しに来た相手なのだから、返り討ちにするのは当然である。後はそれをどう処分するか?…それは殺されようとしていたザナフだからこそ、自由に決めていい権利を持つ。優しく見逃してやる道理などない。

「ひ、ひぃ! 化け物だ!」
 叫んだ騎馬の男は、必死になって馬を手繰たぐり逃げようとするが、ザナフのはそれさえ計算のうちである。

「クク……、逃げるなら馬は置いていけよ。俺が使えねぇだろうがっ!」
 馬が暴れないよう、男の首を狙って絶命させる。瞬殺されたその傭兵は、絶叫を上げつつくらから滑り落ちて絶命。馬は多少暴れたものの逃げる事なく大人しくしていた。ザナフにとって馬は使い道がある。便利な道具まで排除する事はない。

「キ、きさまぁ!」
 目玉をくしつらぬかれたひげの隊長は、ようやく我を取り戻して剣を振り上げ襲い来る! だが、その瞬間に顔面を縦に切り裂かれて絶命。もはや死の恐怖に支配された傭兵達に統率などンあく、バラバラになって逃げようとするが、いづれも背中を向けた時点で斬られて命を散らした…。

「そおら! どおした! 逃げてみろよ! 一匹たりとも逃がさねぇがなぁ!! ギャハハハハハハ!!」

 血が舞う、血が飛び散る…。
 絶叫と、悲鳴と、絶望が、この地獄と化した空き地に響き渡り、彼らの命はついえていく。

 この一方的な虐殺ぎゃくさつは、そののち、たった2分で終了する事となった。




 そしてそこに残されたもの……。

 それは、
 平然と死者を見下ろすザナフと、その身体や髪に血を浴びつつも、未だうつろなまま立ち尽くす奴隷女だけであった。
















 小雪のちらつく林の合間。そこに広がるのは無数の、しかばねと化した人間達。
 曇天どんてんは晴れず、重く重く天をふさいだまま、神の目すらおおい隠すかのように、この絶望の光景をさらしていた。

「ほぉ。お前、まだ息があるのか。運がいいヤツだ。」
 ザナフが、未だ虚ろな表情の奴隷女の下へ戻ろうとした時、屍の中に、たった一人だけ、いままさに消えようとしている灯火のような命を見つけた。このまま死ぬ相手だが、一撃で死なず、生き残ったという幸運に免じて、そのままにしておく。

「ぐ…、き、キサマ…。ジョンバト…に逆らうなど…、いまの…うちに…降伏せんと…恐ろしい事、に…なる…ぞ。あの方は…ただの豪商……ではな…い。大きな……組織に……、身を置い…て……おられる!」
 こういった雑魚が死ぬとき、というのは、ほとんどの場合が2つに限られる。ザナフが自分達の敵に回ったことを後悔するように、優越感を持とうとするやからか、死の恐怖に駆られたまま死ぬか、だ。

 どちらにしろ、ザナフにはどうでもいい事だ。
 雑魚が口をパクつかせようと、この結果は変わりはしない。それより、ザナフにはやるべき事がまだ残っている。


「…さぁて、あとは……。」
 血に塗れた匕首あいくちをそのままで、いまや自身の持ち物となった奴隷女の下へと歩き出す。いまだ残酷な笑みは消さず、殺意を持ったその眼光を女へと向けている。女はただその場でうつむいたままで、何かをブツブツと呟いているようであった。

「───いや…、いやよ……また…みんな死んで…。」
「おい、女。」

「私が……また…、全部を殺して…………。」
「聞こえてねぇのか。」
 死者の群れを前に、呆然自失している女の声が次第に大きくなっていた。それはまるでなげきのようである。目の前で死した者へのとむらいではなく、何か意味不明な事だけを、り返し繰り返し、何度もつぶやいているだけであった。女の目には、累々るいるいと横たわる死体自体、見えていないようにも感じる。

「………………………………。」
 女のつぶやきが消えると共に、周囲を白に染めるように舞い散る雪は、次第に冷たい雨へと変わっていた。それは女の流す涙であるかのように、音もなく、立ち尽くす女を濡らしていく。そんな中、ザナフは血に塗れた匕首をそのまま、大蛇の眼光と共に女へと向けた。


「さぁて、じゃあ本題に入ろうか。テメぇ……何者だ?」
 ザナフにとって、ジョンバトの放った傭兵など、したる問題ではなかった。奴隷女を売りさばくのに必要な、馬を届けてくれる便利なヤツラ程度にしか考えていない。
 だが、戦っている最中に女から感じられた気配は、彼を警戒させるに十分な奇妙なものであったのである。

 この女が危険である、というつもりはない。ただ、幾度いくどとなく死線を越えてきたザナフでさえつかみ切れない何かを、この奴隷女が持っている、と警戒させるだけの圧力を感じたのである。目に見える力ではなく、ただ純粋に悪党としての本能のようなものだ。


 女は美しい。

 雨に濡れ、暗い闇がすその中においても、女自身が放つ輝きは消し去ることができない。ただ唯一、その瞳だけは暗くにごり、希望やそれにるいするもの一切なく、絶望にいろどられている。

「俺も最初は、どこぞの貴族の落とし種だと思っていた。訳ありの娘が表にも出されず生かされているというのはよく聞く話だからな。秘匿ひとくされていたんだと思っていた。」

「………………。」
 女は、そのザナフの言葉を聞いているようには見えない。しかしそれでも、ザナフは言葉を続ける。

「だが違うな。お前はそんなタマじゃねぇ。…お前の目を見て確信したぜ。」



「お前、いままでに何人殺した?」
「────っ!」
 いままで反応さえなかった女が、ようやくザナフの方へと視線を向ける。ようやく意思を取り戻したかのように、その美しい瞳を絶望のままに顔を向けた。

「目を見りゃあわかるんだよ。お前、相当殺してるな? もしかすれば俺以上に殺してやがる。───そうだろう?」
「…………はい……。」
 素直に答える女。しかしその態度は何も変わらない。横たわる死者を前にし、まるでその記憶を辿たどり、思い出しているかのように空をあおぐ。


「でも、覚えていないんです……。どういう理由かもわかりません。ただ、多くの人を殺害した記憶だけが残っています。」

「自分が誰で、何をしていたのか、どんな事情で、どうして人を殺したのかも……何も……。思い出せないんです…。」
 しかし、過去に大罪を犯した。その事実だけは覚えている。そして女はその記憶を呼び起こし、嘆いているようであった。女は服が泥と血とに汚れるのも構わず、その場に座り込み、死を迎えた者達へと涙を流した。避けられない戦いで命を落とした彼らをとむらうように、もしくは自身の罪に祈りをうかのように、ただひたすらに祈りをささげている。

「…お願いです……。もう誰も…、殺さないでください…。」
「お前の意見なんぞ聞いてねぇ。俺がしたいようにするだけだ。」

「なら、私を殺して……それで終わりにしてもらえませんか? もう、誰かが死ぬのは……耐えられません……。」
 そう言って涙を流す女は、目の前の死を止められなかった事、過去での何らかの事情による大勢の殺害に、深い後悔を感じるものであった。自身を殺して、それで終わりにできるのなら、という本心でもあった。…しかし、ザナフはそれほど甘くはない。

「黙れよ。金で買われた奴隷が俺に指図するな。お前は俺の所有物だ。全てを決めるのは俺なんだよ。」
 それを聞いた途端とたん、女は落ちていた剣を拾い上げ、自らを刺そうと力を込める! …だが、それを予想していたかのように、ザナフはふところからくしを投げつけ、その剣を弾き飛ばした。

「…ちっ、面倒臭い女だな。自己満足で死ぬんじゃねぇ! どうせ死ぬなら、俺の役に立ってから死ねよ。その場で無駄死にするより、建設的だと思うがね。」
 元々、女に選択権はない。死ぬことすらザナフの手中にある。きっと彼が近くにいる限り自殺はできないのだろう。それに、それが何であれ、何かの役に立つのならその方がマシなのかもしれない。相手が誰であれ、何もする前に死ぬのは自己満足なのかもしれないのだ。

「クク……、だが、気に入ったぞ、女。それだけの美貌びぼうのくせに俺より殺してる悪党なんざ初めてだ。これは確かに面白いな。」
 猫婆がどこまで知っているのかは不明だ。しかし、金豚といい、この女といい、何かしらの波乱が起こる事は確かだろう。特に金豚はこの女を手元においておけば、またちょっかいを出してくるハズだ。


「決めたぞ。お前は俺の女にする。金豚をおちょくるには丁度ちょうどいいからな。」
「……………。」
 ただ途方とほうれるだけしか選べない女。ザナフは彼女を連れて旅をする事に決めた。売り払うよりも、色々と面白くなりそうだ。退屈していただけに、これからの波乱を思うと笑みを浮かべずには居られない。

 ザナフはビジネスマンだ。しかし、必ずしもそれだけではない。戦士としての顔も持っているのだ。それにオークションで使った金など小遣い程度。金はいくらで持っていた。だからこそ、今度は趣味のために楽しむのも悪くない。そう感じたのである。



 ───傭兵が残した馬を1頭引き連れ、奪った荷物を乗せて旅に出る。
 その後ろには、美と破滅を抱く女。

 行く先は南ラファイナ。女王イメルザが幅を利かせる土地だ。
 北が極寒に包まれる前にネグラを確保するのと、来年開かれる、水竜の宝珠とやらの”返還の儀”という祝祭へ儲け話を見つけるためでもある。

 ザナフと、そして女の旅はこうして幕を開けるのだった。
















 ───ジョンバトが怒りのままオークション会場を後にした後、
 主催者の猫婆は4つのブラッディ・クリムソンを握り締め、ニンマリと笑みを浮かべていた。

 …彼女には、金豚がああいう行動に出る事は予想がついていた。しかし、ザナフの考えているような”自分の立場を弱める”などという臆病おくびょうな考えなど微塵みじんももってはいなかった。もちろん、多少は目障りな豚だとは思っていたので、ひまそうなザナフを利用しただけの事。

 あれの性格は拾った頃からの付き合いもあり、熟知している。最近は特に、金はあってもひまを持て余していたようから、おんを売らせただけでなく、女と、敵という玩具おもちゃまでプレゼントをしたのである。これで、息子を喜ばせた上に、つまらない豚男も始末できるのだから一石二鳥。

「しぇっしぇっしぇ! 一体何人殺したのかのう? 手ごたえはどんなもんかのう!」
 一人だというのに笑いがこみ上げてくる。自分でさえ久しく殺しはやっていない。しかしそういう欲求を我慢して、息子にゆずったのだ。

 な ん て 息 子 思 い の 親 な ん だ ろ う か ? … と自画自賛する。

 猫婆はこう見えて、息子に甘いのである───。







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