水竜クーと虹のかけら |
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皇樹暦750年 春─── 「う〜、ぎもじーわどぅい〜〜」 「大丈夫? クー。いくらなんでも飲みすぎだよ。」 日の高い昼時、ラファイナ王国の城下町ガルドの一角に彼らは居た。まだ若い娘と、同年代の青年。 驚くことに、娘の髪は世にも珍しい海のような蒼い髪であった。陽光を受けてキラキラと水面のように輝く美しい髪、…はやけにボサボサで、宝石のような深い そして、なにより目立つのはその 別にここが海水浴場というわけではない。ここはラファイナ王国城下街の中心であり、人の 今、あちらこちから届く声は彼女の様子を見て、”大丈夫?”と笑顔で心配するものだけだ。どうやら通行人にとっては、あまりに見慣れた、特に珍しい事ではないようである。もちろん格好など気にしている者は一人もいない。 「ほら、おんぶするから、…さ、背中に乗って。」 そう声を掛け、娘を心配する青年は茶色の短髪。そして眼鏡をかけており、服装は貴族のものだとわかる。動作ひとつひとつに品があり、とてもじゃないが 「うぷっ! は、吐きそうですよ〜。」 「…お願いだから背中では吐かないでね。」 青年は困った顔でそう言うが、蒼髪の娘の泥酔っぷりを見るに、あまり期待はできなさそうだ。仕方なく、 「情けない…! 情けないぞ、クーよ!! たかが1杯や10杯の酒で酔うとは、偉大なる水竜の一族がこの程度かと そう 「ランバルトさんも 「小僧が何を言うかっ! こ、この世界最強たる私が、この程度のアルコールで正気をうs8dd=e¥@、…ふぎゃ!」 その …しかしこの世の中、どこへ行ってもヨッパライが言う事は皆同じだ。”自分は 「ちゃんと酔ってるじゃないですか。クーと一緒になって無茶するからですよ、ランバルトさん。」 「なんだとー! キサマ、このランバルト様が酒ごとき人間どもの 「僕もヌイグルミが 青年…、ユニスは背負っている娘、クーをそのままに、いつも持ち歩いているヌイグルミ専用袋を取り出すと、ヨッパライのペンギンを掴んで袋に投げ込んだ。それを慣れた手つきで肩に掛けると、クーを担ぎ直してまたゆっくりと歩き出す。 彼のやれやれと苦笑を浮かべるものの、その表情は穏やかで特に迷惑している様子もない。彼にとってはこの二人の世話を焼くのは当たり前なのだ。もうこうやって彼女やヌイグルミと関わり3年が経つ。 いつもの事、いつもの3人なのだから…。 そもそも、 なんで彼女らが、このように情けなく泥酔しているかというと、暗殺者に襲われたからだ。 白昼堂々と暗殺者が現れ、彼女達を襲った。だから酔った。 ……は? 意味がわからない? いや、別におかしくはない。暗殺者を撃退するのに酒を飲む必要があったからなのである。 少し振り返ってみればわかるだろうから、時間を少し巻き戻してみよう。 ───それはたった30分前のこと。 「おーい、おばちゃーん! クーは腹へったですよ! なんか食わせるですよ!」 いきつけの、とある食堂へとやってきたのはクーとユニス、それにペンギンのランバルト。いい若いモンが昼間から働きもせずに街をぶらついている時点でいいご身分なのだが、それは仕方がない。なんといってもクーは水竜なのである。 50余年もの昔、この国を襲った『魔神・ブレイブソード』という化け物。それを激戦の そして水竜パパは死の直前、人間達にとある言葉と宝を 50年後に自分の娘が現れる。この水竜の宝をその娘に …ちょうど3年前、 つまり、そういうわけで彼女が働く必要などないわけだ。 ぶっちゃけ、寝てたって遊んでいたって信仰されまくりである。 …しかしながら、このクーには自分が水竜であるという自覚や威厳がまったくなく、この3年間、さんざん街で遊びまくった結果、現在はただの元気なイタズラ娘という認知度となっている。 「おーばーちゃーーん! メシ! メシ! クーは腹へったですよ!!」 「バカモノ! クーよ、水竜ともあろう者がなんと行儀の悪い!」 バンバンとカウンターを叩く迷惑娘クーを 「誰がおばちゃんだい! 失礼な子だねっ! あたしゃまだ女王陛下と同じで37だよ! 呼ぶならお姉さんだろうが!」 店の奥から出てきたのは、顔も腕も腹もかなり肉付きのよい、太めの中年女性であった。当人いわくまだ37歳との事だが、人間30を過ぎれば間違いなく中年である。その 「こんにちわ、ダクレーヌさん。お邪魔します。」 「おや、ユニス王子は今日もさわやかだね。…それに比べてクー! アンタはそれでも女の子かい!? 髪くらい 「…む、痛いところを まったくもって情けない事に、飯屋のオバ…お姉さんに頭が上がらないクー。これで偉大な水竜の娘だというのだから世の中わからない。 「ほらみろクーよ!! だから言ったではないか! 水竜たるもの 「ふーんだ。ランちゃんには言われたくないですよー。どうせ 「なんだとゴラァ! おのれバカクーめが! ちょっと表出ろ! 今日こそキサマの根性を叩き 「おう、やるですか! クーにケンカを売るですか! 受けて立つですよ!」 「二人とも、ご飯はいらないの?」 「いるですよ! クーは大人しくするですよ。」 ユニスの 「ほら、ランバルトさんも食事を先にしましょう。」 「ならん! 今日こそ決着をつけてやるのだ! 根性の 「おやおや、ランバルト。アンタもクーの事を言える立場かい? 人の事言う前に体がゴワゴワじゃあないか。あとでアイロン掛けてやるよ。」 「ぐぬ…、ダクレーヌ、キサマなんと手痛い指摘を…。しかしアイロンは嫌いだ。 世界を崩壊させた魔神とやらも、もはや恐怖のカケラすらない。 とりあえずアイロンには弱かった。 「おばちゃんメシ! わかったからまずメシ! 腹減ったですよ!」 「 あくまでも元気なクー達は、とにかくよく食べる。しかも王宮のツケで食べられるのだから 「ご迷惑をおかけします。僕は少量で構いませんので。」 そう言うユニスもこの食堂を気に入っている。幼少からずっと王宮で しかし、これこそ常識外であった。王子という身分の者が、 そういう彼だからこそ、クーと共に庶民から人気がある。親しみ易さという意味では、現女王イメルザですら及ばないだろう。気さくであり、身近である彼は、次期ラファイナを担う者として大きな期待を寄せられている。 さて、そんな彼らが通うこの飯屋。その名を『グラン・ママン』といい、ごく一般的な宿屋を兼ねた大型食堂である。1階全てが食事処となっており、夜にともなれば専属の弾き語りが音楽を奏でる事で賑わう酒場としても有名だ。太めの女主人ダクレーヌも、ああ見えて驚くべき美声を持っており、歌う飯屋として人気のある。 料理をしながら歌うダクレーヌの声に楽しそうにしているクー達は、カウンター席で食事が出てくるのを今か今かと待っている。クーは耳に届くフレーズを耳にして、機嫌よさそうに両ヒジを立てて頬に当て、短い尻尾をふりふり、足をブラブラとさせている。クーは音楽好きなのだ。 ───ちょうど、そんな時だった。 「ふむ、 カウンターの上にぺったりと座っているヌイグルミのランバルトは、 「悪意ですか?」 「ああ。これは殺す気で来ているようだな。数は6…か。まったく 「む、また来たですか。クーの飯を邪魔するとは ランバルトが魔神を自称するのは 「僕が行きます。二人は食事をしていてください。」 そう言うと、ユニスは変わらぬ笑顔のままたった一人で席を立つ。こんな昼間から命を狙うという暗殺者を相手に、一人で立ち向かおうとしているのだ。 「むむ、ユニス独り占めは良くないですよー。クーも運動するです。」 「そろそろダクレーヌさんの料理が出来るだろうから、二人は先に食べててよ。冷めたらもったいないでしょ?」 まるで荷物でも置きに行くかのように ───ユニスは店の外へ出ると、周囲を見回し観察した。 そしてその悪意の者達はすぐ見つけられた。一般人と変わりない服を着た者が確かに6人。多方向からバラバラに、関連性のない服装で歩いてくる。普通に見ればまったく見分けなど付かないだろう。ユニスだからこうも そのうちの一人、 …男が近寄ってくる。しかしユニスは冷静のままだ。それはすでに相手が敵だと認識できているからである。 彼は気配を感じる 「やはり白昼堂々というのは関心できません。僕はあまり手加減できませんので。」 ユニスの自信と決意に満ちた目が男を その 「ごあぁ!!」 ……男の顔に特大カボチャが投げつけられた…。 「やったぁ! 大当たりですよ〜!」 「うむ、見事だぞクーよ!」 店から出てきたのは大喜びのクーとランバルトである。その奇行に道を行く多くの者が足を止め、あんぐりと事態を見守っていた。もちろんだが、残りの暗殺者達が一番驚いている。 「クーは考えたですよ。飯が出来る前に不届き者を全部やっつけちゃえば、ユニスも一緒に食べられるですよ。」 「さすがはクー! さすがは水竜だ! やはり理解力は抜群だな!」 彼女的には暗殺者がどうの、というよりも、ユニスと一緒に食事をする方がよっぽど大事な事なのだ。片手に持ったジョッキを口にして、グビグビと喉を鳴らして飲んでいる。 そして、口を 「輝け! 願いの紋様! クー達に殺意を持つ者を輝かせるですよ!!」 彼女の それは周囲の者、暗殺を企てていた男達に 「ほーら、これで分かり易いですよ。」 彼女の持っている水竜の紋様。それは星の力そのものを扱うための証。そしてクーが持つその唯一の力は、彼女の『願い』を実現化する。紋様はクーの願いをそのままの効果として実現したのである。 紋様は全部で七つ、それぞれに特有の力があるが、これほどデタラメに色々な 「な、なんだこれは!!」 「俺の…、俺の体が光ってるだと…!?」 「魔法じゃないのか!? こんなのは聞いてないぞ!」 バラバラになって行動しつつも、計画的な だが、彼らには自信があったのだ。 常識外の相手だろうと、魔法を使うのなら、それを封じ魔法を行使される前にケリをつける自信があった。彼らは対魔法使い専門の殺し屋としての実力を買われ、この依頼を受けたのである。魔法には誰よりも精通している。間違いなく暗殺できるという算段があった。 「わっはっはっはっはっ! ご苦労ですよ悪い人達! これでお前達が暗殺者だという事は街行く皆様にハッキリしたですよ! さあ、大人しく捕まるですよ!」 暗殺者達は混乱した。まさか…こんなデタラメな相手だとは予想もしていなかったのだ。魔法対策を 目の前にいる蒼髪の水着娘は、彼らがこれまで相手にしてきた魔法使いとは、まったく次元の違う相手であったのだ。 「えーと全部で6人。クーの飯を邪魔するなんて許さんですよー!」 暗殺者達は焦燥の中、逃げ切れない事を悟っていた。体が光っている以上、変装も隠れ身も意味はない。ここで相手を仕留める以外に選択肢はない。失敗は自分達の死である。 「さあ、僕が相手です!」 「く、くそぉっ!!」 挑発するかのように声を上げたユニスへと、男達は その特殊な光を帯びたナイフを取り出し 彼らが手にする武器、魔封じのナイフは対魔法使い専用武器である。相手がどんな魔法を使おうとも1発程度なら無力化できるという「魔封じ」の効果を持つ。一本が50万Gはする、とてつもなく高価な逸品だ。だが威力は折り紙付き。目の前にいる青年、ユニスは魔法使い。ならば初弾を受けてもすぐに首を狙える! 突然の襲撃に、居合わせた通行人より悲鳴が上がる! しかしユニスはそれでも 右手を広げて、その手のひらの下に左手のひとさし指を一本 「…魔法、テレポート。」 ユニスの静かな だがそうなならなかった。次の瞬間、男を浮遊感が そして何が起こったのか思考する間もなく、強い衝撃が脳天へと なんと、頭から地面へと落ちたのである! 理解できなかった。なぜいま走っていた自分が、一瞬で地面に落ちて頭をぶつけたのか? いつのまに自分が宙空にいたのか? やっと追いついて来た思考が告げた。青年の魔法により自分の体が上下逆さにされたのだと理解する。 しかもそれだけではない! 自分以外の仲間全員が同じように地面へと落とされていたのだ! あの一瞬で、ユニスは暗殺者全員をまとめてひっくり返したのである。 テレポートなどという高難易度の魔法を詠唱もなく、ひと言だけで暗殺者全員を狙って確実に命中させるなど、どんな化け物だというのか? そんな精度で魔法を命中させられる者などいない。そんな魔法使いなど聞いた事もない! それどころか、こんな魔力を持つ者がこの世にいるわけがない! そうだ! しかもこちらは全員が魔封じのナイフを装備している。効くハズがないのだ! 「…ひっ! そ、そんな…バカな…。」 なんとか身体を起こした男は、自身の武器に目を向け…衝撃を受けた。 手にしていたはずの魔封じのナイフが破裂でもしたかのように、 魔法を封じるどころか、相手の魔力があまりにも強大で受けきれず、爆発したのである! あまりにも異常な魔力、いくら王族だからとて、この少年は一体どれだけの魔力を秘めているのか想像も付かない。 「なんなんだ…、一体…。」 これまでのターゲットとが何もかもが違う相手。自分達は、こんな奴らを相手に暗殺を 「じゃあ、トドメですよ〜♪」 転げた暗殺者に満足した水竜クーは、手に持つジョッキを 氷の弾丸! 口から小粒の氷弾が暗殺者に向けて クーは水竜とはいえ、混血児、つまりハーフである。それでも竜である事には代わりがない。父親ほどではないとはいえ、この程度のドラゴンブレスなら 「うおお、な、なんなんだコイツはぁ!!」 「す、水竜っていうのは本当なのか?!」 次々と発射される強力な氷弾に、暗殺者達はさらなる大混乱に だが、それが 次々と発射されるドラゴンブレス、それは強烈な破壊弾となって暗殺者達を狙う! 一撃でも喰らえば、 しかし…、 「ぐぬ〜〜〜! どうして避けるですか! 当たれですよ!!」 クーの方にも問題があった。…残念なことに自慢のドラゴンブレスは命中率が悪いようだ。一発も当らない。 いかに竜だとはいえ、氷弾の命中には練習が必要らしい。こればかりは地道な訓練を重ねる以外にない。もちろん避ける事に一生懸命な暗殺者達には、そんな事を考える余裕もない! 彼らは大混乱したまま氷弾攻撃に しかし難点はそれだけではない。このドラゴンブレスにはさらなる弱点もあった。 それは、一度胃に入れたモノしか発射できないという制約だ。 クーはハーフなだけあり、体内で氷を生成する事は出来るのだが、竜そのものではないため、相応の水分を貯めておく器官がない。口から飲んだ水分を氷にして発射するという方法でしかドラゴンブレスを使えないのである。 当然、口に何か飲み物を含まなくては発射できない。 …ようするに、何かを飲まなければ撃てないのだ。 「うわあああ! やめてくれえええ!」 「ひぃ! 助けてえ! もうカンベンしてくれえ!」 …なんだか可哀想になってくる暗殺者達、そしてちっとも当たらない氷弾。 だから、どんどん飲み物を飲んで発射する。ランバルトから渡される飲み物を次々と口にする水竜クー…。 「ちょっとクー、やりすぎじゃない…?」 ムキになってドラゴンブレスを連射するクーに、ユニスが苦笑いを浮かべて言う。そんな時、ユニスは 「あの、ランバルトさん。それってお酒じゃあないですか…?」 「なんだ、ユニス。お前も飲むか? ナカナカの味だぞ?」 逃げ回る暗殺者達。飲んでは撃ち続けるクー。酒の入ったタルに乗り、一緒になって酒を飲んでいるランバルトはいい気なものである。口の中に酒を運んではドラゴンブレスという名の氷弾を発射するクーに、やんややんやの 「おお、いいぞクーよ! 邪悪な人間どもを一掃するがよい! ワハハハハ!!」 もはや観客と成り果てたランバルトは、クーを止める気などさらさらないようだ。 逃げ回る哀れな暗殺者に、当たらないクーの氷弾。 多くの者が遠くから見守る中、彼らの戦いは、まさしく”泥試合”の様相を見せていた。 「あっ!!」 「どうしたのクー?」 「今のブレスに朝食べたゴハン粒がまじってたですよ。」 「…今度から、ちゃんと歯を磨いてからドラゴンブレス吐こうね…。」 結局…、ドラゴンブレスは一発も当ることなく、暗殺者達は疲れ切ったところを巡回衛士に取り押さえられた。 暗殺者が現れたというのに、一人の怪我人も出る事なく事態を収拾できたまでは良かったのだが、残されたのはドラゴンブレスによって色々と破壊された商店街であった。すでに酔いが回り始めたクー達をおいて、一生懸命に謝罪するユニス王子…。なんとも言えない涙を誘う姿として、人々の心に刻み込まれてしまった。 ユニスは苦労人である。
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