水竜クーと虹のかけら

第一部・01−3 「魔神ランバルトの行動」
トップへ戻る

 


 結論から言おう。


 助けてくれ。


 私こと、三姉妹の次女、もしくは海原と境界の魔神とも呼ばれるこのランバルト様は、今とてもすさまじく悲惨ひさんな状況に置かれている!! ヒィ! もう大変なのだ! 助けてくれトリニトラ姉さんっ!


 ……いや、いやいや、待て。 落ちつけ私。

 いくら助けを求めようと、このようにトチ狂ったかのごとく叫んだりすれば、聡明そうめいな姉とて混乱するだろう。つらい時こそダンディズム。ここは冷静に最初から話そうじゃないか。
 それに愛すべき妹には姉としてなさけない姿なぞ見せられんしな。いまこのような時だからこそ、冷静にならねば。あいつが見たら、さすがはラン姉さん!と賛辞さんじされる程、素敵に華麗かれいに語るとしよう。三姉妹の次女としては上と下との板ばさみ。なにかとツライところだがな。




 さて、この私、ランバルトがいかように”助けてくれ”なのかを、話すとだな、

 封印された我が身の復活を果たした私は、なんと神側の怨敵おんてき、水竜の住む神殿で息をひそめている。
 まさか、こんな所で復活するとは思わなかった。

 ……ぬ? これはもう話したか?
 まあよい。そういうわけで最強を名乗る私も色々と困っているのだ。

 正直に言うと、竜などという神直属の下僕のすぐそば、敵陣の真っ只中まっただなかよみがえってしまったのは、めっさおどろいたわけだが、さいわいな事に、そこには竜の父子しかおらず、私の周囲には水竜の子供しかいないし、その父親はまだ気がついていない。

 なぜかといえば、これには理由があるのだ。

 実はどういうわけか、現在の私は魂だけが復活した状態なのだ。それも水竜の小娘が大切にしているペンギンのヌイグルミ「ペンコ」を肉体借りる形となっている。いや、正確には肉の体ではなく、綿(わた)なのだから綿体というべきか。まあ、どうでもよい。

 とにかくだ、生身でないのは不満かと問われれば、手は短い足は短い、おまけに背は低すぎるという三段攻めな状態なわけだから、そりゃあ全力で不満ではあるのだが、…考えてみれば、元々の肉体のままで復活していたら、復活直後で弱っていた私は、きっと即座に発見され、殺されていただろう。
 いかに純然たる戦闘能力においては最強とうたわれた私とて、成竜を甘く見ているわけではない。身体能力全開だったならカスにも満たない相手だが、さすがに今は脅威きょういの対象だ。ぜんぜん無理だ。

 だからこそ、逆にヌイグルミという立場は好都合であったともいえる。

 なぜこのように復活したのかは不明。…神の仕業か、はたまた水竜の力なのか、そこんところはサッパリだが、一応は救われたと言ってもよい。


 ようはあれだ、

 力が完全に回復するまで見つからなければいいだけの話なのだ。不自由ではあるが、少し辛抱しんぼうすれば力は戻るはず。完全に力さえ戻れば、たかが竜の一匹や二匹を即座にほうむる事など至極簡単。姉さんや、我が愛する妹を救う日も近いというものだ。はっはっは。











 なんて考えたのは甘かった!







 き、聞いてくれ姉さん! ペンコはな、可哀想な奴なんだ。実に不憫ふびんな奴なのだ。水竜の娘のお気に入りなヌイグルミのはずなのに、やたらめったら悲惨ひさんな役目を背負っていたのだ!
 持ち主の娘はクーという……人間で言えば5歳程度の小娘なんだが、そいつがヒドイ。本当にメチャクチャなんだ。やんちゃとか、オテンバという言葉じゃ生ぬるいのだ!!

 いや、クー自身が、あの神のような悪逆非道な奴だとか、そんな事はまったくない。…むしろ、普通の子供であり、距離を置いてながめていると、あの愛らしい我が妹の幼い頃を思い出すかのような、ほんのりとしたなつかしさはある。(当然だが可愛さは我が妹の方が圧倒的に上だ。そんなもの比べようもない。)
 それにクーの遊び自体は到って普通のたぐいなのだ。なにせ女の子らしく”ママゴト”をやっているのだから。

 やはり小娘なだけあり、発想自体は可愛げのあるものだし、このくらいの子供には当たり前の事なのだろう。姉さんも私も、我が妹にはずいぶん付き合わされたのは言うまでも無い。いやはや、なつかしくて涙が出てくるじゃあないか。

 で、私もヌイグルミのペンコという立場なので強制参加なのだが、私は夫役で、クーが妻役を主に担当する。(もちろん、じっとしているだけだが)
 なので、クーが最初これを始めた時、私はあの頃の情景が脳裏のうりに浮かび、本気で涙が出そうであった……。我が身はまだ敵地だというのに、懐かしさと過去の幸せの追憶ついおくをしているようで嬉しかったのだ。始るまでは至極しごく、幸せを味わっていたのである。


 始るまではな。



 ───しかし、悠長ゆうちょうに思ひ出などにひたっている場合ではなかった。
 クーのそれは違うのだ。おかしいのだ!


 問題は、ここなのだ!
 本題は、ここなのだ!




「あなた、おかえりですよ。帽子と上着、しまうですよ〜。」
 布製のコートらしき上着を着せられたペンコ(私)。帰宅した夫役として開始となったママゴトだが、オーソドックスな導入と言えよう。自宅に戻る夫という図は物語を始める上で語りやすいのはママゴトの定説なのだろう。昔、妹が同じ設定でやっていた記憶もあるしな。

 で、ペンコは上着をかれて、食事らしき器が並べられた台の回りに座らされる。
 きっと、夕食頃なのだと思いつつも、クーが上着の片付けが終るのを待っていると………ヤツはいきなり怒り出した。

「あ、あなた! 上着から女の匂いがするですよ! 帰りが遅いと思ったら、まさかクーを待たせて違う女と遊んでたですか!?」
「(……いやマテ、なぜイキナリそういう展開になるのだ? それは浮気というやつか? 開始2分で修羅場に突入するママゴトは前代未聞だぞ? しかも”遊んでた”の意味とか、お前わかっとらんだろう?)」

 …などと言い返したい私だが、ヌイグルミなので座してもくする。不満があろうと反論はできない。動いてもいけないのだ。クーの演技はかなり本気で、夫にせまる妻のようで身がちぢまる思いだ。

「ぬぅ! 無口です! きっとやましい事があるから無口になるです! きー!」
 両手を振りげて怒るクー。弁解もさせずに一方的とはなんたる妻か。どうやらこのママゴトでは夫の地位がすこぶる低いようだ。私は劇中での夫の不甲斐ふがいなさに涙した。

「問答無用です! 鉄拳制裁! クーの必殺ぱんちですよ!!」
「(ぐぶぁっ!!)」
 あんまりだ…。夫に弁解の機会も与えず、いきなり殴るとは、なんて理不尽なドメスティック・バイオレンス! 夫としての立場を考えると、これはもう、離婚を考えた方がいいのではないかと思われる。

 いやマテ、ここは我々が滅ぼした旧世界ではない。もしかしたら、これが今の世界での夫婦の姿だという可能性もある。もしくは、愛という名の元に、一方的にサンドバックと化した私ではあるが、実はこうみえてクーのママゴトには緻密ちみつな設定があり、夫はSMプレイ好き、というシチュエーションなのかもしれない。だとすれば! …むしろここは、夫役としてはたたかれて喜んでやるべきなのだろうか?(いや、そもそも反応してはイカンのだがな)

 おおっと、殴られているうちに、なにやら私自身がハイテンションになっていたようだ。考えてみれば、クーは一度も外の世界に出た事がないのだから、世界の常識がこうであると知っているわけではないだろう。

 では、クーはどこからこういう”特殊なシチュエーション”を覚えてくるのだ???


 ひたすらダメージに耐えながらも、うつろな意識をクーの本棚へと目をやると、しおりがはさんである旧世界の書物を発見した。


 ──そう、それは我々が滅ぼしたあのくさった旧世界、現在はもう”古代文明”と呼ぶべきはるか過去の世界の遺物。いまこの世界には、その足跡そくせきを示すという意味では貴重な書物だ。

 人間がその英知により繁栄はんえいを極めた世界。全ての人間を家畜のごとく管理支配し、人がその手で人工の生命を作り、生命そのものを軽視しすぎたあの世界……。
 それは、あの頃の人間が記した書物の一端いったんである。それをあの父竜が手に入れていたのだろう。旧世界の人間が記したそれを、いまクーが読み、生活に関連した記述を見つけ、それをし、ママゴトとして再現したと考えてよさそうだ。



 しかし、このようなバイオレンスが掲載けいさいされているとは、一体なんという書物なのだ??
 私が見たその本。そのタイトルとは、



 『夫と妻の壮絶365日』……………。



 どうやら、古代文明でも一番いらない部類の書物が現存してしまったらしい。
 むしろ、古代遺産でも一番残らないでいいものだ。もっとのこすべき重要な遺産が沢山あるだろうに…。即座に処分しょぶんして構わないものだと思うのだが、なんでまた、こんなモノまで遺しておくのだ??



「あなた! 次の攻撃が行くですよ! フライング・ドロップきっーく!」
「(げぶぁ!!)」
 お、お前……ふざけるなよ? いくら私が温厚かつ、特殊な事情を抱えているとはいえ、このような仕打ちをいつまでも我慢していると思うな。力が戻ったら速攻で仕返ししてやるからな!(でも今は耐えるのみ…)

 しかも、この小娘……本気で手加減が一切無い!
 いくら子供だろうと仮にも竜だぞ? 人間との混血児、ハーフとはいえ半分が竜なのだぞ? 常識的な人間の子供など問題にならない身体能力を秘めてやがるのだ。
 そんな相手に、竜の全力で殴られる夫役をやった事があるのは私ぐらいのものだ。魔神である私ですら痛いどころではない。ヒィ! これをなんとかしてくれ! 本当に死んでしまう! 最強の魔神ともあろう私が、ママゴトの余波で絶命などと……。


 ……このようにして、クーの「家庭内暴力ママゴト・地獄変」は、午前中ずっと続く……。
 これが毎日のように続くのは、もはや拷問ごうもん以外のナニモノでもない。なぜ毎日のごとく夫婦喧嘩に終始するのか教えて欲しい。……なにげに、開始2分以外はママゴトでもなんでもないように思えてならないのは、私の気のせいなのだろうか?

 正直な話、このような野蛮な小娘は殺してしまった方が楽なのかもしれんが……、そうなると、あの父竜がどうなるのか想像もできん。あまりにも過保護に娘に接しているバオスクーレとかいう成竜。奴は神の下僕として十分な力を持っている。あれが怒り狂えば、いまの私では到底とうてい歯が立たないだろう。
 やはり波風は立てないに限るのか……。そうなると、やっぱり日常に耐えるしかないという事になる。いつ回復するともわからん力が回復するその日まで。


 とどのつまり、助けてくれ……。
 トリニトラ姉さん、妹のピンチです。さっさと復活して助けに来てはくれませんか…?




















 海の中の神殿にもやがて夜の時間が訪れる。
 日中の騒ぎがうそのような静かな夜。この時ばかりは私も心が休まる。なんせクーが寝るからな。

「く〜〜〜……、す〜〜〜……。」
 まったく…、我が妹のようなしとやかさが欠片かけらもない小娘だ。日中の恨みも込めて、いまこの場で殺してやりたい衝動しょうどうがふつふつといてくる。バオスクーレの件もあるが、よくよく考えてみれば、クーを殺しても、奴は怒りをヌイグルミなどに向けはすまい。せいぜい、とばっちりを受けるのは、ここ周辺の陸地くらいでだろう。

 どうせ、こいつらは神側の敵なのだ。生かしておけば面倒であるのも確か。

 こいつを殺すくらいの力なら、今の私にもある。境界の力をわずかに使い、首をねるだけ。
 殺すことは容易たやすい。あまりにも簡単な事だ。

 ならばいっそ…………。



「ZZZzzz……ペンコ〜、だ〜いーす〜き〜〜……。」

 なんて、狙ったかのようなタイミングのよさで寝言が聞こえてくる。そんな間抜けなたわごとと共に抱きしめられてしまえば、なんだか毒気を抜かれてしまう。

 寝る前に風呂に入って体を洗われたり、食べる必要なんかないのに、食事の席に同席させられたり……。日中はサンドバックでも、それは憎くてそうしているのではないのは薄々理解している。…きっと、外に出してはもらえぬ鬱積うっせきした気持ちを発散させる場がないからなのだろう。

 そう考えれば、ペンコは……クーにとってそれをぶつけられる唯一の友達なのだな。


 ……そういえば、我が愛べき妹、グロリアも今のクーと同じような幼いの時期があった。(封印されている妹はまだ幼いままだが)我々は今のクーのように自由をうばわれ、外に出ることなど出来なかったからな。あの子もクーと同じように外の世界にあこがれ、我慢していた…。
 コイツをすんなり殺せないのは、それの境遇きょうぐうが重なるからなのだろうか? 妹グロリアとクーの姿をだぶらせているからなのだろうか…?


「(ふっ、そんな事……。今はどうでもよい事だな…。)」
 私はゆっくりとクーの腕から抜け出し。ベットから降りる。
 今の私には、それがどうであろうと関係がない。感傷など詮無せんなき事だ。

 それに……今は殺さなくとも、最終的に殺す事は変わらない。力を取り戻しさえすれば、親諸共もろとも殺す事になるのだから。どう転ぼうとも、この小娘なんぞと姉や妹と天秤てんびんにかける価値などない。あるわけがない。

 私には姉妹がすべてだ。他の全てがどうなろうとも、知ったことか。



 ……時間が惜しい。今日も始めるとしよう。

 自身の能力がどの程度扱えるのかを確認するため、夜中にクーが寝てからひそかに行っている訓練。今の私は力が使えないとはいえ、まったくゼロになったわけではない。私の能力でもある「境界きょうかいの力」、つまり、空間を切り裂き跳躍ちょうやくする力は微弱ながら健在けんざいで、一日に1〜2回くらいなら短距離跳躍も使える事がわかった。

 1度に20〜30キロメール程度の距離ならば跳躍できるだろうが、問題はそれを行使した後の事だ。

 クーはともかく、あの親竜は力を行使した私を見つけられない程、おろか者とも思えない。使った途端とたんに補足され、殲滅せんめつされる可能性は高いだろう。使用するにはそれなりの覚悟かくご、……そしてなによりも準備が必要だ。

 一番の選択肢は、力が完全に戻るまで待つ事なのだろうが…、それにも問題があった。

 実は復活して10日も経過したというのに、力がまったく回復していなかったのだ。ヌイグルミという体には慣れてはきたが、魔神としての戦闘能力は皆無に等しい。やはり肉体を持たぬ身だからこそなのか。

 肉体が戻らなければ力は戻らないというのであれば、その方法は知り様がないし、現在ヌイグルミでいる理由さえわからないのだから、悩んでも仕方が無いだろう。


 どちらにせよ、この水竜神殿にいる現状、張り巡らされた神の結界のせいで姉達の行方を探る事ができない。……でも、それでは困るのだ。私は一刻も早く、姉や妹と会いたい。会わなければならない。

 姉達を探すにしろ、逃げるにしろ、外の世界へ出なければならないだろう。大きなリスクをともなうが、このまま何も知らないままでは事態は進展しない。力が戻っておらずとも行動するしかないのだ。この姿でさえ、正体がバレない保証はないのだから。
 そして、そうであれば、今の無力なままであっても、あの親竜バオスクーレとは対決しなくてはならない事になる。状況が進まなければ姉達に会う事はできないのだから。


 ……私は決断しなくてはならなかった。この最悪の状況下であろうとも、動かなければならない。そしてどんな手を使っても生き残らなければならないのだ。


 私、ランバルトはその作戦を実行せんがため、クーがめったに使わない勉強机へと向った。作戦決行は三日後とする。…それより先はさらに気の抜けない日々になるだろう。

 私は不自由な体をのったりと動かしながら、最も必要な小道具を用意するため、紙と筆を手にした。


 この状況から脱するために。
 引き返す事のできない戦いを仕掛けるため、私は動く。




















 そして、何事も無く3日後の朝を迎えた────。

 いつも通りの朝は、天井から差し込む日の光によって訪れる。
 ここは水中にある神殿なので、神殿自体が内包する魔力により、空気だけは清んでいるものの、太陽の輝きは海を通してからしか受けられないし、鳥のさえずりなども聞こえない。それでも、ここで生まれ育ったクーにとって、これは当た前の事で、なんの不思議もない普通の朝だった。



「ふあぁぁ〜あ……ペンコさん〜、おはようです〜……。」
 ほんの数年前まで父と共に寝ていたらしいクーも、いまはちゃんと自分の部屋のベッドで寝ている。少々、寝起きはよくないようだが、人間と照らし合わせての年齢は5〜6歳程度だとすれば十分エライと言わざるをえない。(なんせ、妹は8つまで姉や私の布団にもぐり込んでいたからな)
 クーよりも早く目を覚ましていたペンコこと私は、ヌイグルミにてっしたままその挨拶あいさつを流す。あとは思惑通りにクーがあれを見つけてくれればいい。

 起きてからのクーは、いつも真っ先に洗面台へと向かう。それはクーが一人で使うにはあまりにも豪奢ごうしゃで大きい。中央の竜の彫刻からは絶えず真水が流れており、古代文明とはまた違った技術力の高さを示していた。
 部屋の北側、ベッドから5メール程の間仕切りのない一角にそれはあり、毎朝クーを迎える場所となっているのだ。だから私は、クーの背中を目で負いながら、そこを注視する。

「はー、顔洗お………ん? なんです? これ??」
 流れる水に手をつけようとしたクーは、そこに一枚の紙が置かれている事に気がついた。何気なく、その折りたたまれた紙を手に取ると、眠気もそのままで広げて見る。

「え〜〜〜と、なんですかねぇ〜…………────」





「………………。」



 突然! がばっと食いつくように紙へと目をく、そして何度も何度もそれに目を通すと、クーは急に顔を喜びの表情を浮かべた。喜びなんてもんじゃない。まるで、嬉しさの爆発だ。

 そのあり余る元気さを、ありったけの振りしぼってさけぶ!

「お友達! お友達からのお手紙!!」

 クーはまだ信じられないといった素振りで、さらに何度も手紙を読んでみる。それは間違いなくクーへと当てられた手紙だった。


 こんにちわ、クーちゃん。

 私は外の世界に住んでいる人間の子供です。
 水竜の神殿に私と同じくらいの子がいると聞いて、お手紙書きました。

 とても会いたいと思います。

 良かったら遊びに来てください。待ってます。

 今日、お昼ご飯を食べたら、お父さんに内緒でこっそり部屋に戻ってみてください。わかるように手紙を置いておきます。


*お願い。
 この手紙はお父さんには見せないでください。話してもだめです。もし知られちゃうと、もう会えません。だから、絶対に内緒にしてくださいね。

 地上の世界のお友達より





「やぁぁぁぁったぁぁぁぁぁーーー!!!」
 穴が開くほど手紙に見入っていたクーは、ようやく顔をはなすと、力の限り飛び上がって喜びを表現する。クーが生まれてから、こんなに喜んだ事はなかった。ささやかな喜びや、元気に遊ぶ彼女は毎日の事ではあったが、長い間、ずっと待ち望んでいた願いがかなうのだ。お友達からの誘い、こんなに嬉しい事はない!

「太陽ちゃんがお願い聞いてくれた! 聞いてくれたですよっ!」
 なぜ手紙がそこに置かれていたか?…などという理由など吹き飛んでしまっている。そんな事など問題ではないのだ。水竜が守るべき秘宝「太陽の宝珠」、クーにとっては太陽ちゃんという身近な知り合いが願いを聞き届けてくれた、だからお友達が出来たのだ、と思い、飛び跳ねたり、おどったりして、嬉しさを体全体で表現する。


「父ちゃん! 父ちゃん父ちゃん!」
 嬉しさのあまり、なんと、父を呼びながら居間へと走るクー。
 ベッドに横たわりながら、クーのその予想外の行動におどろき戸惑うランバルトは言葉を失っていた。

 まさか、真っ先に父に知らせに行くとは思ってもみなかった! ちゃんと内緒だって書いておいたというのに、クーは喜びだけしか目に入らず、注意書きを読む事さえしなかったのだ。

 これはマズイ! このままでは手紙の出所が問題となり、正体を突き止められなくとも親竜に不信感を残すだろう。計画実行前に疑念を抱かれるのはよろしくない。なんとかしなければ!

 ……とはいえ、追いかけようにも見られては困るし、どの道この姿では機敏な行動はできない。それにクーの全力疾走に追いつくとは思えなかった。ランバルトはいきなりの作戦失敗に眩暈めまいがするほどくじけていた…。



 一方、クーはクーで、あまりにも広く長い80メールもある廊下を一気に駆け抜け、父のいる居間へと到着していた。器用にも手紙を見ながら全力で走りつつ、父の前までやってくる。寝起きなせいで髪はボサボサ、余所見をしていたせいか、すっ転んだり、頭をぶつけたりもしていたが、それでも嬉しさのあまり、気に止めるどころではない。

「父ちゃん! 驚くですよっ! びっくりですよー!!」
「ど、どうしたんだい? クー。朝から騒がしいじゃないか。いい夢でも見れたのかい?」
 いきなりの、猪突猛進ちょとつもうしんで駆け込んできた娘に、いささか驚いているバオスクーレではあるが、最近は不機嫌続きだった娘が上機嫌なのを見れるのは嬉しかった。だから、クーの話をまず聞いてみようと、朝食の用意をやめて体ごと娘の方を向く。

「えーとね、えーとね!」
 いそいそと、嬉しそうに手紙を読もうとするクー。バオスクーレは何事かと思いつつも、娘の笑顔を理由がなんなのかを待っている。



「……………………。」





───*お願い 。
 この手紙はお父さんには見せないでください。話してもだめです。もし知られちゃうと、もう会えません。だから、絶対に内緒にしてくださいね。






 ……クーは、最も重要な一文をいまになって見つけた。
 言葉をなくして、にやけた顔のままで父と手紙を交互に、何度も何度も見比べてみる。



「コホン……。」
 いきなりかしこまったクーは、手紙を丁寧ていねいに折りたたみ、ふところへといれて、出もしないせき払いをする。
「どうしたんだい? クー。……なにかあったんじゃないのか??」

「女は隠し事がある方が魅力的だと聞いたですよ。」
「はぁ???」
 いきなり態度が急変した我が子に、何がなにやらわからず、バオスクーレは不思議な顔をする。まあ、子供なのだし、いつも変な遊びをしているクーの事でもあるから、たまに一人で喜ぶ事もあるだろうし、今回もきっと何か面白い遊びでも見つけたのだろうと、彼は思った。

 まさかそういう内容の手紙だと、どうして気づくだろうか?


「はは、わかったから早く顔を洗っておいで。そんなレディが髪をボサボサのままではいかんだろう。…今朝のご飯はパパの得意な魚のカーツ煮込みだぞ。」
「おう! 承知ですよ! 早く頭かして、父ちゃんの得意ご飯とやらを食べるですよー!!」
 元気いっぱいのクーは、こうしていつも通りの朝を迎えた。その手紙が外の世界への誘いである事を隠して。ただ、友達ができると喜んで。









NEXT→ 第一部・01−4 「夢に見た世界へ」
トップへ戻る