水竜クーと虹のかけら |
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そして、クーにとって、いや…ランバルトにとって待ちに待った昼がやって来た。 ランバルトは計画が上手くいった事に胸を とにかく、クーを外にさえ出してしまえばランバルトの計画は半分以上は成功なのだ。外の世界に 天井という そしてなにより重要なのが友達だ。外の世界には人間が暮らしているはず。そんなのはクーが人間と竜とのハーフである事を見れば簡単な答えである。…だとすれば、当然、クーと年齢の近い子供もきっといるはずだ。きっと自分達が生きていたあの 問題はクーを近隣の地へと それを最小の力で行い、親竜にバレるまでの時間を もしそこでバレなくとも、父竜がクーの様子を見に部屋までくればそれで終りだ。……これは運の勝負であり、あまりにも馬鹿げた作戦。成功の保証などまったくない、とてつもない賭けになえるだろう。最悪の場合、正体を見破られて瞬殺されてもおかしくはない。 しかし、もう覚悟を決めているのだから考えても仕方が無い。たとえ天命を運に任せたとしても、あの親竜を敵にしたとしても、今更やめる事で事態が進展する事はないのだから。 ───そろそろクーが食事を終えて部屋に戻ってくる。 クーが昼時だけ、ペンコを食堂に連れていかないというのはわかっていた。どうやら、親竜バオスクーレにペットは一日二回しか食事をしないと言われていたためらしい。多分だが、それは …だが、ランバルトにとっては、それがかえって好都合だったため、その短い間に準備を整える事ができた。あとはクーが戻るのを待つのみ……。 部屋の中央には、クーが立てる程の円を描いてある。そこには次の行動手順を示すための別の手紙をおいてあった。ペンコを抱いて円の中心に立ち、目をつぶれば行き来できる、と。 「ペンコさん、ただいまですよ! さー、行くです! ───…あ、このお手紙だ !」 予定通りにクーが手紙を見つけて再び喜び、ペンコを抱きしめる。そしてその内容に書かれた指示の通りに円の中心へと立った。 あとは運を味方につけて ランバルトもこの数日、ただ大人しく過ごしていたわけではない。自身の力の確認をすると共に、おぼろげだが確かに感じる人間だと思われる微弱な力。その数や位置を特定していたのだ。 不規則に動く複数の生体エネルギーを感知し、その近隣を目標到達座標とする。自らが持つ境界を司る力を発現。神の力の及ぶこの神殿から外へ、空間を かつてランバルトはこの跳躍を日常的に行っていた。彼女にとって空間跳躍とは、手足を動かすのに等しい当り前の行動であったからだ。そしてまた、その力を用いて立ち塞がる敵の全てを 【海原と境界を支配する魔神】…。彼女がその二つ名で呼ばれていたのは、空間と空間の 海の彼方に見える水平線。それは天と海とを上下でまっぷたつに分ける境界である。そこから 彼女はいま、その力を使う。 遥か過去に別たれた姉と妹に会うために。 可愛く 命の危険を クーの立つ小さな円を限定とした、最小限度の力場を発生させ空間を開く。この円を入り口とし、空間を隔てた先へ、指定座標を着地点という出口として跳躍する。───この間、わずかコンマ03秒。 発動と同時に、ほんの一瞬だけクーの意識は だけど、クーはじっと目を お友達に会いたかったから、外の世界に出たかったから、ペンコを強く抱きしめて、じっとそれに耐えた。まだ見た事のない世界が目の前にある。願う世界が待っているのだから! 一生懸命に目を瞑っていた。 体に感じるものは何も無い。ただ、願うだけのクー………。 無音。 何も聞こえない。 ただ、必死に目を閉じて待つ幼子に、今までに感じた事のない感覚が それは風。 我が家たる水竜神殿では吹く事のない。ただの風。 父が しかし今、クーの身には、かつてない心地さとなって、その身に風を受けていた。 団扇なんかじゃなく、全身に感じる初めての感覚。風が 「………あれ? これ……風…が吹いてるですか?」 神殿とは違う。…そう感じて、おっかなびっくり目を開いていくクー。その目の前には、昔から、ずっと前から望んでいたものが広がっていた────。 一面の若々しい緑の平原は、広く遠くへどこまでも広がり、吹き抜けた涼やかな風が若草の 足元には色とりどりの花。千差万別に色を宿した花弁広がる花々が、ただ美しく そしてクーの右手側には”山”があった。とてつもなく大きいその土盛りは、神殿の柱よりも、もっともっともっともっと、例えようもない程に大きい。 そして、山には串のように無数に突き刺さる、細く長い”木”というものがある。…いや、あれが生えているというものなのだろう。そしてそれぞれが濃緑な葉を ───そして、最も素晴らしいのは、空だった。 これまで望んでいた、海水に遮られる事のない天と空。 どれだけ目を 白い 我が家の2階に安置されている太陽ちゃんとは比べ物にもならない輝き。どんな宝石よりも強く激しいその力強さに、クーはただ目を細める以上に感想を述べる事ができない。 これが、……この全てが”自然”というもの。 空と太陽、そして山があり、草があり、花があり、地面がある。風がある。 この地に生きる人々にとって、それはなんでもない事なのかもしれない。 それがあるのが当然なのかもしれない。 ………だけど違う。あるだけで嬉しいのだ。そこに存在しているだけで、 ただ目の前に自然を感じるだけで、心がいっぱいになっていく。 それらは、いとも簡単にクーの中での常識を、その全てを ……気づかないうちに涙が 「あれ……おかしい…ですよ。……クー……泣いてる…ですよ。」 いつのまにか、クーは涙を流していた。 夢が目の前にある。今まさに、目の前にある。 その素晴らしさにただ震える。あまりの美しさに打ち震えるしかない。 クーはこれまで、我が家にある数え切れない程の本に目を通してきた。なにせ時間だけは沢山あったので、父の持つ旧世界の本を拝借し、写真付きの本を でも、目の前にあるそれらは本で見たよりも、もっともっとキレイで、比べるまでも無く美しい。 いや、比べられるはずがない。 世界は、あまりにも美しい。 だって自然は、こんなにも生きづいているのだから……。 ───それからクーは、ただ手当たり次第に自然というものを感じていた。 風に身を 鳥がいる。虫がいる。池には魚がいる。 周囲にまばらに生えている木々。その 何もかもが新鮮で、声にさえならなかった。 人は……、本当に感動した時、本当に嬉しい時、それを言葉にする事ができない。 感動すべきものが一つであれば、あるいは歓喜の声を上げられたかもしれない。しかし、目の前の全てと、身に受ける全てに感動を得たとしたら、声程度で喜びを表現する事はできるはずもない。 いま、クーは新たな世界を手に入れた。だから、それを感じるだけで精一杯だったのである。 …そんな中で、クーの近くで座らされているランバルトも少なからず驚いていた。自分達が滅ぼした旧世界はこのように緑が まず自然などというもは欠片もなかった。大地は灰色の固い道で …空は常に不浄の黒煙に覆われ、太陽など見る事は敵わず、外出には必ず酸素マスクを着用しなければならなかった。 当然のように動植物の姿など皆無で、虫の1匹さえも衛生上では存在を許されない。過剰な管理体制は人の本来持つ機能さえも奪い去り、何もかもが無理やり消毒されていく。そしていつしか、菌類さえも徹底管理されてしまった世界。 ……それが当たり前の常識だったというのに、ここは何もかもが違う。 機械により ランバルト自身でさえも、この”自然”というものを、技術により作られた壁面モニターの映像でしか見た事が無い。……だがここには、「ありのままの自然」という世界が広がっている。映像ではない本物の大地と生命が息づく世界が広がっていた。 それがこの星の原始の姿だという事は、資料や知識では知ってはいた。 …しかし、実際に目にした事はなかったのだ。 いまここにあるのは、自分達姉妹が、魔神が滅ぼした世界とは違う、あまりに原始の星に近い自然豊かな地。人が手を加える事がなくとも、美しく生きている世界である。……これは神が自分達を封じた事で作り上げた地という事だ。 あれからどれだけの年月が過ぎたのか、正確には知らない。しかし、自分達が存在していた世界が、このように豊かであれば、滅ぼす事はなかったのかもしれない。そう思うと、少々、複雑な気持ちではある。 ……クーが自然に親しんでいる間、ランバルトは自然というものに戸惑いながらも、当初よりの目的である”姉と妹の探索”を行っていた。さきほど、神殿から人の気配を もし、自分よりも先にこの世界に戻っていたならば、魔神特有のエネルギーを感じ取り、居場所を特定できるはず。逆に自分が探す事で、向こうにも察知してもらえれば、と考えている。 正直に言うと、ランバルトは生命エネルギーの探査はかなり苦手であった。細かに生体を判別するなどという芸当はさっぱりだ。確かに自分は戦う事、破壊する事には群を抜いて優れていたが、自分としてはそれ以外に芸のない魔神だと知っている。 「(さすがに、妹のようにはいかんか…。あの子ならどれだけ距離が離れていようと細かにわかったのだがな…。)」 ランバルトの妹、魔神三姉妹の末女グロリアは、大地と生命を支配する能力を持っていた。末っ子は戦闘能力こそ低かったが、誰よりも一番、多彩多様になんでもこなせた。生命を …グロリアはいつも、姉である私の事を強くて ランバルトの持つ優れた戦闘能力など、こんな時になんの役に立つと言うのか。 もちろん、駄々をこねても仕方が無い。愛すべき妹は居ない。あの笑顔は遠いどこかの彼方にある。 ……そして3時間ほど経った。 相変わらず自然と 魔神三姉妹の長女、姉トリニトラは、天空と無限を支配する魔神である。 その二つ名の通り、「太陽がある限り生体エネルギーが無限」という能力を持っていたため、神が 境界の力という単純な戦闘能力への運用、活用という技術でなら自分の方が高かったが、姉はそれ以上に、余りある程に頭がよく、能力に加えて戦術を組ませたとすれば、戦神たる自分ですら足元にも及ばない。もし戦ったとしても敵わないだろう。(もちろん手を上げるつもりなどないが) ……そして、 なによりも、私や妹を包み込む心の広さと温かさを持っていた。強い心を持っていた。常に私達の事を想ってくれていたのだ。…どんな事をしても姉には届かないし、だれよりも尊敬すべき人である。 姉さんなら、あの封印を私より先に出る術を考えられたはずなのだ。いくら私が空間を操り、次元さえ跳躍できる力があろうとも、姉の聡明さがあるならば、とっくに打開策を見つけ、外に出ているはずなのだ。 ……だというのに、その姉も、妹の気配すらも感じられない。 そして、生き残っているやもしれない他の魔神どもの反応さえなかった。 もちろん、私達と戦ったあれの反応も。 「(────?)」 「ん? ……??」 考え事をしていたランバルトと、地面をいじくっていたクーが同時に気づいた。風に乗って届くのはか細い声だ。一人ではなく、複数。しかも大人ではない高域の声。 「声……聞こえたです。…助けてって…」 クーの優れた聴覚にはすでにその声が届いていたらしい。雑念を持っていたとはいえ、感知が遅れたランバルトも一呼吸遅れてそれを聞き取る。やはり聞こえる。これは子供の声だろう。数は……3人。もう一つ、何か大型の生物のエネルギーを感じる。 「ペンコさんも行くですよ!」 土だらけの手でランバルトの頭を掴んだクーが急に走り出す! 間違いなく声のする方向へと向っていた。声の主の必死さを感じ、緊急だと知ったのだろう。ランバルトには力がある。だからそれが何であるかをクーよりも先に理解していた。子供が大型動物に追われているのだ。 大地を 関心する間もなく、見えてきたのは、山側からこちらへと向ってくる3人の、クーと同じくらいの子供達、そして大型で、茶色の毛並みを持つ動物。……ランバルトの知識が正しければあれは熊という動物だ。旧世界の崩壊時に出現した”異形の獣”とは違う、自然の生態系から生まれた動物だったはず。 魔神の敵とするには貧弱ではあるが、武器を持たない人間には撃退は難しい戦闘能力であったはず。しかも子供であるならば、一転して捕食対象ともなりうる。追われる理由は不明だが、危険な存在であり、状況でもあるのは言うまでもない。 クーが迷わず、その熊という もし誰かが見ていたとしたら、幼いクーが大人の2倍以上もあるような巨大熊に向っていく姿に悲鳴を上げたのかもしれない。…しかし、クーは幼いとはいえ竜の血族なのだ。いかに熊が 「そのままコッチに駆けてくるですよ! いまクーがそいつをやっつけてやるです!」 クーに気がついた子供達は、必死になって走ってくる。しかし熊が走る速度にもう追いつかれそうだった。だが、それでもクーは速かった! 熊の豪腕が子供達を襲う寸前で到達し、そのまま必殺とも言える攻撃を繰り出す。 「お前なんか! どっか、行けーーーーーっ!」 熊の鋭い鉤爪が、子供達を傷つけようとしたその時! 子供に気を取られていた熊の顔に、クーの思いっきりパンチがHitした! 双方が クーはそのまま着地すると、子供達を背に守るように熊との間に入り、両手を広げて通せんぼするように、大の字に立ち 熊が反撃してくる事はなかった。顔をかばうように そんな光景をみて、ランバルトは実に 「(ほらみろ、クーのパンチは並じゃないのだ)」 …と日頃、自分がどれだけ苦労しているかが実証されたのが嬉しかった。いやマテ、ここは喜ぶ場面ではないように思うのだが…、まあ、ぶっちゃけ、イイ気分であったのは嘘ではない。 「ん〜〜、いまの…どっかで見たですよ。何だったですかねー? どうぶつ図鑑で見た………たしかモグラだったかなぁ??」 見当違いの回答を見出していたクーの背中から声がする。それは今助けた子供達。いづれもクーと同じ位の年齢で、男の子が2人と女の子が一人。装飾のない、布を簡単に やはり、旧世界とは生活そのものが違うようである。今この世界に生きる人間達は、過去の管理世界とはまったく違う、原始的な 「あ、あの……きみ…どこの子?」 「へ? あっ!」 熊を撃退したクー。彼らにとっては、見た事のない女の子だ。そんな不思議な子を目にした彼らの一人が、恐る恐るクーへと問う。ようやく背中に守る子供達に気がついたクー。互いがどういう言葉を切り出していいのかわからず、手探りで会話する。 しかし、これはクーにとって、何よりも望んでいた出会いでもあった。 友達が欲しい。一緒に遊べる友達が欲しい。 外に出たいと思っていた一番の理由。それが友達と遊ぶ事だったからだ。 クーは今、生まれて初めて父以外の者に、…いや、人間と接した。 しかも、偶然にも同年代の子供達と出会い、友達となるべき”きっかけ”までもある。 ランバルトの ───日が暮れるのは一瞬。本当に瞬きをする間のように過ぎていった。 クーはその子供達とすぐに仲良くなり、 「クーちゃん! また明日も遊ぼうね! 絶対だよ!」 「僕も僕も!」 「えっと、僕も……。」 元気な女の子、やんちゃな男の子、そして少し控え目な年下の男の子…。今日初めて出会ったけれど、子供には子供の世界がある。会えばすぐに仲良くなれてしまうものなのだ。クーのお尻に”オタマジャクシ”のような小さな尻尾があろうとも、足に見慣れぬ 「うう〜、もっともっと、もーっと遊びたいけど……夜になったら怒られるです。仕方ないですよー。当然、明日も遊ぶです! 絶対絶対絶対の絶対に約束ですよっ!」 正直言って、まだまだ遊び足りない。でも、それをワガママとして友達にぶつける事はしなかった。クーの年齢なら、自制できないのが当然だと思うだろうが、クーはこうみえて頭が良い。相手が困っている顔をすれば、引き止めるのはよくない事だと理解できる。 それに、また明日も会えるのだ。 だから悲しい事なんてない。明日からずっとずっと遊べるのだから、いまだけを我慢すればいい。待ち遠しくとも、これまで我慢してきた事を思えば、大した時間じゃあない。 手を振ってさようなら。子供達が帰っていく姿に、いつまでも手を振るクーは 友達と遊ぶのは、想像していたよりも、もっと、とてつもなく楽しい事だと知った。自然という素晴らしい世界の中で、夢に見続けた友達と遊ぶ。これほど素敵な事はない。 さあ、あとは帰るだけだ。 来たときと同じように、やってきた場所に描かれた円へとペンコを抱いて入るだけ。それだけで戻れる。 ランバルトも跳躍するための力を残している。戻る事にはなんの問題もない。 それだけならば問題はないのだ。 問題は、その後……だ。 「ただいま〜!」 行きと同じように、クーは部屋へと戻ってきていた。2度目だというのに慣れたもので、部屋に戻った事はとすぐに だが、そこで待ち受けていたものは違った。普段と違った。 これまでの 水竜バオスクーレがのっそりと、クーの部屋に入ってきた。 「クー……、 「あ…えっと…………。」 父の表情は見たこともないものだった。悪い事をして 「いや、何も言わなくていい。クーはいいんだ、悪くない。…それは後で話そう。」 バオスクーレは激情を 「あ……あの、父ちゃん……クーは外に出たかったの! お友達…欲しかったから……。」 かつてない父の表情に 「クー、ペンコを置いて2階へ…、太陽の間へ行ってなさい。」 「だって…クーは、お友達……欲しいっていうのに……父ちゃんが……。」 「早く行けと行っている!」 もうバオスクーレは冷静でいる事が限界であったのだ。 神の 「ひっ! ……ああ…、わああああああああっ!!」 だがそんな事はクーにはわからない。生まれてこれまで、感じた事もない恐怖により、クーが もちろん、ペンコを すでにバオスクーレには、それの正体がわかっていたからだ。 クーが去り、太陽の間へと逃げていく気配を 「魔神め!! キサマッ! 娘に何をしたっ!」 神殿どころか、周囲の海までもがその力在る咆哮により激震する! まるで神殿そのものを吹き飛ばさん限りの咆哮! 成竜であり、太古の戦いを生き抜いた屈強の竜戦士、水の守護者たる彼が今、最愛の娘に取り入った怨敵に怒りをぶつけたのだ。 「……ふん、気づくのが遅かったな、水竜。」 そんな怒気など関係なく、ヌイグルミのふりをしていたランバルトが身を起す。こうなる事は承知していた。逆に、日が暮れるまで気づかなかれなかった事の方が不思議だと思ったくらいだ。 「まず、…キサマの質問に答えてやろう。私はクーが外に出たい、という希望を叶えただけだ。」 ランバルトは平然と言いのけ、床へと着地する。だが、不細工なヌイグルミ姿であろうと、水竜という敵からは視線を外さない。それどころか、バオスクーレに …それにバオスクーレには見えているはずだ。目の前に居るのがヌイグルミなどではなく、その奥に隠された魔神という存在だという事が。ランバルトが持つ 「邪悪な魔神ごときが何を言うっ!! クーに取り入り何かを企むなどと、この私が許すはずがない!」 「ククク…、その割には気づくのが遅かったな。」 「 バオスクーレは完全に戦闘態勢へと入っていた。それを示すかのように、彼の体を光輝く魔力が取り巻いている。それは徐々に そして一気に 体を覆ったその光の魔力が彼の体に変化をもたらす。 クーの部屋いっぱいにまで巨大化した体、それは人の姿はない。 そして爬虫類とは違う、特徴的な長い首。吐き出す氷の それは神獣。 ……竜という名の地上最高生物。生命の頂点に立つべき知恵ある刃である。神に仕える戦士として、魔神と戦い、そして今、過去に勇者が使用した太陽の宝珠を守る力として存在している。 これがバオスクーレの真の姿であった。彼は日常的に人の姿をしているが、それは娘であるクーのためだ。この神殿が巨大であるのも、この姿になっても問題がないためなのである。 おおよそ10メールの巨躯。背の羽根を広げ、牙を 『魔神よ、これが竜化だ。覚悟するがいい……。』 強く腹の底から恐怖を感じさせるその声…。それは落ち着きを払い、冷静さを取り戻したかのように聞こえた。しかしそうではない。彼の怒りは頂点にあり、自分でも驚くほどの攻撃性が芽生えていたからだ。…それはもちろん殺意である。 ランバルトの置かれた状況は絶望的であった。これまでの威圧感さえ しかしそれでも、ランバルトは 彼女はこの場を切り抜ける手段を持っていた。絶対に 『この場で滅してくれる! 二度と復活できないよう、私の娘に危害を加えないように、魂ごと消滅させてくれるっ! 消え去るがいい! 邪悪なる魔神めっ!』 今にも 「ほほう、お前はよほどクーが心配なのだな。」 『当り前だ!! 私にとって、娘は何よりも大切なものだっ!』 「違うな。お前はクーを大切になどしていない。……お前の愛は 『……なん……だとっ!?』 「お前がクーに向けるのは、子に対する愛情ではない、強いて言えば 『何を馬鹿な! 私はクーを心より愛している! キサマのような バオスクーレの言葉。それはランバルトが予想していたものであった。だからランバルトは笑う。目の前にいるのは竜ではない。神のために 「ならば聞こう。…なぜクーを外へ出してやらなかった? クーは外に出たいと毎日のように 『それは外の世界がクーには合わないからだ! 人間は邪悪で 「ククク…、それが思い上がりだというのだ。それを決めるのはクーではないか。お前はただ、自分がそう思うことを強いているだけだろう?」 『人間と接した私が言うのだ! 何の間違いがある!?』 「親のワガママなどみっともないだけだぞ。…… 「自分の理解のみをクーに強いて、見える範囲でだけの行動を許し、定期的に 「それがペットを飼う事とどう違う? 違わないだろうが!?」 「 『キ、キサマの…、 反論しようにも、バオスクーレはそれを否定しきる事ができない。それは毎日クーが漏らしていた不満であり、心に引っかかっていた事。クーの幸せのためと自分に言い聞かせながらも、自身を責めていた部分でもあったからだ。 そして、妻が人間であった事より、人間の全てが悪人でない事も知っている。…ただ、妻の運命を だが、それをランバルトは見逃さない。水竜が反論を打ち出す前に、自らの想いを吐き出していく。 「……私は姉と妹に再び会いたい。いかなる時も 「だから! その目的のためなら何でもする! …そのために ランバルトはほんの少しだけ力を発現させた。それはバオスクーレを 『キ……サマッ! 何をしようと…、まさか───っ!』 「そのまさかだ。クーを使わせてもらう。今の私は完全なる復活ではないのでな、キサマと戦うリスクは避けたい。だから利用させてもらう。……私が全力ではないといえ、あの幼子の首を 彼女の力は、空間を自在に操作する事だ。自在に空間を開いて閉じる。主に跳躍に使うためのものだが、真に恐ろしいのはそれではない。 敵の体自体に空間を開けたとしたら、どうなるのか? どんな防御能力を有していたとしても、どれだけ強固な物体だとしても、対象が存在する”空間そのもの”を開くのだから強度など関係がない。どんなものであろうと、一方的に裂いたり、穴を開ける事が出来るのである! 空間断絶。彼女はこの能力で世界の全てを切り裂いてきた。それは、どんな敵でさえも ……これが、ランバルトを魔神最強たらしめる真相である。 もしも、クーの首の中心で空間を開けばどうなるか。 答えを考えるまでもない。空間ごと肉を裂き、首を切り落とす事ができるのである! いまの魔力では、この成竜を倒すほどの空間断絶は作れない。しかし、クー程度ならばどうとでもなる。だからランバルトは 『クーを……、クーを盾に取るというのかっ!』 しかし逆に、バオスクーレは攻撃を 『なんと…非道な……。』 あまりにも 「ふふふ……。何を驚いている? これはお前が 「お前の ランバルトの境界の力が神殿の2階”太陽の間”へと流れていた。そこには、父に怯えて クーを人質にして、自分の安全を確保する。それがランバルトが身を守るための唯一の策だったのだ。 姉と妹に会うために、彼女はどんな手でも使うと決めた。…だから、幼子だろうと人質にする。それに、相手は敵であり、神の 元々は神自身がやった事、その あの神を名乗る男が、かつて行った非道を再現して何が悪いというのか? 『そうか…境界の力…。お前は、魔神…ランバルト……だな?』 「ご名答。今頃気づいても遅いがな。」 「もし、……娘に何かあってみろ……、その魂、百万回粉々してもなお、殺し尽くしてくれるぞ……。」 そしてその言葉も 絶対的な忠誠を 「(………さて、問題はここから……だな……。)」 ここまでは予想通りだとはいえ、ランバルトの勝利は極めて ここから先、事態がどう動くのか。 それはランバルトにさえ、わからない事であった────。
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