水竜クーと虹のかけら |
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夢…………………。 夢を見ていた。 それはあの夢……、神を名乗る男が 「トー姉さん! ラン姉さん! やだよ! わたしを一人にしないで! 一人はやだよ! 戻ってきてよ!!」 泣き その悲痛な声が、次第に聞こえなくなっていく───。 ずっとずっと共に寄り 神め! 絶対に許さん! キサマは殺してやる! 絶対に────! 絶対にだ!! ………すまない……、グロリア…。 もっと私がしっかりしていれば……。もっと私が気を配ってさえいれば…。 だが、どんなに 神へと向く怒り以上に、自分自身の もっと……、私が──────── 私は……、目を覚ました。 上体を起こしてみれば、体は紺色の布で どうやら体はそのまま、……つまり、ペンコのままで気を失っていたらしい。 だとすれば、ここは一体どこなのか? 周囲を見まわせば、そこはあの 水竜神殿……、それも、クーの部屋だ。 そこは だが、そこに居たクーは、クーだとは思えなかった。 確かに 成長していたのだ。 私が知っている幼い姿よりも、頭二つ分も大きい。どう見ても5〜6歳児には見えない。我が妹グロリアと同程度の10歳前後の身長だと思えた。……なぜ、クーは成長しているのか? そしてなぜ、私までが水竜神殿に戻っているというのか…? 「目を……覚ましたのは………、お前か。魔神ランバルト……。」 しかし、こいつの姿も違っていた。 私は 「教えろ水竜! 私が気を失った後、あの わけがわからない。私という敵を だというのに、バオスクーレはそれをしない。……一体、どういう理由であるのかがわからない。 しばらくの …そして、ヤツは重い 「魔神ランバルト…、キサマが敵であるのは変わらない。だが、お前には聞きたい事があったのだ。だから滅する事が出来なかった。」 「聞きたい……事……だと?」 バオスクーレはゆっくりとこちらへ、テーブルの上に着替えを置くと、ひどく 「そうだ。お前には聞きたい事がある。……あの時の、クーの事だ。」 「……あの時、私が魔人兵士に バオスクーレは 「この50年もの間、クーが目を覚まさない……。あの施設で気を失い、眠ったまま……、一度も目を覚まさない。……それが現場で起こった事の理由なのではないかと考えるしかなかった。」 私は、たった一つの言葉に 「…………今、なんと言った? あれから何年 「50年だ。それだけの長い間、お前と共に、クーは一度も目を覚まさず眠り続けている。私はその理由を知る事ができず、ただ眠り続けるクーを看病しながら今日まで過ごして来た……。」 絶句する。私は…そしてクーがあの施設に出向いてから、50年もの間、眠り続けていたというのか?! そんな事があるものなのか?! 「事実だ。……だからこそ、クーは成長している。」 バオスクーレの重い一言が、それを事実だと語っていた。その だが、眠っていたという私でさえそんな実感はないし、 「魔神ランバルト、…教えてくれないか? クーはあの時、何をしたのだ?」 バオスクーレに敵意はない。その瞳にあるのは、ただ娘を心配するだけの親としての心情が 私自身、状況を整理するために、つい先ほどの……いや、明確な記憶を持つ、50年前だという施設での戦いをありのままに伝える事にした。 「…………あの時、クーは”竜化”しようとしたのだ。」 「自らの意思というよりも、本能のようなものだと思えた。…友達を殺され、そして自身も傷つき、意識を 「…紋様より 私の見立てでは、体がそれを受け付けないようだった。バオスクーレは元々が竜が人として人化しているが、クーは逆だ。人間の血の方が多いからこそ、肉体そのものは人間の姿をしている。そのせいではないだろうか…。 「───そして、その異常な魔力はクーの頭上に集中し、それは竜を 「ま、魔力そのものが竜の形を……だと?」 バオスクーレはうろたえるかのように聞き返した。私はそれを無言で ……あの時、クーの頭上には魔力によって編まれた光放つ竜が生まれていた。そしてそれは、まるでそれ自体がクーの意思を反映させるかのようにD兵士を攻撃したのだ。……詳細は不明ではあるが、竜化できないクーが無意識下で生み出した抵抗しようとする意思だったのではないか? あの状況下ではそうとしか考えられない。 「………そうか…、……そんな事が……………。」 バオスクーレは 頭を抱えるようにして悩むバオスクーレを見つめる。しかし自身だけ納得されても困る。私にも聞きたいことはあった。だから、その答えを求めるために問う。 「おい、水竜。……私にはクーやお前の力の源が個人の魔力だけではなく、体に浮かぶその”紋様”を通じて、太陽の宝珠というエネルギー体から力を得る事ができると知っている。」 「……そしてお前達は、神よりその宝珠を守る事を命じられているのだな?」 「その通りだ。神はこの水竜である私に、そのように命じられた。」 顔を上げることなく、どこか放心した様子でバオスクーレは返答する。私は気にする事なく、質問を続けた。 「───ならば聞きたい。私を そもそも、神はなぜ、水竜にこれだけの力を預からせたのか。 私達姉妹に そして、バオスクーレより帰ってきた答えは、意外なものだった。 「私は、星の素を……太陽の宝珠を預かってより、一度も神の声を聞いてはいない。神はお前達を含む魔神の件を終らせてより、 「神が…いない、だと?」 私は驚きを隠せないまま、バオスクーレの答えを聞く。 「それに私が命じられたのは、太陽の宝珠を守る事。私用で使うなどあってはならない。……そして神はこうも言われた。強大な力は 「………使う事はできたのだろう。しかし、主たる神に反逆はできなかったし、する気もない。……そして、なによりも……仮にそれを行使した場合、その”代償”というものが使用すべきクーにまで及ぶ可能性があった。……だから使えなかった。そんな危険があるかもしれぬ力をクーに注ぐ事ができなかった。」 「私は───、クーが目を覚ます事を毎日祈るしかなかったのだ。」 「姿を見せぬ神に祈り続けた。時間がある限り 「だが目を覚まさない! 神はいづこかに消え何も語る事はなく、火が消えたような、あまりに静かな日々が続いていた……。私はただ祈る事しかできなかった…。」 「………きっと私は、 目の前で巨体の男が泣いていた。長い間、苦しんでいた事を だが、私に浮かんできた感情は同情なんかではなかった。明確な怒りである。 私は、ベッドから飛び降り、 バオスクーレは無防備のままそれを受け、その巨体を床へと 「このクズがっ! キサマはまだそんな事を言っているのか!」 「な………、何をす───」 「いいか! よく聞けこのクズ! キサマはまた自分の事しか考えていない! 同じ過ちを繰り返しているではないか! 苦しいのはキサマじゃない! 50年という時間を眠り続けているクーの方だ!」 「クーが起きた時、何を考えるか想像もできんのか!? クーは目の前で友達を殺された! しかも知らぬうちに50年もの時間が経過している!! 生き残った子供達はもういない! これより先、クーが目を覚ましてから味わう苦痛を考えてみろ! せっかく叶った夢が崩れた時のクーの気持ちを考えろ!!」 「それをキサマは、自分の不幸だけを苦悩し、クーの事など考えもしていない! 起きたクーとどう …… 「……………………すまない……。その通りだ………。」 情けない。これが肉親を愛するという同じ立場に在る者だと思うと吐き気がする。なぜ相手で考える事ができないのか? それでよく親などというものをやっている。だから今までも身勝手な愛情を注ぐだけでしかなかったのか。 ヤツのこれまでを見るに、不器用な男だというのは理解できるが、阿呆もここまで来ると救い様がない。竜だろうが何だろうが、クズはクズでしかない。 こいつを見ていると異常に腹が立つ。なぜ、こいつはこれほど無力なのか? 大きな障害を前に何も出来ずにいる。ただ ……これではまるで……!! ………まるで、………………私のようじゃ……………ないか……………。 「ん………。」 ちょうどその時、クーが小さく言葉を発し、その身を動かした。どうやら起きるようである。私が目を覚ましたのだから、クーも同様に目を覚ましてもおかしくなかったのだろう。……いや、逆か、クーが起きるから私が起きたのだ。私はクーに呼び出された身らしいからな。 「クー! おお……クーよ……。」 飛びつくように、バオスクーレがクーのベッドにすがった。長い間、眠りについていた娘がようやく目を覚ますのだ。嬉しい気持ちもわかる。 「ん…、ふぁあああ…、むにゅむにゅ……ですよ。」 いつもの寝起きと変わらず、クーは寝ぼけていた。体だけは成長しているというのに、中身は変わりがない。現実に長い時間が流れるているとはいえ、私も見慣れた光景であった。 しかし違う。……これから見るであろう全ての事の結果を考えると 「ふああ……おはよ────、……ひっ!」 目の前に居る父親の顔を見て、短い悲鳴を上げる。それに対し、父親バオスクーレは喜びを一瞬で消し、悲しげな顔で弁解を始める。 「ま、待ってくれクー! 私は何もしない、何もしないんだ!」 「やだ……やだよ! 怖いよぉ……。来ないで……来ないでぇ……。」 やはり態度は変わらない。それは当然だ。恐怖を植え付けたのは50年前でも、眠っていたクーには数日前と変わらない。体が成長していようとも、心は成長などしてはいないのだから。 「わかった、私はここから居なくなる。だから、落ちついてくれ、クー…。食事を用意するから…、な。」 再び布団を頭から 「……………………………………………。」 それから、20分ほどしてからだろうか。恐怖心を そして、ひとしきり泣いた後、 無言のまま目元の涙を 「あ、あれ……?」 間を置かず、クーが 「あれ? あれ? あれ? ……なんで? なんでクーはおっきくなってるですか?」 クーが声を上げる。体が何かおかしい。それを確かめるように、自身の体を触っては確かめている。長くなった腕や足、大きくなった手のひら、座った時の視線の位置、さらに伸びた髪まで……。気を失う前とはなにもかもが違う。 「あれ? あれ? 変ですよ…、何年も経たなくちゃ、大きくならないはずなのに……。」 ふらつきながらも、全身が映る鏡まで駆けたクーは、自身の姿を見て困惑していた。なぜ自分が大きくなっているのか? …………わからない。しかし、現実として成長している。 「おかしいよ……おかしいですよ……。なんでクーは大きくなってるの…?」 頭を抱えて困惑し続ける…。何かを振り払うかのように頭を振ると共に、伸びていた髪がわさわさと揺れる。何かを感づいているようだ。クーはこう見えて頭がいい。体の成長が何を示すものなのか、それを徐々に理解しているのだろう……。その賢さがなければ、事実を先延ばしできたのかもしれない。 しかしまだそれだけでは済まされない。 自分が成長している。…それが何を意味するものなのかを、これから知っていく事になるのだ。 50年という時間の経過が何をもたらすのかを、クーはこれから向き合わなければならない。 正直、見ていられない…。頭を抱え込んで苦しんでいるクーを、私は見る事ができない。だから、私は見ないようにする。目を たった数日とはいえ、近くにいて接していた。それだけで、妹を思わせる ……だが、これ以上に関わり そうしなければ、姉も妹をも裏切る事になる。 それだけは出来ない。何が起ころうとも、同情する事は許されないのだ。 ……だから私は、クーがどうなろうと見ない事にした。何も考えない事にした。 ただのヌイグルミとして意思を封じ、動かずにいた。 今後、クーがどうなろうと、私には関係がない事。 私には、こいつとは比べ物にならない程、大切な家族がいる。裏切る事などできるはずもない。 だから私は、クーを無視する事ができると思った。 私を抱きしめたクーが、そういう行動に出る事は予想がついていた。 部屋に残っていた円へと入り、地上へ行く。……クーの行動はともかく、私も50年という月日が流れている以上、姉さん達は現世に 空間を クーが水竜神殿から地上に出ていた場所と同じである。……とはいえ、クーが外で暮らしたのはたった1週間にも満たない時間だった。そして、家出をした事もあり、実質的にワープしたのは2回でしかない。 私はすぐに姉達を探そうと思ったのだが、目の前に広がる光景を目の当たりにして、そんな事は考えられなくなっていた。……そこは、同じ場所でありながらも、あの見慣れた風景ではなかったのだ。 確かに、山はそこにあり、川は変わらず流れており、空に しかし違った。樹木は年月を感じさせるほどに大きくなっているし、周辺一帯はすべて柄の長い草で 時間が私を、なによりもクーを置き去りにしていった…。 長い間眠っていたせいか、まだ歩くという事に力無いクーはふらふらしながらも草を …それは クー達が様々な遊びに使っていたもの。これを木に引っ掛けてぶら下がったり、投げ縄などに だが、いま残っているのは、朽ちて千切れただけのボロボロの 「………ルイサ……、リック……ロイ……、どこですか? クーはここにいるですよ?」 確かにここはクー達の遊び場だった。自然が全て遊び道具で、子供達はなんでも喜んで遊んだ。虫を でも、目の前にはもう、そんなものはない。 見る影もなく 「な、んで……………、なんでクーは………、大きく…なったの?」 「みんなは… ロイが死んでしまった…………。 人の死を見たことがないクーでさえ、それはわかった。彼は仲間を 「どうして………、クーは………………。」 なんであの時、ロイを助けられなかったのか? なんで自分は、一人でいるのか? どうして大きくなってしまったのか? 様々な想い、その無念は……、現実となってクーに押し寄せる。 過ぎた事を クーは気付いていた。長い時間が流れている事を。 何年経ったのかまではわからない。だけど、成長した事も、風景が変わったことも、そうでなくては納得がいかない。 「うう……ああ………、わああああああああああ!!」 悲しみしか残っていなかった。自分が知らない間に時間は流れた。体は大きくなり、友達とは死別した。そしてなによりも、信頼すべき父は恐ろしい怪物だった。 何も信じられるものがなかった。孤独を感じて絶望し、 だから、泣くしかなかった。 クーはその悲しみという感情を、それ以外の方法で取り 何か悪い事をしたわけではない。ただ願っただけなのだ。たった一人でもいいから友達が欲しいと、外の世界に出て思いきり遊びたいという事を。 そして願いは しかし、知ってしまったからこそ、それを失う事が余計に ほんの少し寝ていただけで、クーはひとりぼっちになっていたのだ。 何も悪い事などしていない。していないのに、なぜこんな仕打ちを受けるのか? 運命は、なぜこうもクーに堪える事を強要するのだろう? 幸福を願う事がそれほど罪なのか? それがクーの運命だというのなら、 もう、泣くしかないではないか────。 ……ランバルトは強く強く抱きしめられたまま、何も感じないようにと無心である事に こいつは敵だ。いつか殺さなければならない。無視しなければならないというのも理解している。……でも、仕方なかったのだ。まるで同じだったから。妹がたった一人、 それを思い起こさないはずもない。クーの姿を重ねてしまえば、想わない事など出来るはずもない。 ……姉さん…、私はどうすればいいのですか? いつも私達に道を だから今、改めて一人となった事で、その先どうすればいいのかがわからない。あの施設での戦いの様に、無理な理由を探して行動した事さえ不安で仕方がない。 本当は、バオスクーレの事を ……望みを秘めて探ってはみたが、姉達の気配はなかった。私は、自分だけで結論を出さなくてはならなかった。姉のため、妹のためと決めていたからこそ強く在れたのだ。だが、その自信が揺らげば、このように弱い心を 本当にクーを殺すべきなのか、それとも理由を打ち明け敵に服従する形をとるのか…。 決めなければ、これ以上なにもする事ができないだろう。 いったい私は、どうしたら……。 「……クーちゃん? もしかして、クーちゃんじゃないかい?」 不意に、クーの背中から呼び声が掛かった。決断できないままの私はその声に思考を中断し、クーも涙を浮かべながら、その方向へと視線を動か。 ……すると、そこには一人の老人が立っていた……。 紺色のローブを身につけ、木製の杖をつき、オールバックにした白髪を伸ばした男。そして、口元に黒い奇妙なマスクをつけた年老いた男がそこにいた。 「だれ……です?」 泣いたまま、ほとんど放心状態にあったクーは、その老人を見ても、何も考えられないままでいた。ただ、顔は 「私だよ! ───ああ、このマスクをしているから分らないのか。いま取るから………ほら、これで分るだろう? リックだよ! 昔遊んだ、リックだ!!」 「え………………………………?」 言葉を失ったクーは、いまだ放心したままの思考で、その老人の顔をまじまじと た、確かに、そう言われてみると顔立ちはそのままだ。気の弱そうな部分は 「リック! 本当にリックですか?!」 「そうだよ! 本当にリックさ! ああ…、 年老いた見知らぬ大人でしかなかった。思い描いていたあの姿ではなかったのだ。そしてまた、時間が流れていたという事実に打ちのめされる…。 「そんな悲しい顔をしないでおくれ、クーちゃん。…せっかく会えたんだ。この出会いの奇跡を喜ばなくちゃ。いや、本当に生きている間に出会えてよかったよ。」 「………そうですね…。それは、そうです。」 「いやぁ、懐かしいなぁ。昔はよく遊んだのを覚えているよ。……そうそう! クーちゃんはあの時、探険した建物を覚えているかい? 私はいま、あそこに住んでいるんだよ。」 「あそこ……に?」 「そうさ、あそこは昔の技術が多く残っていてね。私はその研究をしているのさ。自分の知らない事を色々と覚えていくのが面白くてね。……あの探険がキッカケで、今の私があるんだよ。」 「せっかくだし、いまから一緒に見に行かないかい? きっと気に入って リックはクーの手を取ると、 「ちょ、ちょっと待つです! ……あの、ルイサは……? ルイサはどうなったですか? リックみたく、お婆さんになっちゃったですか?」 手を引かれているクーは立ち止まり、必死になって 「ん………? ルイサ?」 彼は歩みを止めると、考えこむように 「あ、ああ……ああ、そうそう、そうだった。姉さんの名前だったね。いや歳を取ったせいか、物忘れがあってね、許しておくれ。姉さんはあの後すぐに死んだよ。確か……何かの病気だったかな…?」 「…………ルイサが………、……死ん……だ?」 ポロポロと尽きぬ涙をまた流す。もう何かを感じる感覚すら 「ああ、すまないね、無神経だったかい。…いや、私も悲しくないわけじゃないんだよ。……ただね、歳を取るとね、そういう感覚が薄れてしまうんだ。親しい人が死んでも泣けなくなる。これは本当だ。だから姉さんの事も同じように、悲しんではいるんだが……もう50年も前の話だとね……。」 「50年っ?! ………そう…ですか……、クーはそんなに寝てたですか……。」 正確な時間の経過を今初めて教えられたクーは、悲しみを再確認するように 「なあ、クーちゃん。そんな事より、ロイ君には会いたくないかい?」 「えっ! ロイ!? だ、だって、ロイは……ロイは怪物にやられて………。」 驚いたような視線を向けるクー。リックは穏やかに言葉を続ける。 「いいや。元気にしているさ。しかもあの頃のままの姿だよ。私の様に老いぼれてもいないし、ルイサのように亡くなったりもしていない。ちょっと怪我をしていただけなんだ。それで長い間、あの施設で治療を受けているんだよ。」 「ほ、ほんとうに!? 本当にロイが生きてるですか?!」 「ああ、本当さ。会いたくないかい? 会いたいんじゃないのかい?」 いまだに、どこかで時間の流れを現実ではない、と信じたくないクーにとって、その言葉はあまりにも魅力的であった。そして現実から逃れるように、目の前の事がすべて夢で、本当は何も変わらないのではないか、という希望を抱いている。 だからクーは、その言葉に強く 「(……ロイが生きている…だと?)」 だが、私はさすがにおかしいと感じていた。この老人は本当にリックであるかはさておき、ロイが生きていて、あの頃と姿が変わっていない、というその言葉には疑問しか沸かない。50年が経過していて、変わらないわけがないのだ。 ……姉であるルイサの死を人事のように言ってのけるこの男、一体何を考えているのか? どうも、あの施設にクーを連れて行きたいように思える。 過去の技術に 「さあ、クーちゃん。行こうか───。」 リックは懐をごそごそとまさぐると、いきなり、クーの首筋に何かの機械を押し当てた! それと同時に、クーの体に何かの液体が流し込まれていく!! 「ちっ! キサマっ!」 私は クーが短く 「……おやおや、ヌイグルミが動くだなんて 「何者だ! 何を 「私かい? 私はリックさ。ただの年老いただけの老人だよ。何も 「お前こそ、なぜ今までクーちゃんの前で大人しくしていたんだ? それに、お前はあの時、魔人兵士をいくつか倒したヌイグルミだろう? 大した力はないようだが、それでも魔人のようだ。」 なんだ? なぜこの老人は……リックは魔人の事を知っているのだ? あの施設で調べたからか? 一体、この50年という年月の間に、こいつは何をしていたというのだ? 「ヒヒヒ…、いくら正体不明でも、お前は下級魔人というやつだろう? ならば対抗策は持っているんだよ。───そら!」 リックが手元にある小さな何かを押したその瞬間、私の体から力が抜けていった。まるで、魔力そのものを抜かれていくかのように動く事が困難になっていく……。一体…、何をしたというのか……。私は敵意を維持はしていたものの、立つ力さえもを失い、その場で倒れた。 「ぐっ………、なぜ…そんなものを……。」 「イヒヒヒヒ…! どのシリーズの流れを組むタイプなのかは知らんが、所詮は下級魔人か。他愛もない。……邪魔をされては困るんだよ。ようやく手に入れたんだ。あの素晴らしいエネルギー源をな!」 リックの手元にある小型の装置には見覚えがあった。確か弱い魔人を強制的に機能停止させる装置だ。圧倒的な能力を持つ私達、魔神にはまったく無意味な道具だが、通常の魔人ならば簡単に封じる事ができる。そして今の私には、その程度の装置で動けなくなる力しかなかった。 「せっかくだから教えてやるろうか。……私はあの時、あの施設で素晴らしい知識を得たんだよ。旧世界……、古代文明の知識をね。」 「知識……だと?」 「そうさ。あの蛇のような生物の あの時、リックの体に入りこんだ蛇のような化け物…。あれが本当に知恵をもたらしたというのか? わからない。魔人とはまったく違う生物、あれは一体、なんだというのか? 「まあ、お前はそこで見ているといい。私の研究の成果をね。」 リックは魔人停止装置を適当に投げ捨てると、眠っているクーを背負い、そのまま森の中へと消えていく。きっとあの施設へと向っているのだ。 …だが、私は動く事もできずに見送るしかなかった。たかがこの程度の 「くそっ! リックめ!」 何も出来ないまま時間だけが過ぎる。5分が10分に、10分が30分に、30分が1時間へと経過する。私はまったく身動きできないまま、再度、姉達の気配を そして今、守るべき妹と同じ境遇を持つ娘が 弱い私を ただ、時間だけが無常に流れていく────。
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